「時流に関係なく、自分達がずっと聴いていられる曲を作っていく」 おとぎ話・有馬和樹インタビュー後編

昨年、結成20周年を迎えた4人組バンド、おとぎ話。この6月にリリースされた彼らの最新作『US』は、驚くほどスウィートかつポップな楽曲群によって編まれている。自身が最高傑作と位置づけた2018年リリースの『眺め』で、バンドはミニマルな構造を持つサウンドプロダクションとグッドメロディが織りなす音楽像に一つの到達点を見た。それを経て、2019年にデジタルで先行リリースし、2020年にパッケージ化した『REALIZE』では“サイケデリックなネオソウル”というコンセプトを打ち出したが、これはオリジナルアルバムではなく、企画盤としての性格を持つ作品だという。『REALIZE』がオリジナルアルバムとしてナンバリングされていない驚くべき経緯はこのインタビューで明らかになっているのだが、『眺め』と『REALIZE』で形象化した音と歌の結晶が、この『US(アス)』というバンド史上最も開かれたポップアルバムを生み出したのは間違いない。そして、8月13日には過去最大規模となる日比谷野外大音楽堂での単独公演が開催される。ここに至るまでのあまりにドラマティックなストーリーをフロントマン、有馬和樹が語ってくれた。

前編はこちら

——それで、『眺め』という自分達で最高傑作だと思える自信作を作れたという。

有馬:そう。『眺め』でバンドのやり方として1つの形が見えて。そこからどうしようかという時に「ルイ・ヴィトン」の話がきて。写真は世の中に出ていかなかったけど、それをきっかけにもう一回真逆の音楽への取り組み方を4人でできたのはホントにラッキーだったなと思って。それが『REALIZE』で。

——もし『REALIZE』が作れなかったら燃え尽き症候群になっていた可能性もある?

有馬:なってたと思います。『眺め』の1曲目の「HOMEWORK」ができた時にずっとやりたいことができたなって思っちゃって。あの曲もずっと同じコード進行をループしながら作って、その中でどんどん景色が変わっていく。ギターで景色(サウンドスケープ)を変える曲の極地に行けた気がしたから。そうなるとそれを更新するしかない。レディオヘッドで言うなら『OKコンピューター』を作って、また同じアルバムを作るのかなと思っていたところを、『REALIZE』で『キッドA』を作れたみたいな。だから、めちゃくちゃよかったんです。

——わかりやすい(笑)。

有馬:で、さらに今回の『US』ができたので。全部が腑に落ちていて。この前、「アトロク」(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)に出た時に宇多丸さん(ライムスター)が「このアルバムはロックバンドの作品なんだけど、その範疇に収まってなくて、僕みたいな人にもすごく刺さる」って言ってくれて。すごくうれしかったんですよね。

——『US』を作るうえで全体をけん引した曲はどれですか?

有馬:1曲目の「FALLING」ですね。ヒップホップ的というか、ループの中でメロディーと、あんまり主張しないような歌詞なのになぜか残るような感じにしたくて。今回、歌詞は男性性や女性性を限定しないようにかなり意識して。もともとあまり限定してなかったけど、今回は今まで以上にフラットにしたくて。

——それはやはり現代社会の様相と自分のソングライターとしての作家性を照らし合わせてそうしたいと思ったんですか?

有馬:そうですね。ジェンダーレスな社会になってきている時代ですけど、俺はもともとバンドをやりながら「ロックバンドは男に聴かれてナンボでしょ」みたいなことを言う人にずっと違和感があって。そういうところにも世間との乖離をずっと感じていたし、世の中がコロナになってからさらに醜悪な男性性が浮き彫りになるようなニュースとかも目にするようになったなって。映画監督のセクハラのニュースとか最悪だと思ったし、1981年生まれの自分の世代ってけっこうそういうのがあたりまえのようにあったなと思って。

