江戸文字とアルファベットが融合した唯一無二のオリジナルグラフィティ作品“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”。アーティスト、sneakerwolfが打ち壊す固定概念

17世紀の江戸時代から、歌舞伎や提灯、千社札などに使われてきた図案文字の江戸文字。そんな日本の伝統文化とアルファベットを組み合わせて作品表現を行うsneakerwolf。その生み出される作品は、唯一無二で江戸文字グラフィティとも、カンジグラフィティとも称され、今ではストリートの枠だけには収まらない展開を見せている。

この数年で見かける機会が増えたsneakerwolfの作品だが、実は10年以上前から描き続けていたという。“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”ができた理由、伝えたいメッセージをsneakerwolfにアトリエで聞いた。

sneakerwolf(スニーカーウルフ)
東京を拠点に活動するアーティスト。20代からグラフィックデザインやサインペインティングの仕事に携わる。過去には「シュプリーム(Supreme)」のウィンドウペインティングを手掛けるなどの活動をする。2017年には江戸文字をモチーフにしたオリジナルのグラフィティ作品“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”で初の個展を開催し、以降は定期的に作品を発表する他、アパレルブランドとのコラボレーションやイベントのアートワークなどでも人気を博している。
https://www.sneakerwolf.com
Instagram:@sneakerwolf

誰も好きじゃないだろうなと思っていました

――sneakerwolfさんが生み出した江戸文字グラフィティの作品はどのようにして誕生したのでしょうか?

sneakerwolf:ブランドを手掛けている友人からデザインを頼まれてグラフィックデザイナーのような仕事をずっとやっていたのですが、仕事として絵を描いているのとは別で、自分の表現方法やスタイルを常に模索していました。その中でたどり着いたのが江戸文字をモチーフにしたグラフィティでした。

――いつ頃から描き始めたのでしょうか?

sneakerwolf:15年以上前には、もう形としてはありました。でも、誰も好きじゃないだろうなと思っていました。自信もなかったし見せるのが恥ずかしいくらいな感じで、作品と呼べる形までにはせずに、ずっと個人的な趣味程度に描いていました。それを何かのきっかけで、友人の「ウィズリミテッド(WHIZ LIMITED)」下野君が絶賛してくれて、「早く世に出したほうが良い!」って言ってくれて。それで彼のお店で“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”を含めた作品展をやらせてもらいました。その時はちょっと自信がつきましたけど、それでもアーティストとしてやっていくとまでは思いませんでした。

――どうして表に出そうとしなかったのでしょうか?

sneakerwolf:度胸がなかったんでしょうね(笑)。グラフィティを好きになった中学生の頃もそうでしたけど、僕はグラフィティをやりたかったけど、外に描きに行くだけの度胸はなかった。何かあったらどうしようってビビっていて……。なので当時はノートや部屋の壁にグラフィティを描くだけで満足していました。僕みたいなタイプって結構いるんじゃないかなと思います。あと、学校を卒業してから江戸文字のグラフィティができるまでの10年間で成功体験がなかったというのもありますね。1度でも成功体験があれば、「いいのができた! これは表に出せる!」ってなったんでしょうけど、当時は自分の行動が裏目に出ることも多かったんです。なので作品そのものに自信がなかったわけではないのですが、出せなかったです。

――しかしこの江戸文字のグラフィティは、今やsneakerwolfさんを象徴する作品になりました。人前に出すようになったきっかけを聞かせてください。

sneakerwolf:僕は以前、スニーカーのブランドを手掛けていたのですが、トラブルがあってやめることにしたんです。当時、ちょうど40歳ぐらいかな。それで、そのブランドがなくなって自分ができることは絵しかなかったですし、いろいろとムカついてもきちゃって、「もうすぐ死ぬだろうし、それなら好き勝手やってやろう!」って思い立ちました。それから、2017年にアーティスト、sneakerwolfとして“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”シリーズの個展を初めてやりました。あのトラブルがなければ江戸文字のグラフィティのみでちゃんとした作品発表はしていなかったかもしれないですね。

