ホラー映画初挑戦の古川琴音が『みなに幸あれ』で感じたこと 「現実をより理想に近づけるにはどうしたらいいかっていうのは常に考えておくべき」

古川琴音
1996年10月25日生まれ、神奈川県出身。2018 年にデビュー。NHK 特集ドラマ『アイドル』(2022年 / NHK)、連続テレビ小説『エール』(2020年 / NHK)、『コントが始まる』(2021年 / 日本テレビ)や、映画『十二人の死にたい子どもたち』(2019年 / 堤幸彦監督)、『花束みたいな恋をした』(2021年/土井裕泰監督)、『偶然と想像』(2021年 / 濱口竜介監督)、『今夜、世界からこの恋が消えても』(2022年 / 三木孝浩監督)、『スクロール』(2023年 / 清水康彦監督)、Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』(2023年)、『雨降って、ジ・エン ド。』(2024年公開予定/髙橋泉監督)など、注目作品に続々登場している。
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日本で唯一の、ホラージャンルに絞った一般公募フィルムコンペティション「日本ホラー映画大賞」(主催:KADOKAWA)。第1回大賞受賞作品である下津優太監督の『みなに幸あれ』が古川琴音主演で映画化され、1月19日から全国で順次公開されている。「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という命題を、とある村を舞台にしたホラーとして描く本作。古川は村の特異な成り立ちにあらがい、行動を起こすが、どんどん追い込まれていく主人公を演じている。作品ごとに全く違う表情を見せてくれる古川琴音の魅力は、自身にとって初のホラーとなる本作でも健在だ。彼女の瑞々しい演技の秘密や、ホラー映画の醍醐味、作品のテーマについて聞いた。

※記事内には映画のストーリーに関する記述が含まれております。

『みなに幸あれ』を終えて

——今回の主演映画『みなに幸あれ』で改めて、古川さんのお芝居の魅力は表情の瑞々しさにあると実感しました。古川さんは「表情の演技」に関して意識していることはありますか?

古川:「表情を作ろうとしないこと」は大切にしています。

——『みなに幸あれ』で、田舎に暮らす祖父母の家に遊びに行く「孫」役を演じています。祖父母の奇妙な言動に覚えた違和感や、開かずの間にいる誰かの気配などが、恐怖に変わっていくわけですが、「孫」をどういう人物と捉え、どう演じましたか?

古川:「孫」は、本当にごく普通の感覚を持っていて、作品の中でお客さんが唯一共感できる人。普通であればあるほど周りの人が異様に見えてくると思いましたし、「孫」という役名に普遍性を感じたので、特に「こういう人」という役作りはせず、「これから何が起こるんだろう?」という気持ちで現場にいました。

——作品を拝見して、「これはどういうこと?」という謎や疑問がたくさん残っています。それをああだこうだ考えることが楽しいのですが、古川さんは現場で監督に、それらの答えを求めましたか?

古川:私も確か、「おばあちゃんはなぜ妊娠したんですか? それは生贄と関係ありますか?」と聞いたと思うんですけど、「自由に考えてください」みたいな反応でした(笑)。「孫」は何が起きているのかがわからない役なので、「わからないままやってください」と。

——わからないまま出したものが正解かどうか、不安や迷いはなかったですか?

古川:なかったです。私はとにかくリアクションだけをしていました。監督もその「わからない表現」を受け入れてくださる方だったので。わかって何かを作ろうとするよりも、わからないまま、その時感じた表情が出ればいいということなんだろうなと解釈しました。

——下津優太監督はどんな演出をされる方でしたか?

古川:監督は今回長編が初めてということで、いろいろ実験されてたのかなという印象がありました。そのシーンのシチュエーションを役者に知らせないで撮ろうとしたり。私が叔母の家に行って吊るしてあった布を取り外すシーンでは、布の後ろに何が置いてあるかはずっと内緒で、本番で初めて「あれ」を見たんです。そういうサプライズ的な演出で生まれるリアルなものを大切にされているなと感じました。

——役者として、そういう演出はどうでしたか?

