インタビュー:こだま和文&サハラ(Undefined)ダブとアンビエントが交錯する、「静けさ」に満ちた音世界の根底にあるもの

こだま和文の吹くトランペットは、時代の片隅にあるものを常に捉えてきた。自身が率いたダブバンド、MUTE BEATではバブル期の浮ついた日本社会の中で孤高のメロディーを奏で、2003年にはアメリカ同時多発テロの犠牲者を追悼するかのようなソロ作『A SILENT PRAYER』をリリースした。2019年11月にリリースしたKODAMA AND THE DUB STATION BANDの『かすかなきぼう』もまた、当時の時代のムードを反映した作品といえるだろう。

コロナ禍で社会の断絶が進み、ウクライナへのロシアの軍事侵攻などによって世界が死の気配で満たされた2022年、こだまは2人組のダブユニット、Undifinedとの共演作『2 Years / 2 Years in Silence』をリリースする。本作はソロ時代のこだまを思わせる静謐なオリジナル4曲に加え、同曲のアンビエントトラック4曲で構成されている。音数を極限まで削り落とし、時には無音状態さえも作り出すそれらの楽曲は、こだまとUndefinedによる鎮魂歌ともいえるかもしれない。

彼らはこの2022年、どのような音を鳴らそうとしているのだろうか。アンビエントと「静けさ」をテーマに、こだまとサハラ(Undefined)のふたりに話を聞いた。

起点となった2018年の10インチ 互いの音に見出したもの

『2 Years / 2 Years in Silence』の起点となったレコードがある。それが2018年5月にリリースされたUndefinedの10インチ『New Culture Days/New Culture Days(dub)』だ。こだまをフィーチャーしたこのレコードではミニマルダブの極北ともいうべき静かな音世界が展開されており、国内外で大きな反響を巻き起こした。制作の背景をサハラはこう説明する。

サハラ「ジャマイカのレコードって(盤質がよくないため)バチバチというノイズが出ることもあるんですけど、そうしたノイズも含めてレゲエだと捉えれば、すごく視点が広がると思うんです。こだまさんの『Stars』(2000年)にレコードノイズをループさせてる曲がありましたけど、昔からそういう部分におもしろみを感じていたところはありました。

 (Undefinedのドラムである)オオクマとスタジオで音を出していた時にできたのが『New Culture Days』のトラックで。ライヴで盛り上がるような曲ではないんですけど、自分たちの中で掴んだものがあったんです。これをリリースしようと思った時、僕らがやろうとしていることを理解してくれるのはこだまさんしかいない気がしたんですね。それでオファーしました」。

かつてはサハラが在籍していたレゲエバンド、THE HEAVYMANNERSの活動を通じて両者は以前からいくらかの交流があったものの、本格的な共演は「New Culture Days」が初めて。こだまも「僕のところに連絡をくれるまでは、(サハラのことは)ほとんど知らなかったんです。ただ、後になって思えば、僕の周辺にいた人たちとの関わりがある人なんだなとわかって、なるほどなと思いました」と話す。こだまは「New Culture Days」のデモトラックを初めて聴いた時のことをこう振り返る。

こだま「僕がソロ活動の中でやってきたことが含まれていることはすぐわかりましたよね。サハラくんたちが何をやろうとしているのか。あるいは僕に何を求めてくれているのか。デモを聴いただけでほとんどの様子がわかりましたね。僕ももっと積極的にソロを作ることができたなら、こういう方向でいくつかのアルバムを作っていたかもしれないなという感じもありました」。

ブライアン・イーノとの出会い~アンビエントの静けさとアフリカ的リズムを内包するレゲエという音楽への目覚め

極端なまで音数を削り落とされた「New Culture Days」は、90年代末にベーシック・チャンネルが打ち出したミニマル・ダブの現代版ともいえるものだが、そこにはこだまが長年関心を持ってきたブライアン・イーノのアンビエント作品に通じる感覚も宿っている。こだまがイーノ作品と出会ったのは70年代末。レゲエに対して強い関心を持つ前のことだった。

