身体感覚と呼応するグラフィティ ESPOことスティーブン・パワーズ インタヴュー(前編)

スティーブン・パワーズ
1968年生まれ。16歳の頃からESPOとしての活動を始める。1994年からニューヨークを拠点とし、雑誌「On The Go Magazine」を発行する等、多岐にわたって活動。1999年からアーティストとしての創作に重点を置き、ベネチア・ビエンナーレやリバプール・ビエンナーレに参加。さらには個展「TODAY IS ALREADY TOMORROW」(GALLERY TARGET、東京、2014)等、世界中のギャラリーや美術館にて作品を精力的に発表。代表的な作品の1つに街中にラブレターを書くミューラルプロジェクト「LOVE LETTER TO THE CITY」があり、その活動は東京を含め、サンパウロから南アフリカまで世界12都市に及ぶ。NYのブルックリンでESPO’S ART WORLDを営みながら、2023年6月にESPOKYOを原宿にオープンした。

つい最近、大荷物を携えてどたばたと電車に駆け乗った時のことだ。冷ややかな視線を集めてしまっただろうと車内を見渡したが、誰1人として目が合うことはなかった。ぼんやりと青白く照らされた顔の持ち主達は、皆が同じ角度でうつむいたまま魂を携帯電話の画面へと注いでいて、置いていかれた体だけが揺られていた。たまたま今日は違うだけで、普段は自分もその一員なのかもしれないと思うと、背中にぞわっと寒気のようなものが残った。

「好きなだけとっていいよ」と言われても、一度につかめるアメの数はたかが知れている。となると私達は、これだけいろいろと便利になったのと引き換えに、大切な何かを失っていると考えるのが自然だろう。確かに多くの情報を得るのは大切かもしれないが、使いこなせなければ全く意味がない。情報はあくまで生きるための道具として集めるべきなのであって、集めること自体が人生の目的になんてなりようがない。けれども私達は気付かないうちに、溢れかえる記号の波にさらわれてしまっている。本来たどり着きたい場所からどんどん流されてしまっているのに、日々どうにか息を吸って吐くことに精いっぱいで、今自分がいる場所すら見失っている。一度遭難してしまうと、残念ながら救助される見込みは極めて低い。知ったつもりになって満足するほど虚しいことはないというのに、それを教えてくれる人や機会にはなかなか出会えないからだ。

今回インタヴューを敢行したESPOことスティーブン・パワーズ(Stephen Powers)はフィラデルフィアに生まれ、現在はNYを拠点に活動するアーティストだ。映画『ビューティフル・ルーザーズ(Beautiful Losers)』の冒頭に出てくることで知っている方も多いと思うが、そのキャリアはグラフィティに端を発している。ご存じの通り、グラフィティは違法である。故にグラフィティシーンには内部の人でしか知り得ない暗黙のルールが多数存在し、対外的に秘密が保たれている。そして地域や縁故によってクルーと呼ばれる極めて排他的な集団が形成され、どこに所属しているかが描かれるスタイルに直結する。つまり基本的に、ライターは自分達以外のことは認めない生き物なのだ。そこで際立ってくるのがESPOの存在である。すでに現場を退いて久しいにも関わらず、彼はいまだに新旧のライターから尊敬を集め続けている。しかもその範囲はアメリカ東海岸にとどまらず、地球のどこかで今日も暗躍する現役バリバリの猛者達からもだ。その事実こそが、彼がいかにオリジナルで価値ある存在かを裏付けている。というわけでESPOは、ライターで彼のことを知らないのはモグリだと断言できる、正真正銘のレジェンドだ。けれども彼は過去の栄光に一切しがみついていないし、ひけらかすこともない。もっと言えば、対面しただけではそんな背景は全く感じ取れないほど、気さくで優しい人柄だ。きっと命の危険にさらされるような状況を何度もくぐり抜けてきているはずなのに。なんとも粋なおじさんである。

シンプルでポップな絵と、ユーモアと皮肉溢れる言葉で構成される彼の作品は、見る人の年齢や性別を選ばない。それは溺れかけて疲れ切った私達の目や脳でもちょうど受け取れるほどの、なんとも絶妙な塩梅に仕上がっている。そうして彼が丁寧に問いかけてくれるのは、返事が欲しいからに他ならないのだと、インタヴューを終えてしみじみ思った。彼にあれこれ話を聞かせてもらっている時、あの電車で感じた背中の寒気とは対照的に、自分の胸のあたりがどんどん熱くなっていくのを確かに感じた。それは単純に、彼がとても魅力的だからだとも思う。ジャストサイズのポロシャツも色違いの靴下も、彼じゃなければ絶対つっこみたくなるはずなのに、そんな気は起きない。不思議と似合っている。きっとハマらないから我慢するけど、真似したいくらいかっこいい。改めて、おしゃれとは決して流行を追うことではないのだと思った。そんな彼が今年、原宿にオープンさせたESPOKYOで、彼の今までとこれからを聞いてみた。