古川:たくさんの発見がありました。自分が想像もしなかった反応が出たなと思う部分もありましたし……楽は楽でした(笑)。何も準備せず、周りに反応していればいいだけだったので。監督が、私が驚ける環境や怖がれる環境を作ってくださったおかげで、本当に楽でした。でも、体力的にはどんどん消耗していきました(笑)。泣いて叫んで逃げて怒ってびっくりしてという、感情表現にものすごく体力を使ったので。

——古川さんは89分間ほぼ出ずっぱりでしたよね。どうやって体力を回復させましたか?

古川:回復しなかったです(笑)。美味しいものはたくさん用意していただいていたんです。地元(ロケ地の福岡県田川郡)の方が用意してくださったイノシシ鍋とか、みんなでいただきました。今回スケジュールが順撮りだったので、体力が消耗していく様をそのままお芝居に生かせたんですね。だから「回復しなくてもいいや」って(笑)。

——ということは完成した作品を観て、「こんな表情をしていたんだ!」という驚きがありそうです。

古川:あります。叔母の家を飛び出して山の中で雨に打たれるシーンの表情は、自分でも結構好きです。体力が結構ギリギリの状態で、本当に寒くて寒くて、何も考えてなかったんですよね。自分に限界が来ていることが、ちゃんと顔に出てるなって(笑)。物語ともマッチしてるし、すごく真実味のある表情だったので、好きだなと思いました。

——つまりは「作為のない表情」ですね。

古川:毎回そうなればいいなと思いながらやってます。

——今作に限らず、古川さんが現場でお芝居をする時に大切にしてることを教えてください。

古川:カメラ前ではすべて忘れること、ですかね。自分の中に「こういう流れになったらいいな」みたいなイメージはあるんです。物語の軸としてそういうものをちゃんと持ちつつも、感情の面では相手の俳優と作っていく、相手に委ねる、相手の反応を見ながらその時に自分に湧き上がった感情に素直になる。それは忘れないようにしたいと思っています。

演技への思い

——本作のタイトルにちなみ、古川さんが幸せを感じる瞬間を、プライベート編と仕事編で教えてください。

古川:プライベートだと、家に帰ってきて猫がお出迎えしてくれた時! 毎回来てくれるんですよ。「ただいまー!」「疲れたよ〜」って言う私を癒してくれるので、すごく幸せです。仕事だと、出演作品を観た人から連絡をもらった時もそうだし、お芝居をしながら無になれた時。その時は無我夢中なんですけど、後から「あの時は楽しかったよね」って思います。さっきお話しした雨に打たれたシーンもそうだったんじゃないかなと思います。

——仕事において、目標や夢はありますか?

古川:実はあんまりないんです。

——そもそもこの世界に入った時は、「お芝居を仕事にしたい」ということだったんですよね?

古川:はい。就職活動の一環で自分の得意なことを探していった結果、「人からお芝居を褒められることが多いということは、得意なのかな」と思って、この仕事をやってみようかなって。でもまさか本当にできるとは思ってないから、「ドラマに出れたらいいな」「主演作とかできちゃったりして!」みたいな気持ちだったんですよね。今回の映画も含めてあの時の憧れみたいなものは叶えられてきているんですけど、その先のことっていうのはあまり考えられていないというか。自分がやりたい作品があったとしても必ずしもできるわけじゃなくて、ご縁だと思うので、あまり考えないようにしている部分もあります。

——古川さんはデビューしてまだ5年なんですね。もっと昔から見ている感覚でした。

古川;嬉しいです。ありがとうございます。

——この5年間を振り返ると、あっという間でしたか?

古川:6年目に入ったんですけど、小学1年生が小学6年生になると考えると、「え、もうそんなに経った?」みたいな感じです。デビューした時と気持ちはあんまり変わってないですし、まだまだ新人の気持ちです。でも確かに、最近若くて新しい子がたくさんいるなーとか思ったり(笑)。

——デビューした時の気持ちとは?

古川:ワクワク感、ですかね。ありがたいことに、今のところ同じような役も内容がかぶった作品もないと思ってるので、「次はどういうものが来るんだろう?」というワクワク感がずっとあります。

——「1本1本が勝負だ!」という緊張感みたいなものはありますか?

