2023年の私的「ベストブックス」 「flotsam books」オーナー小林孝行が選ぶ本5冊

長引くコロナ禍の収束を感じながら幕開けした2023年。揺り戻しから、街は以前の活気を取り戻したようだった。一方で、続く紛争や事件、はやり廃り、AIとNI……多くのトピックを巻き込みながら、日常の感覚にあらゆる変化をもたらした。

そんな2023年に生まれたたくさんの素晴らしい作品群から、ベストブックスを東京・代田橋のアートブックショップ「flotsam books」のオーナーである小林孝行が紹介する。

『Section vol.1』

題府基之くんによるビジュアルブック『Section vol.1』が創刊。本書では、彼自らが1980〜1990年代生まれの国内外のコンテンポラリーアーティストを選定し、「4649」のメンバーである高見澤ゆうさんや小林優平さん、ジェイソン・ヒラタ、イリヤ・リプキン等10人が参加しています。デザインは『STUDIO VOICE』などを手掛けた坂脇慶さんが担当。印象的なページは題府くんが撮影した「Pee(小便)」というスナップシリーズ。実際には水をかけて演出しているらしいのですが、シニカルな感じが彼らしいですね。あとは小林くんのページ。カメラの中のフィルムとフライヤーや雑誌の切り抜きを重ねて露光した写真が載っています。本書を通して新進のアーティストを知ることができるので、新しい世界に出合えるきっかけとなるでしょう。

『Fading Smile:West Knoll』

ある日、ウェス・ノール本人から売り込みのメールが届いたんです。それまでは彼のことを知らなかったんですが、本書に関する資料を読んでみると興味深い内容だったので取り扱うことにしました。お店に対するリスペクトを感じたのも仕入れることを決めた理由の1つですね。『Fading Smile』はニューヨークのキッズ達を10年間にわたり撮影したもので、彼等が成長する真の姿をとらえています。ドラッグを売ったり、落書きしたり、互いをだましたり……そんな生々しい社会構造を写し出すウェスの作品からは、同都市が抱える真実を知ると同時に力強さも感じます。ページの途中途中には彼のメモが載っているため、グラフィカルにまとめている雑多な構成も本書ならではの見どころ。

『THEE ALMIGHTY & INSANE: Chicago Gang Business Cards from the 1970s & 1980s』

本書は、1970〜1980年代のシカゴギャングによる名刺を集めたもの。コレクターのブランドン・ジョンソンが収集したコレクションの中から60枚以上のオリジナルカードとエッセイを紹介しています。実は5年前に発売されたんですが、しばらく品切れ状態が続いていたほど。復刻版がようやく出たので仕入れることにしました。「ギャングが名刺を持っているの!?」という意外性に加えて、名刺の中心や両脇にギャング名やメンバーの名前が書いてあるのもおもしろい。また当時はPCがないから、ギャングが版を作って刷っていたという彼等のこだわりも感じますね。デザイナーのお客さん達は、名刺に使われている書体やデザインなどに興味を持ってくれて、デザインの資料として参考にしているそうです。

『YUSUKE YAMATANI: ONSEN I 』

オンラインストアのみの運営だった頃からのお客さんでもある、山谷佑介くんの写真集『ONSEN I』をうちで初めて出版しました。山谷くんは自然の中にある“野湯”と呼ばれる温泉を巡るプロジェクトを約15年前に始め、現地で撮影した自然や野湯を楽しむ人々の様子など、ありのままの風景がとらえられています。デザインを手掛けたのは、山谷くんと知り合いで、うちのロゴも手掛けてくれた山田悠太朗くん。表紙のデザインは、山田くんが同行した際に厚紙を持っていたので、湧き出る温泉や硫黄を直接紙に写しとり、その時に生まれた模様をシルクスクリーンと特殊加工で再現しているそうです。手で触るとボコボコしているので、写しとった際に紙が水でヨレてしまったというリアルさも楽しめます。

『A Period of Juvenile Prosperity』

アメリカ人フォトグラファーのマイク・ブロディによる写真集。貨物列車に無賃で乗車し、アメリカ本土を旅する“トレインホッパー”の車上生活を記録しています。マイク自身も17歳の時にヒッチハイクや列車を乗り継ぎながら旅をし、その時にポラロイドカメラを拾ったことがきっかけとなり仲間達を撮り始めるように。本作は2006〜2009年に撮影したもので、35mmカメラで過酷な車上生活を続ける若者達や出来事をとらえています。アメリカの一面を切り取ったリアリティーさが圧巻。彼はもう写真家を辞めてしまったようですが、今でも根強いファンが多い。最近イギリスの出版社「STANLEY BARKER」からポラロイドを復刻した印刷物が出ました。その印刷自体も当時の汚れまでを再現していて、ファンをうならすプロダクトです。

Photography Kazushi Toyota

author:

竹内菜奈

1993年、東京都生まれ。日本女子大学卒業。学生時代に出版社の編集部アルバイトを経験したことをきっかけに、本格的に編集者としての道に進む。2018年にハースト・デジタル・ジャパンに入社。「ハーパーズ バザー」でウェブエディターとして経験を積んだ後、2022年にINFASパブリケーションズに就職。「WWDJAPAN」では編集・記者を務め、主に一般消費者向けのウェブコンテンツを手掛けている。取材分野はファッションからアンダーグラウンドなカルチャーまでを担当。

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