北海道・苫小牧を拠点に活動を続ける3ピースバンド、NOT WONK(ノット・ウォンク)。加藤修平(Vo.&Gt.)を中心に2010年に結成。2015年に1stアルバム『Laughing Nerds And A Wallflower』をリリース以降、そのライヴパフォーマンスでロックファンのみならず、多くのミュージシャンからも支持を集める。
今年1月27日には4枚目となるアルバム『dimen(ダイメン)』をリリース。これまでのUSインディー、メロディック、パンク、ギター・ポップ等をクロスオーバーさせてきた彼らの新たな実験的な試みが感じられる作品となった。
今回、NOT WONKですべての曲の作詞・作曲を手掛ける加藤修平のインタビューを前編と後編の2回に分けてお届けする。前編では、『dimen』での、エンジニアのIllicit Tsuboiの起用や各楽曲で行われた実験的な試みなどについて話を聞いた。
エンジニア・illicit tsuboiの起用について
――『dimen』の大きなポイントの1つに、illicit tsuboiさん(以下ツボイさん)の参加が挙げられると思います。ツボイさんと共同作業した楽曲は「slow burning」以外の9曲ですね。ツボイさんのことを知ったきっかけを教えてください。
加藤修平(以下、加藤): KiliKiliVillaから出たodd eyesのアルバムのミックスをツボイさんがやっていたので、そこで認識しました。その時は、別にツボイさんと仕事がどうのということはあまり考えていなかったんですけど、去年ナタリーでエンジニアの方を特集する連載をやっていて、そこでツボイさんのインタビューを読んだんですよ。その時に、「この人おもしろいな」と思ったのが仕事をしたいと感じた大きなきっかけですね。あと、SUPER STUPIDとも仕事をやっていたということにも引っかかりました。そんな人が、今長谷川白紙さんと仕事をやっていることもあり、話が通じそうだなと。
――ツボイさんに依頼する時に、どのような経緯でアプローチをしたんですか?
加藤:『dimen』は、初期の構想では1曲ごとにエンジニアを変えようと思っていたんですよ。その取っ掛かりの1曲「slow burning」を、前作『Down the Valley』で一緒に仕事をした柏井日向さん(以下、柏井さん)とやっていて、「これからどうやってアルバム制作を進めていこうか」という時に、コロナ禍が始まってしまったんです。スケジュールも予算も大幅に変わっていった時に、この状況で作品をおもしろくできるのはツボイさんしかいない、という感じになりました。仕事の流れとしては、基本的に僕がデモをガッツリ作って、それをツボイさんにお渡しして、ミックスをディスカッションしながら進めていきました。
――コロナ禍があったために、もともとの構想から方向転換して、ツボイさんに依頼するという流れになったと。ミックスはやはりリモートでのやり取りだったのでしょうか?
加藤:ミックスは立ち会いで、1週間くらいスタジオに籠ってやっていました。2020年の11月末に録音を初めて、12月の1週目くらいで共同作業は終わりました。一緒に作業した期間は短かったですけど、毎日一緒にいたみたいな感じです。
――ツボイさんは、短期集中で依頼主と一緒に仕事をするスタイルなんですね。
加藤:いえ、基本はツボイさんが自分でやって、ミックスも時間をかけたくないタイプのようです。でも、僕は、僕なりのビジョンがあるので、自分で言いたいタイプなんですよね。ツボイさんに頼んだ理由としても、ナタリーの連載の中で、「オーダーがあるバンドとは一緒にやらない。こういう音にしたいというのがあると受けない」というのを見て、じゃ一緒にやったらどういうふうになるのか。僕の作ったものをぶつけてみたら、どのように思うのかという好奇心が湧いてきました。もっと意見が衝突するかと思ったんですが、ツボイさんが紳士的な方なので、いい感じに意見を交換しながらできましたね。
――『dimen』を聴いて、いつも通りツボイさんの色が出ているなと思ったので、意見交換しながらやったというのは少し意外でした。
加藤:みんな、「ツボイさんのプロデュースが効いているな」と思っているかもしれないですけど、サウンドのコンセプトは、僕がもともと目指していた方向性とそんなにズレがないです。ツボイさんとの作業も大事だったんですけど、『dimen』のサウンドには柏井さんと仕事をしたことの影響があるんですよね。「slow burning」は2020年の3月に録って、柏井さんとのミックスが終わったのが10月なんですけど、そこでのミックスについてのやりとりの中で、ポストプロダクション的なサウンドの突き詰め方みたいなものをけっこう勉強しました。この曲は、音響的なところを実験したくて、「これをやったらこうなるのか」というのをひたすらミックスで試していくというのをやりました。だからこの曲はアルバムの中で一番デコボコしていると思います。それを出発点にデモを作って、「ツボイさんの時はこういうふうにしよう」という流れだったので、自分が持っていた方向性にツボイさんのカラーを足したという感覚のほうが大きいですね。
――サウンドには加藤さんと、ふたりのエンジニアそれぞれとの相乗効果が現れているということなんですね。ツボイさんが「自分のこういうところと波長が合ったんだろうな」という部分はありますか?
