ウクライナ・空襲警報の下でパーティーは続く 「俺達のノーマルを続ける。それは戦争中だろうが関係ないんだ」

イベントの主催者、パブロと出会ったのは偶然だった。
「俺達のノーマルを続ける。それは戦争中だろうが関係ないんだ」と彼は繰り返し言った。

私はロシアの侵攻を受けたウクライナに、3月に続いて2度目の滞在をし、首都キーウ周辺や東部ハルキウなど、ロシア軍に徹底的に破壊された街や占領されていた村を取材していた。前回は1ヵ月間の滞在だったが、今回は3週間。残り少ない滞在日数で向かったのは、ウクライナ南部のオデーサ(オデッサ)だった。オデーサは黒海に面しており、国内最大の港を持つ要衝でもあるため、海と陸の両方からロシア軍の圧力が強まっている。市内中心部はミサイル攻撃はないものの、ショッピングモールやホテルなど、すでに何度も空爆されて死者も出ているとニュースで見た。一方でオデーサは「黒海の真珠」とも呼ばれ、歴史ある街並みや白亜のビーチがある有数のリゾート地とも聞いていて、取材の最後に訪れる街として魅力を感じていた。

しかし現実は厳しいものだった。確かに街の石畳や歴史ある建物は観光地の風情を感じるが、戦争中ともあって海外から訪れる人はほぼ皆無。街はひっそりとしたままだ。別荘が並ぶビーチも現在は、ロシア軍の上陸を阻むため「地雷あり、注意」という警告が白い砂に突き刺さる。街中のいたるところに撮影禁止の看板が掲げられているのは、街並みや地形といった軍事的にも重要な情報を外に漏らさないようにするためだろう。そして、この街もキーウやハルキウと同じように、1日に何度も空襲警報が鳴り響く。私は次第に陰鬱とした気分になり、暗く寂しい街を歩いていた。

青年セヴァとの偶然の出会い

そんな中、「どこから来たの?」とすれ違いざまに突然声をかけてきた青年がいた。彼はセヴァという地元出身の19歳で、手にはキャンバスを持っている。学生で、将来はペインター(絵描き)として生計を立てたいと考えているという。「いま描いた絵を運んでいるんだ。歩きながら話さない?」と言うので気晴らしについていった。

彼と訪れた場所はなんの変哲もない集合住宅の裏口だった。その扉をくぐり抜けた先に、倉庫を改装したアートスペースがあった。本来、この場所はクラブとして営業していたが、ロシアの侵攻直後に発令された戒厳令の影響によって、現在は休業中で、一時的にアートスペースとして若手のアーティストの作品を展示していると、ここの主要メンバーのパブロは教えてくれた。セヴァの作品もそのうちの1つらしい。

パブロによると、この場所を中心としたコミュニティがあり、運営メンバーはカフェの店員や美容師、ミュージシャンなど、普段はそれぞれ別の仕事をしながら、ここでたまにイベントをしてお金を集め、ボランティアへ寄付しているそうだ。

「そういえば週末の金曜にちょっとした音楽パーティーがあるんだけど来る?」とパブロが誘ってくれた。残念ながら私はほぼ取材も終わっていて、金曜日の夕方にはポーランド行きの国際列車に乗らなければならず、事情を説明し「顔だけ出すよ」と言ってその日は別れた。

イベント当日。昼過ぎに例の集合住宅の裏口から入ると、パブロが中庭でDJブースの準備をしていた。今日は小さなレイブイベントをするらしく、フロアとなる中庭から青空が見えて気持ちいい。パブロ以外のスタッフ達も楽しそうにイベントに向けて準備をしている。会場内にはウクライナならではなのだろうか、多くの花が飾られていた。「イベントは夜9時まで。オデーサでは夜10時以降は外出禁止だから、束の間の楽しみだよ」とパブロはそう言って笑う。

ほどなくして、用意されていたスピーカーから爆音で音楽が鳴り始める。さっそくDJブース前に陣取り、踊り始めるスタッフ達がいる。戦時下のウクライナで、DJの音楽に合わせて踊るという状況に私は少し戸惑いを感じたが、パブロが私のそうした思いを見抜くような表情で、「君は不思議に思っているんだろう? その気持ちはわかる。でもこれが俺達のノーマルなんだ。それを続けるんだ。それは戦争中だろうと関係がないんだよ」と言う。私はその会話の後、すぐにオデーサでの滞在を1日延ばす決断をした。この状況にぜひ長く立ち会いたいと思ったからだ。

午後3時を過ぎたあたりから徐々に人が集まってきた。それぞれが、いまできる限りのおしゃれをして、再会のハグをしたり、一緒に踊ったりして楽しんでいる。みんな運営メンバーの友達、またその友達、といった面々らしい。大げさに告知をしていないこともあり、客の数は15人ほど。少なく感じるかもしれないが、そもそもウクライナ全土は戒厳令下である。彼らができる規模はこれぐらいが限界なのだろうが、それでも心地良い時間が流れているのは確かである。

DJブースからの音楽はテクノが中心だが、シティ・ポップのような曲もある。とても耳に残るフレーズの曲が聴こえてきて、それに合わせて歌う女の子もいる。曲名が知りたくなり、DJブースにいた男の子に聞いてみると、「ロシアの歌謡曲で、これはそのリミックスなんだよ」と言って、私のスマホですぐに検索してくれた。私は素直に驚いた。戦争しているまさにその最中に、敵国の音楽を流して踊っている。ウクライナにはそれほどロシアからの文化は根強くあり、そしてこの戦争が単純に文化や習慣の対立などではなく、やはり一方的な侵略であることに改めて気付かされる。

