連載「ぼくの東京」Vol.10 「実は心地よくて、どこかあたたかい」 映写や記憶をテーマに、映像的絵画を制作する加藤崇亮が東京の魅力を語る

ぼく・わたしにとっての「東京」を紹介する本連載。第10回は、加藤崇亮から見た東京のノスタルジー。

加藤崇亮
1985年生まれ、東京都出身。幼少期をドイツで6年過ごしたのち帰国。麻布学園、多摩美術大学造形表現学部デザイン科卒業。2012年からエンライトメントに参加し独立。映像的絵画を目指し、時間・映写・記憶をテーマにした絵画を制作。あえて輪郭や空間への違和感を加えた作品で、絵画という平面の世界に新しい命を吹き込んでいる。

幼少期をドイツ・デュッセルドルフで過ごしたのち、東京へ戻ってきた加藤崇亮。異国の地で過ごした思い出は、彼の作品や趣味に少なからず影響を与えているのかもしれない。

「昔から古い印刷物を集めるのが好きです。日本のものもたくさん持っていますが、やっぱり海外の紙物の方が多いかな。1960年代や1970年代のものが好き。古い印刷物ならではの色味や風景におもしろさを感じます」。

そんな加藤のお気に入りスポットは高円寺にある「ハチマクラ」。古い包装紙や切手、ポストカードなど、紙物をメインに扱っているお店だ。こぢんまりとしたショップに一歩足を踏み入れると、そこは別世界。何十年、いや何百年も前に作られた印刷物が時代を超えて“今”に存在する。加藤にとっては夢中になれる場所であり、ここで販売されている古いマッチラベルにインスピレーションを受け、マッチラベルデザインで自身の世界観を表現したこともある。

加藤の作品は、時間・映写・記憶がテーマ。絵画という平面の世界を映像的な感覚で捉えた彼のアートは、どこかノスタルジックでもあり、既成概念を覆すような驚きがある。最近はポストカードを題材にした作品が多く、その既存イメージを分割し、彼ならではの視点で再構築している。

「ポストカードの構図や色味などをデジタル編集して、さらにデジタルでスケッチを加え、そこにアクリルでペインティングします。または水彩紙をカッターで切ったり破ったりして、それぞれのパーツをアクリルで描いて、もう一度組み合わせてみたり。ポストカードの中の知らない場所や昔の時間をカットして映像的な動きを加えることで生まれる“違和感”や“動き”を表現したいと思っているんです」。

その時にしか出会えない風景やモノが好き

「印刷物の版ズレも好きなんです。1つひとつの表情の違いを感じる。古いポストカードなんかはそこに写っている人物がぼやけていたり、背景が擦れてしまったりして、想像させる部分が多い。見ているだけで知らない場所に移動できるようなこの感覚が好きだから、古い印刷物をたくさん集めているのかもしれないですね」。

加藤にとっては古着もそのイメージに近く、阿佐ヶ谷にある古着店「JUDEE」は足繁く通う場所。今ではこのショップでほとんどの服を購入している。

「昔から古着好きというわけではなかったんですが、友人のイラストレーターに教えてもらったのがきっかけでハマりました。なんだろう、古着は買う理由になるというか…。古い印刷物と同じで、その時にしか出会えないものを偶然見つけるという感覚が楽しいです」。

多くの店が軒を連ねる人気エリアながら、古き良き東京の風景も残す阿佐ヶ谷。少し歩けばのどかな街並みが広がり、時間もゆったりと流れ始める。新しい刺激を求めて東京散策をするタイプではないという加藤にとって、このホッとする感じもお気に入りだ。

「僕の地元である戸越銀座に少し似ているような……。あたたかい感じがありますね。JUDEEのオーナーと他愛ない話をする時間も心地いいです」。

彼の昔と今をつなぐ場所

加藤がドイツ暮らしを経てたどり着いた場所は戸越銀座。今もこの街に自宅とアトリエを持つ彼にとって、ここが東京のホームだ。特に戸越公園は大切な場所で、余裕があれば週に1、2回足を運ぶ。

「東京には自然が少ないからか、自然を感じる場所に惹かれがちです。戸越公園は幼い頃から来ていた場所で、本当にリラックスできる。小さな公園ながら見どころもいろいろあるんですよ」。

この日はいつも彼が通るルートで公園内を散策。古くは武家屋敷だったこともあり、池や川、庭園など、目を喜ばせてくれる風景が続く。園内に並ぶベンチでのんびり日向ぼっこをする人も多く、一瞬で都会の喧騒を忘れてしまう。

「お子さんを連れた家族などを見ていると『武家屋敷の時もこんな空気の流れだったのかな』と感じます。川に浮かぶ小屋と、その後ろに見える緑の雰囲気も好きで、いつもぼんやりと眺めています」。

カメや鯉、カモなど、さまざまな生き物が暮らす池を見ているだけで、東京で失いかけた感覚を思い出す。春には桜、梅雨には紫陽花、夏は蝉の大合唱と、季節ごとに移り変わる景色もまた加藤のお気に入りだ。

「カメはいつも岩の上で休憩しているイメージだったんですが、今日は活発に泳いでますね。こんなに元気な姿を見るのは初めてかも。この池には僕にしか見えない金色の鯉もいるんですよ。発見したら教えます」と少年のように笑う。

そういえば、この夏行われた加藤の個展のテーマは『FRUIT OF MEMORY 記憶の果実』だった。

「記憶って果実っぽいですよね。みずみずしさが一過性のもので、いつかは失われていく」。さてこの日、一緒に見た金の鯉は本当にいたのだろうか? 過去を振り返るように“今”を見る彼のまなざしが生み出す作品の数々は、ノスタルジーと可能性に溢れている。それを見る人の想像が加わることで、ストーリーはきっと変わっていく。東京の景色もまた同じなのだろう。

■ハチマクラ
住所:東京都杉並区高円寺南3-59-4
時間:13:00〜19:00 
休日:月曜、火曜
Instagram:@hachimakura

■JUDEE
住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷北3-11-23 SKTハウス1F
時間:14:00〜21:00(不定休)
Instagram:@judee_asagaya

Photography Shin Hamada
Text Akemi Kan
Edit Kana Mizoguchi(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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