「人間の最後の悪あがきを感じてほしい」 アーティストTENGAoneがアナログの手法で作る“模刻作品”

TENGAone(テンガワン)
1977年生まれ。東京を拠点に活動するストリートアーティスト。アーティスト名は「画が天職(天画)」から。14歳でスプレーペイントを使ったグラフィティを自ら制作し始める。アパレルのグラフィックデザイナー、またWEBデザイン会社での勤務を経て、2007年にアーティストとして正式に活動を開始。街中のグラフィティ、商業および公共施設の巨大ミューラル、スカルプチャー、グラフィックデザインなど、制作のジャンルは多岐に渡る。2018年5月には、ストリートアートの一大エキシビションであるBeyond The Streets(ロサンゼルス)に、村上隆、MADSAKI、Snipe 1、ONEZKERとの共作が出展された。2018年9月に個展「盲点 -blind spot-」を開催。
Instagram:@tengaone

14歳からグラフィティを始め、近年はMDF木板を使用した“段ボールを模刻”した作品シリーズを発表し、注目を集めているアーティストのTENGAone。9月30日から10月22日まで「カイカイキキギャラリー」で4年ぶりとなる個展「More Than Meets The Eye」を開催している。

展覧会のタイトルとなっている「More Than Meets The Eye」は「目に見えるよりもっと奥深い / 隠された何かがある」という意味を持つ。作家自身がグラフィティをはじめとするストリートカルチャーの現場に浸る日々を通して、いかに人々の意識が表面的な部分にしか向けられておらず、その思い込みによって日常のさまざまな事実を見逃しているかということに気付かされたという体験から、模刻作品の着想を得たという経緯と意図が込められたフレーズとなっている。

「見た人を楽しませたい」「世界観を変えたい」と話すTENGAone。これまでの活動を振り返りつつ、“段ボールを模刻”した作品の意図を語ってもらった。

創作活動の原点

——まずはプロフィール的な部分からお伺いしたいのですが、TENGAoneの名前の由来から教えてください。

TENGAone:最初は絵を描くことが天職というところからTENGA(天画)と名乗るようになって。それが20年くらい前で。そこからはTENGAとして活動していたんですけど、“あれ”と被っちゃって(笑)。ストリートでやっている時はそれでもよかったんですけど、アーティストとして活動していく上ではやっぱり差別化したいなと思って、「一番最初にTENGAをつけたのは僕ですよ」という意味も込めて、5年くらい前からTENGAoneにしました。

——創作活動を始めたのはいつ頃からですか?

TENGAone:創作活動と言っていいのかわからないですが、街でグラフィティを描き始めたのは、1992年から。14歳の時でした。もともとは小学生の時に自分の家からおじいちゃんの家に遊びに行く時に横田基地の近くを通っていて、その横田基地の近くに東福生駅っていう無人駅があったんですけど、駅の中がグラフィティだらけで。そんな場所は他にはなくて、電車で通る度にかっこいいなって興奮してたんです。それが一番最初にグラフィティに出合った体験でした。当時は自分でグラフィティをやるとは思ってなかったんですけど、その後にも映画とかファッション誌でもグラフィティを見るようになって、自分でもやってみようかなと、自然な流れで始めました。

——グラフィティをやる前から絵を描いたりはしてたんですか?

TENGAone:別に習ったりはしなかったですけど、絵を描くのは昔から好きでした。でも厳しい家だったので、絵を描いているといい顔をされなくて、それよりも勉強しろっていう感じで。だから隠れて絵を描いてたんですよね。

あと、漫画も読ませてもらえなかったので、『ドラゴンボール』とか「週刊少年ジャンプ」とか捨てられてる漫画を拾ってきて、それを丸写しするとかしてましたね。それを学校の掲示板とかに貼ると学校の友達が喜んでくれて。そういうことを小学生の時はやってました。

——「絵がうまい」と言われることも多かったですか?

TENGAone:褒められたくてうまく描いてたっていうのはありましたね(笑)。人気者になりたいから一生懸命描いちゃうみたいな。

——そこから14歳でグラフィティを描くようになって、フィギュア、現代アートという活動の幅も広がっていきますが、何かきっかけはあったんですか?

