地方の可能性を料理で切り開く 東京・銀座「ファロ」のシェフパティシエ 加藤峰子が佐賀で挑んだ“森”のデザート

近年、“地方創生”や“町おこし”は、その言葉の広がりとともに、全国での取り組みも多様化している。名産品の認知拡大を目的にしたイベントから、伝統工芸を次世代に継承するためのプロジェクトまでさまざまある中で、佐賀県が主宰する期間限定レストラン「USEUM SAGA(ユージアム サガ)」は、レストランの発信力と有田焼をはじめとする焼き物の可能性を融合した新たな試みの1つと言えるだろう。

同レストランイベントは、県内の料理人が佐賀の食材と器への理解をより深め、自身の技術や感性などを表現・発信することを目的に、2021年に始動した。「ユージアム サガ」のネーミングは、“美術館(MUSEUM)に展示するような人間国宝などの器を使い(USE)、佐賀の美食を楽しむ”というコンセプトに由来する。この“ユージアム”発足のきっかけは、有田焼誕生400周年の16年に開催した「ユージアム アリタ(USEUM ARITA)」までさかのぼる。最盛期に比べ、売り上げが7〜8分の1に縮小している有田焼をどう再興し、次世代につないでいくかを試行錯誤し、有田焼の洋食器としての可能性に着目。料理人を介したプロモーション「ダイニングアウト」「世界料理学会」を経て、レストランという“メディア”を通じて佐賀そのものの魅力を伝える「ユージアム サガ」が誕生した。初回は21年7月に有田町で開催し、22年4月の唐津市での第2弾に続き、今回は1200年の歴史を持つ温泉街・嬉野市が舞台となる。

第3弾は、佐賀・有田「シンゾウ・アンド・アリタハウス(SHINZO & arita huis)」のシェフ 池田孝志の料理と、東京・銀座「ファロ(FARO)」のシェフパティシエ 加藤峰子のデザートのコラボレーションだ。“森”をテーマに、2人が佐賀の文化や伝統、自然などに触れて感じたことを表現した10品のスペシャルコースを、アルコールまたはノンアルコールのフルペアリングで提供した。イタリアで経験を積んだ加藤は、県が主催する新たな“町おこし”に参加し、どのような可能性を感じたのか。食を介してメッセージを表現する彼女に、コラボレーションや食に込める思いを聞いた。

加藤峰子(かとう・みねこ)
「ファロ」シェフパティシエ:デザインや美術、現代アート、モノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間にわたり、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」「オステリア・フランチェスカーナ」など、イタリアの名だたるミシュラン獲得店でペイストリーシェフを務める。4年前に帰国し、東京・銀座「ファロ」では、旅をするように“特別な体験として脳裏に残るようなレストラン”を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案する。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。「ゴ・エ・ミヨ2022」にてベストパティシエ賞を受賞。

“食材 × 器 × 料理人”によるマリアージュ「ユージアム サガ」

――加藤さんはイタリアでファッション誌の制作に携わった後、シェフパティシエに転身されたのですよね?

加藤峰子(以下、加藤):はい。大学在学中に漠然と思い浮かぶ職業がみつからず、大企業への就職が到着点だと思い込み、卒業後に「ヴォーグ イタリア(VOGUE ITALIA)」の出版社に入社しました。でも、ファッションを自分ごととして捉えることができなかった。そんな時、趣味だったお菓子作りへの情熱に向き合ってみたところ、そのまま突き進んでしまい、現在に至ります。まさか職業になるとは思いませんでした。

――日本とイタリアにおいて、地方の捉え方は違いますか?

加藤:日本はイタリアに比べて、地方と都市部、そして地方都市が世界との関係性を築くまでに時間がかかる印象です。人が地方に足を運ぶには、そこに根付いた文化や特徴を総合的に楽しめるコンテンツが必要。そしてそれらの特徴を、誇りを持って伝える語り手も欠かせません。その点において佐賀県は、自治体や地域の人々が一丸となって魅力を伝えることに長けていて、特にその土地ならではの食文化に触れる“ガストロノミーツーリズム”という観点では、他の自治体も参考になる事例をたくさん行っていると感じました。

――他にも、今回の取り組みで感じた佐賀の魅力を教えてください。

加藤:佐賀県は、歴史的に見ても、大陸文化の入り口としての役割を果たしてきた地域。今でいうダイバーシティーの良い影響を受け、有田焼や唐津焼など国内屈指の陶磁器をはじめとする素晴らしい芸術を生み出したストーリーもあります。そして一番記憶に残ったのは、自然環境に恵まれた土地や地形が生み出す、多様な食材を体感できたことですね。

