ベルリンの新世代テクノシーンを代表するアーサー・ロバートが語る電子音楽の魅力とその無限の可能性

一向に衰えることなく進化し続けるベルリンのテクノシーンにて頭角を現しているアーサー・ロバート。モジュラー・シンセを駆使した作品と躍動感あふれるプレイスタイルでオーディエンスの心を躍らせ、欧州を中心に名だたるフェスティバルやクラブでプレイを行っている。

彼のルーツを探るとルーマニア人でありながら、オーストリアで生まれ育ち、オランダのアムステルダム、そしてドイツはベルリンで生活を行ってきているという。島国に住んでいる日本人からは少し不思議に感じられるかもしれないが、ヨーロッパでは生まれと育ちが別の国ということはよくあることだ。筆者も現在はアムステルダムに住んでおり、エレクトロニック・ミュージックは3度の飯と同じくらい好きである。それと同時にベルリンで音楽漬けの生活をすることへ“ある種”の憧れもあり、共感するところが多いのではないかとアーサーに興味を抱いていた。

そんな折、彼が6月に東京と大阪で公演を行うという情報を得たので、この機会を逃すまいとテクノとベルリンの魅力、そして自身の音楽制作やルーツについて質問を投げかけてみた。

アーサー・ロバート
オーストリアのウィーンでルーマニア人の家庭に生まれたDJ・プロデューサー。彼は音楽を作り、演奏し、教えることに生涯を捧げている。そのサウンドは、ダイレクト、ピュア、グルーヴィー、ジャングル、ブレイクビーツ、デトロイトにインスパイアされたテクノと定義されている。通常のテクノスタイルとは異なり、ブレイクスやエレクトロに自分のサウンドを融合させる。その音楽は、催眠術のようなエッジを与えるサイケデリックな要素を含んでおり、ダンスフロアへのアプローチである。クラブでのプレイ〜サウンドデザインにプロダクションの指導までと、あらゆる面でエレクトロニック・ミュージックをベースに活動している。
https://soundcloud.com/arthurrobert

「単に曲を作るだけでなく、聴く人を音の旅に誘う没入体験を作り出すこと」

−−音楽制作を始めたきっかけやバックグラウンドを教えてください。

アーサー・ロバート(以下、アーサー):音楽制作への興味は、電子音楽への魅力とその無限の可能性に触れたことなんです。私はテクノの愛好家であり、電子音楽が聴衆を新たな世界へと誘い、強い感情を引き起こす力に心を奪われました。

音楽のバックグラウンドは、クラシック音楽やジャズからアンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージックまで、多岐にわたります。さまざまなソフトウェアや器材を試行錯誤しながら、独自のサウンドに磨き上げています。テクノのサブジャンルやパイオニア達からインスピレーションを得ながら、ヒプノティック(催眠術的)なリズム、複雑なテクスチャー、没入感のある雰囲気を融合させ、独自のスタイルを築いています。

これまでのパフォーマンスを通して、オーディエンスとのつながりを深めてきました。技術の進歩は私の創造力を支え、常に新たな音の領域を追求させてくれます。

音楽制作は単なる仕事ではなく、創造性を深く表現する手段です。感情や思考、経験を伝える言語だと思っています。

−−あなたの画像を検索していたところ、多数の楽器に囲まれたスタジオの写真からポジティブなオーラを感じましたが、最初に買った器材はなんだったんですか。

アーサー:最初に購入した器材は、ささやかながらも信頼性のあるMIDIコントローラーでした。これが私の音楽制作への情熱をかき立てるきっかけとなりました。バーチャル・インストゥルメントやソフトウェアと連携することで、実際に手を動かして音楽を作り出す体験ができました。

現在の私にとって最も愛着のある欠かせない器材は、間違いなくハードウェア・サンプラーです。このパワフルで多機能な楽器は、創造的なプロセスの一部です。その多彩な機能や直感的なコントロール、手で操作することによる没入感は、リアルタイムで音を形作り、私の作品に独自の個性を注入することを可能にしています。

器材は音楽制作において重要な役割を果たしていますが、アプローチは器材に依存したものではありません。技術力、情熱、そして献身が私の創造的なプロセスの原動力です。器材を通じて、アーティストが自分の感情やアイデアを表現する能力が本当に重要だと信じています。

−−音楽の制作において、最も強い影響を受けた要素は何でしょうか? アーティストは誰でしょうか。また、それはあなたの音楽にどのように反映されていますか。

アーサー:私の音楽に最も強い影響を与えた要因は、トリップ・ホップやオールドスクール・ヒップホップ、アンビエントミュージックの世界です。これらのジャンルに広がる雰囲気のテクスチャー、複雑なリズム、内省的なムードは、私の音のパレットに深い痕跡を残しました。マッシヴ・アタックやボーズ・オブ・カナダ等のアーティストの深く響く没入感のあるサウンドスケープからインスピレーションを受けています。