こだま「僕はかなりうるさい音楽を好みながらも、どこかに静けさを求めるようなところがあるんですよ。そんなこともあって、ブライアン・イーノの作品も当時自然にキャッチすることができたんでしょうね。それこそアンビエントという言葉さえよく知らない時代にね。当時の僕は絵を描く暮らしもしてたんですよね。絵の中で求めていくものがアンビエントともすぐに結びついたところがありました」。

「静けさ」とはこだまが長い音楽人生で追い求めてきた感覚でもある。そうした感覚はどこから来ているものなのだろうか。

こだま「そうですね…自分でもよくわかりませんけど、静かだったらいいのかというと、そんなこともなくて。なかなか言葉では説明しにくいけど、音楽が出してる純度というか、いい空気があるんですよ。

 僕はね、表現されたものでも、嘘と感じるものが嫌なんですよ。とても静かで、綺麗でしょ? と言われると、ちょっと白々しく感じるんです。激しいサウンドの音楽でも純度があってリズムがよければ、そこには静けさがある。静かなものにしろ、やかましいものにしろ、そこにハッタリがあると淀んでしまうんです」。

ブライアン・イーノのアンビエントに目覚めた頃、こだまはアフリカ的なリズムにも関心を持ち始めていた。それ以前はロックを中心に回っていた彼の音楽生活が、急激に豊かになりつつあった。そして、当時の彼が追い求めていた「静けさ/アフリカ的なリズム」の両方が共存していたのが、レゲエという音楽だったのだ。

こだま「ボブ・マーリーぐらいしか知らなかった時期、知人がサード・ワールドの12インチのB面をかけてくれたんですよ。歌が入っていなくて、同じフレーズをずっと繰り返してるだけなんですけど、それはもう衝撃でしたね。もしくはサード・ワールドのファースト・アルバム。淡々とした演奏がすごく印象に残っています。単調なリズムなんだけど、微妙にリズムが躍動してるというか。とにかく『静かだな』と思ったんですよ」。

アルバムと引き算のグルーヴ

話を「New Culture Days」に戻そう。2018年にこのレコードが発売された時の反響をサハラはこう語る。

サハラ「『New Culture Days』はUndefinedがやっているnewdubhallというレーベルから出したんですけど、このレーベルは基本的には海外でプレスして、そのままヨーロッパのディストリビューターに卸しているんですね。その形でリリースしたら、1ヵ月も経たないうちにレーベルの在庫が完売して。

『New Culture Days』はヨーロッパでもあまりない音楽だったと思うんです。ブリストルのヤング・エコーというグループのライダー・シャフィークが来日した際にも驚いていましたね。なんで君たちは生演奏でダブを表現できるんだ?って。日本にはMUTE BEAT以降のダブのシーンがあるわけですけど、それ自体がすごくオリジナリティーがあるんだと再認識しました」。

「New Culture Days」の反響を受け、Undefinedはこだまを迎えたアルバム制作に乗り出す。オリジナル4曲の制作はUndefinedが作ったトラックに対し、こだまがトランペットを乗せていくというプロセスで進められた。2019年に2曲を録音、一時制作が中断するが、2021年に再開。同年末にようやく完成に漕ぎ着けた。

こだま「時間がかかりましたけどね、そのペースもとても取り組みやすかったんですよ。じっくり曲を聞いて、自分の中から出てくるメロディーを乗せていくことができました」。

一方、「New Culture Days」で限界まで音数を減らしたダブ表現を掴み取っていたUndefinedは、その方向性をさらに押し進めていく。

サハラ「『New Culture Days』で自分たちなりに掴んだものがあったんです。たとえば、ふたりで演奏している時にそれぞれの音が重なり合う瞬間があるわけですよね。それが積み重なることでグルーヴが生まれるわけですけど、重なり合う瞬間にどちらかの音が鳴っていれば、片方が鳴ってなくてもいいんじゃないかという考えになってきたんですね。ユニゾンしなくてもいいんじゃないかと」。

いわば引き算のグルーヴである。それもドラムとベースという音楽としての基礎を残したままでの引き算ではなく、基礎そのものも取り除いてしまうという過激な引き算。音楽のあり方そのものを捉え直そうという試みである。

