コロナ禍での怪奇映画天国アジア:ファウンド・フッテージ・ホラーの夏編 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.14

本連載で夏と言えば、納涼企画「コロナ禍での怪奇映画天国アジア」だ。ちょうど昨年、Vol.9で今後の注目作として挙げた2本、『哭悲/THE SADNESS』(2021)と『ランジョン(邦題:女神の継承)』(2021)が日本で劇場公開されたので、話題の『呪詛』(2022)も加えて、今回は、まがまがしいファウンド・フッテージ・ホラーに焦点をあてたい。

台湾ホラー映画のネクストステージへの到達を感じさせる『哭悲/THE SADNESS』とタイ・韓国合作のホラー映画『女神の継承』

この夏、台湾のホラー映画『哭悲/THE SADNESS』とタイ・韓国合作のホラー映画『女神の継承』が日本で劇場公開された。この2作は、本連載でたびたび参考にしているアジア映画のサイト「Asian Movie Pulse」が毎年発表している「アジアのホラー映画ベスト15(The 15 Best Asian Horror Films of 2021)」の2021年度の1位と2位にランクインしていた。

ここで改めて、第5位までを挙げると、
・第1位 ロブ・ジャバズ監督作品『哭悲/THE SADNESS』(台湾)
・第2位 バンジョン・ピサヤタナクーン監督作品『ランジョン(邦題:女神の継承)』(タイ・韓国)
・第3位 ティモ・ジャイアント監督作品『V/H/S 94』(インドネシア・アメリカ)
・第4位 リー・トンカム監督作品『あるメイドの秘密』(タイ)
※Netflixで配信中
・第5位 清水崇監督作品『犬鳴村』(日本)

である。

さらに、Vol.9では、映画『女神の継承』に触れて、
「タイトルの『ランジョン』とは、タイ語で“シャーマン”“巫女”を意味し、イサーン(=東北タイ)でシャーマニズムが脈々と受け継がれている巫女家系をめぐる映画だそうで、『南巫』と合わせて、アジアの怪奇映画における南方の“巫”ブームを予感させる」
とも述べた。この“巫”関連で、この夏、台湾からとんでもないホラー映画が世界に配信された。「台湾史上もっとも怖い映画といわれている『呪詛』が、7月8日からNetflixで独占配信」である。

個人的には、『哭悲/THE SADNESS』と『呪詛』をもって、台湾の怪奇映画がネクストステージに上がった気がした。韓国の怪奇映画が『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)と、『女神の継承』の原案・プロデューサーであるナ・ホンジン監督による『哭声 コクソン』(2016)をもって、ネクストステージに上がったのと同様に。

また、この『呪詛』と『女神の継承』は“巫”関連、神と呼ぶにはあまりにまがまがしい存在の何かがついてくるという共通点のみならず、ファウンド・フッテージ・ホラーにかかわりがある点でも共通している。

Netflixの『呪詛』の紹介では、
「『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『パラノーマル・アクティビティ』といったホラー映画ファン垂涎の映像が満載。ファウンド・フッテージの手法やカメラを通して登場人物がこちらに語りかけてくるシーンが次々と登場します」
と書かれていた。

ちなみに、第3位の『V/H/S 94』もファウンド・フッテージ・ホラー・アンソロジーで、特にティモ・ジャイアント監督の1篇もかなりイカレている(誉め言葉)。なので、今回は 台湾の『呪詛』とタイの『女神の継承』を中心に、憑依とファウンド・フッテージを軸に、コロナ禍での怪奇映画天国アジアの現在と今後について考えてみたい。

タイ・韓国合作のホラー映画『女神の継承』

映画『ランジョン(邦題:女神の継承)』の予告

まず、あらすじをオフィシャルサイトから引用する。
「タイ東北部の村で脈々と受け継がれてきた祈祷師一族 美しき後継者を襲う不可解な現象の数々……
小さな村で暮らす若く美しい女性ミンが、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返す。途方に暮れた母親は、祈祷師である妹のニムに助けを求める。もしやミンは一族の新たな後継者として選ばれて憑依され、その影響でもがき苦しんでいるのではないか−。やがてニムはミンを救うために祈祷を行うが、彼女に取り憑いている何者かの正体は、ニムの想像をはるかに超えるほど強大な存在だった……」。

