幽☆遊☆白書とSNSとミラノモード

SNSが明らかにする人間の多面性

『幽☆遊☆白書』というマンガをご存じの方はきっと多いだろう。冨樫義博によるマンガで、1990年代の「週刊少年ジャンプ」黄金期を支えた作品でもあり、1994年に連載は終了したが、35年以上経った今でも根強い人気を維持している。その人気を証明するように2020年12月、Netflixで『幽☆遊☆白書』の実写シリーズ化が発表され、日本が誇るマンガは世界へと発信されることになった。

私は『幽☆遊☆白書』に登場する仙水忍というキャラクターが好きだった(実写では誰が演じるのだろう?)。このマンガを未読の方のために詳細を語ることは控えるが、私は仙水忍が持つ多面性とその多面性から語られる彼の視点と言葉には、仙水忍の行為を悪と断言することがはばかれる魅力があった。

人間は一言で形容することはできない。それはマンガの世界だけの話ではなく、今や私達が暮らす現代にも言える。Facebook、Twitter、Instagramに、今ならTikTokも加えるべきだろう。これらSNSを1つも使わずに現代生活を過ごす人は、きっと少ないのではないか。特に若い世代においては稀ではないかと思う。

しかしながら、SNS体験を重ねることによってだんだんと気付いていく。まるでSNSそのものに人格があるように世界観が感じられ、そのSNSの世界に合う振る舞いがユーザーに求められることを。TwitterとInstagramでは世界観が異なり、それぞれでユーザーが発信する投稿にも違いが感じられる。例えば私はInstagramとTwitterの両方を使っているが、Instagramの世界が私にはあまりにまぶしく感じられ、Twitterに生息する時間が圧倒的に多い。

一方でTwitterとInstagram両方の世界を楽しむユーザーも多く、SNSは人間が持つ多面性を顕在化させ、そしてそれがおもしろいコンテンツであることを証明した。静謐で美しい風景写真を好む人が、残虐な恐怖が次々に襲ってくるホラー映画が大好きであってもおかしくはないし、昨日まではアヴァンギャルドな服を嫌いだと言っていた人間が、今日になって「クレイグ・グリーン」の建築物のような服を着て現れても私は驚かないだろう(市場で入手できるかは別として)。矛盾があってこそ人間なのだと思う。

1人の人間が複数の人格を持つように、自身の多面性を露わにすることをおもしろくしたものがSNSだった。そのことを実感する現象が、モードの世界においても私は感じられている。今回言及したいのは、2021-22 FW ミラノ・メンズ・コレクションで発表を行なった2つのブランドである。

目に見えないトレンドが現れる

1人の人間が隠し持っていたもう1つの人格を、露わにし始めたような現象。モードシーンに現れたその現象を、私が初めて感じたのは2019-20 FW メンズ・コレクションが開催されたシーズンだった。ビッグウェーブと言えるほど大きく目立つものではない。しかし、確かに感じられる。それはいったいどのような現象かというと、ブランドの象徴となるデザインとは逆の方向性のデザインを発表するというものだ。

一見するとトレンドと言えるほどの統一感は感じられない。例えるなら、ミニマムなデザインを得意とするブランドが装飾性を前面に押し出すデザインにシフトし、プリントと刺繍が得意なブランドがグレーとベージュを軸にした色展開で無装飾のデザインへとシフトするようなものであり、外見上がバラバラであるからだ。

しかし、「逆方向へのデザインシフト」という現象面にフォーカスすると統一感を覚える。ここ数年、モードシーンを継続して観察し、考察を続けていく中で2019-20 FWのメンズシーンに現れた現象に「おや?」と私は不思議な感覚を覚えた。まるでそれは目に見えないトレンドと呼べるものだった。なぜ、自らのシグネチャーデザインを変えるのか。しかも逆のベクトルへと。私の中に残った疑問が、その現象の波に乗ったブランドへと関心を向かわせる。いつだって謎は、人の心を引き寄せる。

シルエットとスタイルで勝負を始めるサミュエル・ロス

2020-21 FWシーズンから発表の場をロンドンからミラノへと移した「ア コールド ウォール」だが、私は初めて見た時から未来の匂いとストリートを感じていた。デザイナーのサミュエル・ロスがロンドン時代に発表していたコレクションは、未来から現代にタイムリープしてきた若者が未来で培った感性をそのままに、現代のストリートウェアを着こなして街を歩く姿をイメージさせた。

しかし、ロスはミラノに移ると自身の象徴となるストリートスタイルをシフトさせる。それまでの未来感あふれるストリートから、クリーンなテイストを備えた現代的なテーラードスタイルへと。「いったい、どうしたのか?」と驚くほどの変化であった。もしかしたら「ア コールド ウォール」のファンには、このロスの変化に疑問を抱いた方もいるだろう。それまでのスタイルを捨てるような変化に、疑問を抱いたとしても不思議ではない。

だが、私はロスの変化に進化を感じていた。ロンドンで見せていた複雑なディテールは抑制され、服が持つシルエットの洗練さに磨きをかけ、洗練されたシルエットを組み合わせたシックな美しさはワークウェアの香りも溶け込ませ、ただのテーラードスタイルに終わらない進化を私は感じた。ロンドンのストリートで育った男は、ミラノでエレガンスを披露するだけの技量を秘めていた。私はその意外性がとても刺激的だったのだ。

そして、ロスはさらなる進化を披露する。先月ミラノで開催された2021-22 FWメンズ・コレクションでは、先シーズンに見せた「ア コールド ウォール」のニュースタイルに、ロンドン時代のオールドスタイルを交配合するデザインを発表する。

