2023年の私的「ベスト映画」 映画ジャーナリストの猿渡由紀が選ぶムービー3作

長引くコロナ禍の収束を感じながら幕開けした2023年。揺り戻しから、街は以前の活気を取り戻したようだった。一方で、続く紛争や事件、はやり廃り、AIとNI……多くのトピックを巻き込みながら、日常の感覚にあらゆる変化をもたらした。

そんな2023年に生まれたたくさんの素晴らしい作品群から、ベストムービーをLA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が紹介する。

『バービー』

今年最高のお気に入り映画は、間違いなくこれ。よくもこんなことをやってみせたものだと敬服する。女性の価値を外見や若さで判断することが批判される現代、完璧なルックスの人形バービーを実写映画化することは容易ではない。だから、少し前には、あえてバービーのイメージと違うコメディエンヌ、エイミー・シューマー主演で企画が進められていたのだが、それでも難航し、頓挫してしまった。

だが、この映画は、マーゴット・ロビーを主演に据えたのを逆手に取って、バービーが世の中の女性達にどれほどプレッシャーを与えてきたかということにもちゃんと触れるのだ。そして、明確なフェミニストの視点からアプローチしながらも、笑いとカラフルな色と音楽に満ちた、極上のエンタメ映画にしてみせたのである。保守的な男性の中には、現実の社会とかけ離れていると批判する人もいるが、風刺コメディーはそもそも実際より誇張するもの。目くじらを立てるのではなく、一緒になって笑う余裕を見せるのがかっこいい。

『レッド・ロケット』

監督のショーン・ベイカーはいつも、セックス産業に関わる人達を温かい目で見つめる。この映画の主人公マイキーはポルノ男優だが、そのアイデアは、2012年の『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』のリサーチをした時から持っていたのだという。

お金がなく、落ちぶれたマイキーは、テキサスの田舎町に住む元妻の家にほぼ強引に身を寄せる。だが、元妻に良い顔をする一方で、近所のドーナツ屋でバイトをする女子高生にちょっかいを出そうとする。やることなすことどうしようもない男なのに、嫌いになれず、同情を感じさせるのだから、主演俳優のサイモン・レックスとベイカーはすごい。素人を起用してリアリティーを高めるのもベイカーのやり方。レックスは俳優、ミュージシャンだが、近年は仕事がほとんど来なくなっていた。また、彼以外の出演者の何人かは、ベイカーが現地で見つけてきた一般人だ。ベイカーのキャリアの最高傑作を、ぜひ見てみてほしい。

『Fair Play/フェアプレー』

今年のサンダンス映画祭で最も心に残ったサスペンススリラー。2023年になっても根強く残る、男女の役割への偏見に鋭く迫る。ルーク(オールデン・エアエンライク)とエミリー(フィービー・ディネヴァー)は、同じヘッジファンドに勤務する同僚。社内恋愛は御法度なので秘密にしているが、婚約を機に、近々関係を報告しようと思っている。そんな中、上司の1人が辞め、代わりにルークが昇進するのではとのうわさが聞こえてきた。大喜びするのもつかの間、声がかかったのはなんとエミリー。エミリーが上司、ルークは部下になったことで、2人の関係に少しずつひびが入っていく。衝撃のラストは意見が分かれるかも。

監督のクレア・ドモントは、自らの体験にインスピレーションを得て、この脚本を書き下ろしたとのこと。今作で長編監督デビューを飾った彼女のこれからが楽しみだ。

この他にも、今年日本公開された映画では『Close/クロース』『マイ・エレメント』『M3GAN/ミーガン』『アシスタント』『トリとロキタ』『いつかの君にもわかること』などがおすすめ。

author:

猿渡由紀

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。ロサンゼルスを拠点にハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを「シュプール」や「ハーパーズ バザー日本版」「週刊文春」「週刊SPA!」「Movie ぴあ」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、ヤフー、ぴあ、「シネマトゥデイ」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「文春オンライン」などのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)と米女性映画批評家サークル(WFCC)の会員。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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