連載:音楽家・諭吉佳作/menの頭の中 第3回「20歳の挑戦」

2003年生まれのシンガーソングライターの諭吉佳作/men(ユキチカサクメン)。小学6年の時に作曲をスタートし、iPhoneアプリのGarageBandだけで楽曲制作を始める。2021年5月にはトイズファクトリーからEP『からだポータブル』、『放るアソート』を同時リリースし、メジャーデビュー。今年7月12日に20歳の誕生日を目前に、10代ラストのEP『・archive:EIEN19』をリリースした。そんな諭吉佳作/menに、連載の第3回では「20歳の挑戦」について綴ってもらった。

コンビニエンスストアへ入って、いつもと少しも変わりませんという体をとるために店内をうろついたあと、おれはこれまでならば見向きもしなかった、レジに立つ店員の背後に目を凝らした。20歳になったその日に酒を飲んでたばこをやることを前々から決めていたからだ。

でもたばこを買う、それはけっこうどうしようもないことだった。うちにはたばこを嗜むものがいなかった。知識としてたばこに興味を持ったこともなかった。だから、手がかりが極端に少なかったのだ。

何かをやり始めるときっていうのは、この部分が本当におかしい。なぜ何もわからないのにやろうと思うのか。どうやって始めるのか。身近にやるものがいたとして、じゃあ彼はどうして始めたのか。その身近にもやるものがいたからだとして、じゃあ彼は。

おれの場合はただ、ここまで法的に制限されていた(その制限を窮屈に感じたことは一度たりともないので制限とも思ってこなかったのだが)から、今日この日やるのにだけは唯一、個人的な以上の価値があり得ると思ったからだ。そう、まあつまり記念だ。この日に1本吸って実績を残し、そのあとは必要に応じて、というだけで、今生をかけて喫煙者をやることを決意したわけではない。だから始めるという表現は違うのかもしれない。むしろ、どちらかと言えば、おれはこれ以降吸わない、の方にベットしていた。

やったことのないものの強さや味などわからない。調べても文字で書いてあるだけで、それを読むおれの身に何かが明確に差し迫ってくるわけでもない。今日吸ったものを吸い続ける約束をしたわけでもない。今日以降吸う予定がない。たった1回、20歳を証明するためだけに吸うたばこが、甘かろうが苦かろうが濃かろうが薄かろうが知ったことではない。たばこを吸えればなんでもいい。いざとなったら「7番をください」と言おうとも決めていた。7が好きだからだ。おれは7には特別な感情を持っていた。

でも身分証の提示を求められたら、「こいつは今日の20年前に生まれて、ここぞと急いでコンビニへやってきて、自分の誕生月の番号を呼んでたばこを求めやがったが、一体どれだけ自らの誕生の歓喜を信じてやがるんだ」と笑われるだろうと思った。だからそういうのをひっくるめて全部温かい目で見てくれる、できれば自分の2倍くらい以上の年齢の店員に対応してもらいたいと思っていた。

かくして、コンビニエンスストアへやってきたわけだが、2つのレジのうちの一方にしか店員がおらず、それは追い打ちをかけるようにしっかりと若者風だった。おれはがっくりした。落胆を気取られまいとするだけの気勢さえ削がれて、いっそ落胆して見せた。誰にかというと、たぶん神様とかそういうものに。そうしたら何か変わるかもしれないので。願掛けを終えて、いつもと少しも変わりませんという体をとるために店内をうろついたあと、おれはこれまでならば見向きもしなかった、レジに立つ店員の背後に目を凝らした。

あいにくおれはメガネをかけていなかった。あいにくというか、こうなることを予見できた上でかけていなければおかしいのだが、かけていなかった。店員の背後にたばこが並んでいるのはただ様式的にわかっても、目の悪さと知識の少なさががっちりタッグを組んで、やはりそれは背景素材的コンビニの風景でしかなかった。何が何ともわからない。素人でも一目見てこれとわかるような、アイコニックな種類の銘柄さえ見つけることができなかった。

