「描きたいものを描くこと」で独自の作風を確立 アーティスト・中村桃子の創作への向き合い方

無表情な女性と花をモチーフにかわいさと毒っ気が同居する作風で人気のアーティスト・中村桃子。グラフィックデザイナーの道を志すが、パソコンでの作業に迷いを感じ、ふと描いた絵をInstagramにアップしたことをきっかけに、イラストレーターとしての活動を始める。広告や雑誌のイラストなどクライアントワークも多く手掛ける。今回、6月に行われた個展「mutant(ミュータント)」の会場で、これまでの創作活動、そして自身の作風について話を聞いた。

グラフィックデザイナーからイラストレーターへ

——自宅で仕事をしている母親の背中を見ながら育ったそうですが、小さい頃から自分もいつかイラストレーターになるという意識はありましたか?

中村桃子(以下:中村):幼稚園の時には将来の夢に「イラストレーター」と書いていた記憶はありますが、いま振り返るとその時は親の仕事しか知らなかったからかもしれません……(笑)。そのまま高校を卒業するまでは、将来の夢としてぼんやりと考えていましたが、桑沢デザイン研究所のヴィジュアルデザイン科に通い始めてからは、グラフィックデザイナーなどの職業を知って、世界が少し広がった気がしました。それで3年生の時のゼミもファンだったグラフィックデザイナーの浅葉克己さんのゼミを選択し、そのまま浅葉さんの事務所に就職しました。

——デザインと絵を描く作業って感覚的に違いそうですよね。

中村:所属した期間は3年半くらいだったんですけど、やっぱりパソコンでの作業があんまり自分の手とつながらないような気はしていました。圧倒的にアナログ脳なことを自覚して、このままグラフィックデザイナーを続けようかどうしようか迷って、一旦転職を考えつつその事務所を退職して。それで、とりあえず一枚のキャンバスと筆を買って描いた絵をInstagramにアップしたら、ギャラリーをやっている友達から展示の声掛けがあって。でも当時はまだ転職活動も始めたばかりだったし、小さなキャンバスと額装の作品を20枚くらい描いて、個展をさせていただいたことが最初のイラストレーターとしてのきっかけになりました。

——それがいつ頃の話でしょうか?

中村:2016年3月ですね。渋谷のカフェ・バー「ダイトカイ」で最初の展示をして、幸いにも作品はほぼ完売しました。「ダイトカイ」はバーだったので、「ああ、みんなとお酒を飲んで作品が作れるなんていい生活だ」って単純に思って(笑)。そんな気楽な気持ちで、転職活動をやめてイラストレーター志望になりました……。

母親は親としても女性としてもアーティストとしても尊敬している存在

——そこからデザイナーとイラストレーターへの葛藤などは感じなかったですか?

中村:母からは、せっかくデザインの勉強をしたのだから、「もう少し頑張ってみたら?」的なことを言われました。その期間は、ポートフォリオを見せに事務所へ面接に行きつつも、自然と面接で「絵を描きたい」と答えるよくわからない自分がいて、いま思えば初個展が終わってから1〜2年間は迷走期でした。

——当時から「女性」と「花」をよく描いてた覚えはありますか?

中村:そうですね。人間観察も人と触れ合うことも好きだから、女性は描いてたんですけど、最初のうちはデザイン提出のようにいろいろな新しいモチーフを描かなきゃという意識が強くて、素直に好きなモチーフだけ描くことができなかったです。でも、よく考えれば好きなモチーフを習作のように描き続けている画家さんもいることに気がついてから、頭でっかちになるのはやめて、いま描きたいものを描けばいいんだって肩の力が抜けて。そこから自分がフォルムとして魅力を感じる「女性」と「花」を描くようになりました。

——中村さんの作品は色彩も特徴的ですが、当時から変わらずですか?

中村:逆に学生時代はトラウマ級に色面構成とかが嫌いでしたね(笑)。学校の授業で色に苦手意識ができちゃって、モノクロの落書きばかり描いました。でも初個展の時に恐る恐る友達にもらった絵の具で色を使い始めてからは、だんだん服をコーディネイトする時の色合わせのように自由に色が使えるようになりました。

——描いていくうちに、自分の中に勝手に生まれていた固定概念のようなものが外れていったんですね。以前とあるインタビューで「絵を描くことは癒し」とおっしゃっていたんですが、苦しみだったり、筆が止まるようなことはないのでしょうか?

中村:「描きたい」という気持ちになるまで描かないので、締め切りがあるようなお仕事でもテンションが上がるまでギリギリを待ちます。そういうふうにモチベーションが上がってから筆を取ると、気持ちいいって感覚が持続して癒しにつながっているように思います。なににおいても、基本的に自分が気持ちいいことしかしたくないです。

——それでいうと、制作工程としても感覚的に描き続けてみながら決めていくのでしょうか?

中村:イメージを膨らませている段階は感覚的で、いざ制作に入ると、テンションとスピード重視なので、しっかりと下書きを描いて、その通りにガシガシ着彩していくので、自分的には感覚的とは逆のところにいる気がします。

——2020年にL’illustre Galerie LE MONDEで開催した個展「body」をはじめに最近は、セラミック作品も発表し始めているそうですが、絵の感覚との違いはどのように感じていますか?

