無差別殺傷事件はなぜ起こるのか 写真家・ノンフィクションライターのインベカヲリ★インタビュー前編

写真家・ノンフィクションライターとして活動するインベカヲリ★。昨年出版した『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(KADOKAWA)が、第53回「大宅壮一ノンフィクション賞」にノミネートされるなど、ノンフィクションライターとしても高い評価を得ている。そんなインベが5月に『私の顔は誰も知らない』(人々舎)と『「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理』(イースト・プレス)を出版。バラバラに出版された2冊だが、読むとそこには“社会への違和感”というテーマが浮かび上がってくる。自身も「社会には適応できない側の人間」と話すインベが、この2冊を制作して、日本の社会に対してどんなことを感じたのか。インタビュー前編では、『「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理』について話を聞いた。


——5月16日に『私の顔は誰も知らない』が、5月19日には『「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理』(以下『無差別殺傷犯の論理』)が、立て続けに出版されました。拝読してこの2冊に通底するテーマは、“社会への違和感”だと思ったんですが、出版のタイミングはあわせたんですか?

インベカヲリ★(以下、インベ):たまたまです。もともと『私の顔は誰も知らない』は昨年に出るはずだったのですが、いろいろと遅れてこのタイミングになりました。でも2冊同時に出版することで、書店で並べて置いてもらえたり、イベントも一緒にやれたりするので、結果的には一緒のタイミングで良かったなと思っています。

——まずは『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(以下、『家族不適応殺』)とも関連する『無差別殺傷犯の論理』についてお聞きしたいんですが、この本は『家族不適応殺』を出版されてからオファーがきたんですか?

インベ:そうです。企画は決まっていて、担当編集の方が『家族不適応殺』を読んで、書き手として私にオファーしてくれました。それで細かい内容や人選は2人で詰めていきました。

——本書では「死刑になるため」「無期懲役になるため」と言って、無差別殺傷事件を起こす犯人について、2008年の秋葉原無差別殺傷事件の犯人・加藤智大の友人である大友秀逸さんをはじめ、研究者や専門家、加害者家族を支援する人、元刑務官など、10人へのインタビューが中心となっています。人選はどうやって決めたんですか?

インベ:加害者と直接的なやりとりがあった人をメインに探して、あとは加害者家族といった周辺の関係者と関わりのある人など、無差別殺傷事件についてさまざまな角度から語ってもらえる人を選びました。

——出版のタイミングを考えると、取材は短期間でぎゅっと詰め込んだ感じですよね?

インベ:企画から完成まで4ヵ月くらいですね。昨年の後半から京王線刺傷事件の「ジョーカー」と呼ばれた服部恭太のように「死刑になりたい」といった動機の無差別殺傷事件が立て続けに起こったので、できる限り早めに出版したほうがいいということになり、急いで作りました。

——本書を読むと、登場する人の多くは死刑制度に反対されていましたね。「死刑制度が犯罪の抑止力になってない」という話もありました。

インベ:そうですね。ただやっぱり、海外にくらべると日本は殺傷事件が少ないんです。だから抑止になっているというより、取材を通して感じたことは、罪を犯さないかわりに、日本は自殺に向かう人が多いんだなということでした。

——無差別殺傷犯も自殺の人数も男性のほうが多いですよね。これは何が問題だと思いますか?

インベ:男性は自分の感情を話すことが少ないですよね。例えば男性のほうが映画の話をしていても「〇〇にはこういう意味がある」みたいに、知識を話す傾向があるのに対して、女性はどちらかというと、「これが悲しかった」「これが嫌だった」とか感情の話をする傾向が強くて、しかも初対面でもいきなり生々しい実体験の話になったりする。男性だと初対面では「お仕事は何をされていますか?」とか社会的な話をする印象があります。

——確かに定年退職とかで仕事から離れると、男性のほうが孤独になりやすいという話はよく聞きます。男性は仕事を通じての関係性を作っていけるけど、プライベートでの友達作りとかはうまくない。特に大人になればなるほど難しくなります。

インベ:生物的なものもあるかもしれないけど、昔の「男は強くあれ」みたいな「らしさ」も関係しているとは思います。他人に弱音を吐けないということで、自分の感情を素直に出す場所が少ないんだと思います。それが自殺にもつながっているのかなと。

自殺が許容されるのは危険なこと

——本書に出てくる人は死刑制度に反対派が多かったですが、インベさん自身はどう考えていますか。

インベ:私は別に死刑制度に反対というわけではないです。そもそも死刑というものの存在が遠すぎてリアリティーがないから判断できないというのもあります。その上で、もし自分が被害者の家族だったらと想定すると「死刑にしろ」と思うだろうなとも思います。ただ、この本に出てくる元刑務官など、個人的な憎しみもないのに、自分の手で刑を執行しないといけない人が、死刑制度に反対するのはよくわかります。

——無差別殺傷犯には、ネットの反応などを見ると、「1人で死ね。他人を巻き込むな」といった意見も多いですよね。その辺は取材を通してどう感じましたか?

