ジャパニーズトリップホップの現在形を奏でるUKICO――音楽で放つサステナブルな「愛」のメッセージ

フランス人の父と日本人の母を持つパリ生まれのUKICOは、これまでに資生堂の広告やファッション誌『InRed』の専属モデルとして活躍してきた。しかし、自己表現の場を求め、音楽エンジニアリングを学ぶためニューヨークへ。その後エンジニアとして、ウータン・クランのゴーストフェイス・ キラーの作品や、グラミー賞を受賞した アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラのライヴミックスを手掛けてきた。

そして自身のさらなる表現の高みを目指し、ここ数年間で日本を拠点にミュージシャン&クリエイターとして、本格的に創作活動を加速させてきた。

女性であること、生きること、愛すること。自らの経験・体験・メッセージを、音や言葉やビジュアルで紡ぎ、5年の歳月をかけて完成させた発売したばかりの最新アルバム『ASCENSION』。この作品を通じて、UKICOがイメージする持続可能で豊かな未来の姿を表現する。

ただ歌うだけではなく、ストーリーを描いて誰かを感動させるという目的を持って

――以前はモデルをメインに活動されていましたが、なぜ音楽で自己表現をしようと思ったのですか?

UKICO:小さい頃から歌うのが好きで、最初はミュージカルに出演したかったのですが、とてもシャイなので諦めていました。そしてパリの大学を卒業した後、日本でモデル活動をするチャンスがあったので、日本に引っ越して4年間活動していました。ただ、自分らしさ、自分のクリエイティビティが出し切れず、自己表現ができる活動を始めたいと思いました。

――具体的なきっかけはあったのでしょうか?

UKICO:ちょうどその時、フランスにいた祖母が亡くなり、初めて彼女のために詩を書いたんです。そこでフランス人の父が感動して涙を流して。その時に音楽をやろう! と決めました。ただ歌うだけではなく、ストーリーを描いて誰かを感動させるという目的を持って。

――影響を受けたアーティストはいますか?

UKICO:世界観が強いアーティストが好きです。例えば、ビョークはビジュアルとストーリー性が深く存在し、ライヴのコンセプトやコスチューム、もちろんアルバムも素晴らしい。彼女みたいにコンプリートなアーティストになることが目標です。他には、FKAツイッグスセヴダリザロードラナ・デル・レイも好きですね。

――ということは、自分の世界観を表現するためにシンガーソングライターの道を選んだということですか?

UKICO:ただ、本格的に音楽をやるためには、モデルを辞めて勉強しないといけないと思って、音楽エンジニアリングを勉強するためにニューヨークに引っ越しました。なので、現在の職業はクリエイターということになるのかもしれませんね。

――いろいろな専門分野がある中で、なぜエンジニアの勉強をしようと思ったのですか?

UKICO:ニューヨークで音楽スクールを探していたら、たまたまエンジニアスクールの1日体験の案内を見つけたんです。実際に行ってみたら、そこにあった機材に魅了されて、そういった感覚を持つ自分自身にビックリしました。すぐに夢中になり、成績は全学校の2位、卒業式にAPOLLOシアターでスピーチもしました。女性がほとんどいない世界で大変なこともありましたが、本当に楽しかったです。

音楽エンジニア的には、トリップホップ界の神である、マッシヴ・アタックに一番影響を受けました。脆弱性がすてきと思えたのは、ベス・ギボンズの声が初めてでしたね。一番聴いたアルバムは『Mezzanine』です。

――膨大な音楽がある中で、なぜ1990年代のトリップホップ、しかもマッシヴ・アタックに引かれたのですか?

UKICO:音源のミックスを勉強していくうちに耳が良くなり、より深くマッシヴ・アタックの良さに気付きました。彼らのミックスの質、ディテール、そしてサウンドの美しさは世界的にベストだと思います。初めてコンサートに行った時も、音に引き込まれ過ぎて、目を閉じて音の素晴らしさを味わいました。1つ1つの音のチョイス、細かさ、そしてヒプノティックな感じが本当に大好き。それら要素を、自分の音楽にも取り入れています。

――ちなみに、どういうプロセスで音楽を作っているのでしょうか?

UKICO:楽曲はトラックから作ることが多いのですが、その時点から好きなサウンドを組んで、ミックスしながら作っていきます。というのも、私にとっては雰囲気が一番大事だからです。それはトリップホップの作り方でもあるかと思います。自分の感情をまずは音で表現して、その後に曲のストラクチャーを作り、メロディを乗せて歌詞を書きます。

――すべての作業を自分自身でやるのはなぜでしょう?

