「Whitelies Magazine」−−東洋と西洋をつなぐ文化的コネクターとしての創造的プラットフォーム

ベルリンを拠点とするWhiteliesは、「東洋と西洋の文化的な対話」という一貫したコンセプトのもと、これまでに紙媒体で10号出版してきたパブリッシャーである。各号で横断的なテーマを定め、アーティスト、デザイナー、音楽家、写真家、舞踏家など、各分野で活躍する人々の深い精神性を探るインタビューを実施し、写真等とともに掲載している。最新号では音楽家の坂本慎太郎や写真家のチョ・ギソク等が表紙を飾る。

自身の内部と外的世界、過去と未来、自然とテクノロジー、東洋と西洋、こうしたエレメント同士が対峙するエネルギーに身をさらし、普遍的な何かを感じ取る。Whiteliesを、人々の自由な創造的活動と文化の発展を支えるプラットフォームと定義し、雑誌やメディアを創造する現代的な意義とは何か。現在、東京を拠点に活動するWhiteliesの創業者、ステファン・ドーターに話を聞いた。

「文化的コネクター」としての表現の追求

Whitelies Magazineの変遷について教えてください。

ステファン・ドーター(以下、ステファン):「Whitelies Magazine」は常に成長するプラットフォームと言えます。よく知られている、志の高いアーティストやブランド、ギャラリー等に対して、創造性を発揮できるスペースの提供を目的にしています。あらかじめ意図された表現によってではなく、彼等の創造の結果として雑誌が作られるのです。また協業したアーティスト達のストーリーや作品が、雑誌を通して欧米やアジア等の国を越えて認知され、新しいプロジェクトに繋がります。

創業時に遡ると、私が経済学を専攻する学生だった19歳の時にWebのブログマガジンとしてスタートしました。当時はオンラインの発信に関心があり、あるWebメディアの仕事で培ったノウハウや人脈を生かして、自分でも始めてみようと考えました。最初はファッションに特化した内容でしたが、徐々に文化的なトピックを扱うようになり、コンテンツをヴィジュアル的に対話させるようなプラットフォームにしたいという気持ちが強くなりました。その過程で、西洋と東洋、特にヨーロッパと日本の文化的な対話にフォーカスしたいと思ったんです。それぞれをベースにするアーティストやデザイナーとのコラボレーションを通して、新たな表現を生み出そうと模索しました。

–西洋と東洋の対話を考えるようになったエピソードは何かありますか? また、対話によって何を目指していますか?

ステファン:私が東洋文化に触れて感じた個人的な経験に基づいています。19歳の時、仏教の考えや禅の思想に共感し、自身の生活に瞑想などを取り入れ始めて、翌年には東洋文化を実際に体験したいと思い、ほとんどの時間を旅に費やしました。50ヵ国以上を訪れた経験を通じて、文化的な対話がもたらす有機的な作用を実感したんです。世界は多様であり、各地域の人々が、それぞれの文化における視点や文脈を持っていますので、それらを俯瞰するような広い視点を持つ“文化的コネクター”が存在していると感じることがあります。「Whitelies Magazine」では、この“文化的コネクター”としての表現を常に追求してきました。

最近「Whitelies Magazine」の編集部でベルリン、コペンハーゲン、東京をベースにするメンバーと、現代においてのアイデンティティは何を意味するかについてディスカッションしました。彼等は現在もロンドン等さまざまな都市を横断しています。多様なバックグラウンドをもつメンバーがアイデンティティや文化的な文脈、経験について対話を重ねることで、新たな示唆を得られました。次号の「Whitelies Magazine」では、読者が同じような体験ができる表現を目指しています。

–西洋との対話という観点で、東洋、特に日本にフォーカスしている理由は何でしょうか?

ステファン:日本にフォーカスするのは、「Whitelies Magazine」のチームが抱く個人的な印象に由来しています。日本はとても多様で、中でも東京はまさにメトロポリスですし、欧米の大都市と比較しても特異性を感じます。欧米の都市の場合、人々やトレンド、新しいお店や場所に対して抱く印象が想定範囲内だったことが多々あります。変化のスピードも緩やかです。

一方、東京では驚くほど日夜さまざまなことがあり、整理が追いつかないくらい、多くの経験やアイデアを得ることができます。特に個人経営の小さな店舗等のスペースが密集したエリアは、特異な魅力を発しています。

–現在、東京に拠点を移して活動してますが、生活していて感じることはありますか?