「2000年に初めて来てからずっと、日本から影響を受け続けてる」

−−まずはじめにESPOKYOについてお聞きしたいです。クリック1つでなんでも買えるこの時代に、拠点とするブルックリンから10,000km離れた原宿に店を構えた理由を教えてください。

ESPO:そうだね、いろいろあるけど……2000年に初めて来てからずっと、日本から影響を受け続けてるってことが一番のポイントかな。その時の経験は僕自身に、そして今日に至るまでに生み出してきた作品の多くにつながってるんだ。その頃はまさに、大携帯電話時代の夜明けだった。なので場所はどこだったか忘れたけど、プラスチックの携帯の見本が外に並べられててね、その画面に絵文字が使われてるのに気付いた。それまで絵文字なんて見たことがなかった。「これは全部がひっくりかえるぞ」と思ったよ。

自分の頭の中では、自分のクリエイションがどこから来たのかってことを不意に考えた。人々は読み書きを覚えるまで、多くのコミュニケーションを絵に頼ってた。誰でも本を読めるようになるまでは、シンボルや絵が文字の代わりだったんだ。例えば僕のポロシャツのクレイジーなマーク、これはかなり昔のものでさ、イギリスの毛織物産業のシンボルなんだよ。羊飼い達にとってはどれだけ毛が取れるかが生活に直結するから……ってこれはかなり話が長くなるからやめておこう。

まぁ、つまり言いたかったのは、文字が広く普及するまでの世の中において、物事は絵を介して伝えられたり理解されたりしてきたってこと。たとえ小さい絵柄1つにも、大切な役割があったんだ。そうやって考えている中で、ある時ふと気付いた。ネアンデルタール人は34万年前には既に絵を描いていたらしいけど、僕が最初に見た時にはシンプルだなって印象を受けた。絵の中でハシゴみたいなものを見つけた時に「なるほど、彼等は道具を描いてるんだ」って思った。自分達が見つけたより良い暮らし方を、誰かに説明したかったんじゃないかな。そうやって絵を通してコミュニケーションをとるっていう行為が、彼等の精神性や人間性に大きく影響していったんだと思う。

そこで作品を制作してきた自分のことを振り返ってみるとだよ、自分はグラフィティライターから始まってるときたもんだ。だからいにしえの壁画に興味がないはずがないよね。全部が素晴らしいと感じるし、全部から教わることがある。となると、自分のことが現代版の洞窟壁画画家なんじゃないかって思えてきたんだ。僕が今やってることは、今日の世の中でできるだけシンプルにコミュニケーションするってことだからさ。できるだけアイデアを簡単に伝えていくってこと、そして複雑なアイデアをできるだけ簡単にするってことが、僕が今までもこれからもしたいことだからね。そんな僕からすれば、日本で受けた衝撃はとんでもなかったのさ。「おいおい、携帯で絵文字を使ってやりとりしてるなんて、僕よりも先にいってるじゃないか」ってさ。実際、そこから世界の物事が移り変わるスピードは格段に増していったし。

そこで僕は「よし、ではピュアでオリジナルな絵文字を作っていこう」と思った。文字と絵を一緒に見せるタイプの、一種のハイブリッドだね。といっても別に大発明ってわけじゃないよ、みんなメールをする時普通に文字と絵文字を混ぜて使ってるし。人間は言語の複雑化とともに発展を遂げてきた。最近ではスラングとかがわかりやすいよね、それはとても自然なことなんだよ。「LOLって何?」って聞かれてもさ、そんな真面目に答えることでもないでしょう? 必要ってだけ。今回日本に来て気付いたんだけど、電話番号の前には電話マークがついてるよね。それってものすごくおもしろいと思うんだよ! だってあのアナログな黒電話って、今の子ども達は多分触ったことないんじゃないかな。でもどの子もあのマークを見れば電話だってわかるはず。そういうのっていいよね。

例えば電球はさ、僕にとっては“アイデア”を表しているんだ。(作品を指さして)ここには割れた電球があるでしょ、これは良くないアイデアって意味。悲しいことに、アメリカではほとんどの電球が消えていって、全部LEDに替わっていってる。でも僕はLEDが好きじゃないんだよ。目が痛くなるし、その明かりの下で撮った写真の雰囲気も好きじゃないんだ。やっぱり電熱線が燃えてチカチカする、あの感じが好きなんだよね。

さてさて。僕は今ここにいる。それは東京に恩返ししたいからっていうのが大きい。さんざんもらってばっかりだから、やっとお返しするタイミングに恵まれたって感じさ。僕はより良いアーティストになりたいって常に願ってる。それにはより多くの人とコミュニケーションをとる必要がある。だから今は日本語を勉強したいと思ってるよ、新しく出会った人と話すのは楽しいからね。

−−東京から作品への影響を受けているとは知りませんでした。今回の滞在でも感じますか?