UKICO:自分の思う通りになるからだと思います。一番好きなのは歌詞を書くことかもしれませんが、とても孤独で悩むこともあるし、本当に時間がかかります。ただ、アルバムの曲などは、信頼できるミックスエンジニアに頼んでいます。ミックスにはすごくこだわりがあるので細かい指示を出すのですが、自分もエンジニアなので、かなりややこしいやりとりになりますが……(笑)。

――しかも「Kiseki Record」という自分のレーベルも作りましたよね。

UKICO:自分らしさを一番出せる方法を考えた上で、レーベルを立ち上げることにしました。日本ではオルタナティヴな音楽はそこまで人気がなく、日本で活動するためには音楽性を変えたほうがいいんじゃない? ってよく言われました。けれど、私にとっては自分を否定して自分らしさを隠すことになります。もちろん自分のレーベルを作るのには勇気が必要でした。なので、奇跡を起こそうと気合いを入れて「Kiseki Record」と名づけました。私達はマジカルな世界に生きていると信じてるので。

自分が描いているのは、自分の世界、人生の見え方

――今は日本を拠点に活動していますよね。パリやニューヨークという選択肢もあったと思いますが、なぜ日本を選んだのですか?

UKICO:子どもの頃から自分のルーツをもっと知りたいと思っていました。今は日本の住み心地の良さ、カルチャー、人の優しさ、ピュアさが主な理由です。家族はフランスにいるので恋しいですが、日本のエネルギーに癒されています。

――パリと日本、それぞれの魅力はどんなところにありますか?

UKICO:フランスは感情表現が豊かな国で会話も大好き。ときどきドラマチックになりますが、素直に自分の気持ちと向き合っているところが魅力です。だからこそ、暗い歌詞でも、恥ずかしがらず書けるのかもしれないです。

日本は自分の気持ちを押し殺すカルチャーでもあり、そのつらい思いをしている日本人を見てサポートしたくもなります。というのも、そういう部分に自分自身を照らし合わせていることもあって。でも、日本人に対して尊敬しているのは、自己を強く出さなくても、人のために何かできること。その優しさにいつも感動しています。

――そういった環境で生まれ育った中で、アーティストとして活動する上で掲げているテーマやコンセプトはどういうものですか?

UKICO:自分が描いているのは、自分の世界、人生の見え方です。私達人間はとてもパワフルで、思考を実現させる能力を持っていると思います。でもその思考やパターンは、自分の家族、育ち方、カルチャー、トラウマなどに影響を受けている。あるシチュエーションや人物を繰り返し、引き寄せているように思います。

そして、生まれ変わってもそれが続くこともあります。そこでいろいろな疑問が浮かんで、答えを探していく。そのおかげで、自分をもっと知ることができるし、自分と向き合って成長できます。そういうことが作品につながっていると思います。

――そういった思考になったのは、UKICOさん自身の体験や経験が影響しているのでしょうか?

UKICO:そうですね。ちょうど曲作りを始めた頃は、自分探しをしていて、とても苦しんでいた時期でした。自分の中で「人生とはなんだろう?」という疑問がたくさんあって。失恋したこともあり、人との関係や自分自身のことを、ヨガ、瞑想、本、コーチング、スピリチュアリティなどを通じて見つめていたんです。

そのヒーリングのプロセスが、曲作りのプロセスでもありました。日記に近いというか。気持ちを素直に表現し、光の曲も暗闇の曲も、そのすべてが自分自身であり人生だということを理解できたんです。

――生きている経験を作品としてアウトプットしていく。

UKICO:はい。私にとっては「生きる=成長」です。そして、ここ5年に及ぶ私の心の旅を、最新アルバム『ASCENSION』として完成させました。この言葉にはいろいろな意味が含まれていますが、私にとっては「目覚める」ということ。やっと披露できて嬉しいです。

音楽をやることが、私の癒しのプロセス

――アルバム『ASCENSION』に収録された数曲は、すでにシングルとしても発表されています。まず、「Denial」で伝えたかったことを教えてください。

UKICO:人生でもっとも大きな傷心を経験した時に、ヒーリングプロセスに入り、いったん心の痛みが落ち着いた時に書いた曲です。すると「Hiding from a new romance」という歌詞とメロディが浮かびました。自分の心を開くことの怖さに気付き、何も感じないよう努力をしていました。でもこの曲が、自分と向き合うきっかけになりました。

――和楽器が使われていますよね?

