映画『ファミリア』成島出監督インタビュー ——映画への思い

受け入れ難いこと。例えば、大切な人の人生が突然に終わったり、激変したりすること。作品テーマには、世の中における理不尽なできごとが含まれていることが多い。しかし、ていねいに描かれた物語に没頭していくうちに、それらもまた人生の一部だと思い、抱きしめたい気持ちになっている。成島出監督が撮るものは、そういった映画、作品が多いと思う。

誰もが知る素晴らしい作品を世に送り出した人物。そういう人物と会うチャンスがあるのならば、だったら、それを大いに励みにして、どさくさに紛れて、ずっと聞いてみたかったことをずばりぶつけてみる。本人にしてみたら、考えたくなかったことかもしれないし、とっくに忘れていたことかもしれない。だけど、そうしてぶつけたからこそ、言葉にすることができるし、みなさんに届けたいものにすることができる。

映画が教科書だった。もっといえば自分のモラルや美意識を培ってくれた。そういう人は意外に多いと思う。そして、学校の授業で学ぶことや教科書に記載されたことより、映画から感じたもののほうがよっぽどその後の自分に生きているという人も少なくないと思う。

私は、海外映画、例えば『プリティ・イン・ピンク』や『レス・ザン・ゼロ』のアンドリュー・マッカーシーからレディファーストを学んだし、『スタンドバイミー』では、仲が良いほど友達の親をいじるという下品さを学んでしまった。成島出監督が撮ってきたさまざまな映画からは、家族との関わり方、距離感のそれぞれを感じ取ることができる。

ある作品からは、家族愛とか親の気持ちといった血のつながりよりも、今生きている場所に誰といるか、そこが人生の現在地ですべてかもしれないということを思い、とても勇気が湧いてくる。それでいて、成島出監督の作品のテーマや出力の仕方はいろいろで、作品ごとに吸収できることや感じるものが違ってきたりする。

だから余計に、監督のど真ん中にある映画への思いとはなんなのか。いち観客のこちらがそんなことはわからなくていいはずなのだけれど、知りたくてたまらなくなる。ということで、今回は、その張本人である成島出監督にインタビューをさせていただいた。

成島出(なるしま・いずる)
1961年生まれ。山梨県甲府市出身。学生時代から自主映画を撮り、『みどり女』でぴあフィルムフェスティバルに入選。1994年から脚本家として活躍し、2003年には役所広司を主演に迎えた初監督作『油断大敵』で藤本賞新人賞とヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。以降、『フライ, ダディ, フライ』『孤高のメス』、役所広司主演『聯合艦隊司令長官 山本五十六』など数々の話題作を手掛ける。2011年、『八日目の蟬』は第35回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞など10部門を受賞。公開されたばかりの新作『ファミリア』の後には、役所広司主演『銀河鉄道の父』の公開が控えている。その他にも、『ソロモンの偽証 前編・事件』『ソロモンの偽証 後編・裁判』『ちょっと今から仕事やめてくる』『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』『いのちの停車場』など多くの作品を世に送り出している。

長編監督デビューする前のこと。それから多くの作品を撮ってきたことについて

映画『ファミリア』予告編
©2022「ファミリア」製作委員会

愛知県豊田市。東名高速道路から湾岸高速への分岐点。明け方前の朝日を待つ空。ディープブルーとオレンジのグラデーションが美しい時間。この時間帯のこの道の光景を、個人的に何度も経験している。それは撮影仕事で和歌山に通っていたからだが、その時はいつもワクワクした気持ちで美しいグラデーションを眺めていた。

成島出監督の最新作『ファミリア』の劇中、ちょうどその道のその光景が現れた。しかし、美しいグラデーションは同じでも、主人公・誠治にとってはワクワクしたものではなかった。美しい光景なのに、ひりひりとした切迫感に包まれていった。美しさと理不尽さがすぐ隣にある。それが人生なのだろうと改めて思った。思った瞬間、そこからさらに物語へと惹きこまれていくのだった。

——2004年の『油断大敵』から新作『ファミリア』に至るまで、この期間に14本(次回作『銀河鉄道の父』で15本)の映画を監督しています。これは単純に考えても、映画の公開時にはすでに次の作品を撮影中か撮り終えているスピード感です。ずっと映画を世に出し続けるために大切にしていることはありますか?

成島出(以下、成島):もっと撮っている方はいると思いますからね。特別、そんなに多いほうだとは思っていないですが、少なくはないですね。それは、単純に言うなら、映画しかやってないからです。大学など、学校で教えることはしていないし、テレビドラマも撮らない。そうすると、年に1本くらいは映画を撮っていかないと飯を食べていけない。そんな感じです。

——撮らないとっていう感覚。例えば、筋トレをしない日があると強迫観念にかられて落ち着かなくなるような。映画に関わっていないとたまらなくなるというような気持ちはあるのでしょうか?

