あなたの心に美術館はあるか? withコロナ時代の芸術祭「MIND TRAIL」

京都から南へ車で約2時間、古くは『古事記』や『日本書紀』にも登場し、春には山岳信仰の信徒らが献じたことで3万本にもなった桜が咲き誇る吉野町。さらに南、修験道発祥の地である大峯山を擁し清流が流れる天川村。そして東、1000メートル級の山に囲まれた曽爾村。この奈良県南東部「奥大和」の3つのエリアで、11 月 15 日(日)まで、「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」なる芸術祭が開催されている。

聞けば、コロナ禍で観光業が苦境に立たされた奈良県の職員から相談をもちかけられたプロデューサーの齋藤精一(ライゾマティクス・アーキテクチャー)が通常は1〜2年かける準備を7月から始め、約3ヵ月でオープンにこぎつけたというこの芸術祭。キュレーターは昨年、齋藤と共に東京湾の無人島・猿島で「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島」を行った林曉甫。期待できる布陣だ。

山岳信仰の歴史に触発された作家による、身体や思考を揺さぶる作品

各エリアの山道や舗装道を3〜5時間かけて歩くということでトレイルランニングシューズで訪れてみると、まず自然の景観が圧倒的。「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されているというのも頷ける。そして修験道の聖地として長い歴史に裏打ちされた文化に触れると、さらにその景色が深みを帯びて見える。その中に設えられたアート作品は、一見すると大きなインパクトはないが、地霊と戯れるようにして鑑賞者を誘い、ミニマムな情報量で、またQRコードで飛んだ先のウェブサイトで、身体感覚の変化や思考を促すものが多く見られた。

起点となる吉野エリアのスタート地点で駐車場を降りた鑑賞者を迎えるのは、菊池宏子と林敬庸による《千本のひげ根》。修験道の歴史に想を得て、奥大和のヒノキの間伐材の枝を1本ずつ磨いてつくった1000本の杖を3エリアに分けて置いている。持ち出して使った後、戻して次の人に託してもいいし、持ち帰ってもいい。最終的には燃やして土に還すという。これが山歩きの際、思いのほか心強い伴侶となってくれる。

菊池宏子+林敬庸《千本のひげ根》(吉野)

7世紀に修験道の開祖である役行者・役小角が修行を通じて感得したという蔵王権現を祀る金峯山寺。11月末まで本尊が特別公開されており、熱烈な太鼓と読経を聴きながら拝む巨大なそれはまぁ圧巻なのだが、打って変わって静まりかえった夜、お堂の前から発せられるレーザー光もなかなか異様だ。これは齋藤精一が土地の軸を浮かび上がらせるJIKUシリーズの吉野バージョン(ほか2エリアにもある)。その光の先に、役小角が同じ蔵王権現を祀ったとされる山上ケ岳の大峯山寺を見る時、ぞわりと心身に迫りくるものがある。

水の配分を司る天之水分大神を主神とする吉野水分神社は、源義経が金峯山寺の僧兵に追われ逃げ延びた場所といわれ、また豊臣秀吉が子授け祈願をした場所とされており、現在の社殿はその申し子である秀頼が再建したもの。ここには、上野千蔵が奥大和各地で水を撮影した映像作品《水面 -minamo-》が展示されている。「美しい水を水分神社に奉納する気持ちで撮ってきました」という上野。水はどこにでもあるが、霊験あらたかなこの場所でこそ生まれた作品だ。

決まったものと思っている暮らしを、世界を、拡張するもの

森の中を歩いていると、カラフルなものが目に飛び込んでくる。ニットアーティスト力石咲による山暮らしの場、《力石咲のワイルドライフ》だ。吉野杉や処分される予定だった傘などを毛糸を交えて編み上げたポストには、経度と緯度をもとにAmazonから食品などが届く。都市から持ち込まれたゴミを収集して切り刻み、ヒノキや杉の削り節を入れてつくったポプリをメルカリに出品、Amazonの空き箱に入れて発送する。木を剥いでつくったスーツはソーシャルディスタンスを保てるだけでなく、杉の葉を詰めれば抗菌作用をもつマスク付き。「山でのひとり暮らしは不安」ということから顔の形をしたニットを地蔵のようにあちこちに置き、吉野葛でつくった「葛器」で食事をとる。withコロナ時代に大切なのは、こうした遊び心の延長線上にあるオルタナティブな生活様式なのかもしれない。

