帰ってきたB BOY。小畑多丘「B BOY REVENGE 2022」に込めた想い

世界が注目するB BOY彫刻家、小畑多丘(Taku OBATA)が手掛けた巨大なB BOY彫刻。これまで山梨県、シンガポール、ニューヨークで展示され、そのままニューヨークに保管されていたこの作品が、ついに海を渡り戻ってきた。そこで「B BOY REVENGE 2022」とタイトルを打ち出し、東京の日本橋馬喰町にあるギャラリー「PERCEL(パーセル)」に約10年ぶりに姿を現した。

パーセルの空間の中央に、デン! とポーズを決めているB BOY。これは動き回るダンサー達の一瞬の静止を捉えた木彫りの彫刻で、360度どこから見ても完璧な美しさを誇っている。

ブレイクダンス、ヒップホップダンスに慣れ親しんできた小畑多丘が、ダンスを通じて得た身体の動きを新たな視点から解釈し、それを彫刻、ドローイング、ペインティングといったアートに託すことで、ブレイクダンスへの愛を表現しているのだ。これをやってのけているアーティストは世界で他にいないと思う。生粋のB BOYであり、彫刻家・アーティストである小畑多丘の世界観とは……。今回の展覧会での想いを通じて覗いてみたい。

小畑多丘(おばた・たく)/Taku OBATA 
B BOY彫刻家、ブレイクダンサー。1980年埼玉県生まれ。1999年にブレイクダンスを軸としたヒップホップユニット、UNITYSELECTIONSを結成。2006年に東京藝術大学美術学部彫刻学科卒業、2008年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。B BOYの木彫を軸に、ドローイング、ペインティング、版画など平面作品の制作も行う。2009年より国内外にて個展開催および、グループ展に参加。これまでに日本各地、ロンドン、パリ、ニューヨーク、シンガポール、香港、韓国にて作品を展示。B BOYのアイデンティティを現代アートに託した作品が、世界中で高い評価を受けている。
Instagram:@takuobata
Twitter:@takuspefad

黄金比から成り立つ木彫りの彫刻

——まず始めに「B BOY REVENGE 2022」というタイトルをつけた理由から聞かせてください。

小畑多丘(以下、小畑):映画『BEAT STREET』の中でかかっているアーサー・ベイカーの「Breaker’s Revenge」という曲から取ったのと、海外に出していた作品がやっと戻ってきたし、もう1回見せるという意味で。この作品は、10年前に山梨の「キース・ヘリング美術館」で個展(「小畑多丘「B BOY on Sky Court 」)をやった時に制作したものです。

「キース・ヘリング美術館」には、スカイコートというすごく気持ちいい屋上があって、そこで展示をしたんですけど、展示が2ヵ月間と少し長かったし、ちょうど夏時季だったんで、台風がきた時は風や温度差があるだろうから、立っているポーズは危ないので寝ているポーズにしようってなったんです。それでずっと作ってみたかったこのポーズにして、その時の空間に合うサイズで作ったら、結果的にこの大きさになったんです。

——ブレイクダンスでは、このポーズはどういう形になるのでしょうか?

小畑:フリーズですね。CHINOさんやCRAZY LEGS(クレイジー・レッグス)なんかがよくやるポーズなんですけど、これはB BOYがやるポーズであり、彫刻的にもおもしろくあり、人体の構造的にもおもしろくもありと……、そういうふうに考えた作品です。

よく見ると片足のつま先は地面に着いていてかかとが浮いているんですけど、もう一方はかかとが地面に着いてつま先が浮いています。腕に関しても、左と右は身体的にも逆になっている。これは解剖学的にいうと、2本入っている腕の骨の回内と回外の状態なんですけど、なるべく身体的に逆を入れて、それもなるべく端と端を入れて終わるようにしてみたりと、そんなことを考えながら作りました。

さらに足を “かぎ足”にしています。B BOYは固まる時にかぎ足にすることが多いんですけど、かぎ足を意識するのってダンスの中ですごく難しい。あとこのハットの先っぽとメガネの先っぽ、さらに膝の先っぽと全部線でつなぐと三角になっていたりもするんですが、そういう黄金比みたいなものが見えるようにもしています。

——Takuさん自身がB BOYで実際に身体を動かしています。彫刻を制作する際に、ダンスで知った力のエネルギーの方向や、重力に対しての身体の動きは意識していますか?

