前に進むために、変化する——蓮沼執太が語る、「フルフィル」の誕生と新作の背景について

ソロとしても音響〜エレクトロニカから歌ものなど多彩な音楽を紡ぎ、狭義のミュージシャンという枠組みを超え「音」を起点としたアート作品の制作・展示も手掛けるなど、自由で軽やかな活動を展開する蓮沼執太。そんな彼が率いるポップ・オーケストラ「蓮沼執太フィル」(以下、「フィル」)に10名の新メンバーが加入し、総勢26名の「蓮沼執太フルフィル」(以下、「フルフィル」)としての新作アルバム『フルフォニー』がリリースの運びとなった(配信は8月26日、CD・アナログLPは10月28日リリース)。

横尾忠則の作品を配したジャケットも印象的な今作には、多種多彩な音たちが共振しながら豊かなハーモニーを織りなしていく「フルフィル」の楽曲が「A面」として、蓮沼自身による全曲のリミックスが「B面」として収録される。本インタビューでは、渾身の一作を作りあげた蓮沼に、「フィル」という活動が持つ意義や増員の理由、そしてアルバムの制作背景や自身の創作哲学について尋ねていく。

「フィル」は他者と向き合っていくプロジェクトのようなもの

——まず最初に、そもそも蓮沼さんが「フィル」を結成された理由や経緯について教えてください。

蓮沼執太(以下、蓮沼):もともと僕の音楽活動は、フィールドレコーディングしたサウンドやコンピュータで生成した電子音、メロディーや和声的な音楽的要素などをミックスして作品を制作するところから始まっていて。そこで生まれてきた音楽のジャンルは、エレクトロニカやJ-POP的な構造を持ったものなどさまざまではありますが、基本的にはずっと1人で音楽を制作していたんです。

とはいえ、いざレコードを出す段になると、「一人で完結させる」というのは不可能で。レーベルの方など多くの人たちの協力なくしては、自分の作品をリスナーに届けることはできません。たとえ「ソロ」といえど、結局はみんなの力で音楽が作られているということを、リリース活動を通じて実感したんです。

——蓮沼さんの音楽活動において、そこで初めて「他者」という存在が浮かび上がってきたんですね。

蓮沼:そうですね。そして、その時に改めて「自分が作曲した音楽をどうやってライブパフォーマンスしよう?」ということを考えました。その結果、ラップトップを用いたパフォーマンスや自分の演奏だけで完結させるのではなく、「他者と合奏していくことで、自分なりの音楽を表現していきたい」という結論にたどり着いたんです。最初は6人編成から始まり、そこからメンバーが増えていって「フィル」になりました。「フィル」は僕にとって、自分の音楽を媒介としながら「他者」と向き合っていくプロジェクトのようなものなんです。

——そうして結成された「フィル」での活動を通して、どのようなことが得られたとお考えでしょうか?

蓮沼:僕よりも経験値の高いメンバーもいるので、音楽的な面での刺激も当然ありましたが、もっと大きいレベルの気付きを得ることができました。「フィル」には多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まっていて、それぞれの生き方や考え方を知っていくにつれて、「音楽っていうのは1つじゃなくて、いろいろな形があるんだ」と思うようになったんです。かれこれもう10年ほど「フィル」をやっていますが、改めて振り返ると、本当にさまざまな発見がありましたね。

例えばギターという楽器があるとして、それを演奏する人の身体が触れて初めて、音が鳴りますよね? 単純な話ではあるんですが、演奏者の意思から生まれた動きが、音を発生させているわけです。環境音の1つひとつにも、それが鳴っている理由や発信したいことがある——そう考えると、「音の世界は深いなあ」と改めて感じさせられます。こういったことは、ずっとソロでフィールドレコーディングだけをやっていたら、気付くことができなかったかもしれません。「フィル」で得られた気付きを自身の創作活動にフィードバックして、より考えを深められるようになったんです。

メンバーの関係性を変化させるために「フルフィル」は生まれた

——「フィル」としての前作『アントロポセン』(2018)から、メンバーが10人増えて総勢26名の「フルフィル」となりました。その意図や経緯について教えてください。

蓮沼:実は『アントロポセン』を作り上げていく途中で、すでに増員は考えていて、メンバーには話をしていました。僕は、自身の活動やクリエーションにおいて、同じこと繰り返したくないんです。新しいことを行っていくためには、既存のものや考え方を壊してでも、変化を起こしていかなければなりません。そのために、オーディションで公募した新メンバー10人を加えて、「フルフィル」を作ったんです。

——増員にあたり、具体的に「こういう楽器の音が欲しい」というイメージはあったんですか?  

僕は、音楽的なものというよりは、現象としての変化を作りたかったんです。新たな10名の加入により、メンバーの関係性に変化が起こるということが何よりも大切でした。決して、「この楽器が次の音楽には必要だ」みたいな視点では考えていませんでしたね。

——今作の作曲自体は、前作がリリースされた2018年に行われたとのことで、「フルフィル」としての初公演「フルフォニー」も同年に行われています。その時系列をふまえると、今作における制作のマインド的なところは『アントロポセン』と地続きのものになるのでしょうか?