古川:勝負というよりも、1本1本実験をしている感覚が強いです。お芝居って正解もなければ間違いもないから、自分の中で毎回いろんなお芝居を試している感じです。「もうちょっとキャラクターに振ったらどうなるかな」とか、「ここの動きをいつもは自然体にやってたけどあえてポーズを決めたらどうなるかな」とか、細かいことなんですけど、そういう実験……というか「工夫」を繰り返しています。

『みなに幸あれ』が描くテーマ

——ホラー作品は普段ご覧になりますか?

古川:観ます。『パラノーマル・アクティビティ』とか『コンジアム』、最近だとNetflixの『呪詛』を観ました。日本映画に限らず、いろいろ観ます。

——古川さんが思うホラーの面白さとは?

古川:何なんでしょうね……。私は、意味がわからないものが怖いなと思うんです。「こういう原因があって、この恨みが発生したんだよね」っていう話よりも、「なんでこれがここにあるのかわからない」「なんでこの人がこんな動きをしてるのかわからない」のほうが怖いと感じるんです。好奇心というか、怖いもの見たさの気持ちが、自分にとってのホラーの醍醐味かなと思ってます。

——『みなに幸あれ』は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」というテーマを、「生贄」というホラー的なアイテムを使って表現しています。古川さんはこのテーマについて、今現在どのような考えを持っていますか?

古川:最初にこれを言われた時、「すごい嫌なこと言うな」と思ったんです。見ないように生活できてるだけで、見ようと思えばいくらでも身の回りにあふれてることかなと思うんですよね。私は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」と認めたくはないし、そういう世界になってほしくないという願いがあるからこそ、これを言葉にしてほしくなかったなとは思いました。でも、言葉にしたからこそ、向き合わざるを得ないという気持ちにもなりましたし、そこでいろいろ考えさせるところがこの映画の面白さだなと思いました。監督がいろいろな答えを散りばめてくれているなとも思います。

——目、耳、口を縫い合わされる描写がありました。それはつまり、「見ざる言わざる聞かざる」ということで、大人になったら自分を殺して社会の歯車になりなさい、という圧力も意味しているのかなと思いました。「孫」はちょうど、看護学校を卒業して社会に出る直前だったので。

古川:あ、なるほど。「孫」はそれに反発してもがくじゃないですか。そこに私はすごく共感できました。自分がもし同じ状況になったとしたら、同じようなことをするだろうなと思います。

——監督はおそらくこのテーマを「こうである」と押し付けているのではなく、問題提起していると感じました。孫の幼なじみの父親が、「みんながみんな自分の夢だけを追いかけたら世の中成り立たない」と言うと、幼なじみが「でもみんなが幸せになる方法もある」と言い返しますし。

古川:それはこの物語における理想の部分だなとは思いました。絶対に自分の中に持ってなきゃいけない部分でもあると思うんですよね。現実を見つつも、理想を掲げて、現実をより理想に近づけるにはどうしたらいいかなっていうのは常に考えておくべきことだと思っているので。みんながみんな一緒の意見じゃなくてもいいけれど、私はその気持ちは持っていたいと思ってます。

Photography Takuroh Toyama
Styling Makiko Fujii 
Hair & Makeup Yoko Fuseya(ESPER)

ドレス ¥99,000、ブーツ ¥165,000(ともにサカイ/sacai.jp)、アクセサリー(mamelon/@mamelon

■映画『みなに幸あれ』1 月19日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

■映画『みなに幸あれ』
1 月19日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

出演:古川琴音 松大航也ほか
原案・監督:下津優太 
総合プロデュース:清水崇 
脚本:角田ルミ 
音楽:香田悠真
主題歌:「Endless Etude (BEST WISHES TO ALL ver.)」 Base Ball Bear
製作:菊池剛 五十嵐淳之
企画:工藤大丈 
プロデューサー:小林剛 中林千賀子 下田桃子
製作:KADOKAWA ムービーウォーカー PEEK A BOO 
制作プロダクション:ブースタープロジェクト 
配給:KADOKAWA
©2023「みなに幸あれ」製作委員会
https://movies.kadokawa.co.jp/minasachi/

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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