成島:そうですね。映画に関わっている時が、一番幸せなんで。映画の現場というのは1ヵ月か2ヵ月で終わってしまうものですが、僕の場合は、シナリオの最初の立ち上げから作品の仕上げにキャンペーンと、全部が終わるまで、3年間くらいは関わっています。今作品の『ファミリア』の場合は、4、5年くらいだったかな。だから、今は3年に2本くらいのペースで撮った映画が公開されていますね。

——1985年、自主制作映画『みどり女』でコンテストで賞を獲ったあと、2003年『油断大敵』までの18年間は、脚本家としての活躍がメインでした。その時間と経験は、どんな意味があったのでしょうか。また、その時に、「こういう監督になるのだ、こうやっていきたいのだ」というような具体的な目標や描いたビジョンはありましたか?

成島:僕はもともと映画に目覚めたのが遅かったので、(目覚めてからは)いろいろな作品を一気に観たんですよ。東京に出てきて、名画座で映画を観るようになって。

それこそ、その名画座で小津安二郎監督の作品と神代辰巳監督のロマンポルノを両方観て、どちらもおもしろいなあと。映画についてはそんな育ち方をしたので、同世代の映画人達が、ジャン=リュック・ゴダール監督作品などから育っていったのとは全然違うわけです。『ローマの休日』が良かったなんて言うと、仲間にはよくばかにされましたね。

——そのゴダール監督は年に2本は撮っていたほど、それこそ多作な監督でした。成島さんは、ジャンルレスでいろいろな映画を観て育ってきたということですが、その中には欧米作品も多かったと思います。そこで、海外作品ではキラーワードのように出てくる、「アイ・ラブ・ユー」とか「ねえ、愛してると言って」なんていうセリフについてお聞きしたいです。成島さんのこれまでの作品では、愛しているというセリフがあまりないように思うんです。他に大切なことがあるのか、それとも愛してるといったわかりやすいセリフを使いたくないのでしょうか?

成島:世の中で起きていることは単純な要素ばかりではないじゃないですか。『ファミリア』でも、いろいろなことが通底しているんです。それを役所(広司)さん演じる主人公の神谷誠治、彼は日本古来からある陶芸をしている人物なんだけれども、その彼にすべて起きる物語なんです。

「愛してる」というセリフをあまり使わないのも、もともと、「愛している」という言葉は日本語にはなかったと言われてて。明治以降、外国から入ってきたものだそうです。「愛してる」とセリフにしてしまうと、それは「アイ・ラブ・ユー」と言っているのと同じなわけです。だから、僕はそうではない表現をドラマにするのが好きなんです。

——そうなんですね。小説でも、楽しいことを楽しいって書いてしまったら、それで終わってしまいますが、成島さんの作品は時間をかけることを避けていないという印象でした。そして、人間ドラマというより、極限の状況における人としての在り方のいろいろを見せてくれます。生死を託された医者の立場(『孤高のメス』)、過酷な山岳でのアクション(『ミッドナイト イーグル』)、安楽死を望む大切な人への決断(『いのちの停車場』)などなど。中でも『八日目の蟬』で、永作博美さん演じる野々宮希和子が最終盤で発した「まだご飯を食べてません。食べさせてあげてください」は、まったく想像できなかった言葉であり、しかし聞いた瞬間に痛いほど彼女の思いがわかりました。成島さんご自身においては、極限の状況で下した思い出深いシーンはありますか?

成島:僕自身は特にはないですね。まあ、あえて理屈で言ってしまうなら、人間のネジが外れてしまった時のこと。「その子はまだご飯を食べてません」もそうだけど、頭で考えて出てくるセリフではないでしょう。そして、今回の役所さん演じる誠治の行動も計算立ててしていることではなくて。そういうのが好きだし、映画になる部分なんだと思います。

——それは成島さんの人生観でもあるのですか?

成島:まあ、そうかもしれない。自分が計算して生きてこれなかったというのがあって。サラリーマンに一番向かないタイプの人間で、好きなことしかできないんです。嫌いなことはできないし、嫌いな人とも付き合えない。

——映画からレディファーストやデートの仕方を学んだ身としては、一般的な仕事ができない方がつくったとしても、やっぱり映画はなくてはならないものです。

成島:それは僕も同じで、映画館で観た映画で学んだことが多いし、世界中を旅することもできました。

作品中の印象的なシーンや美しい光景について

——最新作『ファミリア』では、東名高速から湾岸高速への分岐にある鉄橋の明け方前のグラデーションがとても印象的でした。このシーンは、『ソロモンの偽証 後編・裁判』における、物語のギアが上がる直前のシーン、午後の体育館に入り込む日差しの美しさとリンクしました。厳しい状況と相反する美しさ。どちらも撮影監督は藤澤順一さんなのですが、このような光景をシーンに織り込もうという狙いは、監督の中に常にあるものなのでしょうか。