蓮沼:時系列的にも内容的にも、地続きにはなっています。『アントロポセン』では、16人のメンバーそれぞれの存在を意識して「当て書き」のように曲を作っていきました。それは例えば、「ユーフォニアムはこういう音の動きができるから、その中でフレーズや旋律を考えていこう」という考え方ではなく、「ユーフォニアムを吹いているのはゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)だから、彼が奏でる旋律はきっとこうだよね」というように考えていく作曲方法です。「フィル」として、集合知的なアイデアをもとに作ったファーストアルバム『時が奏でる』が第一フェーズで、「当て書き」で作った『アントロポセン』が第二フェーズになるんです。そして、その「第二フェーズの最終形」として、今作の『フルフォニー』が存在していると考えていますね。

直観的にジャケットには横尾忠則の作品を使いたいと思った

——今作のジャケットには横尾忠則さんの1970年代の作品「大沼と駒ケ丘」が配されています。この作品を選定された理由やきっかけについて教えてください。

蓮沼:今作のレコーディングを終えた時に、「ジャケットには絶対に横尾さんの作品を使用したい!」と直感的に感じたんですよね(笑)。ただ、具体的に今作のジャケットに使用している作品のようなイメージというよりは、横尾さんというアーティストの存在自体が思い浮かんだという感じでした。それで、実際に横尾さんのギャラリーに行き、資料や図録を片っぱしから観ていって、その中で強く目に留まったのが、「大沼と駒ケ丘」を含む「日本原景旅行」シリーズの作品群だったんです。実はずいぶん前に——確か2013年頃だと思うんですが——、神戸で開催されていた横尾さんの個展を訪れる機会があって、その時に「日本原景旅行」シリーズに出会っていたんです。その記憶が鮮明に残っていたので、今回、「これだ!」と直感したんだと思います。

新作『フルフォニー』のジャケットには横尾忠則の「大沼と駒ケ丘」が使用されている

——そんな直感の出会いから今作のジャケットが生まれたんですね。 雄大な自然の中で、多彩な動植物が共存している光景は、人間が描かれていないということも相まって、「ポスト・人新世(アントロポセン)」の世界の在りようの一つのようにも感じられました。

蓮沼:後々知ったことなんですが、「日本原景旅行」シリーズは、横尾さんが日本のあらゆる場所へ旅をして脳内に焼き付けた景色を、スタジオで後から「フィクション」として描いたという作品なんだそうです。70年代当時の横尾さんの興味や思想はわからないんですが、SF的というか、もしかしたら未来を先取りするように風景を描かれていて、そこには人間がいなかったということなのかもしれませんね。前作に『アントロポセン』というタイトルをつけていて、その次の作品をこういったジャケットにしているというのは、自分の中で明確に結び付けているわけではありませんが、何かしら無意識的につながっているところはあるのかなと思います。

なお、ジャケットの裏面には、表面を元にして、今年に新しく横尾さんにデザインしていただいたアートワークを掲載しているんですが、そこでは文字や動物、植物が取り去られているんです。現代という時代の状況をふまえて、横尾さんとしてさらに何らかの意味を附与されたのではないかと思います。

——沼には蓮が浮いていて、「蓮沼」ですよね。

蓮沼:決して「蓮沼」だから選んだわけではないんです(笑)。「風景画で人が写っていないもの」という、「フィル」のジャケット選定のルールに沿って選んだもので4作品ほど最終候補があって、そこで僕が一番インスピレーションを受けたのがこの作品でした。そこに、たまたま蓮があったんです。こういったことを含めて、横尾さんとのやりとりは、「偶然の必然」みたいなものを感じてゾクゾクしましたね。

独立した多彩な音たちが織りなす「同期/非同期」のハーモニー

——冒頭曲の「windandwindows」はソロで発表された楽曲であり、2018年に発表された未発表曲集のタイトルにもなっています。今作に同曲を収録しようと思われた理由を教えてください。

蓮沼:「windandwindows」という言葉は、僕が10年前ぐらいにやっていたポッドキャストのタイトルでもあるんです。当時所属していた音楽レーベル「HEADZ」主宰の佐々木敦さんが考えてくれたもので、「風と窓」という意味や言葉の響きが「とても良いな」と感じました。その後も、六本木ヒルズのために作った楽曲タイトルや、未発表曲集のタイトルにも使用していて。僕の音楽活動とは切り離すことができない、大切な言葉になっています。そして、この言葉が僕にとって持つ意味や感覚を音楽化したのが、今作の「windandwindows」になっています。また、先ほど今作が「フィル」の「第二フェーズの最終形」だとお話ししましたが、この曲には「男女混声ボーカル曲の集大成」という感覚もありますね。

