「自分がかっこわるいからマンガを描いてるんだと思います」——『スーパースターを唄って。』作者・薄場圭インタビュー

薄場圭
1998年、大阪府生まれ。漫画家。『飛べない鳥達』で第84回新人コミック大賞<青年部門>佳作を受賞。「月刊!スピリッツ」2020年3月号にて『君の背に青を想う。』でデビュー。現在連載中の『スーパースターを唄って。』が初連載。
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一部のマンガ読みや日本語ラップマニアの間で話題になっている『スーパースターを唄って。』という作品をご存知だろうか。本作は感情を殺してドラッグを売っていた少年が、さまざまな仲間達の力を借りて、心の内に閉じ込めていた澱(おり)をラップに落とし込んでいく物語。どこまでも人間臭い登場人物、緻密な背景の描写、音楽や映画好きに刺さるディティールとが相まってストーリーが進んでいく。12月27日に第2集が発売されたのを記念し、作者の薄場圭に話を聞いた。

「自分が今、音楽をテーマにマンガを描くならラップかな」

——マンガを描き始めたきっかけを教えてください。

薄場圭(以下、薄場):昔から絵を描くことが好きで、映画を観たり、物語を作るのも趣味みたいな感じでした。他にできることもないのでマンガを描いてみようと思ったのがきっかけです。

——シナリオも書かれてたんですね。

薄場:そんな大したものじゃないです。絵が好きな人が授業中に落書きしてる感覚で、自分はちょっとした物語というか文章みたいなものを書いたり想像したりしてました。

——好きなマンガや映画を教えてください。

薄場:映画だったら『リリイ・シュシュのすべて』とか。日本のノワール映画も好きです。マンガだと松本大洋先生の『Sunny』とか。堀越耕平先生の『僕のヒーローアカデミア』も大好きです。あとは宮沢賢治の小説も読んでました。他にもめちゃくちゃいっぱいあります。マンガの描き方で強く影響を受けたのは、真造圭伍先生です。

——もともと真造圭伍先生のアシスタントをされていたんですよね。

薄場:はい。何も知らない状態でアシスタントに入らせてもらったので、マンガの描き方のほとんどを真造先生から教わりました。だから教わってないことは今でもできない(笑)。真造先生が手描きだったから、僕も全部手描きだし、真造先生が自分で背景まで描いていたから、僕も自分で描いてます。今、自分にもアシスタントが数名いますが、現状は仕上げ作業をお願いするくらいです。

——背景の汚れた雰囲気に真造先生を感じました。

薄場:それはすごく嬉しいですね。背景ってキャラクターよりもコマを占める面積が大きいんですよ。だから誰が描くかでマンガの空気感みたいなものは変わってくると思います。

——アーティストのGILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAEさんとはお友達?

薄場:辞めてしまったんですけど、大学時代に知り合いました。腐れ縁的な。

——お互いに高め合う存在?

薄場:それはないです(笑)。ただの友達ですね。

——ではヒップホップを題材にマンガを描こうと思ったのはなぜですか?

薄場:最初からヒップホップを描きたいと思ったわけじゃなくて、まず週刊連載をしたかったんです。僕の作風で週刊誌の連載をしようと思った時、何が柱になるかなと考えて、「音楽がいいかも」と思いつきました。自分自身もラップが好きで、ラッパーがヒーローだったので、こういう話になりました。

——先日別媒体でSEEDAさんと対談されてましたよね? あと第2集にはANARCHYさんの『GROWTH』が背景にさらりと登場しててお好きなのかなと思いました。

薄場:SEEDAさんもANARCHYさんも大好きです。『GROWTH』は小学5年生くらいの頃に聴いて衝撃を受けました。

——ということは京都が地元?

薄場:いえ、大阪の泉州あたりです。レゲエ文化が根強い地域で、小学校の給食時間にJ-POPと同じ流れでレゲエがかかるんです。そんな環境だからか、ヒップホップもかなり身近というか。レゲエも好きだけど、ヒップホップにハマりましたね。

「あくまで自分が見てきた肌感覚を描いています」

——以前のインタビューで主人公の雪人(ゆきと)に自分を重ねたと発言されてましたね。

薄場:僕はキャラクターを作る時に、最初に自分を当てはめるんです。他のキャラクターにも自分のある部分が反映されてたりします。その発言に関しては、自分には姉がいるので、そういう面が雪人に反映されている。ただそれは雪人の設定を作る最初期段階の話で、物語が動き出すとむしろ自分が10代の頃に一緒に遊んでた友達が投影されていきました。自分を重ねて描いている部分が多いのは完全にメイジです。

