「誰もが共有する経験、記憶みたいなものを取り入れたい」 「シナ スイエン」有本ゆみこが生み出す刺繍と服の力

2009年からブランドをスタートし、オーダーメイドでの服作りや展覧会、アーティストの衣装制作、マンガ執筆、作詞などさまざまな領域で多彩な才能を発揮する「シナ スイエン(SINA SUIEN)」の有本ゆみこ。デザイン、素材選び、縫製、手刺繍のすべてを1人で手掛け、空想と現実を行き来するような衣服を生み出している。服はチェックや花柄、幻想的な色のヴィンテージのデッドストック生地を中心に組み合わせており、何より目を引くのが全アイテムに施した刺繍だ。モチーフは花や鳥、猫、カブトムシなどの動植物が多く、鮮やかな色で一見かわいらしい印象を受けるが、じっくり観察していくと何か異形のものに見えてくる瞬間があり、強い生命力が宿っているようにも感じられる。

「刺繍百花子(ししゅうひゃくはなこ)」と題して昨年12月に東京・浅草橋のCPK ギャラリーで開催された発表会は、小説家の舞城王太郎が脚本・演出を手掛け、「シナ スイエン」の衣装をまとった俳優、歌手、シェフやモデル達が詩を朗読し、写真家の佐内正史がそのパフォーマンスを撮影してスクリーンに投影するという実験的なもので、それぞれのエネルギーが交錯するスペクタクルな体験を生み出した。また今年2月には東京・六本木のANB Tokyoにおいて、「刺繍百花子」を振り返るべく、有本と実際にショーを見た漫画家の小林エリカとの対談も行われた。今回、有本に創作活動に対する思いを聞いた。

インスピレーション源は着用者との対話

——ブランドのコンセプトとして、「着用者の心身と周りの空間、衣服の構造、素材が経てきた時間までも巻き込んだ総合的な衣服づくり」を掲げていますが、有本さんはどのような思いをこめて服を作っていますか?

有本ゆみこ(以下、有本):ありふれているような服は誰でも作れるので、自分が服を作るとしたらどういうものかなと考えた時に、時間を超え、服という存在を超えるようなものができたらいいなと思って。試行錯誤しながら作り続けています。

——「刺繍百花子」はファッションショーとしては異色の新作発表会でしたね。

有本:総合芸術的な、それぞれの中の解釈でどんどん広がり、全体が連鎖していく。そういう立体的な空間自体が作品になり得ないかと思って。ただのファッションショーではなく、インスタレーションという表現が近いのかもしれませんが、形容できないような時間、空間を作りたい。そういうものを定期的に「シナ スイエン」の世界観として提示したいと考えています。

——いわゆるキャットウォークみたいなものではなく、演出が加わった舞台のような形式にしたことで、観客自身の心情がより揺れ動かされるというか。

有本:そうですね。観客それぞれの中で芽生えた感情がどんどん独り歩きするような感じでしょうか。単純なものよりも、わかりにくい複雑なものを受け止めた時のほうがその感情も育っていくのではないでしょうか。

——より考えるきっかけになりますよね。

有本:答えがあるのか、ないのかはどうでもよくて。みんなそれぞれが自分でわからない、なんだろう? と考える時間を持つきっかけになればいいなと思っています。

——服作りにおいては、刺繍を施し、オーダーメイドで1着ずつ作っている。そういう服作りにおいて手仕事の重要さはどのように考えていらっしゃいますか?

有本:手仕事をすることで、服にあたたかみ、人間味が生まれます。誰もが共有する経験、記憶みたいなものがあると思っているので、そういったものを服に取り入れたいと思っています。

——「刺繍百花子」で発表した服は出演者ごとに合わせて作っていたと思うのですが、刺繍のインスピレーション源はあったりするんですしょうか?

有本:さまざまなものがきっかけやインスピレーションを与えてくれます。着用者の人柄やキャラクター、発する言葉や印象などです。

——会話の中で生まれてくるのでしょうか?

有本:その割合はかなり大きいと思います。

——どんな服にするのか、そのイメージは会話の割と早い段階から見えてきますか? それともじっくり話した結果、見えてくるのでしょうか?

有本:相手によるかもしれないですね。その人の反応を見て細かく提案する場合や、提案がないまま進む場合もあれば、向こうからどうなっていますか? というふうに問われる場合もあります。その対話が、相手とのセッションというか、一緒に作っていくプロセスの一部です。

ズレをも楽しんだ協業と、再認識した服の力

——舞城王太郎さんと一緒にやろうというきっかけはなんだったのでしょうか? もともとお知り合いだったのですか?

