写真家・正田真弘 × アートディレクター・正親篤 写真集『笑いの山脈』に込めた芸人への“愛”

写真家・正田真弘による写真集『笑いの山脈』(太田出版)が7月に出版された。本著は雑誌「ケトル」や「QJWeb」での連載をまとめたもので、萩本欽一、加藤茶、今いくよくるよ、島田洋七、ダチョウ倶楽部などの大御所・ベテラン達をはじめ、ロバート秋山、阿佐ヶ谷姉妹、ナイツ、ジャルジャル、空気階段、かが屋、蛙亭、マヂカルラブリーなど、お笑い芸人の一発ギャグ・コントシチュエーションが撮影されている。総勢55組76人のお笑い芸人達が180ページにわたって登場し、一見すると写真集とは思えない、重厚な仕上がりとなっている。

この芸人への愛が詰まった写真集がいかにしてできあがったのか。著者である正田真弘と、本著で装丁を担当したアートディレクターで、正田とは10年以上にわたって親交のある正親篤(おおぎ・あつし)に話を聞いた。

——まずは正田さんと正親さんの出会いから教えてもらえますか?

正田真弘(以下、正田):僕が2009年にニューヨークから戻ってきて、間もない頃に正親さんに作品のブックを見てもらったんです。そしたらすぐに仕事をいただいて。それで「プレイステーション」や「エーザイ」、九州新幹線、宝島社の猿山広告、「ポカリスエット」など、定期的に広告の仕事を一緒にやらせてもらっています。あの時、正親さんがフックアップしてくれていなかったら、僕の今のキャリアはなかったかもしれないです。

——正親さんは正田さんに最初の会った時の印象は覚えてますか?

正親篤(以下、正親):僕はアートディレクターなので、いろいろなフォトグラファーが作品のブックを見せに来てくれるんですが、ブックから仕事につながることってほとんどなくて。写真集を見たり、ネットでみつけたり、人からすすめられたりして、仕事するフォトグラファーさんがほとんどで。その前例を正田さんだけがやぶったんです。ブックを見て、正田さん自身がおもしろいというのはわかったので、仕事をお願いしたんですが、正田さんも僕がおもしろいと思うことに共感してくれてすごくやりやすくて。それで気がつけば、もう十何年一緒に仕事しています。

——その関係性もあって正田さんは今回の写真集『笑いの山脈』の装丁を正親さんに頼もうと?

正田:最初はよく写真集の装丁をやっている人か、僕が今まで一緒に仕事してきた人にお願いするかで悩んだんですが、やっぱり正親さんにお願いしたいなと思って。僕の写真の良さもわかってくれながらも、正親さんの解釈で作ってくれるかなと思ったのと、あといろいろと言いやすいし(笑)。

——それは大事ですね。「写真集にしよう」という話はいつ頃から出てたんですか?

正田:1年半くらい前ですかね。もともと「ケトル」でやっていた「正田真弘写真劇場」という連載が終了して、「QJWeb」の方で「笑いの山脈」という連載名にして再スタートするって決まった時点で、写真集にしようという話は出ていました。

——装丁に関しては正親さんにどのようなオーダーをしたんですか?

正田:連載の最初は芸人さんの“ギャグ”を主体に撮影していたので、図鑑のようなアプローチがいいかなと考えていて、正親さんにもそういう相談をしていました。でも、撮影していくうちに、主体が“ギャグ”から“芸人”に変わってきて、図鑑というよりは写真集的な内容になってきて。結果、写真集ではあるんですけど、芸人を「あいうえお順」に掲載するとか、装丁には図鑑的なの要素が残っているかなと思います。

——正親さんが装丁でこだわった部分は?

正親:広告の仕事だと正田さんは受け身なんですが、今回は自分の写真集なので、ガンガン意見を言ってくるんですよね。なので、これは僕がどうこうよりは、まずは正田さんのやりたいことを聞こうと思って。それで進めていくうちに「笑いだから逆に学術書みたいなものにしたい」っていう考えが正田さんの中で芽生えてきて。装丁する責任として、ものとして売れないといけない。表紙に写真がない写真集って基本売れないんですよね。でも、それがいいって正田さんが言うので、そこは希望をかなえる感じで。

それで、僕は古本が好きなので、神保町に行って、参考までに学術書をいくつか買ってきて、「シボ(紙の表面にある皺)」があって箔押しの感じがよかったので、今回は白いシボのある紙に青の特色で印刷して金の箔押しをして。芸人さんってみんな頭が良いけど、やっていることはバカっぽくて、その感じを装丁でもうまく表現できればいいなと思って作りました。

——メイキングの写真も何枚かあって、現場の雰囲気がわかって興味深かったです。あれはどなたが撮影したんですか?

正田:僕のアシスタントがiPhoneで撮影したものを正親さんに渡して。写真集を見た人の中には、メイキングが面白いって言ってくれる人もいますね。

正親:僕はいつも作品そのものよりは、メイキングの方がおもしろいんじゃないかと思っていて。「ポカリスエット」の広告でも毎回メイキングを作るんです。「作品だけで勝負したい」っていう気持ちもわかるけど、世界観を知ってもらうには何でも出したほうがいいとは思いますね。

日本ならではの作品として、芸を撮る

——この作品はいつ頃から撮り始めたんですか?