サハラ「ユニゾンしないとなると、正直失うものもあるんです。アフリカのリズムみたいにいろんな要素が重なった大きなグルーヴは失われるかもしれないんですけど、自分の中ではそこに何かあるんじゃないのかなっていう考えがあって。

10代の頃(オーガスタス・)パブロの『East Of The River Nile』というアルバムを聴いた時、音が始まった瞬間に全員が別の場所から音を鳴らしている感じがしたんですよね。一緒にいるはずなのにバラバラの場所にみんながいるような、各自の居場所のある音楽というか。その感覚がずっと残っていて」。

プレイヤーひとりひとりが孤立しているものの、同じ場所で共鳴し合っているようなフィーリング。クールでありながらグルーヴする感覚。相反する要素が渾然一体となったその感覚とは、ある種のレゲエに共通するものともいえるかもしれない。こだまもこう続ける。

こだま「レゲエっていう音楽は音を鳴らすひとりひとりの自由度が高いんですよね。ひとりひとりがひとりひとりを尊重するというか、相手のやることを無条件に受け入れるんですね。ベーシストは気に入ったフレーズがあったら、それを10分でも20分でもやる。それもある種の自由度なんですよね。そこに『もうちょっとこんなふうに弾けるぞ』とか、何かそこに飾りを付けるようなことをすると、別なものが混じってしまう。そうじゃない音楽ってのはとても少ないですよね。」。

それぞれがそれぞれの形で、自由なまま存在する――そうした音楽のイメージとは、こだまが理想とする社会の形とも重なり合うものではないか。そう話すとこだまは「ああ、そうですね」と賛同し、「理想とする価値観というのは、すでにレゲエの中にあったんです」と静かに、はっきりとつぶやいた。

「音のないところに宿るもの」もしかと刻み込んだ『2 Years / 2 Years in Silence』

こだまとUndefinedの2人が作り上げた『2 Years / 2 Years in Silence』というアルバムは、当初はオリジナルとダブが交互に入ったショウケーススタイルの作品を想定していた。だが、結果としてオリジナル4曲+同曲のアンビエント4曲という構成に。後半4曲のアンビエントには両者の世界観が凝縮されている。

Kazufumi Kodama & Undefined『2 Years / 2 Years in Silence』

サハラ「ダブに着手した時、こだまさんにいくつかのテイクを送ったんですね。そうしたらこだまさんが『トランペットが入ってないほうが好きなんだよね』と連絡をくれて。確かに、何でもないリズムだけでも、こだまさんの残像というものを感じるんですね。それを突き詰めていくのがいいんじゃないかと思ったんです。逆に考えれば、こだまさんの音を中心として、ドラムもすべて排除したものがあったって成立するんじゃないかと」。

引き算を極限まで押し進めた結果、時にはレゲエの根幹をなすドラムとベースさえカットされ、無音状態も挟み込まれた彼ら流のアンビエントが構築された。

サハラ「こだまさんのレコーディングには僕もずっと立ち会わせてもらったんです。こだまさんがブースに入って、トランペットを吹くその空気も含めて、すべて目撃していたんですね。そういう現象すべてが音楽になり得ると思ったんですよ。こだまさんが吹いていない箇所は不要な音としてミュートしてもいいのかもしれないんですけど、そこにもこだまさんが存在すると思っていたのでミュートしていないんですよ。そこに何かがある気がしたんです」。

サハラの言葉どおり、本作は音のないところに宿るものもきっちりと記録されている。スタジオのアンビエンス、こだまの息遣いや鼓動。無音部分にも情報が詰まっているのだ。

コロナ禍の息詰まるような暮らしの中で、彼らが奏でる静かな音世界は特別に響く。こだまも近年、ブライアン・イーノのアンビエント作品を聴き返していたというが、リアルとフェイクが混ざり合った情報の渦の中で、なぜ私たちは「静けさ」を求めているのだろうか。こだまはこう話す。

こだま「言葉を要する話になっちゃいますけど…とにかく大変な状況の中に自分がいるってことですよね。しかも今突然そうなっただけではなくて、それぞれの土地に過酷な状況がずっとあった。ウクライナの状況にしろ、コロナにしろ、歴史的な状況の中に身を置いて、何を希望として見い出すのか。生きていくための価値観をどう見出していくか。その難しさというか、わからなさはなかなか耐えがたいものがあります。そんな思いをまた新たにしたこの2年間だったんですよ」。