このあらすじだとわかりにくいのだが、『女神の継承』はタイのシャーマンを撮影しているドキュメンタリーのチームが、タイ東北部(イサーン)の女神、バヤンのシャーマンであるニムを取材し、映像の記録を残している体裁を取っている。つまり、『女神の継承』はフィクションをドキュメンタリーのように観客に観せるという演出の表現手法、モキュメンタリー(Mockumentary)である。そして、ファウンド・フッテージもモキュメンタリーの一種で、撮影者が行方不明になったり死亡したため、残された映像素材を第三者が発見し、観客に観せるという演出の表現手法だ。『女神の継承』においても、女神バヤンのシャーマンであるニム、その姪で憑依されたミンを撮影しているチームのメンバーにも、徐々に災いが降りかかることにより、ファウンド・フッテージ(撮影者が行方不明や死亡)にシフトしていく。ナ・ホンジン監督の『哭声 コクソン』とそのアナザーバージョン『女神の継承』との大きな違いは、このモキュメンタリー&ファウンド・フッテージの導入にある。

『女神の継承』における、モキュメンタリー&ファウンド・フッテージの導入は、ラストの映像、つまりネタバレに関わってくるので、書きづらいのだが、3つの大きな効果があると考える。

第1の効果は、憑依や呪いへのリアリティの増加で、実在したという設定の残された疑似ドキュメント映像をコツコツ積み重ねていくことで、憑依や呪いに対して半信半疑の観客も信が徐々に増していく。同時に、後半に起きる、怒涛の展開を観客が受け入れる土壌も創り上げていく。このリアリティの積み重ねがラストのどんでん返しにも効いている。

第2の効果は、憑依や儀礼に対する不安感(あるいは臨場感)の高揚で、疑似ドキュメント映像を通し、観客は撮影者で記録者である人物の視線を共有することで、次に何が起こるのか、わからない五里霧中の不安感(あるいは臨場感)は従来のホラー映画よりも、増している。特に、終盤のある儀礼シーンは、どこに連れて行かれるのか、わからない不安感(あるいは臨場感)が滅多に出会えない、強度を持っている。

そして第3の効果は、呪いや災いへの恐怖の伝播である。ホラー映画は構造上、映画が進むにつれて、登場人物たちが死亡、失踪などの理由から退場(減少)していくのだが、ファウンド・フッテージ・ホラーは、従来のホラー映画よりも、残された映像を介して、退場者の怨(退場に至るまでの恐怖)が観客に残る、あるいは伝播する。つまり、ファウンド・フッテージ・ホラーは、従来のホラー映画よりも、退場者をより観客に強烈に印象づける形式と言えるだろう。『女神の継承』のラスト映像、ある退場者による最後の告白は観客の記憶に怨として恐怖としてこびりつくはずだ。

やはり『女神の継承』に関しては、原案・プロデューサーのナ・ホンジン監督に目がいきがちなのだが、今回は監督・脚本を担当したバンジョン・ピサンタナクーンに注目したい。

彼はタイ映画史において、新しい映画形式の革新者として、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督と並ぶ、偉人と言っても過言ではない。そして、偶然にも、アピチャッポン監督のみならず、バンジョン監督も、今回、イサーンを映画の舞台に『女神の継承』を撮った。このイサーンにおける精霊(ピー)と呪術師に関して、今回は掘り下げないが、呪術専門家モータムに弟子入りし、呪的タトゥー(サックヤン)にも詳しい津村文彦先生の『東北タイにおける精霊と呪術師の人類学』(2015 めこん)が出版されている。興味がある方は読まれることをおススメする。

津村文彦 『東北タイにおける精霊と呪術師の人類学』(2015 めこん)