「7番」があるのは確認できた。でも7番から10番まで同じような箱、マイナーチェンジ的なものが並べられているのを見て、「7番」への特別な興味が薄れるのも感じていた。このコンビニの7番はこだわりが少ない、でもおれにはもっとこだわりがない……。

難しいことはやめて、できることからする。とりあえずライターを買わなければいけない。うちには火を使うものがいないので、おれはそこから始めなければならなかった。でもこれは簡単なことだ。少しの違いだが高いのと安いのがあって、高い方の、緑色のライターを選んだ。緑色だったからだ。正直おれは、自分がライターで火をつけるのが上手くないのを知っていた。けれどたばこを吸いたいなら避けられない道だ。綺麗なクリアグリーンに満足して、それを持ってお菓子コーナーに向かう。

この次にはついにたばこに直面する(というより店員に直面するのかもしれない)ことを考えるとおれの目はパッケージデザインの表面をつるつる滑った。本当はお菓子のことなんて真剣に考えられてはいなかったが、コーナーを2往復くらいしてから、結局以前にも食べたことのあるベイクドチョコレートの商品を手に取った。

いよいよ会計つまりはたばこである。おれがコンビニエンスストアへ何をしに来たか。一瞬も忘れたことはなかった。稼働中のレジは相変わらずひとつだ。若者風の店員はまだ客を相手にしている。会計を待つ列はできていない。仕方なくおれが順番待ちのステッカーの上に立つと、カウンターの中で作業をしていた店員が店長を呼んだ。店長!ラッキー!幸先がいい。これはさすがに誕生日だ。店長がやってくる。2倍より年上には見えなかったが、若造のめちゃくちゃな一挙手一投足を優しく見守ってくれそうな人だった。なぜそう思ったのかはわからない。店長だからかな。おれはライターとお菓子を台に置いて、たばこの7番をくださいと唱えた。途端に、体の内側に収まっていたはずの大事な部分が体のアウトラインを超えて出ていく感じがする。

だからこれはそう、なんかわかると思うけど、なぜか法律違反の気持ちだ。精神的な法律違反。かなり身構えていた。おれはなぜか、たしかに嘘をついている感覚だった。20歳になったのは本当なのに。本当は別に、たばこを吸いたいと思っていないからだろうか。たしかにそれもあるだろうが、これは……。

店長がおれに、画面の操作を指示する。20歳を超えているかを問う文言が表示されて、おれは当然YESを押そうとするのだが、なぜかそこでハッとしてしまう。おれは18歳じゃないか!たばこを買えるのは20歳からだった!間違えた!おれは勘違いしていたんだ!そういう妄想に取り憑かれていた。
(おれたちは18歳でR-18指定の映画を観てもいいことになって、自動車の運転にもトライすることができて、成人もしたが、おれはここにこのことを書くまで自分が19で成人したような気になっていたしそんな発言をどこかでもしてしまった気がする、でも18で成人する最初の世代だったらしく、成人したからにはエステサロンの契約に気をつけろなどと言われ、でも酒やたばこは変わらず20歳からで、大混乱だ。体の成長と共にピアノの補助ペダルがいらなくなってああ大きくなったなと実感するような物理的なことだったらわかりやすかったが、そんな実感は一切伴わない。)

正直に言って、ボタンを押したときはまだおれの気持ちは18歳だった。ばれてしまうんじゃないか?と思っていた。つまり本当に精神的には犯罪者だったことになるが、これって、その精神が裁かれるだろうか?そうだとして、今なら思うが、一体何がばれるというんだろうか?精神まで暴くことはできまい。まもなくやたら溌剌とした「身分証の提示をお願いする場合があります」という音声が流れた。そうだ、身分証。そうしてようやくおれは20歳の方へ戻ってきた。

