誰もが楽しめるオープンスペースとしてのアート ステファン・マルクス インタヴュー -後編-

ステファン・マルクス

ステファン・マルクス
1979年ドイツ生まれ。ハンブルクからベルリンを拠点に移し、活動するアーティスト・イラストレーター。ドローイング、スケートボード、本、スケッチブックなど、彼が「愛するもの」を活動源とし、作品集の出版、アートエキシビション、パブリックアート、レコードジャケットのデザインなど幅広い分野で才能を発揮している。ドローイングや絵を通して彼の世界観、思想、スケートボーダーとしてのインディー精神を表現し、独自の目線で世界を描く。弱冠15歳でインディペンデントT シャツレーベル「Lousy Livin’Company」を立ち上げ、少数生産ながらクオリティー・クリエイティビティの高いT シャツをデザインしている。また、ブランドや企業とのコラボレーションも多数手掛けており、「マゼンタ・スケートボード」や「ファイブ ボロ」等のスケートボードブランドから「イケア」までプロジェクトは多岐にわたる。これまでに「Nieves」や「Dashwood Books」等の出版社から数々の作品集が出版されている。
@stefanmarx

ドイツ・ベルリンを拠点に活動するアーティスト、ステファン・マルクス。彼は少年時代から愛好しているスケートボードや音楽などのカルチャーの影響から、Tシャツやレコードジャケットのデザインといった創作活動を始め、その後ファインアートの分野に進出。インスピレーションが凝縮された浮遊感のあるタイポグラフィは、読み取る各人の想像力を利用し、非限定的なイメージの拡張をもたらすデバイスのような効果を持つ。

また、日常の観察と絶え間ないプラクティスによって生み出されるドローイングは、ストリートグラフィティよりも柔和で愛らしくコミカルな印象で、素直な感性が幅広い層に共感を呼び起こしている。

さらに彼の作品が構築的な空間やアーキテクチャ・プロダクト上に施されることにより、形而下の意味を超えた暗示のようなインパクトが生じ、場所や存在に新たな意味をもたらす。

自身の創造性を発展させつつも、彼のインディペンデントな姿勢は不変で一貫しており、近年では「シュプリーム」や「コム デ ギャルソン」等のファッションブランドとのコラボレーションをする等、アートとコマーシャルの融合についても可能性を広げてきた。

今回来日したステファンにインタビューを実施。後編では彼の代表的作品テーマであるタイポグラフィやパブリックアートについてのスタンス、新作の本の紹介と趣旨、他アーティストとのコラボレーション等についてヒアリング。アートをオープンスペースとして捉え、人々の自由な感性の交流や相乗効果を導く取組みについて伺った。

体験から得たインスピレーションの視覚化、タイポグラフィ

−−先日NYのギャラリー「Ruttkowski;68」にてタイポグラフィ作品中心のエキシビジョンが開催されましたが、そのステートメントに「テキストは歌詞からインスパイアされている」とありました。

ステファン・マルクス(以下、ステファン):確かに初期の頃は歌詞からインスピレーションを受けて作品を制作していましたが、現在は違います。例えば『Sunrise Sunset』は言葉と構図のアイデアが頭の中でイメージ化され、作品として具現化したものです。最近の作品は画面上の上部と下部に言葉が配置され、間にスペースがある構図にフォーカスしています。

また『Listen to the Rain』は日本で着想を得たものです。日本では雨が降ると多くの人がビニール傘を差し、その上に雨粒が落ちると大きな雨音がする。「雨の音が聴ける」という日本ならではの現象が作品のインスピレーションになりました。

このようにタイポグラフィ作品は、さまざまな場所を訪れ、状況や体験から得たインスピレーションがヴィジュアル化されたものと言えます。

−−最近の作品は詩的な雰囲気のものが多いですね。

ステファン:言葉もドローイングも視覚的なイメージとして捉えています。常に言葉とドローイングのことを考えていて、日頃からあらゆる発想を頭に蓄積し、それらがミックスされて作品になっています。

歩いている時、電車に乗っている時、音楽を聴いている時、本を読んでいる時…時にはSNS上のコメントを読んでアイデアを思いついたりもします(笑)。

タイポグラフィ作品では、言葉上の意味だけでなく、そこから派生するイメージを効果的に表現できないか考えています。

『Heaven』という作品はシンプルなワードですが、視覚的な効果の組み合わせによって複雑な意味を擁し、創造の枠を超えることができます。『Moonlightsss』も同じくシンプルな言葉ですが、蛍光色が暗闇で光ります。