正田:芸人さんを意識的に撮り始めたのは2014年のダチョウ倶楽部さんからです。そもそものきっかけは2010年に雑誌で谷啓さんがトロンボーンを抱えた写真を見て、それがすごくかっこよくて、自分もいつか「ガチョーン」のポーズで撮ってみたいと思ったんです。でも、そのすぐ後に谷啓さんが亡くなってしまって、改めて、芸(ギャグ)は写真で残しておかないといけないなと思って。ニューヨークから戻ってきて日本でしか撮れない作品っていうのは意識していたので、芸人はまさに日本独特のものじゃないですか。

——それこそ、亡くなられた人もいて、今だと絶対に撮影できないですよね。

正田:この写真集の解説で長嶋有さんも書いてくれているんですが、落語とか伝統芸能みたいに、お笑い芸人の芸も同じように文化としての価値が高いと思っています。

だからしっかりと撮影したいなと思って、「ケトル」での連載では、大判の4×5のカメラで三脚を使って、枚数も10枚以内と決めて撮影していました。でも、「QJWeb」に移行してからウェブメディアだったこともあって、もう少し枚数も必要になってきたので、中判カメラで、ブローニー2本(20枚)以内くらいで撮影しています。撮影場所はこちらで好きな場所を決めたり、劇場の楽屋とか指定の場所があったりと、バラバラですね。できるだけ本人の感じが出る場所がいいなというのは考えてました。

——セットも含めて、1組1組かなり丁寧に撮影させていますよね。労力もかなりかかっているんじゃないですか。

正田:そうですね。でもやるからにはある程度の質を保ちたいというか。中途半端なことはしたくなくて。僕、正親さんの好きな名言があって。「お金は取り返せるけど、作品は取り返せない」っていう言葉がすごい好きで、それを肝に銘じてます(笑)。

——照明機材が見切れている写真もあったりしますね。

正田:2010年代の前半はそういうセットが写り込んだのが好きだったんですよね。だから引いて撮影していたんですけど、後半はそういうのが全くなくなりました。

芸人は今生き様が一番かっこいい人達

——難しいと思いますが、お2人のお気に入りの写真を教えていただけますか?

正田:芸人として現場でしびれたのは、ぼんちおさむさんですね。今回、写真集にするのに合わせて、それぞれの芸人さんに向けた文章を書いたんですが、書くうちにますます好きになっていきましたね。ぼんちさんは恵比寿の「ウェスティンホテル」で撮影したんですけど、声もフロア中に響くくらい本気でやってくれて。撮れる枚数が10本なので、10回全力でやってもらって。そのギャグ1つで生き様が見られました。おさむさんの娘さんが友達つながりだったので、芸人として、この芸で子どもを育てあげたんだなと思うと感慨ぶかいものがありました。

——正親さんは?

正親:僕は直接自分が撮るわけではないので、あれですが。客観的に見て、中判カメラで撮り始めた以降から写真のほうが好きです。大判カメラで三脚で撮影している時は、正田さんの世界の中に芸人が入ってきていたんですけど、中判カメラで撮り出して、芸人さんに自由に動いてもらって撮影するようになった。正田さんが自分の世界から飛び出してきたものをちゃんとすくおうとしている感じが、見ていて気持ちいいです。

——写真集にまとめるにあたり、各芸人さんに対して、正田さんの文章が添えられてるのも、おもしろかったです。

正田:写真集のスタッフみんなで話した時に、これ文章を入れたほうがいいんじゃないかっていう話になって。最初は自分でも「やれんのか」って感じでしたけど。

正親:すごい頑張ったよね。

正田:そうですね。これがあって純度が高まったというか、芸人さんに対しての捉え方も変わって、この本の形も変わってきた気がします。知れば知るほど、本気で芸人で生き続けるってすごいことだなと。自分のフォトグラファー人生としてもこの写真集を作ってよかったなと思います。

——正田さんは、もともとお笑いは好きだったんですか?

正田:1977年生まれなんで、普通にテレビでお笑い番組は見てました。でも、別にお笑いマニアではなかったです。だから、写真で芸を残したいっていう思いで作りました。そして、文章を書いていくうちに芸人さんに対する思いも強まりました。

——正親さんはどうですか?

正親:僕はそれほどだったんですけど、芸人さんって、今生き様が一番かっこいい人達ですよね。写真って愛の表明だから、好きだと思わないとシャッターが切れない。今はお笑いブームだけど、正田さんは時代より先に芸人さんってカッコいいと気づいて。それにラブレターを書いて届ける。広告で正田さんの何が優れているっていうかというと、被写体をちゃんと愛せるファンセンサーを持っているんですよね。写真からちゃんとリスペクトしているのが伝わってくるんです。

正田:被写体とどういう関係性を結べるか。どういう思いで撮れるかって大事だと思います。芸人のみなさんがエネルギーを大放出してくれるので、それを1人で間近に受け止めるので。

正親:この連載も最初のほうは正田さんもエネルギーを出してたけど、だんだんと芸人さんのエネルギーを受け止めるほうになってきたんだと、写真を見ていると感じますね。

——お2人にとって“いい写真”ってどういう写真だと思いますか?

