世界が注目する美術家・Mr Doodleが「パックマン」とのコラボレーションで得た気付き

Mr Doodle(ミスター・ドゥードゥル)
1994年、イギリス・ケント州生まれ。本名はサム・コックス。西イングランド大学ブリス トル校イラストレーション専攻卒業。幼少期から絵を描くことに熱中。作家活動はキャン バスの枠を超え、ギャラリーでの展示だけにとどまらず、数々のブランドとコラボレーションワークを手がけている。
Instagram:@mrdoodle

「Mr Doodle(ミスター・ドゥードゥル)」=(落書き男の意)というアーティスト名はまさに言い得て妙だ。英国出身で、本名はサム・コックス。くねくねした描線のキャラクターが画面いっぱいに現れる彼の絵は、子どもの頃に誰もがノートの端っこに描いた落書きのように、親しみやすく、見る者の心を明るく楽しくさせるような力がある。

実際、Mr Doodleはいまアートシーンで確かな注目を集めている。近年、「サムスン(Samsung)」や「フェンディ(FENDI)」、「プーマ(PUMA)」などともコラボレーションを展開し、大きな話題を呼んだ。

現在、日本でも東京・天王洲にある「THE ANZAI GALLERY」で個展を開催中だ。展示しているのは、日本のビデオゲーム「パックマン」とコラボレーションした作品。実は「パックマン」こそ、彼が作家として影響を受けたものの1つだという。

今回、インタビューのためにギャラリーを訪れると、彼は自身が描いた「Doodle」を刺しゅうで表現したスーツをまとって現れた。「友人の結婚式など、特別なオーケージョンの場には流石に着ていきませんが、だいたい1年のほとんどは自分の絵がモチーフに描かれた服を着ています。今着ているスーツと同じように自分の絵をプリントした作業着もあって、それを着て絵を描くと、なぜか作業がはかどるんです」——そう言って、親しみやすく、楽しそうに微笑む彼に、自身の作風、そして今回のコラボレーションについて話を聞いた。

みんながポジティブになる作品をつくりたい

——作家名の「Doodle」つまり「落書き、いたずら書き」は崇高なファインアートではなく、親しみやすく誰もが楽しめるような作品をつくっていく作家としてのメッセージのように受け取れます。実際に、この「Doodle」はご自身にとってどのような意味のある言葉ですか?

Mr Doodle:「Doodle」は、僕にとって自分の表現に自然に馴染む言葉だと思っています。というのも、僕は美大に行き、油絵など美術の技法を一通り学んでいますが、そうした制作の学びの最中に、幼少期から描いていた「落書き」のような絵を自然と描いてしまう自分に気付いたんです。加えて、ファインアートというものはとてもシリアスに捉えられがち。僕としては、そうではなく、みんなをポジティブに明るくできるような作品をつくっていきたいという思いもあります。その意味でも、「Doodle」は自分のやりたいことを無理なく体現している言葉だと思っています。

——もともとは美大の先生がつけたニックネームだとも聞きました。

Mr Doodle:はい。美大の時に、学校の壁にドローイングを描く機会があって、その時、美大の先生がInstagramのストーリーに「サム・コックス、The Doodle Manがこれから、今日のショーを始めます」といった投稿をしたんです。それがきっかけになって、この名前が友人や知人の間で広まり、今のように自分でも名乗るようになりました。

——幼少期から絵が好きだったそうですが、当時はどのようなものを描いていたんですか?

Mr Doodle: 10歳くらいまでは親が用意してくれたスケッチブックに、キャラクターなどを埋め尽くすように描いていました。どちらかというと1つのキャラクターを納得するまで描き続けて、それができたらアニメーションのようにキャラクターを自分の頭の中で動かして、ポーズを変えて描いてみたり。そういう遊びが楽しくて、ずっと絵を描いていた記憶があります。

——Doodleさんの作品は、自身が「グラフィティ・スパゲッティ」と呼ぶ、くねくねした線の表現に加えて、キャンバスを埋め尽くすようなところも特徴だと思います。この「埋め尽くす」というアイデアは、どういうきっかけで生まれたのですか?