——露骨な差別とか、暴力の肯定とか。

有馬:そう。男子校に通ってたからより「男はこうあるべきだ!」みたいな空気があって。

——マチズモ的な暗黙の了解だったり。殴られたら殴り返さないと男じゃない、みたいな。

有馬:そうそうそう。そういう空気の中で男性として答えられない自分がずっといて。性的嗜好もストレートで結婚もしたんだけど、去年、離婚しちゃって。

——ああ、そうだったんだ。

有馬:そうなんですよ。離婚する時もどこかで男性として応えられない自分がいたというか。そういうことも考えながら、すべての人が主人公として聴けるような曲を作ろうと思ったんですよね。でも、40(歳)すぎてやっと自分が抱えてきた違和感と意識的に向き合って、そういう曲を作ろうとなったのかと思うとショックでもありましたね。

「いつ聴いても最高でOK!」みたいなアルバムを目指して

——おとぎ話が歩んできた道のりの中でインディーシーンにもいろんな潮流があったと思うんですけど。泥臭いバンドこそインディーズという時代もあったと思うし、USインディーからのフィードバックが全盛の時もあったし、東京インディーとかシティポップというワードが独り歩きしていった時代もあったし、そこからブラックミュージックや現代ジャズやヒップホップやあらゆるビートミュージックをニュートラルに捉えてそれぞれのスタイルで昇華するという現在進行の様相があったり。本当にいろんなレイヤーがあるんですけど、この『US』というアルバムはそういう潮流をポップに見渡せるような、呼応していけるような趣があるなと思ったんですよね。

有馬:それ、すごくうれしいっす。まさにそうだと思う。おとぎ話って、初期のほうが「周りがこうだから」って見え方ばかり考えてた気がして。わりと早い段階でパンク系のファンの人達には届かないって自覚して、「自分達は自分達だからいいや!」と思いつつも、やっぱりロックバンドが強かったので「あのバンドと対バンするならこういう曲があったほうがいい」って思ったりしていたんです。でも、そういうのも『REALIZE』を作った時に関係なくなって。そうなった瞬間にすごくラクになったんです。じゃあ『US』を作る時にどういうアルバムにしたいのかなって思ったら、小沢健二の『LIFE』みたいな、「いつ聴いても最高でOK!」みたいなものにしたくて。だから、もうこれからのおとぎ話はそういうアルバムだけ残していければいいなって思ったんです。そうすれば時流とか考えないで済むしたくさんの人に届く気がします。

——なるほど、めちゃくちゃ合点がいきますね

有馬:ひたすら自分達がずっと聴いていられるアルバムを残そうと思って。

——『US』は本当にスウィートでポップなアルバムなんだけど、今の東京に住んでる者としてはいろんな聴こえ方がするというか、ときに真逆の内容、その裏側の世界を想像してしまうというか。それこそ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』じゃないけど。

有馬:ああ、そっか。歌詞もサウンドも余白ばっか残してるしね。ポール・トーマス・アンダーソンの最新作の『リコリス・ピザ』って映画があるじゃないですか。

——奇遇にも今夜観に行きます(笑)。

有馬:あ、マジですか! 俺観たんですけど、『リコリス・ピザ』を観たら、「超『US』じゃん!」って思って。普通に自分が思ってるようなことをラブソングにしたら、いろんな人が自分の思い出を重ねるように感動してくれるんじゃないかなって。そう思えたことがめちゃくちゃうれしくて。『リコリス・ピザ』を観てもらえたらわかると思うんですけど。

——言い方が難しいけど、私生活で離婚という経験があって、よくこういうラブソング達を書けましたよね。

有馬:でも、それも自分を俯瞰してるからじゃないかな。男性性のこともそうだし、どう足掻いても自分は変わらないなと思って。バンドも今このタイミングでなぜこんなによくなるのかと思ったら、結局他人だからなんですよね。バンドって他人なんだけど、自分のようにメンバーに接してしまう。それでイライラしてケンカしたりするんだけど。でも、他人が自分とバンドをやりたいと言ってくれてるだけで基本的には否定する余地がないよなぁと思って。そう考えたらどんどんラクになってきて。「じゃあ自分は離婚したけど、どんな人間なんだろう?」って考えたら、すごく女子度が高い。たまたま女子度が高い男だというだけだなと思って。歌詞も「それでいいや! もう自分がやりたいようにやろう!」と思って書いたんです。

