新しさは、感性と思考のはざまから生まれる 「CFCL」クリエイティブディレクター高橋悠介

創造プロセスを探る取材が始まる

2020年、世界は新型コロナウイルスという1年前には想像すら不可能であったパンデミックに襲われ、不安と焦燥に駆られる日々をひとびとは生きている。灰色の雲が空を覆うような時代の今、世界に未来へのビジョンを示すため、1人の日本人クリエイティブディレクターが新たなる挑戦を始めた。

そのデザイナーとは、2013年に「イッセイ ミヤケ メン」のデザイナーに27歳の若さで就任し、パリを舞台に世界と戦ってきた高橋悠介である。昨年2月、高橋は約10年在籍した三宅デザイン事務所を退社し、自身の会社を設立する。新会社の名はブランド名でもあり、「CFCL」という。

これからリリースされるデビューコレクションを、高橋はどのようにデザインしてきたのか。何を見て、何を聞き、何を感じて、何を考えてきたのだろうか。そもそも高橋悠介というデザイナーは、どのような創造プロセスを持つ人物なのだろうか。その疑問を明らかにすべく、彼の学生時代のストーリーから始めたい。

在学中に出会った創造のアイデンティティ

デザイナー達がプロとしてのキャリアを歩む前の幼少時や10代の体験、とりわけ学生時代の制作体験といった固有の体験が、後年シグネチャーブランドを立ち上げた際に確固たるブランドアイデンティティとなった時、ファッションデザインはひとびとを引きつける魅力を生み出す。

最初の質問を学生時代の体験に選んだ最大の理由は、高橋の創造の源泉を知るためだ。文化ファッション大学院大学(以下、BFGU)に入学し、作品制作を重ねる日々で高橋は作品の評価基準において、作品のクオリティが重要項目になっていることを知る。

BFGU入学以前、高橋はロンドンへ留学し、制作と批評の両観点からアートを勉強するハードワークを重ねていた。
「ロンドンで勉強していた時は、縫製のクオリティは求められませんでした。それよりもコアなコンセプト、自分のアイデンティティ、社会性といったものが重視されていました」。

ロンドンから日本に帰国後、文化服装学院のオープンカレッジへ通い、服作りの基礎スキルを習得していたが、服作りの専門教育を数年にわたり受け続けてきたBFGUの同級生と、自身のスキルレベルには大きなギャップを感じていた。悩んでいた高橋だったが、彼の状況を一変させる授業がBFGUで行われる。それが、「島精機製作所」のホールガーメント機を用いた3Dコンピューター・ニッティングの授業である。ここから高橋は、コンピューターニットによる制作で活路を見出していく。

高橋がニット制作を行うのは、この時が初めてではない。留学したロンドンの大学には手横の編み機があり、テグス糸(釣りに使う白色透明の糸)や針金といった、通常ならニット作品には用いないであろう素材を糸に選び、幾度となく制作を試みていたのだ。高橋はロンドン時代にも使ったテグス糸を、今度は3Dコンピューターにセットして実験することを思いつく。
「これだ! と思いました」。

編み上がったニットの造形に、高橋は確信を覚える。その確信はコンピューターニットの制作に磨きをかけ、遂には作品のオリジナリティで第83回装苑賞を受賞するまでに至った。BFGU在学中、高橋に訪れたのは縫製のクオリティが重要な評価基準の1つという、彼にとって不利な状況だった。しかし、高橋が選択したのは既存の基準に従うことではなく、新しい基準を自ら作り出してしまうことだった。コンピューターニットにはパターンや縫製といった概念がなく、そもそも作品はホールガーメント機が編み上げるもので、縫製のクオリティを問う意味がなくなってしまったのだ。
そうなれば、自然と作品が持つオリジナリティの勝負になっていく。こうして高橋は自分にとって不利な状況から、コンピューターニットという新しい武器が生かせる領域へと評価基準を移行させ、自身の実力を証明する。

プログラミング言語を思わせるコンピューターニット

コンピューターニットとはどのように制作されていくものなのか。高橋に尋ねると、彼は1枚の写真を見せてくれた。その写真をのぞくと、モニター上に整然と並ぶニットのループで埋め尽くされた画像。それを見て私が思い浮かべたのは、同じようにモニターに浮かぶプログラミング言語である。一見すると意味がないように見える数字や記号、アルファベットが重要な意味を持つプログラミング言語と同様の空気を、ループが整然と並び尽くすその画像は持っていた。