ESPO:いや、さすがにまだちょっとわからないけど、確実にそうなっていくはず。どうなっていくかを見届けるのも好きだし。誰しもが変化を求めるわけじゃないし、変わらなきゃいけないってことはない。でも、僕の人生はどうやら変わり続けていく運命にあるらしい。

−−では、いろんな人ともっと関わっていくために始めたのですか?

ESPO:そうだね。自分が発信していることが届くまでどれくらい時間がかかるかわからないけど、ひとまずやってみようと思ってる。大きな企業がバックアップしてくれてるわけじゃないけど、いろんな人からたくさんのサポートを受けてるってことが自分のモチベーションになってるよ。この場所は本当に良い影響を与えてくれるし、とっても魅力的で美しい空間だから、ここで生まれる作品も同じく素敵なものになると思う。劇的な展開なんて必要なくて、自分がするべきなのはみんなと共鳴することなんだって思ってる。そのために感謝の気持ちを示しながら、少しずつ恩返ししたいのさ。

−−ICY SIGNやESPO’S ART WORLDも同じような思いで始めたんでしょうか?

ESPO:一時期の僕は、ただただスタジオとギャラリーを行き来してた。スタジオで作品を作っては、ギャラリーで売る。ギャラリーには作品を買おうとする人しか来ない。それはそれは窮屈だったね。その生活の中で人とコミュニケーションをとるのは簡単じゃなかった。だから2012年にICY SIGNを始めたし、それがESPO’S ART WORLDにつながっていった。いわゆる大衆ってやつと関わるのにはいい選択だったと思う。気楽に、簡単に、好きな時に入って来られるからね。特にNYのギャラリーは外から干渉したり参加したりするのが難しくて、勝手に人が立ち入りにくい場所のような気がする。それに比べてESPO‘S ART WORLDに来るお客さんなんか、初めてでもカバンを置いてすっかり馴染んじゃったりしてるよ。でも、そういった密な関係によって、彼らが作品に求めていることがやっとわかってくるんだ。

ICY SIGNをやってた2012年から2017年に、僕は作品の見せ方について考えることになった。ブルックリン美術館で展示をした時、僕は9ヵ月にわたって現場に関わり続けた。その素晴らしい経験を通してわかったのは、僕の仕事は人の目の前で描くってことで、それは人と話すってことだった。だから美術館の中でかなりの数の絵を描いたし、たくさんの人と出会った。

そして2016年の9月かな、ESPO’S ART WORLDを始めることになった。そのタイミングで起きたのがドナルド・トランプの初当選さ。その翌日かな、マット(ESPO’S ART WORLDのスタッフで、ESPOKYOでライヴスクリーンのイベントがある時には本国から助けに来たりする)は知ってるだろ? 彼を雇うかどうか考えてたんだ。そして出勤してきたマットに「選挙のTシャツを作ろうかと思う」って伝えたんだ。その時のデザインは燃えてる家が水に沈んでいってる絵で、そこに「まだ序の口」って言葉を付け加えた。それで「あなたは今きっとこんな気分でしょ? そうしたらとりあえずTシャツゲットしに来なよ」ってInstagramにポストした。すると、50人くらいの人が速攻でやって来てくれた。そしてさらに50人の人が来たから、その場でプリントを始めたんだ。そこがすべての始まりだね。その時から、僕達は常にコミュニティーというものを意識し続けてる。コミュニティーの雰囲気を見極めることが、僕の作品作りの基礎にあるんだ。ライヴプリンティングは僕の作品を解放するっていう感覚だね。プリントされたものを身に着けることで、その人は何かしらのフォースを帯びるんだよ。

重要なのは、絵文字には今僕達が実践しているコミュニケーションのとり方が凝縮されているってこと。それは同時に、自分達の周りにどれくらいの可能性が広がっているかを指してもいる。ESPOKYOでもライヴプリンティングはしてるよ。2回目の時は“日本の名山8選”にしたんだけど、その絵を見たら初めて会う人でも「あ! これを描いたんだ。この山はね……」って話し始めてくれる。それは僕達が山の絵を通して、日本の皆さんに興味と関心を示しているからこそ起きる反応だと思う。それはそのまま相手との共鳴へとつながっていく。そうすることで僕達はさらに前進することができるし、いろんな問題に関して理解できるようになるんだ。今は役に立ちたいと思っているし、いずれは欠かせない存在になれたらなと思ってる。(後編に続く)

■ブックサイニングイベント
日程:11月16日
会場:ESPOKYO
住所:東京都渋谷区神宮前2-32−10 1F
時間:12:00 〜20:00
公式サイト:https://www.espokyo.jp/
公式Instagram:@espokyo

Photography Rei Amino(Portrait, Interview)、Claudia Heitner(Event)

author:

松倉 壮志

フリーにて編集に携わる。人類の時代に、人間らしさについて考える。

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