力石咲《力石咲のワイルドライフ》(吉野)

言葉とQRコードが掲示されたバス停のような看板は、ポエトリーコレクティブ「oblaat」による《distance》。QRコードを読み込むと、地域に伝わる史実や伝説をもとに書き下ろした詩を詩人自身が朗読する動画が見られる。3エリアそれぞれに4章ずつの詩があり、エリアごとに詩人が異なる。天川エリアの詩人は覚和歌子で、女人禁制の修験場へ入っていく男と残された女が登場する。清流沿いの岩屋でそれを聴いていると、現実世界が拡張されるかのように、その光景が思い浮かぶ。

その存在を見失うほど途方もなく大きなものに、ひたすら歩くことで出会い直す

倒木や岩に苔がむした『風の谷のナウシカ』の腐海を彷彿させる森に現れたのは、佐野文彦の《関係—気配》。舞台のようだが、そこにはやはり苔むした岩が鎮座している。そもそもここにあったというその岩を取り囲むようにして吉野杉を土台に枠をつくり、その上に枯れ落ちた杉の枝葉をのせたという。自然界ではあり得ない直線や異質なミラーシートが際立つが、不思議とこの場に馴染んでいるようにも見える。手前の切り株のようなものには幾つかの硬貨が置かれている。古神道の磐座(岩石信仰)のようでもあり、信仰の原初を思わせる作品だ。

MIND TRAILのコース内数ヵ所に設置されたポストには、「森の中の図書館」として出展アーティストをはじめとする参加者が芸術祭のコンセプトに合わせて選んだ本が入っていた。そこに先述の『ナウシカ』(コミック版)が入っていることは想像に難くないのだが、興味深いのはその選者が3人もいたこと。注目すべき作品をつくっていた力石咲が1巻、佐野文彦が6巻、また奈良を拠点とする中川政七商店の十三代目・中川政七が7巻を選んでいた。

生物学者の福岡伸一もコロナウイルスと『ナウシカ』を関連づけて論じているが、すべての生物は、細菌、ウイルスとはじめから共生し、人間も途中から自然の一部として共に循環してきた。それは言葉にすると当たり前のようで、特に最近聞き飽きたことかもしれないが、途方もなく壮大でおそるべき自然にフィジカルに出会い直すことでこそ、腑に落ちるものがある。

MIND TRAILは多くの芸術祭がコロナの影響で中止となるなか、広大な地域で「三密を避けて」「withコロナで開催される芸術祭」とうたっていた。地域芸術祭において、三密にならないことはさほど珍しいことではないが、アート作品によってひたすら歩くきっかけをつくり、その出会い直しの機会を提供している点で、withコロナ時代の芸術祭といえるだろう。そしてその出会い直しによって更新される美意識が浮かび上がらせるものが「心のなかの美術館」なのかもしれない。

■MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館
会期:~11月15日(日)
会場:奈良県 吉野町、天川村、曽爾村
入場料:無料
主催:奥大和地域誘客促進事業実行委員会、奈良県
協力:株式会社ヤマップ
プロデューサー:齋藤精一(ライゾマティクス・アーキテクチャー代表)
キュレーター:林曉甫(特定非営利活動法人 インビジブル 理事長)
参加アーティスト:井口皓太、上野千蔵、oblaat(覚和歌子、カニエ・ナハ、谷川俊太郎、永方佑樹、則武弥、松田朋春)、菊池宏子+林敬庸、木村充伯、毛原大樹、齋藤精一、佐野文彦、力石咲、中﨑透、ニシジマ・アツシ、細井美裕 ほか
URL:https://mindtrail.okuyamato.jp


author:

小林沙友里

ライター・編集者:1980年生まれ。「ギンザ(GINZA)」「アエラ(AERA)」「美術手帖」などで執筆。編集者としては「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の共同編集など。アートやファッションなどさまざまな事象を通して時代や社会の理を探求

この記事を共有