加藤:ツボイさんとはスタジオで会ったのが初めてだったんですけど、ミックスのタイミングで「いわゆるちゃんとした音はおもしろくないですよね」という話をしました。楽器のキャラクターとか、部屋鳴りのキャラクターとか、声のキャラクターを活かす方向で考えると、バランスは二の次、三の次になりますよね、みたいな話で、そこは波長が合いました。
――ツボイさんと柏井さんはかなりタイプが違いそうですよね。柏井さんのエンジニアリングについて教えてください。
加藤:柏井さんは基本的にNOT WONKの音を好きでいてくれているんですよ。僕とフジ(ベース)とアキム(ドラム)が演奏するのを、そのまま録ることができればかっこいいと思ってくれているんです。ただ、個人的にはそのままだと、今の自分達からはみだせない感じがありました。「slow burning」を録る段階でも、そういう認識のズレをなくしていくところにちょっと時間がかかりました。逆に言うと、ツボイさんはバンドの印象がなく、僕が今回お渡ししたデモの印象が最初の印象だったと思うので、そういう意味ではやりやすかったです。
「1回やったら同じことはやらない」のがルール DTMにも挑戦
――デモを作っていたのはいつ頃ですか?
加藤:「200530」という曲はデモを作った日のファイル名になっていて、その日に作っています。夏の間は、曲を作っていなくて。10月いっぱいでデモを作成しました。曲自体はあったので、それをまとめる作業に1ヵ月かかったという感じですかね。実は、今回のアルバムの最後から2番目の「the place where nothing’s ever born」や「dimensions」は5年くらい前からあった曲なんです。前作の『Down the Valley』というアルバムを作った時は収録曲の倍くらいのデモがあって、それに入らなかった曲をけっこう入れているんですよ。『Down the Valley』は脚色をあまりせずに3人で演奏できるものを作ることがテーマの1つだったので、前作では弾かれた曲が『dimen』に入ってきています。だから新作は脚色が必要な曲が多かったという感覚がありますね。
――そうなると『dimen』は、3人で演奏することにフォーカスしなくなったということになりますが、それはコロナ禍の影響でしょうか?