高橋はiPadを用いてデザイン画を描き、アイテムに必要な形状と寸法の概算をこれまで膨大に重ねてきたコンピューターニットの経験から導き、それらを明記したファイルをコンピューターニットのデータを作るプログラマーに送る。高橋が送ったファイルからプログラマーは、実際にニット製品を編み立てるために必要なループのつながりをデータ化する。そうして完成したものが、モニター上にループが無数に並ぶ画像だったのだ。

デビューコレクションからアイテムを1つピックアップし、高橋がデザインの発想を語ってくれる。彼が手につかんだアイテムは、2種類の編地組織が使われているワンピースだった。

4本のうち2本を針抜きした4×4のリブ、2×2のガーターという2種類の編地組織が使われており、それらの素材が縫い目なしに編み続けて作られていた。ワンピースは腰周りから膨らみが強くなるクリノリン状のシルエットを描いているのだが、実はワンピースの形そのものは極めてシンプルな構造である。
では、どのようにしてクリノリンシルエットを作り出しているのかというと、高橋は2種類の編地組織が持つ伸縮性の違いを利用していたのだ。針抜きリブは横方向に縮む性質を持っており、ガーターは縦方向に縮む性質を持っている。2つの組織が切り替わるウエスト部分に、さらに数多くのシームレスなダーツをプログラミングすることで、さらなる広がりをシルエットにもたらし、優雅なクリノリンシルエットを完成させている。

BFGUのエピソードもそうだが、高橋は従来の構造を組み替えて新しいものを作り出す能力を備えている。通常であれば、その構造を受け入れて制作するであろうところを、彼は新たな構造に組み替えて新しい視点のデザインを生み出す。

感性と思考のはざまから立ち上がる新しさ

では「CFCL」のデビューコレクションは、どのような制作プロセスをたどっていったのだろうか。
「手を動かしながら作っていくことが多いです」。

ここまでの話を聞き、高橋に抱いたイメージからは意外と思えるひと言であった。そして話は、コンセプトとテーマの違いに言及されていく。
「ブランドのコンセプトとテーマは明確に分けていて、コンセプトは変わらないもの、ブランドとはなんぞやというもの。テーマはシーズン性を表すもので、コンセプトとテーマを混ぜてしまう人もいますが、『CFCL』のコンセプトとテーマには明確な違いがあります」。

ただし、デビューコレクションのテーマが特殊であることを指摘する。
「ファーストシーズンはブランドのステートメントでもあるので、テーマとコンセプトはかなり近いです。その意味では、他のシーズンとはちょっと違うかもしれませんね」。

ファーストシーズンとなったVol.1(2021SS)のテーマは「Knit-ware」。このテーマは初期から設定されていたわけではなく、コレクション制作のプロセスの中から発見されたものだった。
ある日の仮縫いで、コンピューターニットによって作られたシームレスなニットドレスが持つ滑らかなフォルムが陶器のようだという話になった。その表現にコレクションテーマの芽を感じ取った高橋は、デビューコレクションのテーマを「陶器」とし、さらなる発想を試みる。彼は陶器が持つ色=釉薬からカラーパレットを展開することを考え出し、コレクションにまたさらなる深みを持たせた。

新しさとはまだ言葉として表現できない、曖昧な、けれども強いエネルギーを持ったものに思える。言葉として表現できてしまうなら、それはすでに新しくない。だからこそ何か言葉にできない感覚を捉えたなら、無理に言葉=テーマとして形にするよりも、その感覚のままに直感的に手を動かし、コレクションの輪郭を模索していく。
そうして作られた服は、何かしらのメッセージを含んでいる。そのメッセージは従来のファッションとは違うものかもしれない。けれど、それが新しさの源になり得る。見つけたメッセージに対して論理的に意味づけをすることで、インスピレーションはデザインに昇華されていき、コレクションはさらなる深みを獲得していく。

感性と思考を行き来することで生まれるはざま。そこにこそ新しさは立ち上がってくるのではないか。高橋は感性だけに傾くでもなく、かといって思考にだけ傾くでもなく、また自身の世界だけを重視するエゴイズムは持たず、目にしたもの、耳にしたものすべてからデザインの源を発見して、意味と価値を作り、チームとともにコレクションを作り上げていく。

