ツジコノリコは常に新しい扉を開き続けている――もしかするとこの言葉は大言壮語のように思われるかもしれない。だが、彼女のソロ作としてはおよそ3年9ヵ月ぶりの新作『Crépuscule I & II』を繰り返し聴くたびに、その思いは強くなっていくばかりだ。本作はエレクトロニクスを通して人間の揺れ動く心を表現したインスト主体の前作『Kuro』の延長線上にあることは確かだが、彼女はそこにヴォーカル/ヴォイス、サックス、ユーフォニアムの呼吸を加えることで、穏やかでシネマティックなサウンドスケープを描いていく。そして、幽玄的なアンビエント・ミュージックということもできるその自由連想のような音の連続体には、これまで以上に人間の温もりを感じることができるのだ。2001年の『少女都市』から22年、彼女はいったいどんな思いで音楽を作り続けているのだろうか。フランスにいる彼女にZOOMで話を訊くことができた。
インスト主体の前作を振り返り思うことと、歌い手としての原点
――『Crépuscule I & II』は〈Editions Mego〉からのリリースです。同レーベルからのリリースは『帰って来たゴースト』以来となりますが、今作の制作はいつ頃からスタートしたのでしょうか。
レコーディングは2019年の最後の方に行って、1週間くらいで録音したと思います。それで2020年の間に編集をして、21年の初めにはだいたい完成していたんですよね。すぐミックスしようかなと思っていたんですが間が空いてしまって、夏前くらいにピーター(・レーバーグ。エディションズ・メゴの創設者)に送ったんです。でもピーターが突然亡くなってしまって……。
――では、今作の話をする前に1つお伺いしたいのですが、今作はソロ作という意味では、ジョージ・コヤマさんとの共同監督映画のサウンドトラック『Kuro』(2019年)以来です。『Kuro』はインスト主体のアルバムで、それまではこういったインスト主体の作品はなかったと思うのですが、今改めて『Kuro』を振り返ってみて作って何が良かったと思いますか。
それまでインスト主体の作品をほとんど作ったことがないということが自分では驚きでした。その時『Kuro』という映画を作っていたんですが、共同監督のジョージ・コヤマくんが“音楽も作ってみたら”と言ってくれたんです。わたしは全部自分で書いて、作って、編集して、さらに音楽までやってしまったら厚かましいにもほどがあると思っていたんですけど、優しく言ってくれたので、じゃあ作ろうとなったんです。いざ作ろうとなった時には映画にはナレーションがたくさんあって、歌の気分では全くありませんでした。そして、音楽のためにストーリーを書く必要もなかったので、映画のストーリーにのればいいやという感じで、気楽に、自由に作れましたね。しかも歌わなくてよかったのでさらに気楽でした。
――ちなみに映画音楽でおもしろいなと思う作品やアーティストはいらっしゃいますか。
ミカ・レヴィ(Mica Levi)は時代が一緒というのもあっておもしろいなと感じますね。
――わたしはツジコさんの音楽の魅力の1つは歌にあると思っていたので、インスト主体になったのは意外にも感じましたが、今のツジコさんを歌い手として深化させてきたのは、自分の中のどういう意識だと思いますか。
いつも自分の中にストーリー的なものであったりイメージだったりがあって、それを自分で歌詞にして歌うというスタンスなんです。わたしは小話みたいなちっちゃい世界が好きで、それを表現する時に歌ったり音楽をつけたりっていうことが良いなと思うんですよね。だから特にメッセージがあるわけでもないんですよ。映画を作るにしても偶然ではなくて、やっぱりそういう物語的なものが好きだからなんだと思います。
――歌が良いなと思ったきっかけはなんだったんですか。
小さい頃に家に聞くことも録音することもできるカセットデッキがあったんです。それがまず驚きで、自分で声とか歌だとかを録音して姉と遊んでたりして、それが楽しかったんですよね。そしたら真ん中の姉が“歌上手いね”って褒めてくれたんですよ。それがすごく印象に残っていて。それで歌うのって楽しいことなんだと思うようになりました。
「希望」のイメージから紡がれていった最新作『Crépuscule I & II』
――さて、それでは今作『Crépuscule I & II』について伺いたいのですが、作るにあたって何か青写真などはあったのでしょうか。
『Surge』っていう映画の音楽(22年に『SURGE ORIGINAL SOUNDTRACK』として発表)を作っていたんですけど、その映画が相当鬱屈としたものだったんですね。だからそれに合わせた音楽を作らなきゃいけなかったんですけど、作っているうちにだんだん楽しくなってきちゃって。そうしたらもうちょっとキラキラした明るい感じの音を弾き始めちゃうんですよ、もちろん映画で使えないのはわかっているんですけど。それで、綺麗で明るい感じの……何か希望という言葉が浮かぶような方向をイメージしていましたね。