また、オウテカやエイフェックス・ツインといったアーティストの実験的なアプローチは、私にとって常にインスピレーションの源です。彼らのサウンドデザインへの挑戦的な姿勢、複雑なリズム、緻密な作曲は、新しい音楽領域を探求させ、従来の構造から脱却することを促してくれました。また、私の音楽にはクラシックやワールドミュージック、特にSF映画のサウンドトラックからの影響も大きいです。

テクノの世界では、ジェフ・ミルズやサンドウェル・ディストリクト、シェッド、プラネタリー・アサルト・システムズ等のパイオニア的なアーティストから影響を受けました。彼等の催眠的なリズム、力強いエネルギー、没入感のあるサウンドジャーニーを通じて、私はジャンル内で独自のスタイルを追求するようになりました。

−−あなたの作品はディープな中毒性を醸し出すミニマルから、バウンシーなテクノまでが主流だと思います。聞いていると現場にいるような錯覚を覚えました。制作時に現場をイメージしたり、ストーリー性を重要視しますか。制作のアイデアを形にするためにどのような手法を使用していますか。

アーサー:音楽制作プロセスでは、ライヴの雰囲気をイメージし、ストーリーテリングを重視しています。単に曲を作るだけでなく、聴く人を音の旅に誘う没入体験を作り出すことが重要だと考えています。

制作アイデアを具体的な結果に変えるために「エレクトロン」の機器を活用しています。このスウェーデンのサンプラーやシンセサイザーは、設計とデバイスのアーキテクチャーに革新的なアプローチを取っており、音を精密に形成・操作することができます。

私の制作方法は、長時間のジャミングセッションを通じて一発録りで音楽を制作します。その瞬間の本質を捉えながら、さまざまなサウンドスケープを探求し、サウンド、メロディ、リズムを組み合わせて実験します。そして、ライヴの雰囲気を思い描いた時に重要な要素となる部分を厳選しています。

「エレクトロン」の機器に加えて録音プロセスでは、ラップトップと「エイブルトン」も活用してライブの音響処理を行います。これにより、私の作品に特有の音響的な質を表現しています。

アーティストと観客のつながりを実感し、超越的な共同体験をするために

−−あなたにとってルーマニアの音楽や文化はどのような役割を果たしていますか? ルーツへの繋がりや音楽的な要素を取り入れる際の思考や感情について教えてください。私の個人的な見解ではルーマニアのミニマルシーンは世界を席巻していると思います。

アーサー:私はルーマニアの出身ですが、ルーマニアの音楽シーンやその独特なサウンドから、直接的に影響を受けているとは思いません。ルーマニアのミニマル・ミュージックを電子音楽のサブジャンルとして高く評価し、もちろん聴いています。私の作品にも独特なサウンドと情感の質という部分においては影響を与えてくれていると思います。具体的にルーマニアの文化的要素を直接取り入れているわけではありませんが、ルーツや文化的なバックグラウンドは無意識のうちに創造的な表現に影響を与えている可能性はあります。個々の経験や文化的な遺産は、それが明らかでなくても芸術的感性を形作ると思います。

−−また、あなたは過去にアムステルダム、現在はベルリンという異なる都市で生活していると聞きました。音楽活動は、それぞれ独自の文化やシーンを持っています。あなたにとって、アムステルダムとベルリンという両都市での経験は貴重な時間でしたか? また、ベルリンの方がアムステルダムより、住みやすくアーティスト生活を過ごしやすいと感じていますか。

アーサー:アムステルダムは、豊かな歴史と多様な文化的な風景があり、さまざまなジャンルを探求し、多くのミュージシャンやアーティストとつながるためのプラットフォームを提供してくれました。この街の開放的な雰囲気と創造性に満ちた環境は、協力と実験の感覚を育み、私の音楽の視野を広げ、志を同じくする人々のネットワークを築くことができました。

一方でベルリンは世界的なテクノの中心地で、有名なクラブや伝説的なパーティがありますよね。業界関係者とのつながりやパフォーマンスの機会、テクノ・コミュニティのエネルギーを体験できる貴重な拠点です。

生活のしやすさと音楽への貢献性に関しては、ベルリンは電子音楽の世界で活動する多くのアーティストにとって優位だと思います。街のインフラと世界的なナイトクラブは、電子音楽の創造、パフォーマンス、鑑賞に非常に適した環境を作り出しています。そして、クラブやフェスティバル、カルチャーイベントの豊富さは、ベルリンを創造の中心地とし、世界的な電子音楽シーンに身を浸すための理想的な場所にしていると感じます。

それぞれの街には独自の魅力と利点があり、どちらを選ぶかは個人の好みやアーティストの具体的な目標や希望によって異なるのではないでしょうか。

−−ベルリンにあるテクノシーンの聖地クラブ「ベルグハイン」でのプレイ経験もあると思いますが、やはり特別な場所という認識でしょうか。他のクラブとは何が違うと思いますか。

アーサー:「ベルグハイン」での経験を通じて、私は心からそこを特別な場所と感じています。私がそこで経験したものは、人生を変えるようなものであり、このクラブは多くのアーティストや電子音楽愛好家の心に特別な場所となっています。

