三島由紀夫からアイドルまでを手掛ける監督・豊島圭介 脚本家・徳尾浩司と考える、エンタメ作品における“共感”と“驚き”

ホラーやアイドルもの、時代ものなど、幅広い題材の映画やドラマを作ってきた豊島圭介監督。彼にとって初のドキュメンタリー映画となる、『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』がロングランヒットした。討論自体の熱気にフォーカスし、観客を刺激する内容にしたことが、幅広い層に届いた理由の1つでもあるだろう。それは、対象が変わろうとも、エンタメを届けようとする豊島監督の手腕によるもの。作品によって異なる対象とどのように向き合い、エンターテイメントを作っているのかを、以前より親交のある脚本家の徳尾浩司氏との対話から探る。

難解な討論から見出す“熱意”と“敬意”

――『三島由紀夫vs東大全共闘』のオファーを受けた時点では、三島由紀夫のことを詳しく知らなかったそうですね。

豊島圭介(以下、豊島):全然知りませんでした。蓮實重彦という映画評論家が、三島由紀夫をバカにしていたから、著作を読んでこなかったんです。大学生時代は蓮實信者だったので(笑)。

――「全然知らない」題材の仕事を引き受けたのはなぜでしょう?

豊島:プロデューサーの刀根が大学の同級生なんです。三島が自決した翌年の1971年に生まれたわれわれは、三島や政治の季節の熱量をまったく体感したことがない世代。刀根は、同世代の監督と一緒に知っていこうじゃないかということで僕を呼んでくれました。「豊島は受験勉強をして東大に入ってるから、勉強させれば形にできると思った」そうです(笑)。とはいえ、三島由紀夫の伝記を映画化しないさいというお題では、あまりにも敵が大きすぎる。でも今回は、TBSのアーカイブから発掘された、1969年5月13日に行われた三島由紀夫と東大の学生達とのたった90分弱の討論会を浮かび上がらせれば、勝ち目があるかもしれないと思いました。

――落とし所(テーマ)はどうやって見つけたんですか?

豊島:仮の構成はありましたが、13人の三島由紀夫の関係者へのインタビューから何を掴み取れるかが勝負だなと思っていました。取材をして興味深かったのは、三島由紀夫に会った人達はなんだかんだ言って、ものすごく三島に魅了されて、未だにとらわれているところ。僕らはそういう人達のドキュメンタリーを撮っていることに途中で気付きました。三島由紀夫に照らされた人達も、この映画の被写体なんです。落とし所に関しては、「2020年に公開する意味があるのか?」という問いはずっと頭に置いておきました。討論の内容を突き詰めると、「われわれは天皇とどういう関係性を結べばいいか」というテーマになるはずなんですけど、思想的にもあまりにも難しいので、映画としてその結論には行かず、“討論、対話、熱量、敬意”というところに落とし込みました。ずるいといえばずるいんですけどね。

――まさしく、彼らが討論している内容をつぶさに理解できなくても、三島と学生達がお互いに敬意を払いながら言葉をぶつけあうやりとりに興奮しました。

豊島:映画館から出てきたお客さんが肩で風を切っている、『アウトレイジ』や『仁義なき戦い』のような映画にしたいと思いました。なぜか「今日から何かしなければいけない!」と感化されるような作品に。われわれは被写体との距離感が遠く、自分達の言いたいことを言うためにこの討論会を利用しなかったので、ふわっとした結論に落ち着きました。だからこそ、大勢のお客さんに観てもらえたのかなと思います。

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わかる人にはわかるネタと、新しい題材への取り組み方

豊島:映画やドラマを撮っている人達は、作品ごとに新たな題材を扱うケースが圧倒的に多い。ただ、三島に関しては「大変なカードを引いちゃったな」という気持ちはありました。徳尾さんは自分の劇団の作・演出をしていたら、突然アイドルの舞台に呼ばれたんですよね? いつでしたっけ?

徳尾浩司(以下、徳尾):初めて呼ばれたのは、2010年です。今井翼さん主演の『PLAYZONE』の脚本と演出でした。衝撃でしたよ。小劇場ではあれほどお客さんを呼ぶのに苦労していたのに、1200人が入る青山劇場の40公演がパンパンで。その時に、ファンだからこそ喜んでもらえる演出というのもあるんだな、と学びました。

豊島:ファン向けってこと?

徳尾:例えば、僕が考えた笑いのシーンが500人にウケても、出演者が事務所の先輩のモノマネをすると、1200人がドッと笑うんです。前者のほうがたとえ他でも通じる笑いだとしても、ファンに特化した舞台で後者のほうが喜ばれるなら、そういった演出もきちんと考えなくてはいけないな、と思ったんです。

豊島:おもしろい! めちゃくちゃ核心をついた話だね。AKB48の『マジすか学園』にも、ファンサービスみたいな独特の文化がありました。途中で合流したんですけど、前田敦子以外は秋元康さんがつけたあだ名が役名なんです。例えば、峯岸みなみの“尺”という役名は、バラエティで峯岸本人が尺を欲しがることに由来する。

徳尾:メンバーとファンが共有するあるあるネタみたいなものが入っているということですね。

――自分の知らない題材に挑む時は、どんな勉強をするんですか?

