連載「クリエイターが語る写真集とアートブックの世界」Vol.15漫画家・亜蘭トーチカが見る、リアリティの在り処

亜蘭トーチカ
1997年3月11日生まれ。2017年漫画雑誌『架空16号』でデビュー。2021年、単行本『順風満帆』がセミ書房から刊行。2023年12月3日、新装版『順風満帆』(¥1500)を刊行。

2017年に漫画雑誌『架空』16号でデビューし、4年後に単行本『順風満帆』をセミ書房から刊行した若き漫画家・亜蘭トーチカ。幼い頃から漫画を愛し、17歳で漫画を描き始めたという彼の作品は、時にリアルに現実を突きつける。そんな彼に影響を与えた3冊を紐解くと、これまで見えていなかったものが見えてきた。

『鴉』
深瀬昌久

“白黒”は不自然に美しく、現実を塗り替える

日本の写真家・深瀬昌久の写真集『鴉』。これは海外の出版社から最近出版された復刻版です。本当は箱付きなんですけど、箱がなくなっちゃっているので中古でちょっと安く買えました。背表紙の文字も黒色なので、本棚に並べると真っ黒の物体が並んでてかっこいいんですよ。

『鴉』は日本でも海外でもすごく人気があって、日本の写真集の名作といった時に必ず名前が挙がるような1冊です。載っているすべての写真がかっこいいです。タイトル通りカラスの写真中心なのですが、中には人物の写真もあったりして、それも気に入っています。

これはすべて白黒写真で構成されているのですが、僕は白黒写真がとても好きなんです。目に映るものにはすべて色がついているから、白黒ってその時点ですでに現実離れしている。 “現実を塗り替えている”感じがして、そこに惹かれます。自分が漫画を白黒で描いているので、どこか親近感を覚えるというのも理由の1つかもしれません。

僕は漫画家だと安部慎一とか、映画だとライナー・ヴェルナー・ファスビンダーとか、「作品を作ることが自分の人生とイコールになり過ぎてバランスを崩していってしまうような人」の作った作品に惹かれるんです。作品を作ることによって現実を塗り替えることへの切実さを強く感じられるからだと思います。深瀬昌久もそういう写真家ですよね。

漫画家のつげ忠男も大好きなのですが、「粗悪な夫婦」という短編の中にカラスがつるされている様子を描いているコマがあって、この写真を見た時「これが元ネタなのかな?」って興味深かったです。といっても当時はよくある風景だと思うので、たまたまかぶっただけかもしれません。僕も一度、自分の漫画でカラスがつるされている様子を描いていて、それはつげ忠男の漫画を参考にさせていただいたので、親近感を覚えました。

『SHADOW OF LIGHT』
ビル・ブラント

「作り込む」ことで新たに見えてくるもの

ビル・ブラント(Bill Brandt)は、作品を1枚観ただけですぐに好きになった写真家です。日本語版の『光の影』は結構高いんですけど、原語版だったのとボロボロだったのとで中古で安く買えました。

この写真集も白黒写真で構成されているのですが、「目で見たら絶対に黒くないはずのところが黒い」というところに強く惹かれました。建物を黒く塗りつぶしてシルエットで表現されています。不自然に黒いところは、現像かプリントする時に何か手を加えているのではないかと思います。このように「作り込まれている」感じは、絵画に近いものを感じますよね。

日本の写真家だと、植田正治が建物や人を黒く塗りつぶしてシルエットにする表現方法をよく使っています。植田正治もすごく好きなんです。

こんなふうに建物を真っ黒にしているのには、絶対に何らかの作為があると思います。普通に撮っただけではこうはならないはず。

後半にはヌード写真も載っているのですが、体の一部をクローズ・アップで撮影したものや、変わった角度から撮影したものなど、すごくかっこいいんです。そういう“実験精神”みたいなものを垣間見られるのも好きなところです。

