若手映画監督・宮崎彩が『グッドバイ』で描いた家族の変容と、過去との決別

1995年生まれの映画監督・宮崎彩が手掛けた初の長編映画『グッドバイ』が全国公開中だ。

本作の主人公は、福田麻由子演じる上埜さくら。仲の良い母親と2人で暮らしていたが(後述の通り、父親の別居理由は詳しく説明されていない)、さくらが職場でとある男性と出会うことをきっかけに家族関係がじょじょに変化し、やがて崩壊していく。“崩壊”と書くとネガティブに聞こえてしまうが、それはある種の“親離れ”であり、成長していく上でのステップとも言える。そしてその一連で描かれているのは、娘としてのさくらの機微と、せつなさと同時に新しい生活をも予感させる決別である。

「もともと自分の中に映画を観る文化はなかった」と語る宮崎の経歴や今作品の制作背景について、話を聞いた。

映画で描きたいのは、ストーリーではなく“モチーフ”

「私の映画制作のスタートは大学3年生の頃。ただ、私が専攻していたのは臨床心理学で、しかもそれまで映画に親しんでいた訳でもなかったので、映画監督になろうということは全く考えたことはなかったんです……。きっかけは、是枝裕和監督が講師を務める全学部共通で受講できる映画・映像コースに参加したこと。映画好きでもないのに、『東京という知らない土地に出てきたわけだし、知らないものに触れるのもいいな』と軽い気持ちで参加し、3年生で『よごと』という作品を監督。また再び映画を撮りたいと4年生の頃にこの『グッドバイ』を撮り今に至ります。

『誰も知らない』(2004年公開)の企画書を是枝監督が見せてくれて、生徒もそれにならって企画書を書き発表するという授業があって。企画書というのは、制作したい映画の企画意図や作品のムード、参考にした映画や簡単なプロットなどを書き起こしたもので、是枝監督のものは大体A4サイズで5枚ぐらいにまとめたものでした。どんな映画作品も企画書を起こすことからスタートするのですが、私は映画をよく知らなかったこともあってか、描きたいものがストーリーではなく、いつも“モチーフ”だったんです。『よごと』では排水溝やそこに絡みついた髪の毛を描きたくて、そこから物語を紡いでいく形で映画を完成させました」。

本作ではたびたび食事風景が映し出される。一般的には登場人物の何気ない会話や生活感を描いていたり、一家のだんらん(もしくは不和)の象徴になったりするシーンだが、ここでも宮崎監督の「モチーフを描きたい」という思いが表れているようだ。

「『グッドバイ』は、朝の食事やある種の性愛がモチーフとなっています。作品を制作するにあたり、性愛をどう描こうかと考えた時に思い浮かんだのが、朝の風景でした。性愛はどうしても夜の時間に結びつきやすいけれど、“夜明けのコーヒー”という言葉があるように、夜をともにした朝のほうがより濃密さが高まるのではないかと考えて、象徴的なシーンを朝に持ってきました。
また、人々の内面を露呈させる最たるものが食事だと考えているので、この作品では食事のシーンを多く描いています。食事って家庭によって全く違うものが出てくることが興味深いし、一緒に食事をするとクセとかそしゃくの仕方だったり箸の使い方だったりで、ものすごく人間性がさらけ出されます。だからこそ人間関係は食事を介するとより生々しくなるなと感じていたので、性愛を描く際には食事のシーンをどうしても絡めたかったんです」。

作中のさまざまな別れにも通ずる『グッドバイ』というタイトルは、どのようにつけられたのだろうか?

「実はもともとのタイトルは朝を描きたかったこともあり、『あさに倣う』だったんです。でももっとキャッチーでハマりのいい言葉がないかいろいろ考えをめぐらせていた時に、大好きなサカナクションと太宰治の作品に『グッドバイ』があるなと思い出して。ありふれた単語だけれど、すごく作品にハマったんですよね。この作品では、ある種の家族の崩壊や決別を描いてはいるけれど、新しく変わっていく家族の姿を見せたかった。グッドバイってさよならを意味する言葉だけれど、“good”っていう単語が入っているからマイナスなイメージがない。だから、家族は崩壊はしてしまうけれど、それがマイナスではなく新しい形、新しい道であり出発なんだよということを、このタイトルに込められたなと思っています。タイトルが決まると、中身もより濃いものになっていきましたね。園児の1人、あいちゃんの印象的なセリフもこのタイトルから考えたものです」。