小畑:自分にしかわからないマニアックなこだわりが入っていると思うんで、自分が動いていないとこの作品はできないです。彫刻の場合は微調整して作れるので、そこもおもしろいところですね。身体の構造を考えて、この人(作品)が立った時にちゃんと人体になるってことまで考えて作っています。なので作品では首をまっ直ぐにしてデフォルメしているけど、人体の構造としては合っているんです。

他にも身に着けている帽子やメガネ、服のシワとかはデフォルメしてます。そんなデフォルメしている部分と、人体の構造が壊れないようにギリギリの構造を考えている部分との2つで形を作っているのが僕の彫刻。これが人体の構造を考えないでいるとなんでもありになってしまいます。

B BOYは履いているスニーカーにこだわりを持つ

——ちなみに履いているスニーカーは「プロケッズ」なんですね。

小畑:B BOYといえば「プロケッズ」。(「コンバース」の)オールスターとかも1980年代当時は安かったから履いていたと思うんだけど、B BOYといえばファットシューレース。自分の他の作品ではオールスターを履いているんですけど、この作品だけ「プロケッズ」なんです。3本線が入った“アップタウナー”という珍しいモデル。

これは原宿の「ダンコレ(=「ダンサーズコレクション」)」というB BOYのお店で、DJ Marさんに教えてもらったんですけど、映画『BEAT STREET』は、スポンサーが「プーマ」だからみんな「プーマ」を履いているんですよ。だけど駅でラジカセを置いてバトルをやるシーンだけ、間違って「プロケッズ」を履いて歩くシーンがあるんです(笑)。それが「“アップタウナー”だ!」ってMarさんが言っていて、印象に残っていたんですよね。

——身に着けるものへのこだわりもあるのですね。

小畑:僕にとってスニーカーはめちゃ大事だし、これは元ネタもあってほしい。ハットに関しても「カンゴール」がモチーフなんですけど、昔のようにのせてかぶる感じにしていて、さらに垂直に上に伸ばしています。それによって垂直を際立つようにもなってるんですよね。メガネは、Afrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)がかけていたようなものを意識していて、それがどんどん水平に伸びているんですけど、これってすごく彫刻的なんです。

メガネと帽子の長さと、足の長さがリンクしていて、水平垂直にすることで自分のオリジナルにもなる。そして、これだけ大きいのは半年くらいかけて作るんですけど、すごく大変な作業なので、せっかくするならと、なるべくたくさんの要素を詰め込んでるんですよね。

——山梨の展覧会から時間がたっていますが、作品に変化はありましたか?

小畑:穴があいているのが見えたり、パーツの切れ目が見えているんですけど、これはあえてなんです。本来はそういった部分は見せていない。パーツは、全部で13パーツあるんですけど、これまでは組み立ててビスで仮に留めて、パテ埋めをし乾燥させて、それをまた彫り直し、色を塗って展示する。そういう方法をこれまで取っていたんですけど、そうすると切れ目が一切見えなくなって1つの塊に見えるんですね。その状態でシンガポール、山梨、ニューヨークと展示会をしてきたんですけど、素材が木なので10年たつとゆがんできてしまって。それを今回は直すのは違うなと思って、あえて見せました。

そして、今回は展示に合わせて最初に作った時の設計図を置いていて、彫刻と一緒に見せるということもしています。設計はテラコッタ(焼き物)で、それで全部決めてから彫刻にしました。今回の作品はすごく難しいポーズだったので、いくらドローイングをしてもわかりにくいから、テラコッタを元にそれを彫刻で大きくしました。そんな作品だったので、テラコッタも見せたかった。

 

——展示会場の空間の大きさを考えながら、作品制作をされているんですね。しかもひとびとがその空間でどう動いていくかも考えられていますね。

小畑:前回やった展覧会(2020年の「LET’S MOVE IT」)は、平面で埋め尽くしました。しかも彫刻や形のあるものは一切置かなかった。あれはわざとなんです。今回の展示は、その時の展示との対比でもあって、平面をあれだけ埋め尽くしていたのに対して、今回のメインは彫刻が1つ。これで彫刻の強さを示しているわけなんですね。今回の新作はアクリルに描いたやつだけです。これは過去の作品に対してのオマージュなんですけど、透明なので壁から5センチ浮かして飾ると影ができる。透明だからこそできるおもしろさですよね。

人体、重力……対比から生まれるアイデア

——以前、重力に関して実験的な試みをされていましたが、なぜ重力を意識するようになったのですか?

小畑:人体の対比や重力の対比とか、いろいろな対比があります。僕は自分の作品を“B BOY彫刻”と呼んでいますけど、結局のところは人体の具象なんです。彫刻で作る靴ひものラインのあの感じが好きで、それをいつか抽出して変な物体として、この彫刻の隣に置いてみたいと思って、人体の彫刻の対比として生まれたのが、“物体”という作品なんです。

そんな有機的である人体の彫刻の隣に、無機的なものがあったらすごくおもしろいんじゃないかなと思ったんですけど、対比なのに重力によって地面に対して置かれていたのは同じだった。これを自問自答していくうちに、「重力は一緒で、おもしろくないな」と思ってしまったんですね。この地球上にあるものはすべて重力に対しての形だし、彫刻も重力ありきで考えないと作れない。その彫刻は重力のある人体であって、その対比にくる物体は無重力にしなくちゃってなったんですよ。

——無理やりではない中で無重力状態を作るとなると……。

小畑:無重力を考えると、まず自分達が今いるのは重力がある地球。ということは無重力を感じることは無理なんですよね。だからといって、浮いているように見せるために棒で支えたり固定するのは違うし、自立もしないといけない。それでどうしたかって、小さい物体を作って写真を撮って遊んでいた時に、気付いたことがあったんです。