――そんなトラブルが! では江戸文字のグラフィティはどのようにして作られているのでしょうか?

sneakerwolf:作品を作る時は、まず紙にスケッチをして、その次にキャンバスを丸にするのか、四角にするのかを決めて、そのキャンバスを自分自身で準備して、大きくしていくという感じですかね。

スケッチは描いたあとに色をつけてみて、線の太さや配色の割合を見ながら、アウトラインの太さを変えるなどして、何度も何度も描き直していきます。制作期間は具体的にはわかりませんけど、1、2ヵ月ぐらいですかね。クライアントワークの際はデータ化する作業も入ってきます。

――僕ら素人だとパッと見ただけではわからないのですけど、こちらのスケートデッキとシューズボックスはそれぞれなんて書いてあるのでしょうか?

sneakerwolf x 手塚プロダクション x 「シークレットベース(SECRETBASE)」のスケートデッキ(sneakerwolf私物)

sneakerwolf:(スケ―ト)デッキが「ATOM」で、スニーカーは「ASICS」になっていて、もちろんアルファベットを組み合わせています。

sneakerwolf x 「アシックス スポーツスタイル(ASICS SportStyle)」のスニーカー(sneakerwolf私物)

――アルファベットを江戸文字化させる時は、すぐにイメージが思い浮かぶものなんでしょうか?

sneakerwolf:大体すぐ浮かんできますね。例えばコラボレーションワークなどで、ブランド名のアルファベットを描いてほしいと依頼されたら、仕上げは丸に収めるか、四角に収めるか、どのように英文字を組み合わせてみるかというのは、字面を見れば、なんとなくわかります。経験しているからですかね。描いてみると満足いかない場合もあるんですけどね。

――これまで、江戸文字のグラフィティでどれくらいの作品数を作ってきたのでしょうか?

sneakerwolf:(しばらく考えて)全然わからないです(笑)。

――覚えきれないぐらいの数ということですか?

sneakerwolf:把握できるくらいの数だとは思うんですけど……。僕は終わったことに対してはまったく興味がないんですよ。なので、作品を作り終わると、どうでもよくなってしまうといいますか。いくつ作った、賞をもらった、金メダルをもらったといったことに執着はないんです。できあがった作品に対して、もう少し責任を持たないといけないとは思っているのですが、未だに作品を考える、そして描くっていうのがいまだに自分の中では最終地点になっていますね。さっきも話したようにグラフィティを描きに外に行くわけじゃないし、作品をつくっても人に見せないということは、自己表現するための手段としての絵ではなく、手段が目的化しているというか。絵を描くことが目的であればそういう考え方になりますよね。

子どもの頃は、新聞のチラシの裏面にガンダムの絵を描くのが好きだったんですけど、絵を描いている瞬間がとにかく楽しかった。そんな子どもの頃と今も変わっていないのかも。だから、できあがってしまったら、興味がなくなってしまうんですよね。

「固定概念を壊す」というコンセプトがあれば、江戸文字のグラフィティにはこだわらない

――今は江戸文字のグラフィティ作品以外でもデザインはされているのでしょうか?

sneakerwolf:もうやってないですね。他のテイストでのクライアントワークは来なくなりました。

――では、作ってみたい作品はありますか?

sneakerwolf:うーん、特にこれといった作品は今はないですね。でも向上心はありますし、海外にも出たいと考えているので、個展をやってみて作品が全部売れてすごい金額になる、みたいなことも考えたりはしますけど、こういうことをやっていきたいっていう具体的なことはないですね。僕は遠い先のことを考えることができないんですよね。「未来を逆算して行動しています」みたいに言えたらいいんでしょうけど、まったく考えられないので、とにかく目の前にあることをやってもっと深めて、作品として評価されるようになればいいかなと。

――以前、キャラクターをベースにした作品を制作したいとSNS投稿されていました。その作品はすでに制作されたましたか?

