ニューヨークのリアルを追求する「6397」を写真家アリ・マルコポロスが切り取る シンプルなスタイルに息付くステラ石井の生業から生まれるクリエイション

ニューヨークを代表するショールームThe NEWS Inc.が手掛けるオリジナルブランド「6397」が、10周年を迎えた。アニバサリーイヤーとなる2022-23年秋冬コレクションのキャンペーンを撮り下ろしたのは、ストリートサブカルチャーを牽引する大御所写真家のアリ・マルコポロス。「憧れだったアリとの撮影は、シナジーが生まれる特別な瞬間だった」と、「6397」のクリエイティヴ・ディレクターでThe NEWS Inc.の創業者兼社長のステラ石井は回想する。

SoHoエリアにあるThe NEWS Inc.では、次世代を担う新しい感覚とアイディアをファッションに落とし込んだデザイナーを見つけられると評判で、世界各都市からバイヤーが買い付けに集まる。ステラ石井本人の経験と直感にしたがってセレクトした旬の若手デザイナーたちとともに、彼女本人がディレクションする「6397」の新作コレクションも展示される。

2013年にThe NEWS Inc.のインハウスブランドとしてローンチされて以来、「6397」のコレクションは石井本人がクリエイションの指揮をとっている。季節を予感させる素材やカラーパレット、ゆとりのあるシルエットが、彼女のディレクションの特徴だ。何もないように見えて袖を通すと、確かに何かがあることを素肌で感じる。余計なものを削ぎ落したデザインは着る人の自分らしさを邪魔しない。潔さを感じる洋服には、彼女本人のスピリットが入っているような不思議な魅力がある。自分のためにファッションを楽しむ現代のニューヨークで生きる女性像が思い起こされる。

ファッションブランドのセールスとしてデザイナーの個性と直感を最大限に引き出す手助けをすることを生業にしてきた彼女にとって、「6397」を立ち上げることは社長業とは異なる新たな挑戦だった。あれから10年。ブランド成長の歩みとアリ・マルコポロスとのキャンペーン撮影、ブランド哲学について訊いた。

タイムレスでありながらも時代に呼応する表現力

−−「6397を立ち上げたきっかけとは?

ステラ石井(以下、石井):2000年にThe NEWS Inc.を立ち上げてから、才あるデザイナーと二人三脚で夢を形にしていくことに喜びを感じています。立ち上げたばかりでノウハウのない若手に、経理や出荷などのオぺレーションを手伝ったり、バイヤーからのフィードバックを伝えてビジネスとクリエーションのバランスを取るようコーチングも行なったりしました。そのような経験を数十年間培って、私のビジネスパートナーで「チープマンデイ」の創業者のLars Karlssonにオリジナルブランドを始めるよう背中を押されたのです。それまでブランドのビジネスサポート役を担ってきた私にとって、自分の経験や好きなものに向き合いながら洋服という形に変化させる作業は一種の挑戦でした。そのブランドはThe NEWS Inc.の延線上にあり、私自身のスタイルと一緒に働く女性達のスタイルを反映させたブランドとして“6397”が誕生しました。

−−「6397」の世界観をどのような言葉で表現しますか?

石井:実生活に根付いた、リアルなスタイルとでも言いましょうか。着る人に夢や空想をもたらすファッションブランドとは対照的に、「6397」は日常に寄り添い、個々の個性を輝かせることを信念に持っています。洋服は実際に着て初めてその本質を表す。仕事をしたり友達とディナーに行ったり、多くの人が何気なく送っている生活の中にそっと寄り添うアイテムを作っています。タイムレスでありながらも時代に呼応する表現力を備え、スタイルにはいつも“リアル”が宿っています。

−−これまで大々的な広告を打たず、自然発生的にブランドが成長してきたように思いますが、写真家アリ・マルコポロスとのキャンペーンは10周年を祝した新たなディレクションによるアイデアなのでしょうか?

石井:10周年!? それは今初めて知りました(笑)。数字を全く意識していなかったです。ただ、コロナ禍の3年間がブランドにとって大きな転換期になったことは間違いありません。アニバーサリーイヤーでのキャンペーンは偶然ですが、分岐点となるタイミングなのでしょう。

ファンだったアリ・マルコポロスとの出会い

−−コロナ禍にどのような変化がありましたか?

