彫刻家・前川秀樹が試みた「現代アートとしての仏像」への挑戦

彫刻家・前川秀樹による個展「古雅—平安~鎌倉時代の彫刻様式より」が12月2日から22日まで東京・広尾の「カイカイキキギャラリー」で開催されている。

前川は、木工での彫刻を中心に、絵画や生活道具オブジェ、そして物語まで手掛けており、5年前からの村上隆との対話により、仏像の制作を開始。各地のさまざまな造仏を研究してきた前川は、今回の個展では平安時代から鎌倉幕府に移り変わるまでの造仏文化に着目し、12体の仏像作品を展示する。

自身にとって「カイカイキキ」での初の個展、また仏像のシリーズのみを展示するのも初となる。どのような対話から仏像シリーズを制作することになったのか、その制作背景を聞いた。

前川秀樹(まえかわ・ひでき)
1967年淡路島生まれ。1989年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業し、1996年に渡仏。彫刻・絵画・生活道具などで個展、グループ展を行い、ワークショップなども多数開催。2006年頃から、里山の伐採木を人の形に刻む「像刻」シリーズを開始し、同年より「DEE’S HALL」(東京)、「ギャラリーたむら」(広島)にて像刻個展数回開催。著書に像刻作品集『VOMER』、物語集『Zuhre』がある。仏像の制作は5年前の村上隆との対話より開始した。
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——これまでの活動についてまずはお聞きできればと思います。大学では油絵専攻だったのに、なぜ彫刻をやるようになったのか、教えていただけますか。

前川秀樹(以下、前川):学生の時は課題で絵を描いてましたが、卒業すると大学のような立派なアトリエも持てないですから、卒業と同時に絵はやめて。6畳一間でできるものは何かと、現実的に考えた時に、小刀が1本あったので、流木を拾ってきて、それを削って作品を作ったんです。そこに小さな喜びがあり、彫刻家として活動をスタートしました。

最初は抽象的な作品を作っていたんですが、それで賞をもらって、副賞としてパリにも1年行かせてもらいました。それでパリにいる間に器などを作っている工芸の人に出会ったりもして、そこから家具や照明器具、アクセサリーとか使えるものを作るようになりました。当時は工芸品でも、自分が作ったものにお金を出してもらうことで、「社会に受け入れられている」という実感が持てたんです。そうして、彫刻と工芸を同時にやっている時間が結構長かったですね。

その後、人物の彫刻作品を作るようになるんですけど、それは茨城の田舎の方に住んで、そこで捨てられる木があるのを知ってからです。「屋敷林」と呼ばれるもので、昔だとそれで農機具や家具を作ったりしていたそうなんですけど、最近は使われなくなってしまって。その切った木は、良くて段ボール、悪いとお金を払って廃棄することになるんです。

それで、その木で何か作れないかと考えて、人の形をしたものなら蔑ろにできないだろうと思って、人物の彫刻を作り始めたんです。本来捨てられるはずの木で捨てられない彫刻を作って、それに値段をつけると買ってくれる人がいる。そうした価値が転換するのって、痛快だったし、それが自分の役割なのかなと思いました。それが2006年頃で、そこから人物だけを彫るようになりました。

——村上さんの個展に寄せたメッセージによると当時は西洋的なものを作っていたそうですが。

前川:実は村上さんに言われて、初めて自分の作品が「西洋的」なのかって気付いたくらいで、そこまで意識はしてなかったんです。でも、日々の暮らしの中で、僕等の世代が憧れる何かって、やっぱり西洋風のものだったんでしょうね。

——そこから、なぜ仏像を作ろうと思ったんですか?

前川:僕が住んでいる茨城の村の人から「近くの祠に祀っている弁財天が傷ついているので、この倒れた木で修復してほしい」と依頼を受けたんです。さすがに修復はできないけど、「まねて作ることならできます」と答えて、それで祠と弁財天を見よう見まねで作ったところ、村の人達が喜んでくれて、それがすごく嬉しくて。その時、こうして依頼されたのもお役目なんだと思いました。その後に広島で鬼の面を作ったんですけど、それと弁財天を村上さんがInstagramで見て、仏像で展示しないかとご提案いただき、それでやることにしたんです。

——個人的には仏像を作るのは弟子入りして修業するイメージでした。

前川:僕も最初はそう思っていましたし、今でもそう思っています。ただ、それは正当な仏師になりたい場合で、僕は仏師になりたいわけではなかったから、正門から入る必要はないと思って。自己流でやってもいいのかと思って、取材で東北に行ったんです。仏師は、京都仏師が最高峰にいるんですけど、東北にはそれに触れていない地元の大工さんなどが作った仏像がいっぱいあって、信仰の対象となっている。それが村の人にとっては機能しているんですよね。

本流は免許皆伝であって然るべきだとも思うんですけど、僕は支流なので。自分なりに勉強して作ってもいいのかなと思って、そうやって作っています。

自分なりに編集した仏像を制作

——デザインとかはどう考えるんですか?