『Love Letter』においては、作品の裏面に「〇〇から△△へ」という情報を記し、一点物としてカスタマイズ可能にしました。こうすることで言葉の持つ重みや意味合いが変化するのがおもしろいですね。

−−今回は日本語の作品にも挑戦しました。

ステファン:前回日本を訪れた際、空港やレストランでスタッフが「おまたせしました」という言葉を使うのを何度も耳にし、どんな意味なのか気になっていて、友人に意味を教えてもらいメモしていました。

そして今回、この「おまたせしました」をタイポグラフィの作品にしてディスプレイしようと思い立ちました。TOKYO ART BOOK FAIRのサイン会では列に並んで待ってもらうこと、また本展にはずっと参加してほしいと言われていたこと、二重の意味を込めたかったんです。

今後も日本語の作品に取り組みたいと思っていて、ひらがな、カタカナ、数字などを勉強しています。

誰もが楽しめるオープンスペースとしてのアート ステファン・マルクス インタヴュー -後編-
誰もが楽しめるオープンスペースとしてのアート ステファン・マルクス インタヴュー -後編-

地域を反映し、誰もがアクセス可能な民主的所在のパブリックアート

−−タイポグラフィの作品の中には、ある種のビルボードのように、都市空間の中で大きなスケールで設置されているものもありますね。このプロジェクトについて教えてください。

ステファン:ドイツの都市の30ヵ所にパブリックアートを設置するプロジェクトがあり、そのうちの3ヵ所……ボーフム、ドルトムント、エッセンにオファーを頂きました。その後、スイスのバーゼル等、他の都市でもオファーを頂きました。デュッセルドルフではクンストハレという美術館の内部の壁に描いた作品を、外部からも誰でも観ることができるようになっています。

パブリックアートは誰もが無料で鑑賞できるという民主的な点が好きなんです。制作は非常に大変で、作品を描くのにふさわしい大きな壁を見つけてオーナーに許可をもらったり、高所作業が可能か確認してリフトの費用を確保したりと、なかなか一筋縄ではいかないことが多いですが、すごく楽しんでやってます。たくさんの人々に自分の作品を知ってもらうきっかけにもなりました。

−−公共スペースにてスケールが大きな作品を制作する際に気をつけていることはありますか?

ステファン:街中で大きなスケールで制作する場合、基本的に色はモノクロにします。最近ではカラーの作品も制作していますが、白黒の方がシンプルで周囲に溶け込むのではないかと考えています。白と黒という対照的なコントラストで表現を引き立たせるのが好きなんです。

パブリックアートの場合、大きなスケールの作品を多くの人が目にする空間に設置するため、その場所の成り立ちや歴史を調査しながら制作を進めます。

最初に実施した3つの都市はかつて鉱業が盛んな地域だったので、19世紀に労働者の間で親しまれていた歌の歌詞からインスピレーションを受けて言葉を選びました。

また、壁のサイズや形を考慮して、作品がどんな見え方になるか、建築的、空間的に何度も検証しながら作品を制作していきました。

日常世界を観察し多様な形態の作品を描き続けることで、あらゆる人に楽しんでもらいたい

−−今回TOKYO ART BOOK FAIRに初参加されました。新作の本についてご紹介ください。

ステファン:NY Art Book Fairは初期から毎年参加してますが、TOKYO ART BOOK FAIRは今回初めて参加しました。友人のHIMAAさんや、ユトレヒト、twelvebooks等、サポートしてくれる仲間から「いつ来るの?」と毎年言われてたので、実現できたのが嬉しいです。

今回の新作は4冊あります。まず蛇腹折りの本が2冊。公園のある一点に立ち、同じ位置で360°回転しながらパノラマの絵を描くシリーズを書籍化したものです。1冊は2023年の4月に東京を訪れた際、「スタイリスト私物」の山本康一郎さんが駒沢公園を案内してくれた時に作ったもの。もう1冊は代々木公園で描いたものです。2006年以来、来日するたびに毎回代々木公園で絵を描いていて、あるレコードのジャケットにもなっています。

それとNYの「Dashwood Books」と制作した本が1冊、ベルリンの伝統的な出版社「Hatje Cantz」から出版された塗り絵の本が1冊です。後者は、2019年8月にThe NY Timesに毎日連載していた31点の挿絵を塗り絵できるようにしたものです。子ども達が大胆に色を塗り込めるように大きいサイズにして、簡単にめくれるよう、ごく軽量の紙を採用しました。

この本は子ども向けではありますが、同時に大人がアーティストブックとしても楽しめるようにしています。

−−なぜ子ども向けの本を制作することにしたのでしょうか?子ども向けということで特別配慮したことはありますか?