バンジョン監督が世界に知られた長編デビュー作『心霊写真』(2004)は、『リング』(1998)、『呪怨』(2003)、Jホラーの影響を受け、タイのホラー映画を革新した記念碑的作品だ。
連載vol.1から引用すると、
「第3作『あの店長』(2014)は、最も売れたタイ映画『愛しのゴースト』(2013)のバンジョン・ピサヤタナクーン監督をはじめ、タイのニューウェーヴを牽引した映画人達に影響を与えた、海賊版ビデオ店を振り返る、異色のドキュメンタリー。1990年代のバンコクにおいては、ミニシアターもなく、海外のアートフィルムを観るのは困難を極めた。国外のレアな映画に飢えていた、タイのシネフィル達の映画愛を満たしたのは、迷路のような市場に開店した海賊版ビデオ店だった。クエンティン・タランティーノ、ウォン・カーウァイ、岩井俊二、北野武、Jホラーなどの作品を海賊版で観て吸収し、1997年から始まるタイのニューウェーヴムーブメントを準備した」。

傑作映画『あの店長』に、バンジョン監督も出演し、海賊版ビデオ店経由で、後に映画『心霊写真』(2004)に昇華される、Jホラーを海賊版で観たという証言をしている。長編第2作の結合双生児ホラー映画『Alone』(2007)は、日本だと、アテネ・フランセ文化センター、四方田犬彦の連続講義「怪奇天国アジア」第1回「東南アジアは怪奇の花園」で『双生児』という邦題で上映されたきりかもしれない(もったいない)。

そして、タイで有名な怪談「メー・ナーク・プラカノン」にラブコメを導入した映画『愛しのゴースト』(2013)は、タイでもっとも売れた映画である。この『愛しのゴースト』を日本に置き換えるとすれば、映画『四谷怪談』のラブコメ版と言えばいいだろうか。すなわち、『心霊写真』『愛しのゴースト』そして、『女神の継承』と、バンジョン監督は、おおよそ9年周期で、タイの怪奇映画を革新しているバケモノ監督でもある。

しかも、彼は日本と韓国が好きで、韓国を舞台にしたラブコメ『アンニョン!君の名は』(2010)北海道ロケを行った恋愛映画『一日だけの恋人』(2016)も監督している。ちなみに、この『アンニョン!君の名は』と『一日だけの恋人』を日本で上映したのはバラエティとダイバーシティのフェス、「大阪アジアン映画祭」である。興味深いのは、彼はJホラーへのアンサーと呼べる『心霊写真』から、ナ・ホンジン監督と組んだ、タイ・韓国合作『女神の継承』へと、JホラーからKホラーへの流れは連載vol.6で、韓国怪奇映画の躍進を分析し、
「最近、東アジアを含めた怪奇映画天国アジアの勢力図も変わりつつある。
韓国の映画会社、特にCJ ENMは国外の市場開拓を進めると同時に、東南アジアで地元の映画会社との合作を進めることで、韓国製“圧縮されたホラー”の伝播にも努めている。この韓国とインドネシア合作の成果が、『Asian Movie Pulse』による『2020年アジアのホラー映画ベスト15』第4位の映画『Impetigore』である」。

と述べた予想を象徴しているように思える。

Vol.6を書いた当時は、韓国とインドネシア合作の映画の成果を紹介したにとどまったが、2021年は韓国とタイの合作『女神の継承』が成功を収めた。近い将来、韓国とベトナム、マレーシアあたりの合作ホラーが成功して、「アジアのホラー映画ベスト15」にランクインしてもおかしくはないだろう。

「アジアのホラー映画ベスト15」2022年度にランクイン間違いなしの台湾映画『呪詛』

映画『咒(邦題:呪詛)』の予告

台湾の『呪詛』(原題『咒』)のあらすじをNetflixのHPから引用する。
「かつてある宗教施設で禁忌を破り、呪いを受けたリー・ルオナン。そして6年後、あの時の呪いが今度は自分の娘に降りかかったと知り、必死で我が子を守ろうとするが」。