徳尾:本格時代劇や本格ミステリーはなかなか引き受けづらいですが、そうじゃなくても未知の専門分野を取り扱うことが多いので、その都度勉強します。お客さんも知らない世界の橋渡しになるのは楽しいですよね。

豊島:時代劇で思い出したのは『花宵道中』ですね。自分は時代劇ファンでもないし、三島と同じくらい距離があったかも。でも、太秦で時代劇を撮るという稀有な経験に興奮しました。自分にない引き出しのことをやる時が、実は一番燃えるんですよ。三島を受けたときの理由の1つはそれでした。絶対にひどい目に遭うけれど、知らない引き出しが開くことへの高揚感には抗えない。

徳尾:調べたものを知識として入れる探究心はあると思います。机の前で何時間座っていても疲れないし、取材も楽しいです。『私の家政夫ナギサさん』では製薬会社と家事代行サービスの会社を取材させていただきました。若い頃はあまり取材する機会もなかったんですけど、年々増えています。たぶん、取材しないと書けない、難しい仕事が増えてきているんだと思います。僕は数学科出身なんですが、仕事がなかった頃に橋本愛が演じる大学生が数学を使ってトリックを解き明かすNHKの「ハードナッツ!」というドラマに、トリックを考える要員で呼んでもらって。自分で数学のトリックをある程度考えて、監修の大学教授にどうしたらいいかを質問しに通っていました。

豊島:『おっさんずラブ』のときは、BLやLGBTの取材や勉強をしましたか?

徳尾:いえ、あの作品は当初から月9のトレンディドラマや少女漫画で描かれてきたスタンダードな恋愛模様に対して、おっさんが真剣に取り組むことによって生まれるドラマをやろうと考えていました。

――”おっさん同士の恋愛ドラマ”を書く上で、どんな部分に気を使いましたか?

徳尾:これは何のドラマにでも言えることですが、見ている人を傷つけるような表現は避けたいと思っていました。おもしろいのは、おっさんがおっさんに恋をすること自体ではなく、恋愛に失敗する時の甘酸っぱさやほろ苦さだよね? と確認しながら、恋愛における普遍的な葛藤を描くようにしました。

“共感”と“未知のものへの驚き”

――「おっさんずラブ」や「私の家政夫ナギサさん」などは、それまでのテレビドラマではあまり見ない題材だったとともに、現在の潮流ともリンクしていたように思います。お二人が意識しているのは“共感”でしょうか? それとも“未知のものへの驚き”でしょうか?

徳尾:「主人公に共感できない」という感想をよく見かけますけど、共感っておもしろい言葉ですよね。全然共感できなくてもおもしろい作品もいっぱいありますし、極悪人の主人公だけど見世物小屋を見るように相対化して楽しむ方法もあるわけで。別に必ずしも主人公に自分を重ねる必要はないのに、共感が大きな価値基準になっている。

豊島:共感は「それを言っておけば大丈夫」という免罪符ですよね。共感はまやかしで、みんなが納得しうる理屈の最大のものである。本当にヒットしているものは、そこを目指してはいないですよね。

徳尾:僕と豊島さんはプロデューサーではないので、「当たる」「当たらない」はまず考えない。そもそも、当たるためにこうしたほうがいいという能力がないですよね。物作りの過程ではもちろん、人はこういうものが観たいんじゃないか、ということが頭をよぎるけど、結局のところは自分が作りたいもの、作品そのものに向き合う時間が長いですよね。

豊島:結果的に当たってほしいとはいつも思ってますが(笑)。

――最後の質問です。『三島由紀夫vs東大全共闘』はなぜヒットしたと思いますか?

豊島:不思議ですよね。若い世代にとっては、血湧き肉躍る感じとか、思想的なところに結論をもっていかなかったことは大きかったと思います。世代によって、見方が違うのもおもしろい。痛い青春の記憶が蘇る人もいれば、未知の世界として興味を持つ人もいる。

――“共感”と“未知のものへの驚き”が共存している。

豊島:あと、知的なものに対するコンプレックスや、「これは今知らなければならないものだ」という気分が発動している感じもあります。SNSで討論の内容を「半分もわからなかったけれど」というような枕詞をつけて感想を書いている人がたくさんいました。

徳尾 知的好奇心が満たされるんでしょうか。

豊島:自分が作った映画で、初めてたくさんの人に観てもらえたものが『三島由紀夫vs東大全共闘』なんです。もともとの映像に力があるドキュメンタリーなので、ずっとフィクションを作ってきた自分としては違和感や残念な気持ちもありますが、やっぱり大勢の人が観てくれたことの快楽は何にも代えがたいものがあるかな。

徳尾:確かに、反応が何もないのが一番つらいですよね。

豊島:ただ、『三島由紀夫vs東大全共闘』はできあがってからのほうが大変でした。わかっていたこととはいえ。フィクションは自分の解釈で作るから、作品についてすべて語れるんですけど、三島に関してはこの映画を作るときに知ったことしか知らないので、彼の専門家やファンに太刀打ちできない。イベントやティーチインのたびに勉強しています(笑)。

豊島圭介
1971年静岡県生まれ。東京大学教養学部表象文化論専攻卒業。卒業後には、ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の監督コースに留学。帰国後に『怪談新耳袋』(2003年)で監督デビューしたあと、アイドルからコメディなどの映画・ドラマを手掛けた後、2020年3月公開の『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』の監督を務める。その他近作に『妖怪シェアハウス』『書けないッ!? ~吉丸圭佑の筋書きのない生活~』等。
https://twitter.com/toyoshima1113

徳尾浩司
1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学卒業。在学中には演劇研究会に所属していた。主宰する劇団「とくお組」では全公演の脚本・演出を手掛けるほか、映画・ドラマの脚本も多数制作する。近年脚本を手掛けた作品は『おっさんずラブ』(テレビ朝日)や『ミス・ジコチョー〜天才・天ノ教授の調査ファイル〜』(NHK)、『私の家政夫ナギサさん』(TBSテレビ)等。
https://twitter.com/tokuo

Photography Ryu Maeda

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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