前川:いろいろです。例えばあそこにある仏像、まずは象の目から思いついたんですが、それは伊藤若冲の描いた象でした。それで象に乗っているのは、普賢菩薩だということで、いろいろと見に行って、調べて、そこで1度理解したものを編集作業をし、自分なりの普賢菩薩を作りました。デザインの発想はいろいろですが、いずれも元のモチーフを自分なりに解体して作っています。

——ちなみに全部1本の木から作っているんですか?

前川:丸彫りという原始的な手法で作っています。組み木という板状のもので、組み合わせていく手法もあって。そっちのほうが効率的ではあるんですけど、それは分担作業には向いているんですが、僕は彩色まで全部1人でするので、丸彫りで作っています。

——制作期間はどれくらいかかりましたか?

前川:今回の展示では12体作ったんですけど、全部で3年かかりました。最初に12体と決めてスタートし、2年ほどやった頃に大体作るペースがわかってきて、1年前に村上さんに「1年後に個展をやります」と伝えました。

——やっていくとコツみたいなものがつかめてきた感じですか。

前川:そうですね。最初に彫った作品と最後の作品とでは、自分でもずいぶん差があると思っています。師匠のいない僕が気付いたレベルの話ですが、こう彫ったら目を引くとかなんとなくわかってくるんですよね。

最初はびびりながら小さい模型を作って、それを何倍にしたら……とか考えて作っていたんですけど、それが面白くなくて。途中から丸太をチェーンソーで一気に切るようにしたら楽しくて、その作り方に切り替えたり。やっていくうちに、ここまでならできるなっていうのもわかってきて、どんどん難しいものを作りたくなる。最後に作った准胝観音(じゅんていかんのん)は、3年前は作れないと思っていたけど、今だと作れたので、上手くなっているんでしょうね。

——個展に関して、村上さんから何か要望はありましたか?

前川:いつ頃できそうですかっていう連絡くらいで、内容に関しては仏像でやること以外は特になかったです。その分、1人で考えることが、自分のペースになりました。

——今回、「カイカイキキ」での個展です。現代アートのイメージがあるギャラリーで仏像の個展を開くというのは意外でした。

前川:最初に現代美術的な何かを加えたほうがいいのかって村上さんに聞いたんですけど、「そんなことは一切しなくていい。ストレートなものだけを作ってほしい」と言われて。

それは僕も最初は何でかわからなかったんですけど、よくよく考えるとそんな現代的な解釈はこざかしいんですよ。そんなことよりも、日本にあるいいものをそのまま紹介する。そのほうが効果があると考えていたんでしょうね。美術風の味付けなんて、思いつくものは誰かがやっていて、新しくないんだと思います。

——今回の個展は海外の人も意識したりしたんですか?

前川:僕は具体的に海外の人って思い浮かばないんですよ。お客さんとして海外の人がいなくて、イメージがわかない。ただ、「カイカイキキ」っていう場所が海外に向けて発信する場所というのは認識しているので、個展が終わってみてどうだったか、後の楽しみにとっておきたいです。

——個展のタイトル「古雅」は、どう決めたんですか?

前川:2ヵ月前くらいにプレスリリース作る時に個展のタイトルどうしましょうかって聞かれて。その時まで全然決めていなくて。村上さんからせっかくなので、雅って入れたらと提案されたんですけど、そのまま雅とするのはおこがましいと思って、せめて「古」をつけて古雅にしました。

——木がなくなってきているなんて話もしてましたが。

前川:反らない、割れない良材は少なくなっていると思いますが、僕は雑木の楠の木を使っていて、それはまだあるんですが、生木だから割れ目もできるんです。最初は割れたらダメだと思っていたんですけど、全国を回ってずいぶん割れた仏像を見てきて、これもありなのかと思って。顔が割れるとか、心情的に嫌なことは避ければいいという感じです。

——最後に展示の見どころを。

前川:表向きのメッセージとしてはシンプルで「仏の形をした彫刻を楽しんでください」っていうくらいでなんです。ただ裏テーマとしては、今回の展示は作品説明のラベルもないし、有名な仏師が彫ったものでもない。歴史もない。まさに無印の状態。その無印でも、仏の形をしたものに僕等は無条件で反応するのかって問いを投げかけている。ぜひ、実際に見て、どう感じるか体験してみてほしいです。

前川秀樹個展「古雅—平安~鎌倉時代の彫刻様式より」

■前川秀樹個展「古雅—平安~鎌倉時代の彫刻様式より」
会期:2022年12月2〜22日
会場:カイカイキキギャラリー
住所:東京都港区元麻布2-3-30 元麻布クレストビルB1F 
時間:11:00〜19:00
休日:日・月曜・祝日
https://gallery-kaikaikiki.com

Photography Kohei Omachi

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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