戦時下でも“日常”を続ける

私は一旦落ち着こうと、裏口に向かった。1歩外へ出ると、普段通りの閑散とした街の風景だ。ドアの向こうから響くリズムがかすかに聞こえる。誰がここでDJパーティーをやっていると想像できるだろうか。人知れず行われている秘密のパーティーに参加している、そんなことが少し嬉しくなっている自分がいた。

一息ついた途端、あの忌まわしい音を耳にした。空襲警報だ。私はあわててドアを開けて戻った。そして再び驚いてしまった。みんな一心に踊り続けているのだ。会場の音が大きく、警報音が全く聞こえないのもあるが、それでも、警報が出るとスマホのアプリに通知がくるので、みんな知っているはずだ。スマホを手に取る人もいたが、それもすぐにポケットに戻して踊り続ける。空襲警報が鳴る空の下、踊りを止める者はいない。「俺達のノーマルを続けるんだ」。パブロが言っていた意味がようやくわかった気がした。ノーマルとは直訳すると「通常・普通」という意味になるが、この場合「日常」と訳したほうがふさわしいだろう。

音響の調整をしていたパブロに改めて聞く。
「あなたにとってのノーマル(日常)とはなんなの?」。
彼は即答した。「どんな状況でも素直に楽しむんだ。わかるだろ? 君はいつも写真を撮っている。きっとどんな状況でも撮るだろう。それと同じで俺もこうやって友人と会って、音楽を聴いて楽しむ。それがノーマルなんだよ。それを続けるんだ」。

聞けば戒厳令下ということもあり、彼らは3月と4月はただ無為に過ごしていたそうだ。さすがにもう我慢の限界なのだろう。5月からは週末の金曜日にだけ、こういったDJイベントを開催しているらしい。戦争中に、踊って楽しむことは平和な国に住む私達にとって非日常のように感じられるかもしれない。だが、それはあくまで外からの目線でしかない。彼らにとって突然侵略された体験そのものが非日常であり、戦争が始まるまでは彼らはこうやって日常的に踊りを続け、楽しんでいたのだ。今さら空襲警報が鳴ったからといって、それまでの暮らしにあった楽しみを止めるわけにはいかないのだ。

1人の男の子と目が合う。地元でラッパーをしているというユーリだ。BPMの速いダンスミュージックに合わせて、即興でウクライナ語の超速ラップを披露してくれる。歌っている内容はわからなかったが、彼はいまの心情について語ってくれた。
「戦争が始まった時は目の前が真っ暗になった。この国には戦争で家族を失った人がたくさんいる。そしてみんなとても心を痛めている。だからというわけじゃないけど、僕はこうやって友達に会って、夢について語ったりする。それだけでとても満たされている。少しは楽観的になったかなと思う」。

そういえば、ペインターのセヴァの姿が見えないのが気にかかる。再び外へ出てみると、表のエントランスにたむろしていた若者達の中に、彼がいた。「聞いてくれよ。なぜか僕がブラックリストに入ってるらしくて、中に入れないんだよ」と半分笑いながら肩をすくめる。前日にメンバーとちょっとしたトラブルで口論になったからだという。でも彼は根に持たない性格のようで、会場の外で久々の友人との再会を楽しんでいる。

若者達は踊り続ける

ウクライナの日没は遅い。夜8時ごろにようやく夕焼け空になり始める。DJがマイク越しにウクライナ語で何かのアナウンスをする。客の1人が「これからが一番盛り上がる時間だよ!」と教えてくれる。

外出禁止令まであと2時間。そろそろクライマックスといったところだろうか。この時間になると客も増え、30人ほどになっている。BPMに合わせて体を揺らす参加者達は、表情が輝いている。酒をがぶ飲みしては叫ぶ若者もいるが、それもご愛嬌のようなものだろう。私もつい笑顔になる。

「1日滞在を延長して本当に良かった。この場に立ち会えることが本当に嬉しい」とパブロに伝えた。「そりゃよかった。戦争だからといって何もせず、暗い気持ちになるのは俺達らしくないんだ。楽しむためのベストを尽くす。俺達のノーマル(日常)とはそういうことだ」と彼は返してくれた。

気丈に振る舞っているが、彼の中には悔しい気持ちもあるはずだ。戦争など無ければ、朝まで踊っていたいだろう。停戦の兆しが見えぬまま、侵攻開始からすでに3ヵ月が経つのだ。

夜間外出禁止令の時間まであとわずか。
空襲警報が鳴る中、この街の若者達はパーティーで踊り続ける。

Photography Hironori Kodama

author:

児玉浩宜

1983年兵庫県生まれ。テレビ朝日報道番組ディレクター、のちにNHK日本放送協会に入局。報道カメラマンとしてもニュース番組やドキュメンタリーを制作。退局後、フリーランスの写真家として活動。2019年、香港デモ発生時から10ヶ月間渡航を繰り返し、現地で撮影。2020年、香港デモ写真集『NEW CITY』、2021年、デモで使われたバリケードなどを撮影した『BLOCK CITY』(共にKung Fu刊行)を出版。 Twitter:@kungfu_camera Instagram:@kodama.jp https://note.com/hironorikodama/

この記事を共有