ベルリンに広がるリスニングバー Vol.1 Rhinoçéros

ベネディクト・ベルナ
フランス・ヴァランス生まれ。2003年にベルリンに移住後、クラブとバーの経営を経て、2017年11月に「Rhinoçéros」をオープン。2019年には、「Tokyo Jazz Joints」のフィリップ・アーニールと一緒に、日本のジャズバーや喫茶店の豊かな伝統を祝う写真展を同店で開催した。「Tokyo Jazz Joints」はこの失われつつある文化を記録した本を今年出版したばかりだ。

日本独自の音楽カルチャーとして、海外から注目を集める“リスニングバー”。ここベルリンでも、今年2月から日本のジャズ喫茶やリスニングバーにインスパイアされたスポットが相次いでオープンしている。静かな空間でじっくり音楽を聴くというスタイルは、クラブカルチャーの街ベルリンでどう受け入れられているのか?そこに、日本のカルチャーを見つめ直すヒントがあるのでは?話題のバーを訪ねて、各オーナー達の言葉から紐解いていく。

第1回は、ベルリンでの先駆け的存在である「Rhinoçéros」。穏やかなプレンツラウアーベルク地区に佇む、日本のジャズ喫茶から着想を得たジャズバーだ。音楽プロデューサーからジャズバーのオーナーへと転身したベネディクト・ベルナに話を聞いた。

たまたまインターネットで見つけた日本のジャズ喫茶

−−「Rhinoçéros」をオープンしたきっかけについて教えてください。

ベネディクト・ベルナ(以下、ベネディクト):ベルリンでクラブ「Chez Jacki」とバー「Brut」を経営した後、音楽とガストロノミーが調和する新しいスペースをオープンしたいと思ったんだ。もともと音楽のルーツはラップで、家にはサンプリングに使ってたジャズ、ファンク、ソウルのレコードコレクションがあって。それに、僕にとって音楽はレコードで聴くもの。オーディオ機材が大好きで、クラブでは自分でサウンドシステムの手入れをしたり、常に最高のサウンドを出せるように心掛けていたんだ。当時は、さまざまなオーディオ・コンポーネントを使った本当に素晴らしいサウンド・システムがあって、たくさんのことを学んだよ。だからオーディオと音楽には情熱を持っているんだ。一方で、サービスやソムリエの訓練を受けてたし、それが僕の仕事。だから、すべてが新しいプロジェクトに表れるのは自然なことだった。

それで2015年に、フライドポテトとシンプルなフランス料理を楽しめるビストロ「Soul 2 Soul」を立ち上げたいと考えたんだけど、当時一緒に仕事をしてた友人のサム・ルアネ(Sam Rouanet)から「半年もすればレコードが油まみれになるぞ」って言われて(笑)。彼は「Trenton Records」を主宰していて、Reynold名義でDJをしてる。よく来日してたこともあって、彼から日本の古いジャズバーについて教えてもらったんだ。僕はすっかりその話に夢中になって、インターネットで調べた時、オンラインでちょうど立ち上がったばかりの「TOKYO JAZZ JOINTS」を見つけたんだ。このサイトは日本のジャズ喫茶のドキュメンテーションをしてるんだけど、日本のジャズ喫茶やバー文化について知るすばらしいきっかけとなったよ。

2016年から本格的に準備を始めて、2017年の秋に「Rhinoçéros」をオープンしたんだ。ちなみにその建物は偶然にも前は古い日本のお茶屋さんでさ。賃貸契約を結んだあとに知って驚いたよ。実はオープンするまで日本に行ったことがないんだよね。

オープン後から生まれた日本のジャズバーとのつながり

−−そうなんですね! てっきりオープン前に日本を訪れていたと思っていました。

ベネディクト:オープンして1年後の2018年10月に、妻のマルティナと一緒に日本へ行ったんだ。日本人の友達が世界中のジャズスポットをまとめたGoogleマップのリストをつくっていて、僕等はそれをもとに日本を旅した。14日間で35軒のジャズバーに行ったと思う。すべてが違うし、それぞれに理由があって魅力的で、素晴らしい人達に出会えて嬉しかったよ。 彼等は音楽とジャズに情熱を持ってるね! 時には言葉の壁があったけど、若いオーナーとは英語でしゃべれたし、いつも名刺を交換して一緒に写真を撮った。もう閉店してしまったお店もあるけど。日本に一度も行ったことがなかったのに、ベルリンで同じ雰囲気を再現できてると気付けて、うれしかったよ。

−−印象に残っているジャズ喫茶、ジャズバーはありますか?