ステファン:今年の4月に東京へ拠点を移しましたが、これまでの旅の経験と同等のものを日常生活の中で得られるので、旅をする必要がなくなりました。東京での日々は非常に多くの発見に満ちています。こんな経験は初めてでした。それに東京から数時間移動するだけで、伊豆のような、豊かな自然を体験できます。日常にすべてがあって、その自然な延長線上で、瞑想的な経験が可能なんです。

ヨーロッパでは、最高のアウトプットのために多くのエネルギーやコストを掛けることが一般的ですが、日本ではアウトプットだけでなくプロセス全体に配慮が行き届いていると思います。例えば、郊外のカジュアルなラーメン店であっても、スタッフのサービス提供に対する配慮を感じることができます。こうした観点で豊かな生活ができるのは素晴らしい。また、個とオリジナリティが保たれていることも特筆すべき要素です。建築と機能によって都市は形成されていますが、日本の都市は現代的な機能だけに特化しない伝統建築も混在している。神道において「万物に霊が宿る」というアニミズム的な考え方がありますが、日本の文化や伝統は、長い時間をかけて蓄積されたあらゆる知的・創造的行為の集合だと感じます。そこに私は魅了されます。

常に進化を続ける東京の独特なサブカルチャーも興味深くて。個人運営の小さなバーやクラブが、雑居ビルの中等にあって、ユニークなテクノのイベントも行われています。インディペンデントであってもそれぞれの表現が尊重されて、集まる人々も自由に個性を表現することができる。そんな場所は本当に居心地が良いです。

優れた創造性は時代を超越する、普遍性を有する

–情報技術の発達により、遠隔でのコミュニケーションや創造等もある程度可能になっている中、拠点を移したり、身体的に対話したりすることの重要性とは何でしょうか?

ステファン:コロナ以降、人々の移動や交流が制限され、私もベルリンに留まらざるを得ない状況になりました。フィジカルなコミュニケーションが難しくなり、国外のディレクターや写真家、スタイリスト等からなる共同プロジェクトが止まってしまいました。この状況を踏まえて、今後は新しいコミュニケーション技術を活用して、「Whitelies Magazine」をプラットフォームとする対話やコミュニティを維持し、新たなステージに押し上げることが課題です。現在「Whitelies Magazine」はオンラインでコンテンツを拡充していますが、私自身はアナログなタイプで、スケジュール管理やアイデアのメモやスケッチは、一貫してノートに手書きしています。このやり方が一番機能的なんです。

オンラインでも会話や情報収集はできますが、フィジカルなコミニケーションから得られる感覚と同じレベルではないと感じます。メディアとユーザーについても、同じような関係性でしょう。オンラインメディアの利便性や発信力といったメリットとその特性を理解し活用することは大切です。一方で、オンラインメディアでフィジカルな対話は可能でしょうか?

「Whitelies Magazine」は紙媒体の有効性として、“Timeless(時代を超える)”であることを重要視しています。雑誌の場合、置いてある場所で実際に触れて購入し、保存することができます。10年後にその雑誌を再度読む可能性があって、その時に読者が何を思うかは予測不可能。この可能性を踏まえると、雑誌という表現は未だに重要だと感じます。

–毎号のテーマの決め方と、プロジェクトの進め方について教えてください。

ステファン:「Whitelies Magazine」では、自分達が興味のあるものを分け隔てなく取り上げ、毎号テーマを設定してプロジェクトを進めます。専門誌の方向性もありますが、興味の範囲が広すぎて対象を限定することが難しいです。テーマは個人的な日常や興味、時代や取り巻く環境に関係した特集になります。

最新号の「Patience」については、9号の「Permanence」からの流れや、突如社会を激変させたコロナによる影響が大きいと思います。すべての企画は編集者とコントリビューターの対話からスタートします。編集長が一方的にテーマや各コンテンツを決めるのではなく、キュレーターのような立場で、アーティスト達との対話を重視してアイデアやストーリーを共有します。その上で、今回のテーマにフィットするか、プロジェクトを通して「Whitelies Magazine」のヴィジョンが成長していくかを判断して決定しています。「彼等と一緒に仕事をしたいと感じるか」「コンテンツが『Whitelies Magazine』の理念とテーマに合っているか」「積極的な対話と相互作用が生まれるか」という考え方が中心なので、対象の知名度が優先されることはありませんし、コンテンツにヒエラルキーも存在しません。プロジェクトを進める上で重要なのは、制約を設けないこと。編集者とコントリビューター、アーティストを含む関係性は全てフラットな立場で、各メンバーのポテンシャルを最大限生かせることを大切にしています。

-最新号で印象に残っているプロジェクトはありますか?