『呪詛』に関してもこのあらすじだとわかりにくいのだが、ファウンド・フッテージ・ホラーである。冒頭、主人公のリー・ルオナンは、画面前の観客に向け、「娘の呪いを解くために、みなさんの力を借りたくて、これを撮った。このまま観てくれるなら、万が一に備え、覚えるまでこの符号を見てほしい」を語りかけ、謎の符号が画面に映る。そして、「私と一緒に呪文を唱えてほしい」と、謎の手印と呪文も教えられる。つまり、この映像自体、彼女の娘の呪いを解く目的で制作された映像であるという設定が観客に冒頭から開示される。そして、彼女と娘の日常に呪いが侵食していく過程を記録した映像を軸に、彼女が禁忌を破り、呪いを受けるに至った6年前の映像が挿入される。

先に、『女神の継承』でのモキュメンタリー&ファウンド・フッテージ導入がもたらした、3つの大きな効果について書いたが、『呪詛』も、憑依や呪いへのリアリティの増加や憑依や儀礼に対する不安感(あるいは臨場感)の高揚をもちろん備えているが、呪いや災いへの“恐怖の伝播”が突出していている。これはネタバレに関わってくるので、書きづらいのだが、観客を巻き込む、まさに作品自体が「呪詛」の塊みたいなファウンド・フッテージ・ホラーである。例えるなら、Jホラーを代表する『リング』が南方を漂い、方々の呪いを吸収した後、ファウンド・フッテージの荒波に揉まれて、帰ってきたようなまがまがしさを持つ。

この“恐怖の伝播”というのは、コロナ禍で怪奇映画がもっとも突然変異をとげた特色なのかもしれない。特に、『哭悲/THE SADNESS』と『呪詛』における伝播の恐怖とリアリティは、台湾のコロナ禍以後を感じさせる。2003年SARS(重症急性呼吸器症候群)が香港の怪奇映画にもたらした変化と比較すると、おもしろい気がする。

『呪詛』のケビン・コー監督は、Netflixで配信中の作品『ハクション!』(2020)や『Dude’s Manual』(2018)で、恋愛映画監督の印象も強いが、小澤マリアも出演している長編デビュー作『絶命派対』(2009)もまがまがしい。拷問スラッシャーフィルムで、日本で公開もしくは配信が待たれるところだろう。

『女神の継承』のバンジョン監督にしても、怪奇映画の合間に、恋愛映画を撮っているので、革新的ホラー映画の監督は、恋愛映画も撮ることで観客の感情や心理を揺さぶる手腕を磨いているのかもしれない。台湾怪奇映画の突然変異と呼びたくなる『呪詛』と『哭悲/THE SADNESS』を連続して観ると、台湾が咒と哭に取り憑かれた闇の島に思えてくるから不思議だ。ちなみに、現在、「アジアの地獄と幽霊展」が南部・台南市の台南市美術館で10月16日まで開催中だ。ファーカス台湾の記事によれば、「『地獄と幽霊展』の初日には7000人近くが来場。大雨も客足途切れず/台湾」 「キョンシーや鬼滅、『地獄と幽霊展』に集結 夜のコスプレイベ(ント)/台湾」と、大盛況のようだ。

「アジアの地獄と幽霊展」

日本未公開作品である第3位『V/H/S 94』

映画『V/H/S 94』の予告

もう1本、第3位にランクインした『V/H/S 94』についても触れておきたい。監督のティモ・ジャイアントについては、vol.6で言及している。
引用すると、
「『2020年アジアのホラー映画ベスト15』で第1位にランクインした、『マカブル 永遠の血族』(2009)、『KILLERS キラーズ』(2014)のモーブラザーズの1人、キモ・スタンボエル監督の新作映画『The Queen of Black Magic』(2020)、第2位にランクインした、モーブラザーズのもう1人、ティモ・ジャイアント監督による映画『悪魔に呼ばれる前に』(2018)の続編『May the Devil Take You Too』 (2020)のいずれかが日本で上映、もしくは配信されるタイミングで、コロナ禍での怪奇映画天国アジア(インドネシア映画編)として書きたいと思う」。