中村:絵は基本的に完成形がわかってる状態で無駄なく、気持ち良く描きたいという感覚なのですが、陶芸は色やサイズなど焼けてみないとわからないバグ感があって楽しいです。コントロールしきれない中で、散歩するように土の感触をたどりながらこねる感じが癒しになっていて。あくまで絵がメインですが、また違う刺激があって、制作の癒しにつながっていったらなと思います。

——2021年には母親でもありイラストレーターの中村幸子さんと二人展「うつくしい人」を開催していますが、共作「実験」を作る上で、制作過程はどういったものだったのでしょうか?

中村:実は、子どもの頃から人の絵に他の人が手を加えるということが気持ち悪くて。例えば学校で黒板にみんなが自由に絵を描き足して遊んでいたと思うんですけど、それがすごく違和感がありました。多分、それは母親の教えでもあったので、全然最初は共作を作ろうなんて思っていなかったです。でも、母の友人から「せっかくの二人展なら共作もやってみたら?」といってもらったことをきっかけに、「実験」というタイトルのもとでなら気軽にできるのかもと制作しました。「『実験』は失敗がつきもの」くらいの感覚でやってみたら、意外とそれはそれで楽しかったです。

——中村さんにとってお母さんはどのような存在ですか?

中村:親としても女性としてもアーティストとしても尊敬している存在です。なので、共作を作る時、最初母からスタートした絵に手を加える時が一番不思議な気持ちになりました(笑)。

「自分の絵の中では嘘は描きたくない」

——6月19日までIPMatterで開催していた個展「mutant(ミュータント)」について伺えると嬉しいです。ユニークなスペースでの発表となりましたが、どのような接点で開催に至ったのでしょうか?

中村:展示スペースの「IPMatter」を運営している古川正史さんとは、一度ファミリーマートのサイネージ画面での映像のお仕事をしていることからお互いの好みがなんとなくつかめている部分があって。ちょっと変異的な世界の気持ち悪いものが好きだったり、展示スペースのマーブルのコンクリートの床が好きだったり。そのようなつながりから、「IPMatter」での個展のテーマが決まっていきました。今回に限らずいつも展示を発表する時は、その時の気分と会場の人とのつながりを念頭に置きながらタイトルや内容を考えていて。古川さんとの共通感覚を頭におきながら、いつも好きな言葉を書き溜めているメモ帳から合いそうな単語を口に出して言っている中で、タイトルである「ミュータント」がお互いにしっくりきました。それで、最初にDM用に描いた絵を古川さんに見せた時に「(肌の色が)ミュータントカラーですね」とリアクションをもらってから、今回はミュータントカラーで女性の肌を描き続けました。展示会場に流れる音楽も、宇宙空間にいるような浮遊した曲を古川さんがキュレーションしていろいろと持ってきてくれて、作業中もずっと流しながら制作していました。

——今回に限らず一貫して描かれる女性はいつも無表情ですよね。

中村:笑顔はパッと見た時、どこからどう見ても、嘘でも本当でも笑顔の可能性が高い気がしていて。無表情の人は何を考えているんだろうと想像する余白がある。表情のある顔は唯一、涙を流している顔を描きますが、泣いている顔の理由には、悲し泣きだけでなく嬉し泣きもあるかもしれなくて。そういう想像する余白のあるものを描くことが好きです。

——これまで中村さんの作品では、肌色の女性が特徴的でしたが、今回はミュータントカラーの女性が分身したりメタモルフォーゼしていますね。特に印象深い作品はありますか?

中村:1枚ずつ描き終わって横に並べていくと、明るいけど暗いと感じる絵が続いていて……。もう少し暗いけど明るいような絵を描きたいなって思っている時に、友達から「おじいちゃんが亡くなった」と電話が来たんです。すごく悲しくてハイになっている友達の話をずっと聞きながら絵を描いていたら、その暗いけど明るいようなテンションが掴めてきて、電話を切る頃には絵が完成していました。そうやって自分と人との会話やそこで起こる感情が絵にとても影響していることがたくさんあります。だから女性は無表情だけど、見た人はそこにいろいろな感情を感じられたらと思ってます。

—— 今後の展示などについて教えてください。

中村:8月5日にBOOTLEGから2冊目の作品集『HOME』が出版されました。それから9月12日から30日まで代官山の蔦屋書店で出版記念ポップアップ展をします。あと、10月末からは渋谷の「MIYASHITA PARK」のSAIギャラリーで塚本暁宣さんとALPHA ET OMEGA企画の2人展を行うのと、11月には台湾・Fruits Hotel Taipei で展示を予定しています。

中村桃子

中村桃子
1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、グラフィックデザイン事務所を経て、イラストレーター/アーティストとして活動。スタイリッシュでエモーショナルな女性と、生き物の様な特徴的な花をポップな世界観で描く。
Instagram:@nakamuramomoko_ill

中村桃子作品集『HOME』

■中村桃子作品集『HOME』
A4変形/並製/144p/オールカラー/図版111点
定価:¥4,400 
出版社:BOOTLEG

Photography Yohei Kichiraku

author:

倉田佳子

1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、「Fashionsnap.com」「HOMME girls」「i-D JAPAN」「Quotation」「STUDIO VOICE」「SSENSE」「VOGUE JAPAN」などがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。CALM&PUNK GALLERYのキュレーションにも関わっている。 Twitter:@_yoshiko36 Instagram:@yoshiko_kurata https://yoshiko03.tumblr.com

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