ステファン:選ぶのが難しいですが、以前から継続して出版のサポートをしてもらっている「シャネル」とのプロジェクト「Chanel N°5 — An instant territory to explore」は素晴らしいものでした。お互いに良好な関係が構築できており、我々の意向を尊重してプロジェクトを進めてくれます。香りの原料となるジャスミンの花を育てる様子を写真に納め、その美しい物語を描き出すため、調香師であるオリヴィエ・ポルジュに長編インタビューを実施しました。「シャネル」の香水がどのように作られるのか、その驚くほど繊細なプロセスについて記録できたのは、とても名誉なことでした。興味深いのはこの企画がPRということ。広告であっても創造性を最大限発揮できるということです。

–次号のテーマについて教えてください。

ステファン:次号のテーマは「Identity」で、9月の発行を予定しています。「Whitelies Magazine」に関わる人が増えて、チームとして大きく成長したこともあり、特別な号にしたいと考えています。これまで年2回の発行でしたが、今後は年1回の発行を想定しています。コンテンツだけでなく、発行の時期や頻度も“Timeless”の概念に基づきます。今回私が拠点をベルリンから東京へ移したので韓国等、東アジアでの展開にも注力したいと考えています。また、パリのファッションウィークに合わせて、現地のギャラリーで次号で協業するアーティストの展示を行う予定です。そこに集まる人が雑誌を通じて「Identity」や「Whitelies Magazine」のコンセプトを共有し、何かを発見してもらえるような機会にしたいです。

–今後のヴィジョンについて、「Whitelies Magazine」を通して何を目指していきたいですか?

ステファン:現在、多くの雑誌は流行やファッション産業に依存しているので、同じ時期に、同じ場所で売られ、同じような誌面になってしまっていて、以前のような高揚感を味わうことが難しくなりました。雑誌から新しさや時代感が失われていく中で我々は「時間を超越した創造」を目指しています。ドイツでは書店以外に、カフェやホテルなどにも「Whitelies Magazine」を置いてもらっています。先日、あるカフェに第3号が置いてあるのを偶然見つけました。5年ほど前の号ですが、それがバックナンバーだと気付いていないようでした。ファッションでも、アーカイヴ・コレクションという概念を打ち出すブランドが出てきましたよね。シーズンや最新コレクションという概念を脱し、「過去の優れた創造性は時代を超越する影響力を持つ」という考え方です。

–アーカイヴの概念は“Timeless”と共鳴する部分がありますか?

ステファン:はい。私はファッションのプロジェクトにおいて、アーカイヴの概念とともにブランドのエッセンスを抽出して、クリエイティヴに反映するようにしています。現在進行形の事象において、「現在」のみの基準で判断することは大きな誤りです。あらゆる事象において時間の流れや歴史的な背景、文脈で捉えるべきだと考えます。例えば、あるブランドのコレクションについて、SNSに流れるイメージの断片から、ブランドの理念や全体像を捉えることは不可能ですよね。ファッションブランドの“アイデンティティ”とは、歴史の変遷と、各時代の社会的背景、文化との関係性を同じ枠組みで捉えることで浮かび上がってくるものでしょう。

ステファン・ドーター
ドイツ南部バンベルク生まれ。写真や映像表現によるアーティストとして、ベルリンと東京を拠点に活動する。「エルメス」や「シャネル」「ディオール」等、エシカルな試みを行っているファッションブランドとのコラボレーションを行い、「VOGUE」や「Numero」「Purple」「Monocle」等のメディアにも携わる。2012年に編集長として、カルチャー誌「Whitelies Magazine」を創刊。ヨーロッパと東アジアが文化的な対話をするプラットフォームを目指している。https://stefandotter.com
Whitlites Magazine:https://www.whiteliesmagazine.com

Direction Hiroyoshi Tomite
Photography Jun Yasui
Edit Akio Kunisawa


author:

Nami Kunisawa

フリーランスで編集・執筆を行う。主に「Whitelies Magazine」(ベルリン)や「Replica Man Magazine」「Port Magazine」(ロンドン)等で、アート、ファッション、音楽、写真、建築等に関する記事に携わる。Instagram:@nami_kunisawa

この記事を共有