ベネディクト:池袋の「ぺーぱーむーん」。滞在中に3回も行ったよ!音楽もヴァイブも、まさに僕の好きな感じの店。リクエストした音楽をかけてくれるし、音楽の話もできる。年配のマスターっていうのもいいんだよね。壁には昔のフライヤーやポスターが飾ってあって、歴史を感じる。ラフでちょっと汚いし、サウンドシステムもドリンクもシンプルなんだけど、すごくスペシャルなんだ。マスターが引退する前にぜひ行ってほしい、おすすめの店だよ。

「CAFE INCUS」オーナーの創一とはよく連絡を取ってる。彼はオーストラリアに住んでいたから、英語が話せるんだ。同じ音楽が好きだから、毎週のように音楽のこととか交換してて。もちろん、いい店だよ。あと閉店しちゃったけど、渋谷の「Mary Jane」。

−−そのあと日本に行かれたんですか?

ベネディクト:いや、この1回だけなんだ。コロナも落ち着いたし、またすぐに行きたいなと思ってる。逆に日本のジャズ喫茶の人達が訪れることもあって、最近だと「Jazz と 喫茶 はやし」のオーナーが来てくれたよ。

−−日本のリスニングバーを再現するために、一番こだわっているところは?

ベネディクト:ここは日本のジャズバーをオマージュしてるけど、それだけじゃなくて、フランスやベルリンのテイストも取り入れてるんだ。もちろんサウンドシステムは大事だけど、雰囲気が一番大事。いい照明、いいサービス、いい音楽とサウンド、いいドリンクとフード。まぁ、全部だよね。すべてのディティールに注意を払う必要があるし、どれかが欠けてもダメなんだ。

−−誰のセレクトで、どんな音楽をかけていますか?

ベネディクト:基本的に僕とバーテンダーがセレクトしてるから、その夜に働く人によってプログラムのセンスが違ってくる。ジャズがメインだけど、ソウルやファンク、ブルースも。レコード棚に自分のコーナーを持っているスタッフもいるよ。たまに、ゲストセレクターとして友人やアーティストを招くこともある。お客からのリクエストは受け付けてないんだ。

日本と欧米で異なるリスニングバーの楽しみ方

−−少人数制や会話の音量に関するルールをウェブサイトに掲載されていますよね。

ベネディクト:このルールはずっと前からあって、たまに書き方や日付を変えてアップデートしてるんだ。少し静かな空間は守りたくて。ただ、ここはヨーロッパ。バーに来る=話に来ることだからね。

−−そこが日本との大きな違いというか、気になるところなんです。日本的なリスニングバーはクラブカルチャーが盛んなベルリンではどう利用されているのかなと。

ベネディクト:ベルリンに限らず、日本と欧米のカルチャーは違う。日本人はもともと静かだよね。好きなジャズ喫茶やバーに行って、現実から離れて一息つき、自分の時間を楽しむ。一方で、欧米では社交の場。人々は大声で話したり表現したがるから、本当に違う。こういった日本の精神性を欧米で再現するのは不可能なんだ。

あと日本のリスニングバーよりも、NYで「The Loft」を主宰したデヴィッド・マンキューソ的なリスニングバーが多いと思う。ベルリンの「Unkompress」やもうすぐオープンする「ANIMA」や「migas」、パリの「BAMBINO」みたいな。いつも2つのターンテーブルとミキサー、HiFiオーディオシステムをそろえてて、いわゆるパーティ向けといったものかな。だから欧米でリスニングバーっていうのは、何を基準としているのか難しいよ。会話がうるさくて音楽が聴けないというお客もいれば、音楽がうるさいから会話ができないというお客もいる。カルチャーの違いを含め、バランスを取るのが難しいな。

−−そんな中でも日本のジャズ喫茶の雰囲気をうまく取り入れていると思います。定期的にイベントも開催されているとか。

ベネディクト:日本のジャズ喫茶の雰囲気を再現する、本当に深く音楽を聴く時間として、月に3回ほど定休日の月曜日に「Listening Sessions」を開催してる。ゲストセレクターがアルバムを1枚選んで、それを聴くんだ。おしゃべりは禁止。ベルリナーも最大90分は集中できるからね。お客が音楽に深く耳を傾ける特別な時間、この空間をつくり上げると、本当に魔法のようなんだ。時には感動的になるし、泣いている人もいる。音楽好きが集まっているから、聴き終わった後に音楽について話したりするのも最高だね。

■ Rhinoçéros
住所:Rhinower Str. 3, 10437 Berlin, Germany
営業時間:18:30~1:00
休日:日曜、月曜
www.rhinoceros-berlin.com
Instagram:@rhinoceros.berlin

Photography Rie Yamada

author:

山根裕紀子

エディター、ライター/『RISIKO』編集長。広島県生まれ。2012年よりベルリンへ移住。主にファッションやカルチャー誌を中心に企画、取材、執筆をしている。2021年、ドイツのアンダーグラウンドな音楽シーンの“今”を紹介するインディペンデントマガジン『RISIKO(リジコ)』を創刊した。 www.yukikoyamane.com   Instagram:@yukikopica Instagram:@risikomagazine

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