物体を上に投げる時は、人間の力で物体は上に行き、物体が下に落ちて来ている時は、地球の引力で落ちてきている。それぞれ物体に加わっている力が違うわけです。その頂点は、地球の引力と人間の力とが引っ張り合っている瞬間で、その一瞬を写真で撮るのも一瞬なので、それを写真に納めてしまえば無重力に一番近い状態を保管できるんじゃないかと思い、写真の作品ができました。

それをそのうち絵でも描き出した。人体に関しては床の意識がありながら、物体は浮いているっていう絵。それがドローイングの作品につながっていきました。

——対比というテーマが、ダンスの絵にもつながっていったのですね。

小畑:そうなんですよね。そして、ダンスのどこに魅力を感じるかというと、重力がある中で無重力の瞬間を感じられるからなんですよね。重力が一瞬なくなる瞬間が見えるというか、感じられるからおもしろい。ウィンドミルも、ムーンウォークもそう。ダンスに関しては、B BOYでも、バレエでも、その他の踊り全部に共通していることが、身体の中で1つの軸を作るということ。地球の軸と重力があって、それとは別にもう1つの軸を作るのがダンス。

例えばムーンウォークやランニングマンは、頭が固定された位置のまま身体が動いている。それは軸が固定されているからできる動きなんですけど、ダンスの種類によって軸の使い方は違えども、軸は必ず作らないといけなくて、それがおもしろい。僕がダンサーで彫刻家でなければここまで考えていないと思うし、なぜかぎ足なのかとかも突き詰めていなかったはず。彫刻家になったことで、ダンスを違う視点で考えるようになりましたけど、興味深いですよね。

小畑多丘は、“立ち踊り”が好きな“B BOY”

——次はブレイクダンスに惹かれた理由を聞かせてください。

小畑:小学校の頃から、『ダンス甲子園』やZOOを観ていて、ダンスブームなのもあって憧れていました。でも周りにやっている人がいなかったからバスケをしていたんです。そんな中で兄が突然ブレイクダンスを始めて、それがきっかけで高校2年からブレイクダンスを始めたんですけど、最初は立ち踊りとブレイクダンスの区別もわからなくて。それが時がたって、19歳の時に当時DIGITAL JUNKEEZ(デジタル・ジャンキーズ)にいたJOMMYくん(現「ディーゼル」ブランドコミュニケーター、DJ)に会うわけですよ。

その頃、僕は浪人生だったんですけど、JOMMYくんは立川の「ディーゼル」で働いていて、ミラクルズのツマさんっていうB BOYの先輩に紹介してもらったんです。ヘアスタイルがドレッドだったし、最初はあんまり好きな感じじゃなかった。でもDIGITAL JUNKEEZのショーの映像を観たらめっちゃかっこよかったんです。そして映像を観ながらよく考えたら「最初、俺は立ち踊りに反応していたのか!」ってわかって(笑)。

——Takuさんのドローイング作品にはニュージャック的な動きがありますもんね。

小畑:そうなんですよ。ランニングマンみたいなのもあるわけですよ。

 

——最初はその動きは、アップロックかと思いました。

小畑:いいところに気付きましたね(笑)。これは立ち踊りからするとランニングマンに見えて、B BOYからするとアップロックに見える。僕は両方好きだからどっちもなんですけど、それも狙いなんです。だからサルエルパンツに髪形はボックス。自分の本当に好きなところだけを描いています。

——ブレイクダンスと立ち踊りというのも、ある意味対比ですよね。

小畑:そう。ある彫刻では上半身が立ち踊りで、下半身がB BOY。これはダンスをやってる人じゃないとわからないと思うんですけど(笑)。僕は、 CRAZY-AさんやCHINOさんとか、立ち踊りやブレイクダンスもできる世代に一番影響を受けているので。立ち踊りとB BOYを比較すると、B BOYはバトル重視ですごい練習も必要で、逆に立ち踊りはパーティダンス。みんなで踊ったら楽しいとか、その違いもおもしろい。ファッションもB BOYと立ち踊りの人は違う。僕はニュージャックとB BOYを取り入れている感じですかね。だから自分が作る作品は、立ち踊りが好きなB BOYから生まれるものしか作っていないんですよ。

小畑 多丘 | Taku Obata Solo Exhibition 「ART AND SNEAKERS」  
会期:2022年9月1日〜9月30日
会場:A+S
住所:東京都渋谷区神宮前3-34-10-2F
時間:12:00-20:00 
https://architectureandsneakers.com

Photography Yuri Hasegawa

author:

Kana Yoshioka

フリーランスエディター/ライター。1990年代前半ニューヨークへの遊学を経て、帰国後クラブカルチャー系の雑誌編集者となる。2003年~2015年までは、ストリートカルチャー誌『warp』マガジンの編集者として活動。現在はストリート、クラブカルチャーを中心に、音楽、アート、ファッションの分野でさまざまなメディアにて、ライター/エディターとして活動中。

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