Clubhouseでの楽曲制作から見えた新しい音楽の楽しみ方 TAAR× ANIMAL HACK・MASAtOインタビュー

東京を拠点に活動するDJ/プロデューサーのTAARと、プロデューサーデュオANIMAL HACKのMASAtO。2人がメンバーを募り、音声SNSアプリのClubhouse上で楽曲「Clubhouse (feat. CHICO CARLITO, 青山みつ紀)」を制作した。参加メンバーは、青山みつ紀、Seiho、Daisuke Kazaoka、CHICO CARLITO、ハセガワダイスケ、星野菜名子、madflash、やのあんな、YOSY POKARIと、ジャンルや領域を越えた顔ぶれ。さらにはリミックスのプロジェクトにまで発展している。

今回はプロジェクトの中心となったTAARとMASAtOに、制作の様子を語ってもらった。そこで見えてきたのは、日本ではまだなじみのないコライト、音楽を聴くことの意義、サブスクリプションとリスナーの関係。

――Clubhouse上で曲作りをすることになった経緯を教えてください。

MASAtO:TAAR君とは以前から一緒に曲を作ろうと話していて、そろそろシンガーを見つけて動きたいと思っていたんです。その時に「Clubhouse上でシンガーを見つけられるんじゃないか」という話になって。

TAAR:Clubhouseは不特定多数が参加する音声アプリだし、オーディションっぽいことができるかなと。でもさすがにオーディションは偉そうだなと思い、MASAtO君に相談して、人を集めて一緒に作る曲の話をするところから始めたらいいんじゃないかということになりました。

MASAtO:「誰か一緒に曲作る?(シンガー歓迎)」というルームを立てたんですけど、実はこの日に制作することになるとは思っていなくて(笑)。まさか使い始めたばかりのSNSの中で制作が完結するなんて全く想像していなかったので。でも、実際は4時間くらいで楽曲ができましたね。

AAR & ANIMAL HACK『Clubhouse feat. CHICO CARLITO、青山みつ紀』

――制作中のルームにはたくさんのリスナーが集まっていましたよね。

MASAtO:作っているときは常時80~90人くらいはいた気がします。最後に視聴会のルームを立てた時には200人前後が聴いてくれたみたいです。Clubhouse上で制作する難しさは、全員が制作に集中するほど無言になってしまうこと。ルームをエンタメとして成り立たせるためには話す人を入れたり、役割分担が必要ですね。

TAAR:だから最初にプロデューサーとして2人が入ったのはファインプレーでした。とりあえず誰かが話しているようにしようとは思っていたけど、それで作業の手が止まることはなかったかな。

MASAtO:会話が止まってしまう時間を作らないためには、作りこんだり迷ったりする時間を減らさなきゃいけなかったので、作ったものを他の人にサクッとパスする圧力にはなりました。

TAAR:複数人で楽曲を作るコライト特有の空気感ですよね。スタジオミュージシャンの方と仕事をする時とかもそうなんですけど、とりあえず手を止めている時間をなくそうってなるんですよ。だから短い時間で楽曲が作れたのかもしれません。

――挙手制でのコライトには、自信がないと参加できないのではないかと思いました。

TAAR:制作を行う上ではそういう自信が楽曲のクオリティーにつながっていると思うので、最終的なクオリティーも上がったのかもしれません。参加者の音楽的なリテラシーが高かったです。

MASAtO:曲の最小単位の短いループの中にたくさんのアイデアを乗せつつも、最終的な判断をTAAR君に一任したこともポイントだったのかも。議論が起きない進め方だったから4時間という短い時間で完成したんだと思います。「僕の音を前にしてほしい」とか、そういう話が起きたら終わらなくなってくる。

――ジャンルを超えた制作者が集まっているので、誰かの制作方法から学ぶこともできそうですね

TAAR:最初の4時間のルームでMASAtO君からデータをもらって、「こうやってシンセを重ねるのか」と思いました。それまで一緒に作ったことがなかったから、手癖やアプローチが見えておもしろかったです。

MASAtO:僕は後日、ミックス作業をしたルームで、自分の知らない観点でTAAR君が編集しているのを知った時に「こういうテクニックがあるのか」と思いましたね。プロデューサーは1人でパソコンと向き合って作ることが多いので、人の手癖を知らなかったりするんですよ。そういうことを知れてすごく新鮮でした。

TAAR:普通なら課金しないと聞けないようなことも、Clubhouseだと「リスナーが知りたいかもしれないから」みたいな言い訳をしながら質問できます(笑)。

――制作過程をシェアする際に、盗用の心配はなかったですか?