石井:コロナによって全てが停止しました。足を止めて、私達は一体何をしているのか、何に喜びを見出しているのか、真に意義のあるものとは何かを考えるきっかけになったと思います。私にとって、時間の感覚さえ変わったと言えます。「6397」のブランドについて深く考えた時に、ヴィンテージのアイテムから着想を得てデザインするという以前のやり方をもっとエキサイティングな方法に変えるべきだと思いました。ヴィンテージに頼り過ぎていたし、チームの創造性を刺激するディレクションへと転換すべき時なのだと。コロナ前の「6397」のチームにデザイナーはいませんでしたが、新たに織物、ニットウェア、テクニカルのデザイナーといった各分野のプロフェッショナルを加えて編成しました。クリエーションを強化することは私達にとって挑戦で、コロナがもたらした停止期間とこの変化は価値あるものだと思います。

−−新たなチームから生まれた2022-23秋冬コレクションで、ルックブックの他にキャンペーン撮影にも挑戦したのですね。撮り下ろした写真家アリ・マルコポロスとは以前から交流があったのですか?

石井:いいえ、偶然の産物でした。アリのことは「6397」を始めるずっと以前から知っていましたし、作品のファンでした。キャンペーン写真のイメージボードには、アリのいくつもの写真を並べて、こんな作品を撮りたいと願っていたのです。彼が切り取るニューヨークの写真には、スピリットとカルチャーが内包されています。荒削りで完璧すぎなくて、“リアル”が息づいている。それは彼自身の人生を投影していると思いますし、心から強く惹かれてこのような写真を「6397」で表現したいと思いました。ただ、まさか本人に依頼できるとは期待もしていませんでした。偶然にも、20年以上一緒に仕事をしているグラフィックデザイナーがアリと交流があって、話をつけてくれたのです。長年ルックブック以外の撮影を行いたいと思いながらも、なかなか実現しませんでした。新たなチームで作ったコレクションで、キャンペーン写真の新たな挑戦、それをアリが撮影してくれるという全てのタイミングが重なった偶発的な出来事です。

−−念願叶ったアリとの撮影はどのように進みましたか?

石井:彼は2つのアナログカメラを首からぶら下げて、待ち合わせ場所に現れました。アシスタントはおらず、機材もなし。無駄におしゃべりでも愛想が良すぎる訳でもなくて、とても優しくナイスな人柄。大御所といえど控えめで、本当にクールな人でした。ロケーションについて簡単なミーティングを済ませてその場所へと向かい、歩きながらストリートで起こる瞬間をシンプルに切り取っていきました。写真には今のリアルなニューヨークの日常がおさめられ、期待していた以上の出来栄えに大満足しています。

−−キャスティングはどのように行ったのですか?

石井:プレコレクションのキャンスティングに来てくれた、2人の女性カップルのモデルがキャンペーンのイメージにぴったり合致したんです。ヘアやメイクアップはせず、自然体な姿が本当に美しいと思いました。人生の経験や人間性は外側にも現れるものだし、ありのままのじぶんにリアルな2人が「6397」らしさを表現しています。洋服を日常着として何度も着用して、人生の一部に浸透させるという実生活に根付いた「6397」の礎を、2人のモデルとアリの写真によるシナジーによって完璧な形で映し出されています。9月中旬以降に、ニューヨークの街角の至る所にキャンペーンポスターが飾られる予定で、今からとても楽しみにしています。

−−今回のキャンペーン撮影だけでなく、カルチャーをファッションの中に落とし込む「6397」は、アメリカ南西部の先住民族を支援するコラボラインや多くのコンテンポラリーアーティストとコラボレーションを行ってきましたよね。新チームとなり転換期を迎え、今後はどのような活動を予定していますか?

石井:「6397」は3年前から「クリエイティヴ・グロース・アート・センター(Creative Growth Art Center)」という知的・身体的障害を持つ人達が自己表現することを支援するNGO団体をサポートしています。ソーホーにある「6397」の旗艦店で、今年11月に「クリエイティヴ・グロース・アート・センター」で制作されたTシャツやジーンズなどの洋服をポップアップで販売する予定。収益は全て団体へと寄付されます。このようなアートやカルチャーを絡めた活動を継続しますが、未来の予定はほぼ立てていません。コロナ禍で学んだ重要なことの一つは、未来は予測不可能という事実。その時々で時代の空気を感じ取りながら、リアルな洋服を届けていきます。

ステラ石井
ショールームThe NEWS Inc.創業者兼社長、「6397」クリエイティヴ・ディレクター。日本の「コム デ ギャルソン」で働いた後、「メゾン マルタン マンジェラ」や「ヴィヴィアン・ウエストウッド」をアメリカ市場にPR・営業する仕事に従事。1990年代後半にニューヨークへと渡りThe NEWS Inc.を立ち上げて、最近では「サカイ」や「ニードルス」等のブランドの世界進出の一翼を担っている。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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