希望を見出すことのできない混迷の世界の中であっても、決して立ち止まることはできない。こだまもまた「自分があとどのぐらい音楽をやっていけるのかという思いもあって。自分のやれるギリギリのところを引き出してくれたのが、このアルバムだと思います」と話す。『2 Years / 2 Years in Silence』には、今もなお前進を続けていこうという決意が静かに綴られているのだ。

■Kazufumi Kodama & Undefined『2 Years / 2 Years in Silence』

Kazufumi Kodama & Undefined『2 Years / 2 Years in Silence』
国内ダブ・ミュージックのパイオニア・こだま和文と、気鋭ダブ・ユニットUndefinedによる初のフルアルバム。オリジナルの4曲と、コンセプチュアルなエディット~ポスト・プロダクションを行ったアンビエント4曲で孤高の音世界を聴かせる。CDは9/21に、LPは12/3に〈rings〉からリリース。河村祐介と原雅明が解説を寄せる。
https://bit.ly/3Umw2GK

こだま和文
1982年9月、ライブでダブを演奏する日本初のダブバンド「MUTE BEAT」結成メンバー。通算7枚のアルバムを発表。1990年からソロ活動を始める。1stソロアルバム「QUIET REGGAE」から2003年発表の「A SILENT PRAYER」まで、映画音楽やベスト盤を含め通算8枚のアルバムを発表。2005年、KODAMA AND THE DUB STATION BANDとして「IN THE STUDIO」、2006年「MORE」を発表している。プロデューサーとしての活動では、FISHMANSの1stアルバム「チャッピー・ドント・クライ」、チエコビューティーの1stアルバム「ビューティーズ・ロックスティディ」等で知られる。また、GOTA、DJ KRUSH、UA、EGO-WRAPPIN’、LEE PERRY、RICO RODRIGUES等、国内外のアーティストとの共演、共作曲もある。近年、DJ YABBY、KURANAKA a.k.a 1945、DJ GINZI等と共にサウンドシステム型のライブ活動を続けている。2015年12月、KODAMA AND THE DUB STATION BANDを再始動させ、2016年10月に自らのレーベル「KURASHIレーベル」より、12inch アナログ『ひまわり』をリリースし、2018年3月に同レーベルよりCD『ひまわり / HIMAWARI-DUB』をリリース。2018年4月、Kazufumi Kodama & Undefinedの10inch「New Culture Days」リリース。2019年11月、KODAMA AND THE DUB STATION BANDのオリジナル・フルアルバム『かすなかな きぼう』をリリース。また水彩画、版画など、絵を描くアーティストでもある。著書に「スティル エコー」(1993)、「ノート・その日その日」(1996)、「空をあおいで」(2010)。ロングインタビュー書籍「いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった」(2014) がある。
Twitter:@Kazufumi_Kodama

Undefined
キーボード&プログラミングのSaharaと、ドラムスのOhkumaにより結成されたエクスペリメンタル・ダブ・ユニット。2017年デビュー7インチ「After Effect」をリリース。以降、こだま和文との共作10インチ「New Culture Days」、dBridge、Babe Roots等との共演/リミックス作品を発表。2019年7インチ「Three」に続き、2022年4月モダン・ダブの牙城、アメリカ・ポートランドの〈Khaliphonic / ZamZam Sounds〉よりPaul St. Hilaire、Rider Shafique、Ras Dasherを迎えたファースト・アルバム『Defined Riddim』をリリース。
オフィシャルサイト:https://www.newdubhall.com/
Instagram:@newdubhall

Photography Kentaro Oshio

author:

大石始

世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。著書・編著書に『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパプリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)、『大韓ロック探訪記』(DU BOOKS)、『GLOCAL BEATS』(音楽出版社)他。最新刊は2020年12月の『盆踊りの戦後史~「ふるさと」の喪失と創造』(筑摩書房)。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。 http://bonproduction.net

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