Mr Doodle:まず、「グラフィティ・スパゲッティ」と言い始めたのは、皿の上に麺がボリューミーに絡まりあっているスパゲッティに自分の絵が似ていると思ったから。僕の絵も、同じように線で描かれたキャラクターが絡まりあって無限に増殖し、ボリュームをつくっているところがあります。また、空間を埋め尽くすようになった動機は、すごくシンプルで、僕自身の性格によるもの。というのも、余白が好きではなく、白い空間を見ると何かモチーフで埋め尽くしたくなってしまうんです。

レトロゲームのピクセルの表現や色合い、音に惹かれて

——今回の個展は日本のビデオゲーム「パックマン」のキャラクターがモチーフになっています。もともと日本の漫画やゲームも好きだったそうですが、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。

Mr Doodle:まず、「パックマン」との出会いについてお話しすれば、実は幼少期に「パックマン」のジョイスティックのゲーム機を持っていて、弟とよく遊んでいたんです。そういった日本のゲームや漫画、サブカルチャーが昔から好きで、今でも集中して壁画などを描く時は、ゲームのサウンドなどを聞きながら、作業することも多くあります。

そして、今回のコラボレーションについてですが、これは「THE ANZAI GALLERY」の安西さんと僕のこれまでの作品やインスピレーションソース、関心があることなどについて話をしていた時に、何度か僕が「パックマン」という単語を出していたらしくて。そこで、安西さんが、「パックマン」を手掛けるバンダイナムコエンターテインメントに提案し、正式にコラボレーションすることが決まりました。

僕は、先ほど言ったように、幼少期からインドア派で、ゲームが好き。特に、ピクセルの世界観や色合い、音楽などに惹かれる部分があって、自分の絵の世界観に大きな影響を与えたものだと思います。今回、改めてパックマンに向き合って、そういったゲームの表現言語が自分の作品の言語に近いことを実感しました。それは今回のコラボレーションでの気付きの1つです。

——実際に今回のコラボレーション作品は、正方形のキャンバスに描かれていて、表現もまさにピクセル風のものも見られます。改めてトライしたことがあれば、教えてください。

Mr Doodle:今回は、2つのスペースに分けて作品を展示しています。1つのスペースでは、どなたが見ても「パックマン」とわかるようなピクセル風の直線的でカクカクしている作品を展示していて、それらの「パックマン」のモチーフの中に、僕が普段描いている「DoodleLand」のキャラクターが混ざりこんでいます。

もう1つのスペースで見せているのは、その「DoodleLand」にもし「パックマン」が出てきたらというコンセプトのもの。僕が普段描くような絵の中に、「パックマン」のキャラクターが姿を現します。その2つの世界観を行き来するような表現は、今回トライしたことの1つです。

ちなみに、「パックマン」には、パックマンという良いキャラクターと、ゴーストという悪いキャラクターが登場します。実は僕が描いている「DoodleLand」にも、Mr Doodleという良いキャラクターと、Dr Scribbleという彼と双子の悪いキャラクターがいるんです。今回の作品にも、パックマンとゴースト、Mr DoodleとDr Scribbleを描いていて、「パックマン」と「DoodleLand」の世界観が何か共鳴している部分も楽しんでいただけたらと思っています。

——会場には、手描きが加えられた「パックマン」のキャラクターのオブジェやアーケードゲーム機も並んでいて、楽しいですね。

Mr Doodle:オブジェやゲーム機は日本で用意してもらい、今回来日した後に会場で手描きを加え完成させたものです。合わせて、ウィンドウや展示室の壁面にもアートワークを加えています。壁面に描いているのは、絵の中に描かれている水色の迷路の線。会場自体が迷路の一部になり、鑑賞者がその中にいることを楽しめるような、ちょっとしたいたずら的な仕掛けです。

——最後に、今後チャレンジしようと思っていることを教えてください。

Mr Doodle:もちろん、こうした展示を行えることも僕にとって幸せなことですが、最近は街中の壁面などの大きな作品も手掛けていて、そういった公共の人達と関わるような作品にも力を入れていきたいと思っています。やはり、なるべく多くの人に作品を見てもらい、驚いて、楽しんでほしいので。

また、2019年、自宅の壁や床、家具などを「Doodle」で描き埋め尽くした「Doodle House」を完成させました。構想1年、制作2年という大きなプロジェクトだったのですが、これが完成したいま、今度は「Doodle Town」がつくれたらいいなと思っています。電車や車など生活空間にあるものすべてを僕の絵で埋め尽くした街。それはロングタームな目標ですが、そうなったら、みんな毎日ワクワク、楽しく過ごせると思いませんか?

Photography Yohei Kichiraku

■ Mr Doodle「Doodle PAC-MAN」
会期:2023年11月11日〜2024年1月13日
会場:THE ANZAI GALLERY
住所:東京都品川区東品川1-32-8 TERRADA ART COMPLEX II 3F
時間:12:30〜18:00
休廊日:日、月曜、祝日 
入場料:無料
PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.
https://www.theanzaigallery.com

author:

松本 雅延

1981年生まれ。2004年東京藝術大学美術学部卒業、2006年同大学院修士課程修了。INFASパブリケーションズ流行通信編集部に在籍後、フリーランスに。アートやファッションを中心に、雑誌やカタログなどの編集・ライティングを行う。

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