——なぜこんな質問をしたのかというと、各キャラクター達が放つエネルギーがものすごいからです。どうやってあんなキャラクターを生み出したのかなと思って。

薄場:そこはしっかりと作ったからだと思います。自分の想像から離れるくらいまでキャラクターができてくるとエネルギーを感じさせるような強いセリフを言ったりします。

——あと貧困やドラッグの描写があまりにもリアルでびっくりしました。

薄場:実はその辺に関してはほとんど取材してなくて、完全に肌感覚で描いてます。緻密に取材するスタイルのマンガだと、小学館には『闇金ウシジマくん』や『九条の大罪』の真鍋昌平先生がいらっしゃるので。僕はあんなに緻密に取材することはできないので、あくまで自分が見てきたものを描いています。友達の話とか、10代の頃にこういう人いたなとか。地元感の描写に関してはむしろあまり取材しないようにしてるかもしれないです。ただ音楽に関してはわりといろんな方にお話を聞かせていただきました。

——第1集の巻末の取材協力に音楽レーベル・SUMMITの増田岳哉さんやライターの渡辺志保さんのお名前がありましたね。

薄場:友達に誘われて、去年(2022年)渋谷の「WWW」の年越しパーティに行った時に、増田さんも現場にいらしたので簡単に自己紹介して、乾杯して「今度お話を聞かせてください」とお願いしたら快諾していただきました。

——ちなみに増田さんにはどんな話を聞いたんですか?

薄場:増田さんは日本語ラップの流れを見続けてきた方だと思うので、キングギドラが出てきた頃、TOKONA-Xが出てきた頃、さらにフリースタイルバトルが出てきた一方で、違うカルチャーも出てきたりという時に、どんなことを感じていたのか、そして増田さんから見て、それらがどのようにカルチャーに浸透していったと思うか、みたいなことを伺いました。またどういう人のどういうところに才能を感じるか、とかも。あとシンプルにSUMMITの増田さんに実際に会ってお話ししてみたかったっていうのもあります。

プロット段階の仮タイトルは「花と雨」だった

——ANARCHYさんのどんなところに惹かれたんですか?

薄場: ANARCHYさんの曲をちゃんと聴き始めたのは中学生くらいの頃なんです。自分は結構ひねくれた部分があるんですね。その中学時代はひねくれがすごくて、むしろ卑屈になってたんですよ。何もかも「どうせ俺なんて」みたいな。そんな時にANARCHYさんの「死ぬまでの生い立ち泣いてても仕方ない」ってリリックを聴いたんです。MACCHOさんの「どの口が何言うかが肝心」じゃないけど、ANARCHYさんに「泣いてても仕方ない」って言われたら、仕方ねえなって思うじゃないですか。

——間違いないですね。

薄場:言葉単体だけ抜き出すと普通にテレビとかでも言ってることじゃないですか。でもANARCHYさんが言ってたってことが僕にとっては意味がありました。

——第1集では雪人もよく殴られてますが、すごく痛そうに描いてるのが素晴らしいと思いました。暴力と貧困とドラッグ、そこに寄り添うヒップホップ。メディアが報じない世界を描こうと思ったのはなぜですか?

薄場:その質問に関して、めちゃくちゃ正直に答えると「わからない」です。僕は友達のことを描きたかったってだけなんです。貧困がどうのこうのとか、社会を映し出すみたいな意識は一切ない。むしろもう会わなくなった友達に向けて描いてる部分が大きいです。

——自分は癖でつい批評っぽく作品を読んでしまったんですが、むしろ今の薄場さんの発言を聞いて完全にラッパー的なマンガの描き方だと思いました。間違いなさすぎます。

薄場:ありがたいです。でもやっぱマンガは作者と作品が切り離されてるとこがあると思うんです。自分は、自分の思想とマンガのキャラクターを切り離して描いてます。マンガはラッパーよりも作者の匿名性が高いし、作品が面白ければ読んでもらえる。音楽とかになると、自分は本人がどういう人なのかで曲を聴くことが多いです。実際にお会いしたSEEDAさんも、周りの音楽をやってる人達も、みんなめちゃくちゃかっこよかったんです。僕は、自分がかっこわるいからマンガを描いてるんだと思います。

——今、SEEDAさんのお名前が出ましたが、やはりこの作品の設定からは「花と雨」を思い出してしまうんです。

薄場:「花と雨」は大好きです。というか、プロットの段階では「花と雨」という仮タイトルにしていました。連載が決まった時に、正式に『スーパースターを唄って。』というタイトルをつけました。

