黒人史とブラック・カルチャーの挟み撃ち:『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』について知っておきたい5つのこと

製作総指揮にジョーダン・ピールとJ・J・エイブラムスを迎えたHBOの話題作『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』。ヒップホップ、SF、スポークン・ワード、黒人史の複雑な交差によって編み上げられた本作を小林雅明が紐解く。

1. 原作とH・P・ラヴクラフト

HBOのTVシリーズ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』は、白人作家マット・ラフによる2016年の同名小説をミーシャ・グリーンが、かなり大胆に脚色監督した映像作品だ。表題の”ラヴクラフトカントリー”とは、ごく一般的には、作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフト通称H・P・ラヴクラフトが、好んで作品の舞台にした地域の総称を指す。後年多くの作家などにファン・フィクション的に継承され、体系化され、特に近年はゲームを通じて知名度が高まった「クトゥルフ神話」、その根幹にあたる怪奇小説を生み出したラヴクラフト作品の根本にあるのは、人間は広大な宇宙という現実において、とるにたりないちっぽけな存在にしかすぎないという考え方だ。そんな人間が、”ラヴクラフトカントリー”で、未知の空間や異次元に迷い込み、人知を超えた存在に遭遇し、かみ締めることさえできない孤独感や無力さに苛まれ、恐怖を味わう彼の小説は「コズミック・ホラー」と呼ばれている。彼の生前に出版された唯一の作品『インスマウスの闇』において人種差別や排外主義が露骨なのは、そういった恐怖が未知の他者の疎外を誘発している、と言いたいところだが(実際、彼の精神状態は著しく不安定だったという)、それが彼の信念なのは、ドラマで引用される彼の私信からも明らかだ。

このあたりを意識してラヴクラフトなどの書いたコズミック・ホラーを読み直すと、それらの作品世界では、黒人には全く権限がないことに気付かされる。ラヴクラフト作品の主な舞台は、1920年代の米北東部にあるとされる架空の場所だが、現実にはすでにその半世紀前から米南部諸州では、州法により有色人種には一般公共施設の使用が禁じられていた(いわゆるジム・クロウ法)。なんら権限を持たず、白人にどこで何をされるのか不可知の世界に暮らす日常が、黒人にとっては、すでにコズミック・ホラーなのだ。マット・ラフは、システマティック・レイシズムが大手を振るう「白い」アメリカのほうに”ラヴクラフト・カントリー”を見たに違いない。この物語では、1950年代半ばに、黒人が米国内を安全に旅行するための(実在していた)ガイドブックを編集する叔父と、幼なじみの女性レティと共に、失踪した父親を探し求めるティックが、祖先にまつわる謎の究明に乗り出す。 

2. 物語の導き手としての書物

そんなラフの原作を、黒人女性であるグリーンがドラマ化するとなれば、ブラック・エクスペリエンスの描き方/見せ方に注力せずにはいられないはずだが、それと並行して、ラヴクラフト作品を含む「書物」への目配せもかなり周到だ。第1話の冒頭から、ティックが塹壕(ざんごう)を駆けている戦場に、赤い肌の女性が空飛ぶ円盤から舞い降りたかと思えば、「クトゥルフ神話」で有名なクトゥルフが牙を向く。あわやというところで、黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンが登場し、バットを振り回して応戦。こうした怪物を目の前にした時、ラヴクラフト作品の白人なら、なす術も知らないが、黒人(のヒーロー)は正面から立ち向かう。

だが、これは夢で、朝鮮戦争から帰還した、本の虫であるティックは、エドガー・ライス・バロウズの『火星のプリンセス』を移動中のバスで読みながら眠ってしまったのだ。1917年に発表されたこのSF/ファンタジーでは、ジョン・カーター(南北戦争以前の米南部を理想とする軍人)が移送された火星で、肌の色の違う勢力間の戦いに巻き込まれ、赤い肌の王女と結ばれそうでうまくいかない……グリーンの脚色はこの筋書きをも引き受け原作にはない新たなエピソードまで生み出す。よって、編集者の叔父の職場でティックが手にとったラヴクラフトの『アウトサイダー』の表紙、あるいはティックのベッドに置かれた父の蔵書デュマの『モンテ・クリフト伯』の背表紙が、大写しになったとき、それらの筋書きを思い出すことで、その後の展開を予測できる。