デザートでメッセージが届くと信じて

――「ユージアム サガ」は、“森”をテーマにしたコラボレーションでした。個性的なデザートが完成するまでの経緯を教えてください。

加藤:4年前にイタリアから日本に帰国して以来、頻繁に食材探しの旅に出ていたのですが、車窓に映る風景や日本の山林が、どの地域に行っても同じであることの不自然さと不思議さに、常に疑問を感じていました。山林はスギやヒノキばかり。その理由は、戦後の政策で木材の生産目的のために植林されたからなのですが、結局は人件費の安い輸入木材に頼り、人工林は放置され、現在は国土面積の約25%が利益を生み出せていないと言われています。さらに災害にも弱く、在来種の植物や人間を含む“いきもの”が共存しにくいエリアとなってしまった。人間の手で森の生態系を崩してしまったことが残念で……。ですが、今回のような取り組みから未来への価値を作っていけば、森と人間が共存していた頃のような、DNAに刻みこまれた里山文化を思い出し、後世につながる何かを生み出せるのではないかと思ったんです。そして、スギやヒノキといった木を尊厳ある方法でどう使うべきかを考え、食や美容、薬ならかっこいいと思い付きました。今回のデザートが、そういった気付きにつながればという願いを込めています。

――メニューを考える上で、意識した点は何ですか?

加藤:今回、赤松を生搾りにしてソースにしたり、いろいろな木の素材をデザートの香り付けに使ったりしました。普段から「本当に美しくておいしいお菓子は、見た目や味だけではない」という確信と信念を持ち、「100年後まで残したい本当の豊かさとは何か」を考えながら、食と真剣に向き合っています。私達食の世界の職人にとって、「考える」「疑問を持つ」「好奇心」などの気付きを人々に投げかけることは、とても重要です。「おいしいものにリテラシーはいらない」という人もいますが、果たして本当にそうなのか?食道から胃に入り、私達の細胞となる食べ物について、私達は本当にわかっているのか?そこに気付きを与えるような味わいを、伝わりやすいようにまとめること——チャレンジングでしたが、今回もその点を意識しました。

――実際に、デザートを通じてメッセージを伝えられたという手応えは感じましたか?

加藤:まだ、わかりません。しかし地球にある食物に感謝をし、自由な発想で料理をして食文化を創造しながら、新たな価値を創造・伝達し、表現する。日本各地の残すべき伝統文化や、日本が世界に誇る美意識やテクノロジーの革新と共に、日本の食の楽しさも世界に向けてアップデートすること。それは手応えの有無にかかわらず、私が今やるべきことだと自覚しています。

料理人のクリエイションで人の心を動かす

――帰国して4年がたちますが、長年の海外経験がどのように生かされていますか?

加藤:日本独自のカルチャー的なおもしろさや伝統、丁寧な暮らし、他人を思う繊細さ、生活に根付いた精神性といった日本の良さなどに、この国が大好きだからこそ気付けました。そして、消費社会が生んだゆがみのギャップもある中で、日本の良さを最大限に生かしてデザートを作りたいという思いが、私の原動力になっています。

――料理人が“地方創生”や“町おこし”に貢献できることは?

加藤:日本には、未だ誰も気付いていない、タイムカプセルのようにそっと静かに残された文化が食文化にも深く根付いていて、地域の風土や歴史、文化を料理で表現する“ローカルガストロノミー”を引っ張っていける土壌がすでに各地に多くあります。「守るべき」という言い方をすると人は引いてしまうかもしれないけれど、「ほら、こんなにクールですてきなんですよ!めちゃくちゃカッコイイんです!」という伝え方で、その豊かさを体感すれば、納得できるはず。私達料理人の使命は、そのような豊かさをクリエイションで伝えてお客さまに体感してもらい、興味を持ってもらう——いわば、生産者のアンバサダー的な存在です。

――地方にはどのような可能性があると感じますか?

加藤:資本主義社会の中では、世界中どこへ行っても同じ食品が工業的に生産・消費されています。特に都市部に住んでいると、生産者と距離が生じるので、どこで、誰が、どんな思いで作っているのかなど、食の背景にあるストーリーが伝わりにくい。だからこそ、地方に旅をして、その地域の食文化を体験することには意味がある。身も心も開放され、五感を普段以上に使い、体験に没頭できる旅の醍醐味を生かして、そこに根付いた文化や特徴を食体験を通じて感じる。そうすれば、「いつかこんなふうに暮らしてみたい」と、普段の生活で見失いがちな価値に気付くことができるのではないでしょうか。日本の地方をいずれ生き生きとした活力のある場所にして、各地の魅力を世界中に発信することが重要です。そして日本の地方は、そんな“本物”や“豊かさの在り方”を伝えられる可能性を無限に秘めていると思います。

author:

皆合友紀子

パーソンズ・スクール・オブ・デザイン卒業後、フリーランスや女性ファッション誌を経て、2019年にINFASパブリケーションズ入社。「WWDJAPAN」の編集記者として、サステナビリティとデザイナーズブランドを担当する。食好きが高じて、最近はファッションだけでなく、サステナブルな食に関する取材も行う。2021年6月よりビジネスプランニング部 編集制作に所属。担当分野の取材を続けながら、ファッションやビューティの制作案件で撮影などもディレクションする。

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