有本:いや、全然つてはなくて。舞城さんの作品のファンで、ずっと彼の作品を拝読していました。ただそれだけです。

——どうやってアプローチしたんですか?

有本:写真家の佐内(正史)さんが一緒に本を出されていたので、一度、佐内さんのほうから舞城さんに聞いていただきました。

——一緒にやることになってから、どのようなプロセスでショーを組み立てていったんですか?

有本:プロセスとしては、昨年に定期的にお会いして打ち合わせを重ね、方向性などを報告し、共有していきました。衣服制作と、演出・脚本に関しては別々に進行して、最後にガッチャンと合わせるような感じでした。

——最後に合わせる段階でズレみたいなものは生じなかったんですか?

有本:特にはなかったです。でも、最初からズレはあって、結果すべてがズレているみたいな。

——そのズレが1つのおもしろさというか。

有本:そうだと思います。

——実際に衣装を纏ったキャストをショーで見た時に、どんな気持ちになりましたか?

有本:今回は、本当に憧れの人達と一緒に作っていったものだったので、かなり萎縮していましたが、だからこそ、負けてはいけない、彼らのすごい作品に飲み込まれてはいけないと必死になって取り組みました。ただただ心配で、本番までずっとバックステージにいました。前日のリハーサルでも、出演者の練習する声が聞こえてきて、その声が不安げで弱々しく感じて。でも、当日、衣装を着て、メイクした時にはもう全然違う声で、力強く、かっこよくなっていて。その役になりきっている声が聞こえた時に、服がもつ特別なパワーを感じられた瞬間でした。

——その練習風景や過程を追っていたら、作り手としてはハラハラするかもしれないです。

有本:でも、それにすごく心が動かされ、感動しました。

——また、「刺繍百花子」を振り返る対談相手に小林エリカさんを選んだ理由をお伺いできますでしょうか?

有本:彼女の作品は以前からずっと拝読していたんですけれども、作品から使命感みたいなものが感じられて。その強い意思が、繰り返し表現されるたびに鮮明になり、強靭になっていくところに影響を受けました。顔見知りではあったんですけれども、2人でしっかり話すのは初めてなのでとても嬉しかったです。

——この2年は、ファッションに対する思いとかって、作る方達だけじゃなくて、着る人達の意識も変わったと思います。有本さん自身はこの数年でファッションに対して変わった部分とかってありましたか?

有本:決意が強まったというか。自覚してサバイブしていこうという気持ちになりました。

——力が宿った服を着ることで、より強くサバイブしていくような。

有本:はい。服の力が助けになると信じて、そういうものをつくり続けていきたいと思いました。


今年2月の対談の中で小林は、「『シナ スイエン』の刺繍や柄って素敵だし、一見かわいいんだけど、でも何か圧倒的な力があって、ちょっと怖さすら秘めているところを、あのショーが思い出させてくれた」と振り返った。さらには、有本の服作りには占いに近いものがあると指摘。「1人ひとりの好きなものや人生、その人が持つ良さを有本さんが汲み取って、それが服という形になって目の前に現れる、みたいな。しかも、その服を身に着けることで、どこか新しい世界に導いてもらえそうな気さえします」と魅力を語った。

さらに、トークショーに来場していた「刺繍百花子」出演者の女優の松林うららは、「有本さんは(目に見えないはずの何かが)見えているんじゃないかなと思いました。『どういう服が着たいですか?』と聞かれて好きなものとかを伝えていたら、『あ、見えてきました』とおっしゃって。いただいたデザイン画には好きなものが詰まっていて、とっても嬉しかったです」と振り返った。実際に有本は「人柄やキャラクター、発する言葉や印象」がインスピレーション源と話しているように、対話を重ねることで、その人本来の姿とまだ見ぬ新しい姿の両方を探りながらデザインしているのかもしれない。

Photography Mitsue Yamamoto

有本ゆみこ
刺繍アーティスト。「シナ スイエン」デザイナー。奈良県生まれ。2009年より「シナ」としてブランドをスタート。2014年の春夏コレクションにて「メルセデス・ベンツファッション・ウィーク東京」に初参加。2015年にブランド名を「シナ スイエン」に改名。展覧会やコレクションの発表、オーダーメイド服や衣装制作を通して、刺繍を中心に、着用者の心身と周りの空間、衣服の構造、素材が経てきた時間まで巻き込んだ総合的な衣服づくりを目指す。また「有本ゆみこ」名義で漫画を書き下ろして発表している。
http://sina1986.com
Twitter:@arimotoyumiko
Instagram:@arimoto_yumiko

author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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