連載「ぼくの東京」vol.4 「私の原点」 多彩なシーンで活躍するアーティスト・堀内結が自身をかたちづくる「古き良き街」を歩く

ぼく・わたしにとっての「東京」を紹介する本連載。第4回は、豪徳寺を拠点とする堀内結と、彼女のライフスタイルの一部ともいえる大切な散歩道を巡る。

「東京」は小さな日本の一部

世田谷区・豪徳寺で生まれ、2歳の時に家族でアメリカに移住した堀内結。ワシントンD.C.で4年を過ごした後に東京へ戻り、大学を卒業する22歳の時に再び豪徳寺の町で暮らし始めた。たくさんの公園、きれいに整備された緑道等、自然あふれるこのエリアには、彼女が好きな散歩コースがたくさんある。

「1日5000歩以上歩かないとなんだか調子が悪いんです。天気さえ良ければ毎日散歩をしていますね。それはどこの国に暮らしていても変わらない。先日サンフランシスコを訪れた時も、やっぱり散歩をしている自分がいました」。

アーティストとしてさまざまなイラストを描く堀内だが、植物をモチーフとした作品も多い。日々の日課である散歩が、彼女にとってクリエイティヴのインスピレーションをもたらしているのだ。一度散歩に出掛けると、気がつくと時間を忘れて1時間以上も歩いているという。

「景色を見ながら歩くのが好きです。季節ごとに自然が見せてくれる世界は全然違う。『この花はなんだろう?』と気になったことをいちいち調べたりする時間も楽しいんですよね。新しいお店を発見した時はもちろん嬉しいし、昔ながらの趣きを残している老舗で買い物する時間も愛おしい。仕事柄自宅で作業することが多いのですが、ちょっと外に出てみるだけでいろんな発見があって! 私にとって散歩は大切なリフレッシュ方法なんです。海外の人から見たら、秋葉原や渋谷みたいな街が東京らしいのかもしれないけれど、私にとっては人々のあたりまえの暮らしが息づくこの豪徳寺という町が一番東京らしい。もしかしたら生まれた時から見ている風景だからなのかもしれないですね」。

長く住んでいるからこそ気付くリアルがある

海外の友人も多い堀内は、東京を訪れる外国人の友人を彼女ならではの独特な視点でガイドするという。

「日本でもそうですが、海外では日本料理屋に行くと招き猫が置いてあることが多いんです。実は豪徳寺は招き猫の発祥の地とも言われている場所。だから、とりあえず東京へ遊びに来た友人には『豪徳寺で会おう』と言うことにしています。当然みんな『豪徳寺って何?』となるのですが、この場所で会って、『みんなこの猫の置き物、見たことあるでしょう?』なんて言いながら豪徳寺のストーリーを伝えて、最後は我が家に招いてご飯を食べるのが東京ガイドのルーティン。外国人には馴染みのないめちゃくちゃローカルな場所ですが、渋谷からはバス1本で来られるし意外と便利。何よりガイドブックには載らない、パーソナルで特別な体験をしてもらいたいんです。もしかしたら私が彼らの友人である意味も、そんなところにあるのかもしれないなって思うんですよね」。

長く海外で生活していた堀内は、幼い頃、現地のホームパーティに呼ばれることがとても嬉しかったという。だからこそ、もし日本に友人が来たら、あの時の自分と同じような経験をしてもらいたくて実家に招くのだという。東京タワーに六本木、都庁に浅草、東京らしい場所は他にもたくさんあるけれど、日本のあたりまえの日常を感じられる機会はそうそうない。派手さはないかもしれないけれど、そこには間違いなく東京のリアルな生活がある。

「近くには大好きな銭湯もあるんです。小さいけれどちゃんと露天風呂もあって。そこにも友人を必ず連れて行きます。小田急線が走るガタゴトという音を聞きながら、お風呂に浸かってぼんやりと時間を過ごす。そんな時、しみじみ幸せだなって思うんですよね」

美しいものはそう簡単に変わらない

彼女とは豪徳寺駅で待ち合わせをして、羽根木公園やお気に入りだというコーヒーショップ、近ごろ気になっている雑貨屋を一緒に歩いて回った。散歩の途中で、何度か富士山が話題に上った。

「羽根木公園にある富士見ポイントはわざわざ立ち寄る場所の1つ。春には正面に梅園が広がり、遠くに富士山が見えるんです。他にも、世田谷代田まで歩けば富士見橋がある。そこからも大きく富士山が見えて。あとは富士見356公園の芝生に座って、富士山を眺めながら友達や母とご飯を食べることもあります。小田急線沿線は、富士山が見えるスポットがたくさんあって、線路沿いをずっと歩いているだけで意外な富士見スポットに出会えるんです。ここからだと富士山が夕日の沈む方向に見えるから、そんな時に見えるシルエットは本当に美しいんですよね」

アメリカでの暮らしを終えた後、1年ほど静岡に住んでいたという堀内。のどかな田舎町で、日々ミカン畑でかくれんぼをして遊び回るようなほっこりした生活を送っていたが、その頃の記憶といえば「富士山を見ていたこと」ばかりなのだという。

「日本人だからなのかもしれないけれど、やっぱり富士山を見ると嬉しくなるんです。清々しい気持ちになりますよね、すべてを忘れてしまうような……」。

豪徳寺に生まれ、文化の全く違うアメリカで暮らし、静岡での軽やかな生活を経て、今また生まれた場所に戻って自分だけのクリエイティヴを模索し続けている彼女にとって、どれほど遠くからでもその美しい姿を見せてくれる富士山の存在は、あらゆる意味での「ルーツ」であり、「帰るべき風景」なのかもしれない。目の前の風景や人々の価値観がどれだけめまぐるしく変化したとしても、彼女にとって「美しい東京」と思えるものは何ひとつ変わらないのだ。これまでも、そして、おそらくこの先もずっと。

堀内結
東京を拠点に活動するアーティスト。幼少期をワシントンD.C.で過ごし、現在は雑誌のイラストや大型作品まで幅広く手掛ける。2015年に発表した「FROM BEHIND」は代表作。自然の中にある女性の後ろ姿を水彩画で描いた。自然に存在する美や豊かな色彩を主題にする彼女の作品は海外でも評価されている。

Photography Yui Horiuchi
Text Akemi Kan
Edit Kana Mizoguchi(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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