正田:いい写真……。やっぱり被写体を撮りつつも、自分が写し出されているかどうかだと思います。よく写真って「鏡と窓」っていう話があるんですけど(※「鏡派」は写真を自己表現の手段として用いる写真家のことで、「窓派」は写真を通して外界を探究する写真家のことを指す)。僕は「鏡」と「窓」の両方が成立している写真がいい写真かなと思います。例えば、江頭2:50さんを撮りつつも自分が写し出されている。正親さんはどうですか?

正親:僕は撮る側じゃないからね。でも、写真を見た人の滞留時間が長いっていうことじゃないですか。俳句みたいにかみしめたら、味が出てくる。1枚の写真の中にいろんな思いがある。見る側からしたら「鏡」になってる。今はSNSもあって、みんなそこまでじっくり写真を見てないけど、本来写真はもっと時間をかけて鑑賞するものだと思う。

——実際にできた写真集を見てみて、どうですか?

正田:文章を書くとか想像していなかったので、当初イメージしていたよりは濃いものになって、しっかりと軸のある本になったと思います。今はどうしたら、全国の図書館に置いてもらえるかなって考えています。いかに50年後、100年後、たまたま目にする機会をもってもらえるか。そういうことに興味がありますね。英語の表記もあるので、海外でも取り扱ってもらえるといいなと思っています。

——重厚感もあって、「もの」としてもいいですよね。

正親:デジタルでも本が読める時代に、紙の本を出す意味って、「ものとして愛せるか」、それしかないですよね。だから紙の写真集を作るなら、ちゃんとお金をかけないといけない。

——最後にどんな人に読んでほしいですか?

正田:お笑い好きな人はもちろんですが、これは写真集なんですけど、読み終わった後に、芸人の生き方を見て、今の自分の生き方も肯定できる。そういう励みみたいなものが芽生えると思うので、ぜひいろんな人に読んでほしいです。

正田真弘
フォトグラファー。1977年生まれ。東京造形大学デザイン科卒業後、石田東氏のアシスタントを経て渡米。2009年帰国した以降は、グラフィック広告、テレビコマーシャル、雑誌など、幅広いジャンルの作品を数多く手がける。主な企業広告に、大塚製薬、SUNTORY、日清食品、U-NEXT、KIRIN、NTT docomo、ASAHI など多数。『TAPA(Tokyo Advertising Photograpers Award)2015』受賞。日本広告写真家協会『APAアワード 2017』経済産業大臣賞受賞。2016年に作品集『DELICACY』を上梓。
https://nnvv.jp
Instagram:@shoda_masahiro_

正親篤(おおぎ・あつし)
クリエイティブディレクター/アートディレクター/CMプランナー。なかよしデザイン代表。デザインプロダクション、清水正己デザイン事務所、博報堂C&D、電通を経て2019年になかよしデザインを設立。 主な仕事に、 JR九州「九州新幹線開業・祝!九州」、大塚製薬「ポカリスエット」、SMBC「オリンピックキャンペーン」など。カンヌライオンズゴールド、ACCグランプリ、ADC賞、クリエーターオブザイヤーなどを受賞。
https://nakayoshidesign.com
Twitter:@nakayoshioogi

■『笑いの山脈』
著者:正田真弘
アートディレクション:正親篤
寄稿:長嶋有
判型:手製本 A4 変形/糸かがり 
ページ数:184 ページ
定価:¥ 6,600
出版社:太田出版
https://nnvv.jp/book/warainosanmyaku/
https://www.ohtabooks.com/publish/2022/07/06160655.html

■登場するお笑い芸人 ※あいうえお順
秋山竜次(ロバート)/阿佐ヶ谷姉妹/AMEMIYA/RG(レイザーラモン)/アンガールズ/いつもここから/伊東四朗/今いくよ・くるよ/HG(レイザーラモン)/江頭 2:50/大西ライオン/COWCOW/蛙亭/かが屋/加藤茶/キャイ~ン/空気階段/久保田かずのぶ(とろサーモン)/コウメ太夫/小島よしお/ゴルゴ松本/ザブングル加藤/三四郎/サンドウィッチマン/島田洋七/ジミー大西/ジャルジャル/スギちゃん/ダチョウ倶楽部/たむらけんじ/ダンディ坂野/長州小力/チョコレートプラネット/テツ and トモ/とにかく明るい安村/ナイツ/永野/ナダル(コロコロチキチキペッパーズ)/ニッポンの社長/萩本欽一 /間寛平/ハリウッドザコシショウ/ヒコロヒー/ひょっこりはん/ヒロシ/ぼんちおさむ(ザ・ぼんち)/マヂカルラブリー/松村邦洋/Mr.オクレ/村上ショージ/もう中学生/八木真澄(サバンナ)/U 字工事/ゆりやんレトリィバァ/笑い飯

Photography Mikako Kozai( L MANAGEMENT)

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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