ただし、「クトゥルフ神話」からさらに別の怪物ショゴスが出てきて暴れまくる頃には、黒人にとっての恐怖にして、得体の知れない怪物は白人であり、特に白人警官であることが明らかになる。

3. 実在の人物と黒人史:交差するフィクションとリアリティ

『ラヴクラフトカントリー』において、グリーンは、実在の人物(のことば)や、事件や、フィクション(の筋書き)や、音楽や、映画作品などをその制作年代に関わらず、必要に応じて十分に読み直した上で、ドラマにはめ込んでゆく。

例えば、第1話でティック一行は、彼の父親を探しに行く途上、米南部で「サンダウン ・タウン」と書かれた、ちょっと見にくい場所に設置された看板の横を通りすぎる。そこは白人しか住んでいない町で、日没(サンダウン)後に屋外で目撃された黒人は逮捕され、ともすれば、殺されてしまう。これは、かつて実在した取り決めであり、『ラヴクラフトカントリー』におけるコズミック・ホラーなのだ。

グリーンは、過去の事実を再現する方法についてもいくつか試す。物語が展開する1954〜55年頃のジム・クロウ法下の黒人コミュニティの日常をカメラに収めていたゴードン・パークスによる記録写真の忠実な再現を起点に屋外セットを組み立ててもいる。

さらに、そこから踏み込み、歴史に名を残しながら、消されがちな人物や事件を彼女はドラマにぐいぐい押し込んでいる。第3話では、ボボという愛称を持つ黒人少年が紹介される。彼の本名はエメット・ティル。14歳の彼が、白人女性に暴行を働いたとの嘘の罪を着せられ、私刑による拷問で判別ができなくなるほど顔を殴られ、殺されたのは1955年。この陰惨極まりない事件とその犠牲者の真実が、脚色化の段階で挿入したとは思えないほどドラマに深くはまり込んでいる。

 そして、もう1つは 、1921年にオクラホマ州タルサでの黒人住民虐殺事件である。きっかけは30年以上後のエメット・ティルのケースと同じ。黒人青年に白人女性暴行の濡れ衣を着せた上、新聞で事件として煽り、被害者の女性からは訴えもない(当然だ)のに、私刑を求め裁判所前に結集した白人達と、青年を守ろうとする黒人達がいがみあう中発砲、銃撃戦へと発展。タルサには、ブラック・ウォール・ストリートと呼ばれるアメリカの黒人コミュニティーで最も裕福な地区も含まれていた。それが2日間で跡形もなく燃えつきてしまったのだ。死者は75人から300人、負傷者は6000人、1万人が家を失ったという。それにも関わらず、この惨劇はその後長年にわたり、合衆国はおろか州の歴史書からほぼ削られていたのだ。

4. エンパワメントの糧としての詩、スポークン・ワード

タルサの炎が街のすべてを焼きつくしたのは歴史的事実だ。そして、そこには怒りや悲しみがまとわりついて離れそうにない。だが、カメラが、その街の炎しか目に入らない大通りを前を向いて歩き続けるレティの姿をとらえると詩の一節が聞こえてくる。「あなたの炎はどこ?…生の炎は…死の炎ではなく。愛の炎は…殺しの炎ではなく。ブラックネスの炎は…ギャングの影を照らす炎ではなく…」これは、1995年に発表された作家で活動家ソニア・サンチェスの詩「Catch the Fire」の一部だが、タルサについて詠んだわけではない。世代を超え、情熱や魂を燃え盛る炎のように絶やさずにきたことで、奴隷制や人種差別や社会経済的な試練を乗り越え、黒人は生き長らえている。サンチェス、そしてレティの視線は、黒人史全体に向けられているのだ。