加藤:コロナ禍というよりも、自分の中で「1回やったら同じことはやらない」というルールがあるので、『Down the Valley』の逆をいったというところです。2019年に『Your Name』というイベントやった時に、「your name」を苫小牧で録音したんですけど、それも最初から3人で演奏せず、女性のコーラスも入れて、自分でピアノを弾いて、ギターもいっぱい重ねて、というのをやっていました。だから、コロナになる前から「次はこっちだな」というのが2019年の夏くらいからあったという感じですね。
あと、『dimen』はデモを作るにあたって、DTMソフトを使用したのも大きいです。『Down the Valley』の時は、ギター1本弾き語りで作っていたんですけど、それとは作り方が全然違います。だからDTMのトレーニングを合わせると、『dimen』の制作には2年くらいかかっているかもしれません(笑)。
――ギター1本弾き語りからDTMソフトの使用というと、その間、バンドでジャムって作っていたということもしなかったということでしょうかね。
加藤:そうですね。もとからNOT WONKはバンドでジャムって作ることを一切しないので。ただいつもと違うところでいうと、「spirit in the sun」は、オケだけ全部作って歌を最後に起こしたというのはやりました。今までは歌ありきで全部作っていたので、その方法は初めてかもしれません。いわゆるギター&ボーカルの感じになったら嫌だなと思って。それを解除するために、全部ギターのフレーズを考えて弾いちゃってから歌うほうがいいなとその時思ったんですよね。
――加藤さんにとってのギター&ボーカルのノリというのはどういうものか教えてください。
加藤:基本的には、ストロークのアタックと歌のアタックが一緒になることじゃないですかね。そういうふうにならないようにしたかったんです。あと、僕はジェームス・チャンスがすごく好きで、「spirit in the sun」ではああいうフリーキーなギターをやりたかったので、それをやろうと思うと、歌とギターがある程度分かれていて、歌はベースとドラムの仲間みたいな感じでいたほうが作りやすかったというのもあります。
「バンドにとって課題がないのがストレス」
――『Down the Valley』からリズムが多彩になっていったじゃないですか。あのあたりから、バンドに対して求める技術レベルが高くなっていきましたよね。
加藤:そうですね。基本的にはみんな練習が好きなので、課題がない状態が一番バンドとしてはストレスなんですよ。僕ができないような難しいフレーズを持っていくと、「え〜」と言いつつも、次の週にはできるようになっているみたいなことがけっこうあり、それが楽しかったです。僕らの場合、曲のテーマというのは「ゴーストをきれいに叩く」とか、「裏の感じを感じつつ、音符の長さを大事にする曲」とか「テンポがハーフになって、めちゃくちゃ遅いんだけど、ちゃんとシャッフルする曲」とか、演奏のイメージが大きいんですよね。
――新作に影響を与えた音楽家がいれば教えてください。
加藤:挙げだすとキリがないですけど、例えば「in our time」はザ・バーズ、「slow burning」と「spirit in the sun」がフランク・シナトラ、「the place where nothing’s ever born」がシンディー・ローパーですね。
――シンディー・ローパーからの影響っていうのはイメージできていなかったので、面白いですね。
加藤:まず、ピシっとした8ビートの曲というのは、実は「the place where nothing’s ever born」しかないんですよね。8ビートとか4ビートというのは普通にやるとめちゃくちゃ普通になってしまうので、本来は使いたくなかったんです。でもそこであえて「8ビートはかっこいいよねということをちゃんとやる」というのは、どういうことなのかとみんなで考えたんです。『dimen』は「グルーヴすること」を念頭において作ったアルバムなので、「全くグルーヴしない」というのも、一周回っておもしろいなと思って。8ビートは「グルーヴしない」ことが可能なビートなので、ベースもギターもEDITしまくって作っていったんですよ。そしたら「これは80sっぽいな」と思うものができて、そこでシンディー・ローパーが参照に出てきたんです。
――「200530」についても聞かせてください。これはツボイさんと仕事していないとできないような曲だなと思ったんですけど、これもディスカッションの中でボーカルを小さくしていくことになったという感じですか。たぶん、最初はもうちょっと大きかったですよね?
加藤:最初はもう少し大きかったんですけど、僕のデモだと引っ込んでしまっていたという感じだったんですよね。でもツボイさんのようなちゃんとしたエンジニアの方がやると、歌はちゃんとするんです。めちゃくちゃにやろうしても、ある程度歌の帯域は残っているので、隙間があるというか。ツボイさんのモニターで、爆音でプレイバックするんですけど、サブウーファーもちゃんと鳴っていて、その辺のクラブより音がでかいみたいな。そうやって聴いていってボーカルが小さくなっていったという感じです。ミックスは深夜の作業だったので、深夜テンションの悪ノリもあります(笑)。
――『dimen』をリリースして、今どのように感じていますか?
加藤:先週、メンバーと「もうちょっとバンドっぽい曲やりたいよね」という話をしていました。「バンドっぽさってなんなんだろうな」ということをアルバムを出して以降から考えていて。バンドで演奏するというのは、要はグリッドがないじゃないですか。それをもうちょっと曲のアレンジに反映させたいなと思っていて。『dimen』はDTMソフトで作ったというのもあって、「spirit in the sun」は如実ですけど、違うブロックが並んでいる構成になっていますよね。それはそれでおもしろさがあるんですけど、3人で演奏するんだったらそれなりの流動性があるようなことを次はやりたいねという感じですね。
※後編へ続く