インベ:それはイコール「自殺しろ」って話じゃないですか。結局自殺の多い日本においては、「自殺が許容されているんだ」という話につながると思うんです。殺人犯に対し「1人で死ね」というのは批判されない言葉になっているじゃないですか。自殺に関しては多くの人が納得しているという空気感が出来上がってしまうのは、すごく危険だなと思っています。

自殺と無差別殺傷事件を起こすことの最大の違いって、この本の中で元刑務官の坂本(敏夫)さんが「無差別殺傷犯にはアピールしたいこと、話したいことがいっぱいある」と言っていて。「どうせ死ぬなら、最後に社会に対して自分の言葉を伝えたい」と思う人が、無差別殺傷に向かうんじゃないかなと思っています。事件を起こす前に話ができる場所があれば変わってくるのではないでしょうか。

——表に出てこない社会への不満は高まっているように感じます。この本ではどうしても世間で生きられない人の行き場が刑務所になっているみたいな話もありましたね。

インベ:刑務所がセーフティーネットになっているという話ですね。この本では、高齢者が老人ホームの代わりに窃盗などを繰り返して刑務所に入るという話も出てきます。それは貧困や身内がいないという問題でもありますが、そういうことが現実として起きているようです。

“変わった人”を許容できる社会へ

——日本だと「1回失敗するとなかなかやり直しがきかない」というのも関係していると思っています。

インベ:そうですね。本の中でYouthLINK(有志の学生による「生きづらさ」や「学校への行きづらさ」を抱える、あるいは抱えてきた学生同士が「つながる場」をつくる学生団体)の学生さんとOBに取材したんですが、2人ともすごく優秀で、挫折するまではエリートコースを歩んでいた側なんですけど、それでも「道は1つしかない」みたいな洗脳があったと話していて。しかも私が驚いたのは、その話をしている2人とも、親から「いい大学に入りなさい」とか「勉強しなさい」とはまったく言われず育ったと言うんです。それなのに「失敗してはいけない」と考えてしまうということは、目に見えない何か大きなものに自然と洗脳されているってことですよね。それは怖いなと感じました。

——少し意識は変わってきていると思いますが、日本には「いい大学に入れなかった。また新卒でいい会社に入れなかったら負け組」っていう考えがありますよね。現実的にはそうじゃなくても、「失敗できない、やり直しがきかない」っていうのは若い時は特に感じてしまうのかもしれません。無差別殺傷犯には「人生をリセットしたい」「やり直したい」っていう気持ちもあるんでしょうか?

インベ:無差別殺傷事件を起こせば死刑や無期懲役になるので、リセットしたいよりかは終わらせたいっていう気持ちだと思います。その上で、自分が弱者として死ぬくらいなら、社会に勝利して死にたい、みたいな気持ちなのかなと、私は思いました。実際に行動しなくても、「無差別殺傷」を妄想する人は意外といるんじゃないですかね。

——その辺りの話は本のあとがきでも出てきますよね。

インベ:そうです。でも、そういう殺意の話って、人とシェアできない。それが逆に当事者を行動に向かわせている気がしています。ちょっとでもそんなことを言えば「そんなこと考えるな!」って拒絶されてしまうし、だから「行動で証明しよう」ってなる。もう少し気軽に、「殺人願望を抱えている」と言える場所があればいいんだろうなと、取材を通して感じました。

——無差別殺傷に向かわないためには、社会の枠組みを変えるべきだと思いますか?

インベ:そうですね。これが正解、というものから外れた人間を受け入れないのが今の社会だと思います。でも、人間は本来変な生き物だと思うから、変な人のほうが普通だということを本を通して伝えたい。この本では取材した方達はたまたま、そういう人達を受け入れていて、「そういう人もいるよね」って立場だったので、取材をしていて私にとっても癒やしでした。

あとがきに書いてますけれど、本当に短い期間で作って、その短い期間ずっと無差別殺傷犯を受け入れている人達の話を聞き続けるという特殊な環境にいて、「なんでこんなに心が満たされてるんだろう」という気持ちになって。無差別殺傷犯って究極的に排除される存在。それを受け入れている人達の話を聞くと、巡り巡って自分が受け入れられる社会を作っていくことになる。その感覚が癒やしにつながった。読者にもこの本を通してそうした体験をしてもらいたいと思っています。

後編へ続く

インベカヲリ★

インベカヲリ★
写真家・ノンフィクションライター。1980年、東京都生まれ。短大卒業後、独学で写真を始める。編集プロダクション、映像制作会社などを経て、2006年からフリーとして活動。一般人女性の人生を聞き取り、その心象風景を写真で表現するポートレート作品を撮影。2008年三木淳賞奨励賞受賞。2013年に写真集『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎)で第39回木村伊兵衛賞最終候補に。2018年第43回伊奈信男賞を受賞、2019年に日本写真協会新人賞を受賞。写真集『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』のほか、ライターとしても、共著『ノーモア立川明日香』(三空出版)や忌部カヲリ名義のルポ『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?-』(新潮社電子書籍)、『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(KADOKAWA)など。
http://www.inbekawori.com
Twitter:@kaworikawori

私の顔は誰も知らない

■私の顔は誰も知らない
著者:インベカヲリ★
出版社:人々舎
価格:¥2,420
発売日:2022年5月16日
ページ数:380ページ
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784910553016

「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理

■「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理
著者:インベカヲリ★
出版社:イースト・プレス
価格:¥1,870
発売日:2022年5月19日
ページ数:268ページ
https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781620824

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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