『酔蝶花』
林静一

ジャンル問わず、世界で一番好きな1冊

これは、僕が世界で一番好きな本です。林静一(漫画家、アニメーター、イラストレーター)との出会いは高校2年生の時。最初に読んだ林静一作品は『赤色エレジー』です。それまでは「キャラクターが印象的な漫画」ばかり読んでいたので、「漫画でこんな表現があるのか」と衝撃を受けました。

まずは絵が衝撃的でしたけど、ストーリーの語り方、コマ割りの仕方、とにかく何もかもが自分にとって初めて見る表現だったんです。

例えば、身体の描き方ですが、それまで読んできた少年漫画とかでは見たことがない絵でした。このリアリティはなんなのだろうと、今でもよく考えます。漫画はいろいろ読んできましたけど、こんなふうに身体を描ける漫画家はほとんどいないと思います。

これは「桃園トルコ」という短編の一部ですが、この見開き2ページで「顔」が描かれているのは2コマだけ。これも衝撃的でしたね。それまでは全ページにキャラの顔がたくさん描かれている漫画しか読んだことがなかったので。

林静一はアニメーション作家でもあるので「漫画を客観視できるからこそ描ける構図」や、「アニメでは描かない絵」をわざと漫画で描いたりするんです。漫画って描かれたものが動いているように見えることが上手な表現だとされているような気がしますが、絵が動くという点ではアニメにはかなわないわけで、林静一はそれを身をもって知っているので漫画ならではの表現や演出を追求したんだと思います。

そういったところも、他の漫画家の作品とは何か違う印象を受ける要因なのかなと思っています。

あと、これはB5版というサイズで、ハードカバーで、さらに箱付きです。出版元の北冬書房の高野慎三さんが、印刷所の人に「漫画なのにハードカバーなの?」というようなことを言われて、「漫画をこの装丁で作って何が悪いんだ?」って言い返したという話が大好きです。作家への愛を感じますよね。

自然に見えるもの、それは果たして本当に自然なのか?

僕は漫画家なので漫画も紹介したいと思って『酔蝶花』を持ってきましたが、初めに選んだ3冊はすべて写真集で、すべて白黒写真で本の装丁も全部黒色でした。黒が好きなのかもしれないです。

写真集にハマったのはここ1年間のことです。実は少し前まで就職していて会社員として働いていたのですが、働いていると毎日すごく疲れちゃいますよね。小さい頃から大好きだった漫画も、学生時代はたくさん読んでいた小説も、日々の疲労で全然読めなくなってしまったんです。そんな時に出合ったのが写真集でした。働いていたのが古本店だったので目に入る機会が多かったのもきっかけの1つかもしれません。なんとなく写真集を開いたらすごい勢いでハマりました。写真集なら文字を読まなくても本が読めますから。本を買ってページをめくる行為ができるということ自体がすごく嬉しかったんです。

好きな漫画家達の元ネタらしき写真を見つけることも多くて、“当時の漫画家の目を通して写真を再発見する”という感覚もあってどんどんハマっていきました。水木しげるやつげ義春がカメラ雑誌の写真を参考にしていたことは有名ですけど、当時の漫画家は写真に影響を受けている人が多いと思います。

これまで僕は、「写真は現実がそのまま写っている」と思っていたんですが、そもそも「目の水晶体」と「カメラのレンズ」が違うものであるように、写真は実際に目で見ているものとは全然違うものなんですよね。それに気付いてからは、“現実を作り替えているんだ”という認識を持った作家の作品が好きになっていきました。白黒の写真なんて特に現実離れしていて、不自然な写真も多いですよ。今後は、ここ数年で読んできた写真集の影響が、より色濃く僕の作品に表れていくと思います。

Photography Kentaro Oshio
Text Nagisa Nasu
Edit Kumpei Kuwamoto(Mo-Green)

author:

那須凪瑳

フリーランスライター。音楽メディア会社で働いた後、フリーランスに転身。現在はカルチャーメディアを中心に執筆、編集も。音楽をはじめとする「文化」が社会に与える影響に興味を持ち、日々その可能性を探究中。 Instagram:@nagisanasu

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