ライブシーンに込めた想い

——僕はオッサンやクラブ・MOON DOLLの店長の孫さんのような大人に感情移入して読んでました。

薄場:オッサンに関してはどのコミュニティにも大人になれなかった大人がいるような気がしていて。このマンガは子供がスーパースターになる話なので、どこかで大人が助けてくれないと無理だなって思って、オッサンや孫さんを出しました。孫さんに関しては、友達のラッパーにお願いしてクラブの楽屋を取材させてもらいました。どんな雰囲気か、どんな話をしてるか、空気感を知りたくて。あとは僕個人の経験も大きいです。この企画の連載を通すまでもいろんな大人が助けてくれたし、今も編集部の人達にいっぱい助けてもらっています。それは増田さんも、渡辺志保さんも多分、シーンの若手に同じことをしていて、やっぱり子供だけじゃなくて、導いてくれる大人が必要だと思います。

——そういうふうに考えてくれる若い世代がいてくれるのは嬉しいです。今SNSを見ると世代間の断絶ばかりが目立つので。

薄場:この作品に関して言うと、意図的にステレオタイプな悪者を出してないんですよね。みんなそれぞれ事情がある。第2集でわかることもかなりあります。もちろん悪い人も出てくるけど、その人はそう生きると決めてる人。それはそれでちゃんと描く予定です。

——第1集のハイライトはライブのシーンだと思います。音楽を絵で表現するのは難しくなかったですか?

薄場:そうですね。ライブのシーンまで雪人の心情は吹き出しじゃなくて、コマの外に書いてたんですよ。ライブのシーンではそれを絵にしたんです。目で観てわかるように。だからセリフもない。

——だからあのシーンでフォントを変えたんですね。

薄場:そこは編集担当の西尾さんがやってくださいました。僕は昔描いてた短編でもコマの外にポエムを書きがちで。たぶんそのへんは宮沢賢治からの影響だと思います。

——ライブシーンの観客の反応もめちゃくちゃリアルだと思いました。

薄場:当然刺さる人もいれば刺さらない人もいると思ったんで。今年「POP YOURS」に取材に行かせてもらったんですね。その時Tohjiさんのライブが終わって民族大移動みたいな感じで人がいなくなって、今度は喫煙所からAwichさんのファンの人達が入れ替わるようにやってきたんです。僕はTohjiさんもAwichさんも好きだから普通にずっと観てたけど、その入れ替わる感じがすごく印象的だったんです。さっきも言ったけど、このマンガは雪人、メイジ、リリー達がスーパースターになっていく話なので、いろんな人達に刺さるクルーにはいろんなタイプのやつがいると思ったんです。

——ライブ前に雪人が「ナイキ」の「エアフォース1」から「アディダス」の「スーパースター」に履き替えるのは?

薄場:ヘッズは真っ白の「エアフォース1」を履くと思うんですよ。僕も今日履いてますけど。雪人はボロボロになるまで「エアフォース1」を履いてた。あのライブで「スーパースター」を履くのはラッパーになったってことを明示したかったからです。あとはシンプルにRUN DMCへのオマージュでもあります。

——話せる範囲で構わないので、今後はどのような話になっていくか教えてください。

薄場:第1集は雪人の話で、次の第2集はメイジの話になります。その後は群像劇的に主要キャラクター達の話を掘り下げていく予定です。最終回はもう決まってます。最終回が一番面白いです。だから楽しみにしててほしいです。

——ちなみに今後描いてみたい漫画のテーマはありますか?

薄場:ガンダムを描いてみたい。僕は太田垣康男先生の『機動戦士ガンダム サンダーボルト』が大好きなので。ガンダムが出てこないゲリラの少年の話とか面白そう。

Photography Tameki Oshiro

『スーパースターを唄って。』

■『スーパースターを唄って。』
第2集が12月27日に発売
第1集発売即重版。貧困と友情の極限ドラマ。
主人公・大路雪人。18歳、売人。
幼い頃に最愛の姉を含む、全ての家族を失った彼だが、
信じてくれる唯一の親友がいた。
益田メイジ。18歳、ビートメイカー。
「お前は言いたいことだけ言え。」
「オレが売ってやる。」
メイジに誘われ、再び音楽の道を歩み始めるも、
劣悪な職場と地元のしがらみが容赦無く雪人を襲う。
ボロボロの姿で初ライブのステージに立った先は……
メイジと雪人の過去と絆が今、紡がれる。

『僕のヒーローアカデミア』堀越耕平先生、絶賛!!
今年最注目の人間叙情詩、最新2集!!

著者:薄場 圭
発行:小学館
https://bigcomics.jp/series/1de5c7e1986fe

author:

宮崎敬太

1977年神奈川県生まれの音楽ライター。2015年12月よりフリーランスに。K-POP、日本語ラップを中心にオールジャンルで執筆中。映画、マンガ、アニメ、ドラマ、動物も好き。主な媒体はFNMNL、TV Bros.、ナタリー、朝日新聞デジタルなど。担当連載は「レイジ、ヨージ、ケイタのチング会」。ラッパー・D.Oの自伝で構成を担当した。

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