――曲はどのようにして書いていったのでしょうか。
編集はかなりしていますけど、オリジンは即興が多いと思います。即興は、聴く人がどう感じるかは置いておいても、やるのが楽しいんですよね。わたしは恥ずかしがり屋なんですけど、即興って自分が自由になれる瞬間なんですよ。自分なりに綺麗だと思うものを突き詰めながら自由になっていくというか。そしてその綺麗な瞬間が聴く人にも伝わるように、自分で何度も聴き直しながら編集していきます。音楽ってコミュニケーションの1つのツールだと思っているので、さまざまな人達とシェアできるようなユニヴァーサルな場所を見つけていくというようなことは、無意識にしていると思いますね。
――本作にはどこかアンビエント的に聴こえる瞬間もあります。
作っている時に映画音楽もやっていて、イメージに寄り添うような音楽を作るという姿勢があったので、それがアンビエントっぽく聴こえるのかもしれないですね。アンビエント・ミュージックは好きですけど、あまりストラクチャーを考えて作った音楽ではないです。
――ちなみに本作は2枚組になっていますが、これは意図的なものなんですか。
本当は3枚分あったんですよ。でも仲の良いジョージ・コヤマくんに聴かせてみたら、“ちょっとダブってるところもあるし、長いんじゃないか”と言われて(笑)。わたしは割と何でも足しながら作る傾向があるので、それをジョージくんが抑えてくれたんです。
――ジョージ・コヤマさんは「Roaming Over Land, Sea and Air」では歌詞を書かれていますが、この曲はどういうアイデアをもとに作ったのでしょう。
実は作った時のことをあまり覚えていないのですが、この曲ではわたしの1枚目のアルバム『少女都市』の1曲目(「Endless End」)のメロディをちょっとだけ使ってみたんですよ。そしてこの曲はディスク1の「Opening Night」という曲と兄弟のような曲だったりします。
デビューから変わらない想いと、ピーター・レーバーグから受け取ったもの
――わたしは『少女都市』と今作はつながっていないようで実は地続きになっているようにも感じました。
そうかもしれないですね。使っている機材とかスタジオとかは違いますけど、自分の好きな音ってきっとあるんだなと思います。電子音楽をやっているとはいえ、キンキンした音よりも肌に馴染むようなオーガニックな音が好きなのかもしれないですね。なんというか、音楽はいつもどこかにあって、それを見つけて形にするというイメージなのかもしれないです。
――デビューしてから20年以上経つわけですが、音楽家として自分が変化したと思うことはありますか。
ずっとやっている感じがあまりしないんですよね、常に赤ちゃんの気分というか。成長を先送りにしているつもりはないんですけど、まだまだいろいろ出来るなと思っています。アイデアは本当に尽きないですし、歌ものも出す気満々でいますよ。でも、自分の生活も大切にしたいですよね。
――最後に1つだけ。かつてピーター・レーバーグに送ったデモがカセットテープだったという思い出から、本作のカセットテープでのリリースを決めたと伺っています。彼との作業、あるいは彼の音楽からツジコさんはどのような財産を受け取り、どう今に生かしていると思いますか。
彼はたくさん話したりするタイプではなかったんですよ。だから何かを言われたというわけではないですけど、自由さというかそのままでいていいよという温かさを彼からは感じましたね。そういう自分のままでいていいんだよという温かさ、姿勢がさまざまなミュージシャンの励みになったと思いますし、聴き手の方にも伝わったんじゃないかなと思います。そして、自由にはさせてくれるけど、決して甘えたことはできないなという気にさせてくれましたね。あと、わたしは彼の音楽にはちょっぴりユーモアがあると思うんです。そういう枠にはまりきらないユーモアのある音楽って大切だなと気づかされました。綺麗なだけだとつまらないというか……彼は人間的にパンクだったので。
■Tujiko Noriko Japan Tour 2024
〈京都公演〉
日時:2024年1月9日(火)
会場:外 soto
会場HP:https://soto-kyoto.jp
〈東京公演〉
日時:2024年1月11日(木)
会場:WWW
会場HP:https://www-shibuya.jp/schedule/017371.php
※東京公演ではベルリンの映像作家Joji KoyamaとのライブA/Vを披露
〈福岡公演〉
日時:2024年1月13日(土)
会場:Artist Cafe
会場HP:https://artistcafe.jp