この『V/H/S/94』は、ファウンド・フッテージ・ホラーアンソロジーシリーズ 『V/H/S』の最新作にあたり、ティモ監督は中盤、『The Subject』の脚本・監督を担当している。この『The Subject』の舞台は、1994年夏のインドネシア(ジャカルタと思われる)で、街からひとびとを誘拐して、秘密の実験場に連れ込み、その人間の体に機械や武器を融合する人体実験を繰り返している、爺マッドサイティストの実験記録映像が観客に提示されるというイカれたSF設定の約30分の短編である。もっとも、ティモ監督は、『V/H/S』シリーズ第2作の『V/H/S ネクストレベル』(2013)で、『ザ・レイド』(2011)のギャレス・エヴァンス監督の共同監督作『SAFE HAVEN』で、ファウンド・フッテージ・ホラーの頂点を一度極めている。

この傑作『SAFE HAVEN』は、4人組の若者達がカルト教団に潜入取材して、ベールに包まれた謎の活動をドキュメンタリーとして撮影しようするのだが……といったあらすじで、改めて今、観直すと、シャーマンを取材し、ドキュメンタリーを制作する『女神の継承』といい、友人達と宗教施設の禁忌を暴き、撮影しようとして、呪いを受けてしまう『呪詛』といい、宗教の秘密、禁忌に迫り、撮影しようとした罰当たりの挑戦者達に、災いが訪れるというプロットが共通していて、この『SAFE HAVEN』は、アジアのファウンド・フッテージ・ホラーに与えた影響は少なからずあるのではと想像している。『V/H/S ネクストレベル』は有料だが、アマゾンプライムで日本語字幕で観ることができる。2021年度第3位『V/H/S 94』、2020年度第2位『May the Devil Take You Too』など、ティモ・ジャイアント監督のホラー映画が日本未公開なのも惜しい。

コロナ禍での怪奇映画天国アジアの今後

最後に、これからの展望について書くと、「バラエティ」紙の記事「アマゾン、東南アジアで『プライム・ビデオ』の現地語版を開始」によれば、新生したタイとインドネシアのアマゾン「プライム・ビデオ」でいくつかのオリジナル作品開発を開始する。そのラインアップの中に、『女神の継承』のバンジョン監督の脚本シリーズ『Metal Casket』や、ティモ監督と並ぶ、インドネシア怪奇映画の雄で、新作『悪魔の奴隷2』の劇場公開も始まった、ジョコ・アンワル監督による長編『Seige At Thorn High』なども含まれている。

映画『悪魔の奴隷2』の予告

おそらく、東南アジアにおいてもコロナ禍で、在宅時間も増え、動画配信サービス需要が高まっていることにより、サービスが開始されたことが推測される。残念ながら、今のところ、日本のアマゾン「プライム・ビデオ」での配信予定はなさそうなのだが、このコロナ禍でも、ますます怪奇映画の新作は作り続けられそうである。

もっとも、これまで「コロナ禍での怪奇映画天国アジア」を定期的に書いてきて、少し気になる点もある。やはり、怪奇映画は他のジャンルと比較して、女性監督の作品が圧倒的に少ない。そして、四方田犬彦が『怪奇映画天国アジア』(白水社)で、問うた「なぜ幽霊は女性であり、弱者であり、犠牲者なのか?」に挑戦する、例えば、アリア・スター(男性だが)監督『ミッドサマー』(2019)のような、男性が犠牲者となる怪奇映画もアジアから出てきてほしい。すでに変化の兆しは出てきている。例えば、7月に韓国で開催された「富川国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)」に関連する「スクリーンデイリー」の記事「韓国のBIFANは、いかにして『奇妙なまま』でありながら拡大していくのか」で、主催者達が今年の注目トレンドの1つがジャンル映画を創る女性映画人の台頭と指摘していたし、別の記事「アジアの女性ジャンルフィルムメーカーたちが語る 『常に自分を証明しなければならない理由』」でも、その注目されている女性ジャンルフィルムメーカー達へのインタビューが読むことができる。われわれに新たな怪奇映画、とっておきの悪夢を見せてくれることを期待している。

author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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