鴨川とのパートナーシップ、機械との性愛:『恋する遊園地』評

主人公が恋に落ちたのはある機械だった──『燃ゆる女の肖像』のノエミ・メルランが主役を演じた『恋する遊園地』は、実話から着想を得た“対物性愛”のラブストーリー。『眠る虫』で一躍注目を集めた映画監督・金子由里奈は本作をどう見たのか?

鴨川と付き合っていたことがある。鼻腔から入り込んだ鴨川の空気が身体に満ちて、内側からひっくり返って自分自身が原っぱにでもなってしまいそうなここちになる。だいすき。誰かとパートナーになることは、心の間取りを変え、時間の層を増やし、誰かをルーチンの一部にすること??とか考えてた時で、だったら鴨川とも付き合えるんじゃないかと思った。けど、鴨川とは会話の周波数が合わず、何を考えているのかさっぱりわからなかった。というか、あいつはみんなに優しくて、関係を構築するのが難しかった。2日で別れた。

異性愛規範とかいう歴史が雑に敷いたレジャーシートをめくれば、いろんな花が咲いていたり、枝で描かれた落書きがあったりする。そういう景色がいくらでもあることを想像してみたい。例えば、対物性愛。

『恋する遊園地』は人間と遊園地のアトラクションのラブストーリーだ。出会って、恋に落ちて、遊んで、セックスをして、喧嘩して、乗り越えて……。そんな普遍的なドラマ構成に対物性愛者が生きている。
主人公・ジャンヌは人間を怖がっているように見える。接触を恐れ、視線を感じるとフードを被り自分を守る。そんな彼女は、無機物に対しては心を開いているようだ。バス停で拾った石の声に耳を澄ませたりする。食事も忘れ、勤めている遊園地にある遊具のミニチュア作りに没頭する姿は開放的に映る。

遊園地に「ムーブイット」という回転アトラクションが導入される。客からの評判は悪いが、その佇まいにジャンヌは魅了される。アトラクションを「ジャンボ」と名付け、毎晩、丁寧に拭きあげる。そしてそれは無機物に「魂」を吹き込む作業でもあった。
ある夜、ジャンヌがジャンボの上でくつろいでいると、足を滑らせ落下しそうになる。すると、ジャンボが自らの意思で動き出し、ジャンヌを安全に着地させる。ジャンヌは操作室に入り、ジャンボの電源が入っていないことを確認する。操作室のガラスにジャンボのネオンが反射し、2人は重なり合う。ジャンヌによって吹き込まれた魂が、文字通り彼女の命を救うのだ。ジャンヌが操作室から出た時、機械を操る人間がその領域を出た時、映画は初めてジャンボ視点のショットとなり、2人の目が合う。そして、恋に落ちる。

『燃ゆる女の肖像』での情熱的な演技が記憶に新しいノエミ・メルランが、今回も素晴らしい。ジャンヌの性的指向に理解を示さない母親に対し、「これが愛じゃなければ」と絞り出すその切実さは、2人の愛をファンタジーからリアルにした。また、ジャンボ役のアトラクションの演技も見事だ。とんとん、とジャンヌの肩をたたいて話しかけるようにやわらかく点滅する赤いランプや、痛いと叫ぶかすれた声、弾むように笑ったり、求めたり、大泣きしたり、忙しい感情を色彩豊かなネオンや音で好演している。
この映画、音作りもおもしろかった。ジャンヌの家には虫の羽音に混じり電子音が飛び交い、小川のような存在感で機械音が流れている。私達が自然の音に囲まれているように、ジャンヌは無機物の声に包まれているのだ。そういう彼女だけの世界を、音や映像で丁寧に表現している。

ジャンヌの性的指向を、彼女の母親や周りの人は「病気」「異常」と一蹴する。かなしい。理解できないと、そういうふうに分類し、言葉に納めようとする。わからないことが怖いから。それでもジャンヌは自分の愛を説明しようとコミュニケーションを求める。しかし、母親はそれを拒否し、娘を暴力的に変えようとする。ジャンヌが丁寧に製作したミニチュアを、その時間を、破壊するのだ。傷ついた彼女は部屋を飛び出し、リビングでストレッチをしている母の肉体を無理やり押し倒し、「痛い?」と泣き喚く。このシーン、私がこの映画で一番好きなところかもしれない。少し滑稽なんだけど、ジャンヌの痛みが実感と隣り合わせで伝わってくる。伸びない筋を無理やり伸ばすのなんて、めちゃくちゃ痛いし、すごくいやだ。

息苦しい街に風穴を開ける存在として、ジャンヌの母親の新しい恋人、ユベールが登場する。彼はジャンヌの母親の働くバーに突然やってきて、「どこからきたの?」という問いかけに対し「忘れた」と答える。彼はのちにジャンヌの唯一の理解者となる。ジャンヌはジャンボとセックスをした朝、振り払うことのできない社会の目のせいで、自分の異常性を怖がる。でもそれって、どこから見た異常なのだろうか。街の外部から来た彼が彼女を理解したように、外から見たらなんてことはないのかもしれない。

ラストの異類婚姻譚への加速には、清々しく置いていかれた。けど置いていかれていいし、わからなくていいんだと思う。この映画を見て、わからないことを怖がりたくないと思った。愛とかマジでわからないし、その手触りは私とあなたじゃ絶対に違う。でも、ジャンヌにとってその愛が在ることはほんとうで、理解できないからって傷つける権利なんて誰にもない。だからこそ、ほんとうは「ジャンボ」のことだってわからない。鴨川はただ公共性があるだけで、「みんなに優しく」なんてしてないし、ジャンボもジャンヌが性別を付与しただけで「男」なのだろうかと、考えてしまう。

■『恋する遊園地』
新宿バルト9ほか全国ロードショー中
監督・脚本:ゾーイ・ウィットック
出演:ノエミ・メルラン、エマニュエル・ベルコ、バスティアン・ブイヨン、サム・ルーウィック
2019年/フランス・ベルギー・ルクセンブルク/シネマスコープ/94分/フランス語
原題:JUMBO/字幕翻訳:横井和子
レイティング:R15+
配給:クロックワークス
http://klockworx-v.com/jumbo/

Edit Sogo Hiraiwa

author:

金子由里奈

映画監督。1995年生まれ。立命館大学卒。『21世紀の女の子 』(2018)公募枠に選出され「projection」を監督。『散歩する植物』(2019)で第41回PFF入選。最新作『眠る虫』(2019)では自主配給を行う。チェンマイのヤンキーというユニットで音楽活動も行なっている。 Twitter:@okomebroccoli

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