——新作から少し逸れてしまうのですが、蓮沼さんの中で段々とボーカル曲の比重が大きくなっていったきっかけについて教えてもらえないでしょうか。

蓮沼:オリジナリティにフォーカスして音楽を追求していく中で、ある時に「自分の声の要素を楽曲に取り入れてみよう」と思ったんです。自分の身体を通って発せられる音が、やはり一番オリジナリティが高いですから。あたりまえのことでもあるんですけどね(笑)。ただ、僕は歌詞も書いて自分で歌いますが、「シンガーソングライター」ではありません。「シンガーソングライター」の方は、言葉と歌が密接になって自分自身とくっついていると思うんです。だけど、僕の中では、歌と言葉はバラバラなパーツとして分かれていて。やっぱり自分は「作曲家」なんだと思います。自分の作りたい音楽の中に、自分の声が必要であれば歌う、という感覚ですね。

——ある意味で、ご自身の声も「作曲家・蓮沼執太」が扱う「楽器」のように捉えられているんですね。今作では「Difference – Greeting – Gush – Face」という4楽章が中核をなしていますが、その始まりとなる第1楽章は、静かで「バラバラ」な響きが印象的です。

蓮沼:4楽章の始まりを考えた時に、いきなり最初からメンバー全員26人がそろっているのではなく、段々と集まってくるようなものにしたかったんです。同時に、最初は非同期的なものが、次第に同期し調和していくようなイメージも考えていました。そこで、第1楽章ではメンバー全員に自分自身の心拍数に合わせて演奏してもらい、あえて「バラバラ」な状態から始まるようにしてあるんです。

——続く3楽章では多彩な音色やリズムが現れていきますが、そこには過剰さや大仰さは一切感じません。楽曲を制作するにあたり、どのようなことを意識されていたのかを教えてください。

蓮沼:「フィル」の作曲・編曲に関して言うと、「中心を作らない」という意識はあります。「はい、これが中心です!」と決めてそれに合わせて肉付けしていったり、みんなそろって1つの旋律を奏でたりするのではなくて、なるべく「全員が独立している状態」になることを心掛けていますね。

——4楽章の歌詞は、「出会いや別れ」「重なることや離れること」など、先ほど話があった「同期/非同期」ということが主題となっているようにも感じられました。

蓮沼:僕は歌詞をフィールドレコーディングするような感覚で作っているんです。周りの人や物が勝手に作り上げる描写を言語化していくというか……。そういう風にして歌詞を書いているから、自然に「同期/非同期」ということや「出会いと別れ」ということが出てくるのかなと思います。それは目の前の世界で常に起こっていることですから。この4楽章の歌詞は、外を歩きながら作っていたものばかりで、まさに「フィールドレコーディングしたもの」という感じがありますね。

——今作には蓮沼さん自身による「windandwindows」と4楽章のリミックスが収録されていますが、その意図を教えてください。

蓮沼:リミックスはコロナ禍のステイホーム期に作ったものなんです。そのような状況下で、去年の春に行った「フルフィル」の録音のことを振り返り、「合奏というものはそもそも何だったのか?」ということを改めて自分なりに紐解いていこうと思って、リミックスに取り組むことにしたんです。リミックス作業は、何十トラックとある波形データをどんどん間引いて、ミニマムにしていくところから始めていきました。それって、横尾さんがジャケットの裏面のデザインでやられた「オブジェクトを取り去っていく作業」と一緒で。ここでもシンクロがあって驚きましたね。コロナ禍になって、横尾さんも「マイナスのデザイン」をされたんだな、と。

——流線的で音程が不明瞭なアナログシンセやクラシックなドラムマシン、サンプルチョップ、ドリルンベースにスクリューなど、リミックスで現れる音色や手法は多種多彩です。

蓮沼:まずはマイナスする作業から始まったんですけど、もちろん、シンセサイザーやサンプルを用いた「自分の音」を新しく足していくことはしていて。ちょっと「普通じゃない」ようなリミックスにしたいという気持ちがあったので、統一感は持たせながらも、ジャンルにとらわれずに作業をしていきました。フルフィルの演奏の「A面」に対する「B面」として、楽曲の異なる表情を楽しんでもらえたらいいですね。

——今作を完成させて、フィルを今後どのように発展させていこうとお考えなのか、展望をお聞かせください。

蓮沼:「フィルの音楽はこうあるべきだ」とか「自分が作るものはこうなんだ」という枠組みは、常に打ち破っていかなければいけないと考えています。この8月に「#フィルAPIスパイラル」というオンライン公演で、ほとんど新曲でパフォーマンスを行ったんですが、僕もメンバーもとても手応えを感じて、観てくれた人からも「新しい感覚が伝わった」というコメントをもらえました。先ほど、今作『フルフォニー』が「第二フェーズの最終形」とお話ししましたが、この公演を経て、その次のフェーズに進めている実感がありますね。掴んだ手応えを胸にこの冬も準備を進めていき、その先で何か新しいことができたらいいなと思っています。

蓮沼執太
1983年、東京都生まれ。
音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外での コンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュース などでの制作多数。近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、 サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。
http://www.shutahasunuma.com/
Twitter: @Shuta_Hasunuma
Instagram: @shuta_hasunuma

Photography Tasuku Amada

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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