あなたのための
Clothing For Contemporary Life

今回発表されたコレクションの中から、1つのルックに注目したい。それはクリノリンやバッスルを連想させたシルエットのワンピースであり、この形が生まれた背景はやはり昔のヨーロッパの服にあったのだろうか。
「いつの時代も、機能性を求められる昨今においても女性の服は、女性らしさを意識することが重要です。クリノリンのシルエットは、ウエストとヒップの差を誇張することで、その役割を果たしています。タイトなTシャツのような上半身のデザインにそのシルエットが合体することで、楽に着用できるドレスを提案しています。体に吸い付くような限界まで細く見えるけど苦しくないリブ組織と、ニットマシーン最大幅で編み出した組織を組み合わせた結果、このシルエットになりました」。

一見、19世紀に誕生したヨーロッパの衣服からの発想で生まれたように見えたデザインは、素材の特性を計算したプロダクト的アプローチで生まれた結果だった。しかし、話はここで終わらない。
「女性がきれいに見えるけど楽でいることが今の時代は特に重要なんです。だからトレンドとか文脈とかテーマ設定が先行して、着づらい服や扱いづらい服をデザインすることはあるべきではないと考えています。メンズにおいてはミリタリーもクリノリンと同様で、当時機能として生まれてきたディテールが、今も文脈(名残)としてデザインされることが多いですが、それが現代に本当に必要な要素なのかを吟味し消化することを心掛けています」。

この一連の会話の中にも高橋の能力が表れている。彼は概念に定義付けを行う。ここでは「エレガンス」とはいったいなんであるかを、このドレスにおいては「ウエストとヒップの差」と定義付けた。先ほども高橋はテーマとコンセプトの違いについて定義付けていた。これはデザインを行う上で、とても有用なアプローチに思える。概念を曖昧な表現にとどめず、定義付けて構造化する。

ここまで言葉1つを厳格に定めるファッションデザイナーは珍しいように思う。そしてもう1つ、あるルックについて尋ねた。それはタックをつまんだように膨らむフォルムが膝下から編み続けられていたパンツを、男性モデルが着用するルックだった。このデザインは男性が着用するにはかなり先鋭的で、果たして市場性があるのだろうかとコレクション発表時から私は疑問を抱いていた。高橋は、この疑問に対して静かに語っていく。
「男性にとって難しいかどうかということは、着る人が考えればいいことで、それを着ない人が考える必要はないです。実際にこのパンツを買ってくれた男の子もいて、『これを毎日穿く』と言ってくれて。それが最近でいうところの、アンコンシャスバイアス(無意識下での、ものの見方や捉え方のゆがみや偏りの意)です。着たい人が着ればいいんです」。

私は高橋の言葉を聞き、自分が気付かないうちに既成の考え方にとらわれていたことに気付く。
モードとは、新時代の新しい生き方にふさわしい服を提案するものでもある。たしかにファッションブランドはビジネスであり、デザインした商品に市場性があるかどうかは重要だ。しかし、市場性にとらわれていては、モードがもっとも大切にする新時代の生き方は提案できない。なぜなら、真の新しさは今は存在しないのだから。モードな精神が息づく高橋は、未来の市場を作ろうとしている。

新型コロナウイルスによって日々の暮らしに不安を抱く今という時代を考えれば、必ずしも新しいファッションが必要ではない。しかし、ファッションは着ることで気分を高鳴らせ、今を、明日を生きるパワーを私達にもたらしてくれることがある。未来への希望が見通しづらい今だからこそ、これまでひとびとに未来へのビジョンを示し、新時代の生き方を開拓してきたファッションデザイナーの力が必要だ。

感性と思考のはざまに立ち上がった新しさを、高橋はその手でつかみ取る。そしてつかんだ手を広げたそこにあるのは、きっと未来をともす新しさだろう。現代に生きるあなたのための衣服を「CFCL」は届けていく。

高橋悠介 
2020年、3Dコンピューター・ニッティングの技術を中核とし、自宅で洗濯可能な速乾性を備え、再生繊維を用いたサステイナブルな姿勢によってモードコンテクストへ挑む「CFCL」をスタート。洗練されたニットドレスを中心に、現代生活を快適かつ高揚感あふれるものにする衣服を提案する。ファーストコレクションは、1月27日より、新宿伊勢丹メンズ館と本館で同時に行うポップアップを先駆けに、2月1日よりオフィシャルオンラインストアおよび国内外の取扱店で販売を開始する。
www.cfcl.jp
Instagram:@cfcl_official

Photography Shinpo Kimura

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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