他のクラブとの違いは、まず第一に、ベルグハインの有名なファンクション・ワンサウンドシステムがあります。その優れた音質と音響ディテールへの細心の注意が、音楽を別次元に引き上げ、比類のない没入型の音響体験を提供します。さらに優れたサウンドシステムに加えて、すべてのスタッフのプロフェッショナリズムと献身性は、クラブの独特な雰囲気に貢献していると思います。

そして、建築的には広大な大聖堂のような内部、ミニマリスティックでありながらも圧倒的な構造は、敬虔さと壮大さを感じさせます。ダンスフロアからダークルームまで、慎重に設計された空間が、人々が音楽に身を委ね、音とエネルギーとの深いつながりを経験できる環境を作り出しています。

そして何よりも重要なのは、来場者達がオープンマインドで音楽に対する深い愛情を持っていることです。これにより、アーティストと観客の間のつながりが実感され、共同の体験が超越的なものになります。

強烈な印象を残した2022年のグローバルアークでの経験

−−素晴らしいですよね。話題を日本に移しますが、2022年初来日のグローバルアークの感想を教えてください。日本のオーガナイザーやオーディエンスとの交流、コミュニケーションについてどのような経験をしましたか。日本のシーンに触れ、音楽活動へのインスピレーションを受けましたか。

アーサー:2022年のグローバルアークでの経験は、私に強烈な印象を残しました。フェスティバルとそのスタッフは非常に親切でプロフェッショナルで、滞在中、十分ケアしてくれました。フェスティバル自体は長野の美しい山の中で行われ、優れた音質、ステージデザインや会場内の細部へのこだわりにより、アーティストが最高のパフォーマンスを発揮するための良い雰囲気が作り出されていました。そして、私のパフォーマンス中、激しい雨にも関わらず、多くの人々がダンスフロアに残り、熱気が溢れていました。日本のオーディエンスの揺るぎない情熱とサポートを目にすることは心温まる経験でした。

−−6月の9日に東京「Vent」、10日に大阪「Club Under」でプレイしますが、今後の日本でのパフォーマンスやコラボレーションの可能性についてどのように考えていますか?  リリースもあると聞いています。

アーサー:過去に「Vent」を訪れた時、素晴らしいサウンドシステムや美しい照明、会場とスタッフの総合的なプロフェッショナリズムに驚かされました。大阪の「Club Under」でのプレイにも興奮しています。私の目標は、日本での定期的なコラボレーションとパフォーマンスを築くことであり、日本を深く尊敬し、訪れることが大好きな場所です。

現在、日本の〈Aum Recordings〉というレーベルでDJ HI-Cのリミックスに取り組んでいます。また、〈Totem Traxx〉を主宰するDO SHOCK BOOZEへのリミックスもリリース予定です。リリースとコラボレーションに関しては、音楽を通じて世界中の人々と繋がることは、自分にとって恩恵であり充実感の源です。多様なアーティストやレーベルとの共同作業の機会に恵まれており、異なる音楽を探求し、アーティストとして成長を続けることができています。

−−今後の音楽制作において、新たな挑戦や目標、将来の方向性、探求したいテーマについて教えてください。

アーサー:新たな挑戦として、映画のサウンドトラックを制作することが主な目標の一つです。テクノミュージックのバックグラウンドがサウンドトラックに独自の視点をもたらせると信じています。また、トリップホップ、アンビエント、ジャングル、エクスペリメンタルなどのジャンルを探求し、音楽の可能性を広げ、創造性をより一層表現することも考えています。

新たなジャンルに進出し、創造的な機会を追求することで、電子音楽の無限の可能性を追求したいと考えています。異なるメディアやプラットフォームを通じて、観客に魅力的で没入感のある音楽体験を届けることが私の究極の願いです。

■MEiYOU
日程:6月9日
会場:Vent
住所:東京都港区南青山3-18-19
時間:23:00(オープン)
入場料:FB discount ¥3,000、前売り券 ¥2,500(優先入場)、当日券 ¥4,000
公式サイト:http://vent-tokyo.net/schedule/meiyou_vent_20230609/

■Aum Recordings label launch party & TORUS EP release party
日程:6月10日
会場:Club Under
住所:大阪府大阪市中央区宗右衛門町7−9 B1ビル
時間:23:00(オープン)
入場料:¥3,000
公式サイト:https://www.facebook.com/photo/?fbid=261099199806615&set=pb.100077196105874.-2207520000.

Direction Kana Miyazawa

author:

Norihiko Kawai

DJ・ライター、二卵性双子の父親。愛知県生まれ・東京育ち、2015年からオランダはアムステルダムに在住。エレクトロニック・ミュージックを愛し続けて、はや30年余りが経過。東京・ヨーロッパを中心としたDJ・オーガナイズ活動の経験を元にライターとして活動。主にヨーロッパのフェスやローカルカルチャーを探求中。 Twitter:@Nori

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