前回見せたシックな美しさはブラック&ホワイトのモノトーンカラーで引き継ぎながらも、2021 SSシーズンよりもストリート色とワークウェアの香りを強くしたスタイルが現れたのだ。テーラードジャケット自体の登場も前回よりグッと数を減らしている。「ア コールド ウォール」のストリートスタイルをエレガンスで染め上げ、ロスは一度は置き去りにしたスタイルにさらなる進化を見せて、再登場させた。

彼がなぜデザインを変化させたのか、それは今の私にはわからない。ストリートからエレガンスへのトレンド変化を感じ取り、その時流に乗って自身のデザインを更新し、その新スタイルにふさわしい場としてミラノを選んだのだろうか。そんな戦略的デザインがあったのだろうか。こればかりは、ロスにインタビューでもしない限り謎のままだろう。

しかし、自分の評価を高めた象徴のデザインを大胆に変化させたロスの挑戦に、私はそれこそ新しさへ挑むモードな精神を感じた。デザイナーは自身の感性さえも新しくする挑戦を迫られる時が来るのだ。

「スンネイ」も得意のスタイルを放棄する

そして「ア コールド ウォール」よりもさらに不可思議な変化を見せるブランドが、ミラノには存在する。ロリス・メッシーナとシモーネ・リッツォのデザイナーデュオによる「スンネイ」である。

私が「スンネイ」を初めて知ったのは、今から4年前だった。2017-18 FWシーズンに見た「スンネイ」のコレクションは、知的で上品な男の子が着るクリーン&ボーイズスタイル。しかし、きれいさにとどめない強い癖の混じっている点が印象深かった。育ちが良いと言われることに反発を覚え、正しくきれいに装うことを嫌い、ボリュームやスタイリングにあえてカッコ悪く見えるバランスの悪さを意図的に入れて、周りがそのことを笑う姿を楽しむ男の子。それが私が初めて知った「スンネイ」に抱いた印象だった。

それ以来、私は「スンネイ」のコレクションに注目し、常にクリーンやピュアという形容が浮かんでいた。しかし、だ。この「スンネイ」も持ち味であるはずのクリーン&ボーイズスタイルを放棄する変化を見せる。それは2021 SSシーズンから始まったのだが、今回の2021 FWシーズンでは不可思議さがさらに深まっている。

確かに、カラーはブルーやグリーン、ホワイトを使い、服のフォルム自体もシンプルで、スタイリングも同様にシンプルなルックはきれいさを抱くのだが、ルックから迫ってくるのはかつて私が感じたクリーン&ボーイズスタイルとは、まったく異なる感覚だった。

ピュアな男の子に見えた彼の内面の奥深くには狂気が眠っていて、今それが目覚めてしまった。しかし、彼はシンプルできれいな服を好むために、その狂気さに合わせてデザインされた「シンプルなアヴァンギャルド」を作らせた。ピュアと狂気、シンプルとアヴァンギャルド。矛盾が迫る不可思議なコレクションが披露されていたのだ。

私は軽い困惑を覚えた。以前見せていた、カジュアルなベーシックウェアをベースにした美しいスタイルならば、新型コロナウイルスによって室内で暮らすことが多くなり登場したトレンドの1つ、リラックス&エレガンスにもマッチするはず。しかし、あえてそんなトレンドを無視するかのごとく、「スンネイ」は得意のスタイルを変貌させ、独自の道を歩み始めた。

自ら得意とするスタイルを放棄し、それまでとは逆のデザインへとシフトする。「ア コールド ウォール」と同様に「スンネイ」も見せたこの目に見えないトレンドは、やはりファンには不評かもしれない。私自身、正直な気持ちを言えば、以前のスタイルの方がずっと魅力的だ。しかし、そう思う一方で、きれいさを感じさせるはずの明るい色使いと、シンプルさを感じさせるはずの簡素なフォルムに、なぜだかそれらとは真逆のアヴァンギャルドな空気を感じてしまう。この歪な感覚に私は惹きつけられ、新鮮に感じてしまっている。つまり結果的に私は「スンネイ」の変化を、肯定的に捉えているのだ。

人間が矛盾を抱えることを肯定するファッション

ブランドが人気を獲得する時、そこにはオリジナリティーが強い独自のスタイルが生まれている。そこに人々は惹きつけられ、ブランドのファンとなっていく。しかし、ある時、ブランドはそれまでのファンの愛情から距離を置くように、ブランドの評価を高めてきたスタイルを放棄し、新たなる変化を見せる場合がある。その現象を、私は最近強く感じる。時代の変化がそうさせたのか、それともデザイナー自身に起きた何かしらの変化によるものなのか、あるいはその両方か、それはわからない。

しかし今、それが私の中で静かなトレンドとして惹きつける。しかも好意的に。人間は矛盾する生き物なのだと思う。必ずしも1つの形容で括るべきではない。人間はそんな単純なものではないし、これまでと違う姿を見せられて落胆することもあれば、うれしくなることだってきっとある。人間が多面性を持つこと、そこには面白さがあることを「ア コールド ウォール」と「スンネイ」は証明しているように私は思えてしまう。そして、それはSNS全盛時代とも言える現代を投影しているとも思えるのだ。

冒頭で触れた『幽☆遊☆白書』に登場する仙水忍が闇に落ちる過程を知った時、私はいっそう彼へ惹きつけられた。そして物語の中で、彼のそんな思いに寄り添うことができたのは人間ではなかった。それがまた、私を仙水忍に惹きつける。人間が抱える矛盾を美しく表現するファッション。ミラノにはファッションの原点があった。それを教えてくれたのは若きデザイナー達だった。コレクションシーンはパリへと移っていく。パリに集うブランドたちは、ファッションでどんな人間を表現するのだろうか。

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author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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