TAAR:それに関する心配は一切なかったですね。ジャムセッション的なノリだからかな。最初に僕がオーソドックスなコード進行を引くことで、参加者がアイデアを乗せやすいフォーマットを提示したんです。

MASAtO:僕等が作っているパーツはオリジナルのものでもないんですよ。普通にある、使い古されたもの。それを組み合わせることでオリジナルになるので、パーツだけを盗用してもなんにもならない。

オープンキッチンをコンテンツにできるのは、リスナーの質が上がっているから

――音楽の制作過程を見せるコンテンツは、リスナーにとってまだまだ新しいものだと思います。

TAAR:僕にとっては音楽を聴くことより、音楽が出来上がっていくことのほうがおもしろくて。だから過程の楽しさを伝えたいし、それが新しい音楽体験になると思いました。例えば、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日)の楽曲の解説は人気がありますよね。だから「過程の楽しさ」は絶対に伝わるし、オープンキッチンみたいに手を動かしている瞬間だっておもしろいものになり得るなと思って。

MASAtO:4時間のルームの中で、楽曲が流れた回数は5回くらい。それ以外はずっと制作に関するやりとりだったんですけど、それにもかかわらずほとんどの人はそれを見届けて、過程を見ることを楽しんでくれました。TAAR君はアーティスト性が高いクラブミュージシャンで、完成していないものは開示しないと思っていたんですよ。相当厳選してフィーチャリング楽曲を作るイメージがあったから、「自分の選んだ人としかやりません」みたいな(笑)。オープンキッチンで作るタイプの人じゃないと思っていました。だからそういうタイプの人がオープンなことをしているのが個人的にはおもしろかったです。

TAAR:でもこれが5年前、10年前にできたかというと、きっとそうではないと思うんです。音楽のサブスクサービスが始まってから、最新の音楽と過去の名曲の戦いという構造になっていて。リスナー達は過去の名曲を知っているから耳が肥えてきて、現在の音楽家達は名曲に負けないように音楽を作る。相乗効果によって、ここ3年くらいでリスナーのレベルが上がってきていると思います。音楽に対して憧れのフィルターをかけずに聴いてくれる人達が増えたから、僕等もこういうことをやりやすくなったのかなって。

MASAtO:作り手の精神的な部分にフォーカスするような媒体も多い中で、テクニカルに何が優れているかを伝える『関ジャム』のようなメディアが登場していることが望ましいです。それによってリスナーの耳が肥えて、厳しい目でものを見るようになるので、作り手もいいものを作らなきゃいけなくなる。いい循環ですよね。

TAAR:音楽制作の過程をたどって最後に完成形を聴くことで、音楽を聴くということの意義が増すとも思います。

MASAtO:ストリーミングで毎週何千曲と新曲を聴くことができて、1曲1曲に対する思い入れは相対的に下がってくると思うんですよ。でも今回の楽曲は制作過程を見ているので、1曲の体験としての濃度が高い。リッチな体験になっているはず。

TAAR:途中からなんとなくそういう状況を作りたいって欲が出てきた感じです。最初は全然気付かなかった。

Clubhouse は流動的な空気や公共性を持った公園みたいな場所

――TAAR & ANIMAL HACK「Clubhouse (feat. CHICO CARLITO, 青山みつ紀)」のステムデータを公開し、リミックスしてもらう「#ReroomProject」も始まっていますね。Clubhouse上のリミックス企画には☆Taku Takahashiさんが参加されたとか。

MASAtO:ClubhouseではTakuさんをオーナーに、4時間の中でリミックスを完成させる企画をやりました。ここでも「僕はギターで参加したいです!」「笛で参加したいです!」と挙手制で参加できます。オーナーが指定したデータを納品したら、楽曲のどこかにオーナーの采配で配置される流れです。

――今後もClubhouseを制作ツールとして使っていくことはありそうですか?