「よくわからない」という感想でもいい

主演を務めた福田麻由子の出演依頼は宮崎自身が行っている。だが撮影当時、宮崎はまだ学生であり、しかも映画館での公開が確約されていない、自主制作的な映画だっただけに、よほど熱烈なオファーだったのではないだろうか。そして、実際に福田の演技はさくらという人物像をより浮き立たせている。

「『グッドバイ』は、主人公のさくらを演じた福田麻由子さんを当て書きした作品です。子役の頃からの活躍を見てきている中で、彼女に対しては器用で冷静なイメージを持っていて。なんでもひと通りこなせる器用さがありながらも熱がない主人公の姿や、謎の多い父親を求めてどんどん熱を帯びていく主人公像には、彼女が適役だなと感じていました。少女から女性へと変わっていく福田さんの新しい姿を見たかったから、もう彼女以外がさくらを演じることが想像できませんでしたね……。撮影時には福田さんが持つ独特のイメージとさくらのどこか冷めているような、何を考えているかわからない温度感をしっかり保つために、彼女との距離感をものすごく意識しました。そもそもモチーフを描きたいということもあって、あえて人物にフォーカスした描写をしなかったことがよりさくらのパーソナリティを際立たせる良い結果を生んだと思っています」。

「観た人からこの作品が『よくわからない』と言われることもありますが、実はそれが狙いでもあって、さくらやこの物語に共感してほしいという気持ちは全くありません。共感を得ることが作り手側が考える映画の1つの指標になっているかもしれないけれど、観客が映画を理解してしまったらそこが作品のゴールになってしまう。私の作品は、『あー楽しかった』で終わるよりもどこか心にモヤっと残ってもらうものであってほしいんです。

だから、すべてを語らないことで語る、ということをすごく大切にしています。さくらと母親との会話も微妙にかみ合わない気持ちが悪いものなんですけれど(笑)、母親と娘という関係から女性同士での対峙になる大きな変化がありながらも、全く劇中では語られない。お父さんがなんで家にいないのかを本当は語ってもよかったけれど、あえて省いたり。物語が進むに連れて冬から春になる季節のひととき、その背景にすべてを説明しないことで、より“モヤモヤ”が残る作品になったんじゃないかなと」。

映画作りはつらいけれど、ずっと続けていきたい

現在、宮崎は映画会社に勤務している。最後に、実際に別の撮影現場で働いている感想や、今後の展望を聞いた。

「私はとても内向的な性格なこともあり、ずっと1人の世界で生きてきて何かを成し遂げたこともなかったから、多くの人と関わることで今まで知らなかった刺激や未知の世界を知ることができるんじゃないかと思って、映画制作をスタートさせました。初めにお話したように、映画に全く親しみがなく、映画理論もわからなかったので、自分の思うことを自由にできましたし、ラフに映画制作に向き合えたのも強みかもしれません。

今は映画会社の制作部に勤めていますが、やっぱり映画を作るって大変だなと改めて感じています。とても身を削る作業だし、作品が大きいほど目の前のことに必死になって、映画自体を楽しめなくなったりもして。それでも制作現場が好きだから、映画を仕事にしていきたい気持ちは大きいです。『グッドバイ』も制作記録を見返してみると『この作品に愛しかない!』という日と『こんなに苦を背負って何がしたいんだろう……』という日が交互にあって。1人で映画を撮りたいと思ったところからスタートして、スタッフを集めて動かしていると、ものすごく重圧を感じるし、多くの人と対峙することがすごくつらくはあるんですが、実はそんな状況が嫌いなわけじゃないんです。だから『グッドバイ』が皆さんの元に届いてどういう形で残るかはわかりませんが、この先もずっと映画制作は続けていけたらと思っています」。

宮崎彩
1995年生まれ。大学在学時に監督した短編映画『よごと』(2017)が「第30回早稲田映画まつり」で役者賞を受賞、「第7回カ・フォスカリ国際短編映画祭」に正式出品される。卒業時に撮影した『グッドバイ』は、自身にとっての初長編監督作となる。「第15回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門」「第21回TAMA NEW WAVE ある視点部門」にノミネートされた。

Photography Yuji Sato

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author:

渡部恵

編集者・ライター。大学では映画理論を専攻。卒業後、出版社勤務を経てフリーランスに。広告やウェブメディアでファッション・美容を中心に制作ディレクション、編集、ライティングを行なっている。

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