お願いだから身分証を確認してくれと思った。おれの身分証を。確認してくれたら、おれは証拠を出せる。確認されてもまったく困らないだけの証拠をおれは持っているのだ。まあ誕生日当日だから、ちょっとは恥ずかしい思いをすることになるかもしれないが、それが立派な証拠だ。その恥ずかしさごと証明させてほしい。お願いだからさせてくれ。そう思った。でも店長はなんの違和感もないような感じで7番を持ってきた。そりゃまあそうなんだろう。向こうは大人だし、いつもやっている仕事だ。たばこに対しておれほどに特別な緊張感を持っているはずがない。

おれの顔を見て違和感がなかったならそれは正しい。店長は何も間違っていない。だっておれは20歳なんだから。おれより店長の方が本当のことをよく知っている。

無事に箱が、お菓子とライターと並んで目の前に現れる。おれのたばこ購入の作法が一応は間違っていなかったらしいという安心感と、店長本当にこのままおれにたばこを売ってしまっていいのか?というよくわからない疑いとの両方が生まれて、おれは混乱していた。

多少の離人感を持ったまま金を支払う。セルフレジだ。札の入れ方がよくわからなくて手間取る。まだ自分が何かしらの嘘をついている気がしていた。札の入れ方もわからないのなら子供じゃないかと疑われている気がする。だったら証明させてくれ。おれは証拠を持っているんだから。確定すると釣り銭が落ちてきた。それを拾うのにもいつもと同じぐらい手間取る。おれにとってはいつもと同じだが、その手つきのおぼつかなさを不審に思われるんじゃないかと汗が出る。汗が出たら、もっと変に思われるんじゃないか?心配をよそに、店長がおれに礼を言う。商取引が終了した合図だった。

逃げ果せたというより、逃げてしまえたという感じだ。いっそ捕まりたかったのかもしれない。脱力した。外で待っていた家族と落ち合う。おれは第一に「年齢確認されなかった」と言った。されたら困るやつの発言じゃないか。

車に乗り込むと、家族と7番のデザインを確認した。思えば、おれは自分の買い求めたたばこがどんなものなのか、一切気にしていなかった。若者風の店員越しに見たときから、それを把握することはまったく諦めてしまっていたのだ。運転席と助手席で、タバコの箱を点検する。白くてシックで、銀色に光るロゴが未来的なデザインだ。そして横長。心なしか、小さい。あのたばこ特有の健康に関する注意書きは「加熱式タバコは」で始まっている。いや、すべてのたばこには熱を加えるよね?おれは言い訳をしたが、たばこは戯言を聞き入れなかった。

家に帰るとコンビニエンスストアたばこ購入メンバーにならなかった面子が、おれたちを待っていた。おれたちも、一連の出来事を伝えることを待ち望んでいた。ことの顛末について一席打ったあとにつけ加えて、もう買い直すつもりがないことを伝えると、「縁がなかったんだね」と言われた。縁がなかったというか、こういう縁だったんだと思う。わざわざこんなことをしたのだから、まあ縁はあったのだと思う。ライターとたばこはこのまま飾っておくよ。おれはそう伝えた。

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諭吉佳作/men

2003年⽣まれの⾳楽家。2018年、中学⽣の時に出場した「未確認フェスティバル」で審査員特別賞を受賞。iPhoneのみで楽曲制作をスタートし、次世代の新しい感覚で⽣み出される唯⼀無⼆の楽曲センスと、艶のある伸やかな歌声で注目を集める。2019年、崎⼭蒼志とのコラボレーション楽曲「むげん・(with 諭吉佳作/men)」は100万再⽣を突破。でんぱ組.incへ「形⽽上学的、魔法」「もしもし、インターネット」の楽曲提供を⾏い話題に。坂元裕⼆朗読劇2020「忘れえぬ、忘れえぬ」の主題歌およびサウンドトラックを担当。雑誌「文學界」や「ユリイカ」への寄稿、「MUSICA」にて注目の新人に掲載など、音楽活動以外にも、執筆活動やイラストレーションなどクリエイティブの幅は多岐にわたる。 https://www.toysfactory.co.jp/artist/yukichikasakumen Twitter:@kasaku_men Instagram:@ykckskmen YouTube:@men1590

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