sneakerwolf:それがまだできてないんですよ(笑)。いざ、描こうと思ったら、何も浮かばなかったんですよね。これまで江戸文字のグラフィティ以外は、自分発信で作品として描いたことがなかったので、意外と何から描いていいかわからなくなってしまって……。「シュプリーム」のウィンドウペインティングをやっていた時も「クリスマス」というお題があって描いていたので仕上がりが思い浮かんでいました。でも描きたいアイデアは固まっているので、あとは描いてしまえばいいんですけどね。そしてアートのことをいろいろと勉強したので、そのせいでかえって描きづらくなったというのもあります。

――江戸文字のグラフィティも人前に出すまでには何年もかかりましたし、ここまでお話を聞く限り、勢いだけで作品を発表するタイプではなさそうですよね。

sneakerwolf:そうですね。自信がないから理論武装したいんですよ。この作品はこういった思いで、こういう解釈なので、こう描いていますってできれば、自信のなさや気恥ずかしさを隠せますからね。情熱の赴くままに作ることには興味がないです。

――ところで、今日はジャケットのセットアップですが、いつもその格好で作業をされているのでしょうか? 以前、お会いした時のイメージと違うなと感じました。

sneakerwolf:はい。ここ最近は、スーツを着て作業をしたくて、毎日着てますね。今度の年始にコラボレーションをする「F.C.レアルブリストル(F.C.Real Bristol)」のスーツです。

――なぜまたスーツで作業をしたいと?

sneakerwolf:ストリートアーティストって、だいたいひげ面で、「ディッキーズ(Dickies)」を穿いて、コーチジャケットを着ていたりするんですよ(笑)。あとは入れ墨が入っていたり。そういったのがイヤになってきたんですよね。「こういうジャンルの人はこうだよね」とか、見た目のイメージで判断したりや固定概念がすごくイヤなんです。だから、グラフィティに関連づいた作品を作っているのであれば、そのイメージのスタイルでやりたくないなと思ってスーツにしてます。

――「あなたはこの職業だから、こういう人だよね」って思われるのもイヤですか?

sneakerwolf:かなりイヤですね。僕の家は父が「男のくせに」っていうのを押し付けるタイプだったんですよ。「男のくせに泣くな」とか、「ケンカで負けたらやり返せ」って。それもすごくイヤで「何を言ってるんだろう」とずっと違和感を抱いていました。「男のくせに」って、個人の固定概念や価値観、偏見によるもので、それをもっと考えると、世の中にある差別やいわゆるハラスメントの原因を大きく占めているのはこういった個人または通俗的な固定概念の押し付けであることは間違いない。固定概念で物を見たり、何か判断してしまう。実は世の中はそんなことだらけなのかもしれない。僕はそれがとても嫌い。そんな固定概念や先入観、因習がなくなれば、差別だってかなり減ると思う。アートはまずコンセプトやメッセージがありますけど、僕の場合は作品が先にできてしまっていたのでコンセプトなどは後付けのようになってしまいますけど、5年やってきて、「固定概念を壊す」ということを作品を通じて伝えたい、やりたいと思っています。

――では、固定概念を壊すことがsneakerwolfさんが作品に込めたメッセージで、スーツもその1つになるんですね。

sneakerwolf:そうですね。だから、「あの人ってスーツだよね」ってなったら、急に「ディッキーズ」を穿きだすかもしれないです(笑)。イメージを固定されたくない。僕の作品も、みんな最初は漢字として見るじゃないですか。それは固定概念なんですよね。自分の記憶や知識で「これは漢字で書いてある」って考えてしまうけど、漢字ではなくて英語だと知った時に鑑賞者の固定概念は壊される。それを通して物事をフラットに見ることを伝える。これが僕のメッセージになるわけです。

ただ、「固定概念を壊す」というコンセプトがあれば、“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”にはこだわりません。立体だろうが映像だろうが、僕自身でもなんでも良くて、他にやりたいことができたのならば、“Kanji-Graphy/カンジグラフィ”はいつやめてもいいんです。
同じ作品を作り続けるだろうというのもアーティストなどに対する固定概念ですからね。と言いつつ、僕自身もこの作品が大好きなので、やめないと思いますが(笑)。

Photography Shinpo Kimura
Text Kango Shimoda

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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