『ラヴクラフトカントリー』では第1話からジェイムス・ボールドウィンの(1965年のディベートでの)人種分離をめぐる発言を、表題を「Whitey on the Moon」とした第2話では、白人が月での宇宙探査に巨額を投じる一方で、地上の黒人コミュニティーは相も変わらず貧困だと、ギルスコット・ヘロンが矛盾を語る同名曲を、さらに第7話では映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』での神託をドラマ内に持ち込み、語られたことばにも耳を傾けさせる。

ティックの叔父ジョージの妻ヒッポライタは異次元に吸い込まれ、憧れの(メジャー映画に出演した初の黒人女性)ジョセフィン・ベイカーが活躍中の1930年代のパリをはじめ、自身のアイデンティティーの確認につながる場所に移送される(2人はことばを交わす)。その異次元で、ヒッポライタを導き鼓舞する女性の名をエンド・クレジットで確認すると、セラフィナAKA Beyond C’est(現状を超えて)とある。こうした時空の概念を超越した空間においても、エンパワメントする役目を担っているのはビヨンセなのだ。『ラヴクラフトカントリー』というコズミック・ホラーに直面している人達にとって、過去・未来に関わらず彼女ら/彼らの発したことばこそが、大小関わらず、次なるアクションを起こす上で大きな糧となる。グリーンの脚色では、原作の主要登場人物のうち2人を女性に設定し直し女性の新キャラ1人を加えているため、女性のエンパワメントをストレートに表明するのかと思いきや、その3人まで人知を超えた存在にしてしまうのだ。

5. 1950年代にヒップホップ? 時代を超えた大胆な選曲

第1話は最初のショットから驚きの連続だが、(前世紀に奴隷反乱を企てた)デンマーク・ヴェシーの名を冠したバーにティックが訪れる場面で聴こえてくるのは、ティエラ・ワックの「Clones」だ。これは2019年の曲だが、ドラマの時代設定は1954年、戸惑う視聴者もいるかもしれない。

もっとも、グリーンがショウランナーおよび脚本を担当し2016〜17年まで続いたTVシリーズ「Underground」第1話を観たことがあれば、即納得できるだろう。奴隷が深夜に逃亡を企てる冒頭の場面で、荒々しい息づかいと共にいきなり鳴り出すのが、カニエ・ウェストの「Black Skinhead」。「地下鉄道」を連想させる表題から推測できる通り、南部ジョージア州のプランテーションを発端とするこのドラマの時代設定は1850年代終盤だ。そこにカニエ(だけでなくザ・ウィークエンド等)の曲を重ね、ドラマを過去の物語として閉ざすことなく、そこに含まれる諸問題を、思いきり現代(の視聴者)に引き寄せてもらう接点としている。

『ラヴクラフト・カントリー』では、この選曲センスを過剰なまでに推し進めたような場面さえ見受けられる。1エピソード内で、カーディBの楽曲を2曲使うことさえ躊躇しないどころか、そのうちの1曲は2017年を代表するポップソング「Bodak Yellow」で、しかも使用箇所は、この曲でも有名な、「クリスチャン・ルブタン」特有のスティレットのヒールの内側とソールに見られる血のように赤い色に、ラッパーとしてライバルを血祭りに上げるような気性の荒さを重ね示すライン。この部分を聴きながら、視聴者は、フレームには入ってこない、本当に血まみれになったヒールだけでなく、#MeTooも脳裏に浮かべることになるのだ。

『ラヴクラフト・カントリー 恐怖の旅路』
BS10 スターチャンネルで放送中
https://www.star-ch.jp/drama/lovecraftcoutnry/sid=1/p=t/

Edit Sogo Hiraiwa

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author:

小林雅明

最新の著書は『ミックステープ文化論』(シンコーミュージック、2018年)、訳書は『ラップ・イヤー・ブック』(シェイ・セラーノ著、DUブックス、2017年)。本稿あるいは『ネットフリックス大解剖』(DUブックス、2019年)での「ブラック・ミラー」論考での手法を深化させたかたちで、チャイルディッシュ・ガンビーノ/ドナルド・グローヴァーの主要全作品について論じた書籍を、彼の次なる新作に合わせて発表。

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