TENGAone:いろんなことが複合的に関わっているとは思うんですが。もともとはグラフィティでなんとか食っていけないかなと思っていて。それがアートになるかとかは考えていなくて。でも、これはアートでもできるんじゃないかなと思ったきっかけがあって。10年くらい前に友達とグラフィティ旅行で青森に行って、十和田市現代美術館にロン・ミュエクの「スタンディング・ウーマン」を見に行ったんです。でも、行ってみると、それよりもおもしろい現代アートの作品があって。「こんなにわかりやすくて、人を喜ばせる」アートがあるんだっていうのに衝撃を受けて。それまでは何となく「アートフェア東京」に出たりもしていたんですけど、あまり刺激にならなくて、現代アートにそこまで魅力を感じていなかったんです。でも、十和田市現代美術館に行って、現代アートの見え方が変わって、自分もそこでやっていこうと思えたんです。

あえて作品への期待値を下げる

——今の段ボール風な作風になったのはいつ頃ですか?

TENGAone:5、6年前ですかね。段ボールっていうのは僕にとって小さい時からのトラウマというか……。自分の親父が食肉関係の仕事をしていたので、家に加工食品とかを持って帰る時にボロボロになった油染みとかがある段ボールに入れて持って帰ってきて。もともと親父が嫌いだったから、その親父が持って帰ってくる汚れた段ボールも嫌いで。それが大量に家に山積みにされていて。だからある意味で、段ボールをすごく嫌悪してました。

——それほど嫌いだった段ボールをなぜモチーフにしたんですか?

TENGAone:自分にとっては、嫌いだけど、どうしても避けられないというか見てしまうもので。それなら段ボールをモチーフにしようっていう。あと、段ボールって世界どこに行ってもあるし、どの人にとっても身近にあるものなので、いいかなと思って。

——TENGAoneさんはあえて段ボールをMDF木版(「Medium Density Fiberboard」の略。木材の原料チップを粉状に繊維化してから成形した板)を使って作りますよね。そのまま段ボールを使うことは考えなかったんですか?

TENGAone:模刻に限らず、なんでもそっくりに作るとかそっくりに描くとかが得意なので、それを生かせるのと、段ボールにイラストを描くっていうのだと普通というか、驚きがないじゃないですか。

自分の作品に関しては、最初は「なんだ段ボールに絵を描いているんだ」って少し軽い感じで見てもらって、「実は段ボールじゃなくて、MDFっていう木材を使って作っているんです」っていうと、その作品の見え方がガラッと変わる。それってグラフィティと一緒で、毎日何気なく通っていた道に描かれているグラフィティってあまり意識されないけど、「俺が絵を描いたんだ」っていうと、いつもの情景がまた違った風に見える。それと似たような行為をアートでもやりたかったんです。

——そこに描かれているのが1980〜90年代のロボットアニメ風のイラストです。これは幼少期に影響を受けたものなんでしょうか?

TENGAone:子どもの頃はアニメをあまり見させてもらっていなくて、ロボットアニメに関しては大人になって見た感じですね。ただ、もともとこの段ボールに描く絵というのは、そこまで重要視していなくて。そこに僕の個性はいらないというか、それよりもみんなが絶対的に知っている、日常的に触れているキャラクターを描こうと思っていて。そうすると「段ボールに有名なキャラクターが描かれている」っていう、みんなが興味を持たなそうな作品に見える。でも実際は段ボールじゃないものに描かれている。そういう衝撃を与えたかったんです。だから見た目と実際にやっていることのギャップは大きい方がいいんです。

それを踏まえて、日本で代表的なのが、ロボットアニメ。1つの作品が終わっても、また次の新しいロボットアニメが始まるのって、すごい挑戦を感じるし、海外にも通用するもの。そこはリスペクトしていて。イラストはロボットアニメをイメージして描いていて、デザインも毎回変えて、同じものを使い回さないようにはしています。

——模造とかフェイクとかある種、そういうことがTENGAoneさんの作品のテーマの根底にはあったりするんですか?

TENGAone:いや、あくまで見た人の世界観を変えるというのが一番で、何かの真似をするというのはそのための手段という感じです。入りやすくするためのきっかけにすぎないです。

「やっているわけないよな」っていう想定を超えたい

——今回、4年振りの個展ですが、いつ頃から準備されているんですか?