MASAtO:今後も使いたいとは思いつつ、Clubhouseだけではないオープンな場所を作って曲作りをしたいという話をしている状況です。

TAAR:今回は不特定多数に向けて共有できる、公園みたいな場所にしたかったんです。Clubhouse はDiscordやZoomよりも参加者の出入りが自由で、流動的な空気や公共性を持ったアプリだと思って。ラグが少なかったり、同時に話してもきれいに会話が聞こえたり、コミュニケーションツールとして優秀なので、何かと組み合わせて普段の仕事にも生かせるのかなと。

――いちファンとして、また(YOSA &)TAAR×ANIMAL HACKで曲を作ってほしいなと思いました。

MASAtO:作りたいですね! ANIMAL HACKはバキッとした音を作るのが得意で、YOSA & TAARは質感などの細かい部分を作るのが得意だと思うので、混ざるとめっちゃ強いみたいなことになる気はしています。あと、僕が勝手に妄想しているのは、4人のコライトでK-POPを作るとか。

TAAR:やってみたい(笑)。

――最後に、それぞれ今後のリリース予定はありますか?

MASAtO:まだ決まっている予定はないんですけど、シンガーをフィーチャリングした曲や、別の音楽プロデューサーとの共作を作っているところです。自分達で歌う曲も作りたいんですけど、自分で自分の人生について歌詞を書くのは難しいなと思って今悪戦苦闘しています。

TAAR:僕はYOSA & TAARのアルバムと、TAARのアルバムも絶賛制作中です。あとはプロデュース作品もリリースされる予定なので、SNSをチェックしていただければ!

TAAR
東京を拠点に活動するDJ/プロデューサー。2012年に自主限定生産でリリースしたアルバ ム『abstrkt』が即完売。2014年にShigeoJDをフィーチャリングした『eyes of you』をはじめ3枚のデジタルEPをリリースした後に、2015年2月から始まった「MODERN DISCO」のレジデントDJに抜擢された。2017年2月に“無重力漂流”をテーマにしたアルバム『Astronotes in Disco』をリリース。2018年夏からYOSAとの共同プロジェクトであるYOSA & TAARをスタートさせ、2019年 3月にファースト・アルバム『Modern Disco Tours』をリリースした。
Twitter: @TAAR88

ANIMAL HACK
MASAtOとYUtAからなる、東京を拠点に活動するプロデューサーデュオ。2016年デビュー。2017年リリースの「Franny」はApple Store渋谷支店リニューアル広告のテーマソングに選ばれ、「Pressure」はApple Music Japanの「100 best songs in the world representing 2018」に選ばれた。またオリジナル楽曲の他、SIRUPや4s4kiといったアーティストとも共作を行っている。さらには、ヒプノシスマイクの楽曲制作や、大塚愛「金魚花火」の公式リミックスに加え、ビジュアルやアートワークを手掛けるトータルプロデュースワークも行っている。
Twitter: @a_nima_l_hack
MASAtO Twitter: @masatoanml

今回のプロジェクトに関して3月3日にAmPm、3月17日にFrasco & SKYTOPIAによるリミックス版をリリース。4月7日には☆Taku Takahashiによるリミックスをリリース予定。4月中旬には上記楽曲に新規リミックス楽曲を加えたEPのリリースも控える。

Photography Yuji Sato

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author:

石塚 こはる

1996年3月生まれ、東京拠点のフリーライター。いま関心があるのはクラブで踊ること、歌詞を噛み砕くこと、BTSの伝えるセルフラブ。ご連絡はcoharu13@gmail.comまで。

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