DJシュテフィが亡き母へ贈る『The Red Hunter』へ込めた思い ダイナミズムから生まれた独自の哲学、そして、旅のしおり

10月24日に自身の新レーベル「Candy Mountain」からニューアルバム『The Red Hunter』をリリースしたDJシュテフィ。家族の絆、女性の精神、そして、変化のダイナミズムを物語る本作は、過去数年間にわたり、移動中に書き記した楽曲の集大成だ。全体を通して統一されたトラック群は、テンポ、ビート構造、強度、ムードにおいて彼女のアイデンティティーが存分に詰まったエネルギッシュな一枚に仕上がっている。ベルリンのPanorama Barのレジデントとして活躍し、現在は、ポルトガルを拠点にレーベルを運営しながら世界を飛び回るシュテフィにインタヴューを行った。いつの時代もクラブシーンの第一線を切り開いてきた彼女のルーツとともに最新アルバムについて紐解いていく。

シュテフィ
オランダ出身のDJ、プロデューサー。2000年代より Berghain / Panorama Bar のレジデントDJとして活動。「OSTGUT-TON」からオールドスクールに根ざしたミニマルディープハウスなデビューアルバム『YOURS & MINE』をリリース後、NYディープハウスの最右翼・FRED Pや、MOVE Dとのプロジェクト「MAGIC MOUNTAIN HIGH」で注目を集めたJUJU & JORDASH、デトロイトハウスの注目株・BIG STRICKの3名によるエクスクルーシブ・トラックを収録したミックスレコード「PANORAMA BAR 05」で話題に。自身のレーベル「Klakson」の20周年記念では、Sepehr、Hadone、Steffi & Stingray、Watching Airplanesの楽曲を収録した12インチレコードをキュレーション。クラブのDJ、レーベルオーナー、キュレーターとしての理想像を追求し続けながら、新しいテクノのサウンドスペースを切り開いてきた。
Instagram:@ steffi_dolly_klakson

「母から受け継いだたくましいエネルギーが、いまの自分を動かす大きな原動力となった」

ベルリンからポルトガルへ拠点を移し、ヴォーカリスト兼プロデューサーとして活動するヴァージ二アとともに「Candy Mountain」を創立したシュテフィは、DJのみでなく、プロデューサー、レーベルのボスとして活躍する彼女の揺るぎないコミットメントにより、90年代半ばから現在までダンスミュージックシーンの最前線に立ち続けている。そんな彼女が手掛けたカッティングエッジな『The Red Hunter』は、深くメランコリーな世界から力強い楽観主義へ変化し、新たなものへと形成されていく過程を捉えた備忘録のようで、未完小説のようでもある。クラブに現実離れした世界を求めてるオーディエンスに向けた“旅のつづき”をテーマに音楽を紡いでいく彼女が、なぜクラブカルチャーの聖地ベルリンからポルトガルの郊外へと移住を決めたのか。そして新たに発足させたレーベルではどのようなストーリーを思い描いているのか。

−−2022年9月に熱海「HOTEL ACAO ANNEX(旧ニューアカオ館)」で開催された音楽フェス「DISTANCE」に出演されましたが、久しぶりの日本でのプレイはいかがでしたか?

シュテフィ:1973年に開業した古い温泉宿をそのまま利用して豪華なダンスフロアに作り上げてくれたのですが、まるで映画監督のデヴィッド・リンチの手掛けた作品の中にいるみたいでした。会場のロケーションがとても素晴らしく、出演の合間にゆっくり温泉につかることもできて心身ともに癒されました。熱海は抹茶でも有名な地域とのことで、大の抹茶好きな私は夢中になってたくさんの抹茶製品を買って帰りました。

−−今の日本のクラブシーンについてどう思いますか? ヨーロッパのクラブシーンとの違いは?

シュテフィ:残念ながら日本のクラブシーンはここ数年で衰退してきていると思います。昔はとても活気があり、進歩的でアンダーグラウンドなパーティが充実していましたが、10年前とは違ったシーンになってしまったと感じています。日本人は耳が良くて、本当にいい音楽というものを知っている人が多いので、またクラブシーンが盛り上がることを願っています。日本人はとても礼儀正しくて、おもてなしの心を持っていますので、そういった点で日本のプロモーターやアーティストから学ぶことがたくさんありますね。