TENGAone:この展示をやるぞって思って準備を始めたのは今年の1月からですね。それまでも少しずつ作っていたんですけど、ほとんどが今年作ったものですね。今回は気合い入れてやりたいなと思って。村上(隆)さんからも「やりきれ」って言われて。なんでも本気でやらないと気がすまない方で。間に合うかどうかわからないけど、とにかくやるって決めて。展示の作品はほぼほぼ新作です。

——展示作品を見るとかなり制作は大変そうですよね?

TENGAone:大変でしたね(笑)。あの量の作品を展示できたっていうのは、自分を褒めてあげたい。全部分の手で彫っているので。

——以前アップされた動画を拝見しましたが、細かい作業で、地道に掘り続ける感じですもんね。

TENGAone:今年に入ってからは1日12時間近く作業してました。ほとんどアトリエにいて、自分の家で過ごすのはほんと2時間くらいでした。

——今回、展示のタイトルを「MORE THAN MEETS THE EYE 」にしたのは?

TENGAone:これほ日本語だと「目に見えるよりもっと奥深い / 隠された何かがある」という意味なんですけど、もとは自分がやっていることを英語で表現できる言葉を探していて。それで「カイカイキキ」のスタッフと相談して、それでこのタイトルになりました。

——新しく試みたことってありますか?

TENGAone:使っている素材とかはバージョンアップしているんですけど、やっていること自体はあまり変わらないです。

——制作の工程としては最初にラフを描くんですか?

TENGAone:そうですね。フォトショップで完成に近いものを作ります。それをとっかかりとして始めて、やりながら詰めていく感じです。

——サイズInstagramとかだと伝わりづらいですが、実際に見るとかなり大きいです。大きさへのこだわりもありますか?

TENGAone:「本当にやっているわけないよな」っていう想定を超えたいというか。これを全部手で彫ったんだよって言っても、嘘だって言われるのがあの大きさなのかなと思っていて。意外性を持たせたくて。普通の人、あんなデカいの作らないじゃないですか。

自分としては、スマホとかで完結するスマートな今の時代と逆行したことをやりたくて。時代がよりスマートになっていくからこそ、俺ぐらいはアナログなことをやり続けてもいいんじゃないかと。サイズ感もそうだし、自分の手で彫って、ペイントすることで生まれる粗さとか。デジタルでは表現できない、人間の最後の悪あがきを感じてほしい。

——作品をよく見ると段ボールの油染みとか、破けた感じ、架空のメーカー名、送り状など、細かい部分もかなりこだわって、設定を考えられています。

TENGAone:それも見た人に喜んでもらいたくて、細かく設定しています。よく見たら、すごくいろんな意味が隠されているので、それはぜひ実物を見てほしいですね。

——フィギュアを作ったりもしてますが?

TENGAone:フィギュアに関しては、ただ気持ち悪いものが好きで、気持ち悪いものを作りたかったというのが大きいですね(笑)。村上さんからも「気持ち悪いな」って言われたりして、それが楽しかったりする。僕はホラー映画が子どもの頃から好きで、小学生の頃から大人が見ても怖いホラー映画を家族で見に行ったりして。内容よりもこのゾンビを人が作ったのか、すごいなって、そういう目線で見てました。だから小学生の時はそういう特殊メイクのメイクアップアーティストになりたかったんですよ。

——ちなみに衝撃を受けたホラー映画ってありますか?

TENGAone:小学2年生の時に、新宿のコマ劇場で見た『デモンズ』っていう映画ですね。そこに出てくる女性の顔が怖過ぎて、めちゃくちゃ衝撃でした。今でも鮮明に覚えています。

——少し話題を変えて、アートバブルって言われていますが、実感することはありますか?

TENGAone:僕が飯を食えているんで、そうなんでしょうね。ただアートバブルっていつか弾けるもんだと思っていて。弾けた時にもちゃんと食べていけるように実力はつけておきたい。バブルにのっかるよりも、どう生き残っていくか。そのための準備はしておかないといけないなと考えています。

——最後にベタなんですが、今回の展示の見どころを教えください。

TENGAone:量と大きさですかね。全部を見てもらいたい。平面でありながら、立体なので。周りの空気感も含めて、体験してもらいたいです。

TENGAone個展「MORE THAN MEETS THE EYE」
会期:2022年9月30日〜10月22日
会場:カイカイキキギャラリー 
住所:東京都港区元麻布2-3-30 元麻布クレストビルB1階
時間:11:00~19:00
休日:日曜、月曜、祝日 
入場料:無料
https://gallery-kaikaikiki.com

Photography Kohei Omachi

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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