ステファン:本を作る時はいつも、特定の誰かのためにとは考えてなくて、どんな人でも楽しめるものを作りたいと考えています。以前スイスの「Rollo Press」と子ども向けの本を作った時も、子どものプレゼントのために買ってくれる人も多かったのですが、同時に大人も楽しんでくれていました。

基本的に自分の表現をあまりカテゴライズしたくなくて、常にみんなが楽しめるものを目指しています。言語と違って、絵というものは世界中の人が一目見て瞬時に理解できるものです。そういう絵の作用をベースにしてシンプルに表現することが、多くの人々の共感を生むのではないかと思います。

僕のファインアートの作品は高価で誰もが買えるものではないですが、レコードやZineはいろんな人に手に取ってもらうことができます。多様なアウトプットを提供することで、すべての人がアクセスできる民主的な場を作りたい。ファインアートだけでなくコマーシャルの活動も続けています。Tシャツはその最たる存在だと思います。

この姿勢は、自分の日常や周りにあるものをよく観察して、感じたものを描き続けることにも通じていると思います。

創造スペースを分かち合うことでさらなる発展を生み出す、アーティストとのコラボレーション

−−これまでにさまざまなブランドとコラボレーションされていますが、「コム ギャルソン」とのコラボレーションでは、構築的なシェイプのドレスの全面にステファンさんの作品が大胆に施されていました。お互い非常に芸術的な指向が強いと思いますが、コラボレーションはどのように進めていったのでしょうか?

ステファン:始まりは唐突でした。ある日曜日の夜、NY Art Book Fairに行くためのパッキングをしていたら、川久保さんのアシスタントの方から突然メールが来たんです。「コム デ ギャルソン」のコレクションで僕の作品を使いたいという内容でした。彼等が使いたい作品は決まっていて、それがどのようにデザインされるかは「コム デ ギャルソン」に全て委ねるという条件。ショーで発表されるまでは、どんなものになるのか誰にもわからない状況でした。僕は条件を全て理解した上で、受けるか否かの返事をしなければならなかったんです。

「コム デ ギャルソン」のコラボレーションの方法は非常にストレートなものですが、自分もレコードジャケットのデザインの際に同じようなやり方をしているので、どこか共感できるものがありました。即座に「やりましょう」と返事をしました。

実際にコラボレーションの内容はショー当日まで全くわからない状況でした。PRのチームもショーで初めて見たそうです。前衛的なヘアスタイルのモデルが着たドレスはすごく良くて、結果には大変満足しています。

「コム デ ギャルソン」のコラボレーションはとても勉強になりました。お互いにリスペクトがあるからこそ創造的なスペースを分かち合い、自由に取り組むことによって、さらに創造性を発展させることができるんです。

−−これまで何度も来日されていますが、先述の『Listen to the Rain』のように日本でインスピレーションを受けたものや、おもしろいと感じたものはありますか?

ステファン:日本は友達がいるし好きな食べ物もあるので大好きな場所です。思い出深いプロジェクトを複数経験できたこともありがたく思っています。これまでに書店のユトレヒトやギャラリーの「SALT AND PEPPER」で展示をしたり「GASBOOK」とさまざまなプロジェクトを行ったり「ユニクロ」や「ビームス」と仕事もしました。

日本は街中にある何気ないものにまで細やかに配慮が行き届いているところにインスピレーションを受けます。また、都市や街・建築がさまざまなレイヤーでどのように構成されているか観察するのが好きなんですが、東京は他の都市とは全然違う感じがしています。地下鉄のしくみや社会、コミュニティーの様相は、一見複雑に見えますが不思議と機能している。その観点では他のアジアの都市とも東京は違うように感じますね。

−−今後創作を続けて実現したいこと、さらに挑戦したいことについて教えてください。

ステファン:2023年はアートショーや展示で世界中を飛び回っていたので、2024年はアトリエにこもって静かに創作に向き合いながら新しいことにチャレンジしたいと思っています。具体的にはイタリアで石やジュエリーを使って友達と作品制作をするプランがあります。彫像のような3Dのものではなく、プレートのように、フラットに石を用いるドローイングのようなアプローチを考えています。

Photography Masashi Ura
Edit Akio Kunisawa

author:

Nami Kunisawa

フリーランスで編集・執筆を行う。主に「Whitelies Magazine」(ベルリン)や「Replica Man Magazine」「Port Magazine」(ロンドン)等で、アート、ファッション、音楽、写真、建築等に関する記事に携わる。Instagram:@nami_kunisawa

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