−−ヴァージニアと共に設立した新レーベル「Candy Mountain」について、始動に至るまでの経緯や活動を教えてください。

シュテフィ:私とヴァージ二アは、2017年にポルトガルに家を購入し、現在はベルリンとポルトガルの2拠点を行き来する生活を送っています。2020年にベルリンでの生活を終え、生活の主軸をポルトガルへ恒久的に移し「Candy Mountain」を立ち上げました。「Candy Mountain」はアーティスト主導のプラットフォームとして、ポルトガルの田園地帯に拠点を置きながら、グローバルに活動するレーベル兼アーティストレジデンシーです。スタジオは自然の中にあり、アーティスト達は同じ屋根の下で一緒に生活しながら、雑念のない静かな環境の中で制作をすることができます。私達はこの新しいコンセプトで、自分達を迎え入れ、歓迎してくれたこの土地に何か恩返しをすることができたらいいなと考えています。

−−『The Red Hunter』は、まさに新レーベルからの初リリースとなりますが、これまでの作品とは異なる内容になっていると感じました。ポルトガルに移ってから、音楽に対するアプローチに変化はありましたか?

シュテフィ:前作の『World Of The Waking State』と今作『The Red Hunter』にそこまで異なる点があるとは思っていません。今作はより成熟した作品だと言えるかもしれませんが、プロデューサーとしての私の旅はまだまだこれからも終わることはありません。『The Red Hunter』は過去3、4年の間に制作してきたもので、家族の絆、女性の精神、変化のダイナミズム等さまざまな背景やシチュエーションによって生まれたものです。これまでと方向性が違うように感じられるのはポルトガルへの移住が理由なのではなく、ごく自然な形で生まれたものなのです。

−−このアルバムは、亡くなった母へ捧げた作品と聞きましたが、アルバム全体を通して叙情的というよりは挑戦的でポジティブなエネルギーを感じました。あなたにとって母親という存在はどのようなものだったのでしょうか? 

シュテフィ:母は私が音楽活動を始めた頃からずっと応援してくれていた大切な人で、自分の信念に忠実であること、そして、何事も懸命に努力をすれば必ず報われるということを教えてくれました。自分の道をコツコツと堅実に歩んでいく忍耐力は幼少期から学んできたことです。今作は自分を奮い立たせ、次のステージを目指すために制作したものでもありますが、母から受け継いだ逞しいエネルギーが、いまの自分を動かす大きな原動力となりました。この作品を彼女に捧げることができてとても光栄です。

−−今作に収録されている新曲をダンスフロアに反映させるために意識していることはありますか?

シュテフィ:オリジナルトラックとは別に、よりダンスフロアにマッチするような違うバージョンを作りました。この楽曲制作の作業がとても楽しくて、トラックが全く違ったエネルギーに変わるんです。ある意味、自分の作品を自分でリミックスするようなものですね。また、ダンスフロア向けの未発表曲もたくさんプレイしています。ライヴでは主にAbletonを使用していますが、異なるトラックのコンポーネントを使って曲を再構築し、新しいバージョンを作り上げることができるのでとても重宝しています。アイデアは無限大ですね。

−−DJとしてだけでなく、プロデューサーとしても精力的に活動していますが、より自分らしさを感じるのはどちらですか? 

シュテフィ:私にとってどちらも全く違うものであり、どちらも自分自身です。この2つの世界では、自分が何をしたいのか、なぜそれをするのか、それぞれ違ったビジョンを持っています。ときどき、DJとして外に出るよりもスタジオワークをしている時の方が好きだと感じることもありますが、それはただ自分だけのプライベートな空間だからという部分が大きいですね。DJとして旅のしおりを作ったり、他のアーティストが手掛けた音楽をフロアでプレイすることも大好きです。私にとって美しさとはその両方をミックスしたものなんだと思います。

−−「Candy Mountain」の今後の予定は?

シュテフィ:今後はさまざまなゲストを招いて、イベントやライヴストリーム、ラジオ番組、展示会など、今までやってみたかった新しいことにどんどんチャレンジしていきたいです。

Photography Stephan Redel
Direction Kana Miyazawa
Special thanks to Studio De Meyer

author:

Ari Matsuoka

1989年生まれ。編集者、ライター。2019年よりドイツ・ベルリンに拠点を移し、2021年にドキュメンタリー&カルチャーマガジン「MOLS」を創立。”アンダーグラウンドに潜む見えない・聞こえないサインを捉えジャーナリズムに発信する”をテーマに取材、編集・執筆などを行う。2022年5月に創刊号「BORDER」を発売。 Instagram:@ari_matsuoka Instagram:@mols_magazine YouTube:@molsmagazine

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