——おとぎ話を続けてきたから、そういう境地まで来ることができた。

有馬:そうですね。それはよかった。バンドをあきらめていたら何にも気づけなかったですね。

単独公演としては最大キャパの日比谷野外大音楽堂

——今日もここまでの道のりをカラッとした語り口で話してくれたけど、深刻に話そうと思えばいくらでもできるだろうし、そうならないのはおとぎ話というバンドと有馬くんのチャームがあってこそだと思う。

有馬:ホントにいくらでも深刻に話せる(笑)。もう、ポップだったらなんでもいいっすね。

——最後に8月13日の日比谷野外大音楽堂のワンマンについて。単独公演としてはバンド史上最大キャパになるんですよね?

有馬:そうです。最大です。怖くてしょうがない。できればやりたくない(笑)。

——でも、野音の抽選は激戦だし、なかなか取れないじゃないですか。

有馬:そうなんですよ。もともとは去年、一番お世話になっているライヴハウスの新代田FEVERのスタッフ達が「おとぎ話、20周年なのに何かデカいことやらないんですか?」って言ってくれたんです。でも、俺達自身は流れのままにやってきたし、そういうお祭り事に対して全然やる気がないので。そしたらFEVERが「じゃあ一緒に抽選に申し込んで当たったらタッグを組んでやりましょうよ!」って提案してくれて。それで1年間ずっと抽選に行ってたら、最終的にFEVERがこの日を引き当ててくれて。

——それもバンドが愛されてる何よりの証左ですよね。

有馬:ホントに愛されてるなと思います。ありがたい。そうじゃなかったら野音なんてできないですもん。野音は『US』モードでやりつつ、新しい10年の始まりになればいいなって。お客さんにも気楽に音楽を楽しんでもらいたいです。俺はそこに思想とかないし、そもそも音楽ってそういうもんでいいよねっていう、そういうライブをしたいですね。

おとぎ話
有馬和樹(ボーカル・ギター)、牛尾健太(ギター)、風間洋隆(ベース)、前越啓輔(ドラムス)の4人組。2000年の12月にバンド結成。2021年までに11枚のアルバムをリリース。felicity移籍第一弾アルバム『CULTURE CLUB』(2015年)に収録された『COSMOS』と映画『おとぎ話みたい』における山戸結希監督とのコラボレーションは未だに熱烈なフォロワーを生み続けることに。結成20周年を経てもバンドの新しい音楽表現に挑む姿勢に各界クリエーターからのラブコールも止まない。2022年6月、待望の新作『US』をリリース。そして8月13日には日比谷野外大音楽堂でのライブ<OUR VISION>を開催。「日本人による不思議でポップなロックンロール」をコンセプトに掲げて活動ケイゾク中。
http://otogivanashi.com
Twitter:@otogivanashi
Instagram:@otogivanashi
https://www.youtube.com/channel/UCd4QzATsDnJqvwG9pmmX6NA

おとぎ話 12th album『US』 Label : felicity / P-VINE

■おとぎ話 12th album『US』
Label : felicity / P-VINE
¥2,970 
Track List
1. FALLING ★リード曲 
2. BITTERSWEET
3. DEAR
4. ROLLING
5. RINNE
6. VOICE
7. VIOLET
8. SCENE
9. VISION
10. ESPERS
https://p-vine.lnk.to/cvpf3d

日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>

■日比谷野外大音楽堂公演<OUR VISION>
日程:2022年8月13日
時間:開場16:00/開演17:00
チケット発売中:全席指定¥6,600

Photography Ko-ta Shouji
Edit Atsushi Takayama(TOKION)

author:

三宅正一

1978年生まれ、東京都出身。雑誌「SWITCH」「EYESCREAM」の編集を経て、2004年に独立。音楽をはじめとしたカルチャー全般にわたる執筆を行う。Twitter:@miyakeshoichi Instagram:@miyakeshoichi

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