成島:それはありますね。やっぱり映画なんでね。言葉で表現するよりも映像で見せたいし、だから物語の大事な場所ではそういうシーンが出てくるんだと思います。

——親子や家族について考えると、成島さんが作品にして残していきたい家族やひとびとの交流の姿には、監督として歩んできた20年強の間に変化はありますか? 時代はどんどん変わっていて、スピード感はすさまじいです。

成島:変化したことを描きたかったわけじゃないけど、確かに交流のかたちなどは変わりましたよね。僕は(東京の)大久保に住んでいた時期が長かったんですが、そこで韓国や中国の人達と出会って。彼らとは親友となって今でも付き合っているんですけど、当時は日韓W杯なんかもあって一緒に盛り上がったりしたのに、ここ何年かの情勢がまさかこんなことになるとは思いもしなかった。現実は断絶が進んでいる気がします。

それに対して、映画ができることは何かあるのか。それを考えたりはしますが、例えば『ファミリア』でそういうメッセージを発したいわけではなくて。僕はやっぱり快楽主義者だから、自分が観たい映画を撮るというのが基本なんです。その中で、家族という最小単位でドラマが動く時にメッセージみたく見えてくるのが好きなのかな。もし、僕がロシアとウクライナの戦争のことを描くならば、大きな国の政府じゃなくて、ロシアとウクライナ、それぞれのいち家族を描いたほうが、ドラマとしてはおもしろいんじゃないでしょうか、きっと。

——成島さんが映画を撮っていて、ずっとブレていないものとはなんでしょうか。なんとなくですが、これが正しい! みたいなことを言いたいのではない気がします。しかも、これまでの作品の題材や舞台もさまざまで幅も広いです。私がついやってしまいがちなカテゴリーとかジャンル分けができない監督という印象です。そういう中で、最大公約数のようなプリンシプルはあるのでしょうか。

成島:それが申し訳ないんですけど、また言ってしまいますが、僕は映画が好きで快楽主義でやっているんです。だから、A子さん、B子さん、C子さん、D子さんに共通するものを教えてくださいと質問されてるのと一緒なんですよ。そんなもんねぇよって。それぞれいい女だから付き合ってるし、それぞれの個性にほれたということ。A子さんとB子さんは全然違う人だし、北海道のオホーツクの人と沖縄の石垣の人、それぞれに恋したらドラマは全然違うじゃない。僕は真摯に優柔不断。北海道の人と真摯に付き合い、今度は沖縄の人と真摯に付き合いたい。これは恋愛話に例えた場合だけど、そのドラマを好きになることが大切。好きじゃないものは撮れないから。

役所広司さんで何本か映画を撮っているというのは、やっぱり役所広司が一番好きな俳優だから、自ずと(出演)本数は増えていくわけですよ。好きで、気持ちいいことをやる。あくまでも主役は作品であって、監督というのはそれを生む親みたいなもの。子(作品)の個性が全部違っていていいわけじゃないですか。それでいいのかなあと。

——成島監督っぽさというのがないわけですね。

成島:そうです。自分で決めつけて、これは成島作品っぽくないから撮りたくないという考え方の監督にはなりたくないなと思っています。おいしいものであれば、韓国料理でも中華料理でも京都のお寿司でもなんでも頂きますよ。そこにうそをつきたくない。だから、今回はいながき君(脚本家のいながききよたか)が、彼のリアルなベースの中でシナリオをつくってきた中で、団地(モデルとなった保見団地)のことや瀬戸の焼き物(陶芸)のことを描いていったわけです。とにかく大事なことは、好きかどうかってことです。

——映画が嫌いになるということは一生ありえなそうですね。

成島:いやぁ、わかんない。それは、どこかで何を観てもおもしろくないと思ってしまう時が来るかもしれない。そんな日が来たら恐ろしいですよね。

——『ファミリア』の最後のシーン。主人公の神谷誠治だけが見た光景とは。

成島:わりと、僕が撮る作品は人物のアップで終わることが多かったんです。顔で終わるというのは、ある種の祈りを込めているからでしょうか。そこにドラマや未来があるというか。観客のみなさんにも何か感じてもらえたらいいなと思っている部分です。

■『ファミリア』 
2023年1月6日 東京・新宿ピカデリー他全国公開
監督:成島出
出演:役所広司、吉沢亮、サガエルカス、ワケドファジレ、中原丈雄、室井滋 アリまらい果、シマダアラン、スミダグスタボ、松重豊、MIYAVI、佐藤浩市他
製作委員会:木下グループ、フェローズ、ディグ&フェローズ 
制作プロダクション:ディグ&フェローズ 
配給:キノフィルムズ
©2022「ファミリア」製作委員会
オフィシャルサイト:https://familiar-movie.jp/

Photography Kenji Nakata

author:

小澤千一朗

エディター、ライター、ディレクター。2002年に創刊した雑誌『Sb Skateboard Journal』のディレクターを務める。その他、フリーランスとして2018年より『FAT magazine』ディレクターやパンダ本『HELLO PANDA』シリーズの著作など、執筆・制作活動は多岐にわたる。 https://senichiroozawa.com/

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