UKICO:曲を書くために、ジャスティン・ピルブロウ(ザ・ネイバーフッドホールジーEエレメノPなどを手掛けるプロデューサー)とロサンゼルスに行きました。そして、日本に戻ってきて、自分らしさをもっと出したいと思い、運命的な出会いで尺八の奏者を紹介してもらい録音しました。

――「Hostage」でも、和のテイストが持ち込まれていますよね。

UKICO:この曲は、私が昔よく聴いていた1990年代のオルタナティブ・ロック、オーディオスレイヴやサウンドガーデンの影響が出ていると思います。そして、友人でもある津軽三味線奏者の久保田裕司さんに参加してもらいました。

テーマは、誰かに夢中になり執着して心が縛られると、まるで人質のようになるということ。それは、心の隙間を埋めるための行動、自分の不安や悩みから逃げるための言い訳でもある、と。

――「MIRAGE」のテーマもスピリチュアルなことでしょうか?

UKICO:そうですね。私達が五感で知覚する世界は、現実の世界ではなく、幻想や自己解釈であるという概念に基づいています。それはまるで、蜃気楼のような目の錯覚。つまり、真実が見えないことで生まれるフラストレーションです。五感は素晴らしくもあり、フラストレーションを生むものでもある、そのパラドックスを表現したものです。

「MIRAGE」

――「DESERTED」は初期の頃に書かれたそうですが。

UKICO:アーティストの出発地点となったスペシャルな曲です。この曲も、人生でもっとも大きな傷心を経験した時に、ヒーリングプロセスとして書きました。当時はニューヨークに住んでいて、愛と憎しみ、怒りと悲しみ、それによって生まれる強烈な痛みを受け入れる前に感じるむなしさ、そのような感情を行き来していました。でも、この曲を書くこと=音楽をやることが、私の癒しのプロセスになったんです。

――各曲のMVにも、UKICOさんのメッセージが強く表れているように思います。

UKICO:「Denial」と「Hostage」、そしてアルバムと同時に発表する「Temporary Amnesia」の3曲のMVで、ひとつのストーリーを描いています。それは、日本の古事記に出てくる、イザナミとイザナギの神話を自分なりに描いたもの。この神話に引かれたのは、私の祖父が出雲出身ということも関係しています。

「DENIAL」

「HOSTAGE」

――日本の代表的な神話ですよね。

UKICO:最初の神様であるイザナギとイザナミが愛し合い、2人はさまざまな神を生んで日本を作りました。けれど、イザナミが火の神様を生んだ時にやけどで死んでしまい、黄泉の国へ去ってしまいます。ここまでは「Denial」のMVで描いています。

「Hostage」では、黄泉の国へ行ったイザナミが、食べ物、エネルギーの影響で暗闇にとらわれていく様子を描いています。一番深い暗闇に落ちた瞬間に解放され、天使のような存在に生まれ変わる。

そして「Temporary Amnesia」のMVは、その続きとなります。イザナミが生まれ変わった現在の設定です。

――日本の神話の魅力は、どういうところにあると思いますか?

UKICO:人生をもっと客観的に見るためと、理解を深める教え、メッセージだと思います。

日本におけるメンタルヘルスの状況を少しでも変えたくて

「Rain on me」 All FOUR ONE PROJECT

――UKICOとして活動する一方で、クリスタル・ケイすみれティガラ、UKICOの4人で、メンタルヘルスをサポートする「All FOUR ONE PROJECT」を立ち上げました。その目的を教えてください。

UKICO:2020年にコロナ感染が始まり、3月から世界がロックダウンになりました。私は1人で東京の小さなアパートに住んでいましたが、体調を崩して不安やストレスを抱えてかなり落ち込みました。その後、日本でも自分と同じ気持ちになった人はたくさんいると思い、何かサポートできたらという気持ちから始めました。

中でも、自殺は大きな問題になっていますよね。日本はもともと自殺者が多いのに、メンタルヘルスのサポートも少なく、周りの人に批判されやすい。その状況を少しでも変えたくて、3人に連絡をしてプロジェクトを立ち上げました。

――第1弾作品として、レディー・ガガアリアナ・グランデのヒット曲、「Rain on me」をカバーしましたが、この楽曲を選んだ理由を教えてください。

UKICO:すみれちゃんがよく聴いていた曲だったからですね。ラップ担当のティガラちゃんが、4人の想いを込めたすてきな歌詞を書いてくれました。

――ちなみに、4人に共通している価値観とはなんですか?

UKICO:愛ですね。愛情をみんなと分かち合いたい、人のためになりたい気持ちだと思います。カルチャー、考え方、活動、国など、個性が違う4人でも、一体化して動くと果てしない力と愛情を発揮できる。日本のみなさんも、自分や他人にあまり厳しくならずサポートし合えたら、自殺もなくなるはず。みんな同じ人間ですからね。

――「All FOUR ONE PROJECT」で、これから実現したいことはありますか?

UKICO:メンタルヘルスについて、ネガティブな印象を取り外したいです。恥ずかしくない、落ち込む、心がダウンになる時はサポートを求めましょう、というメッセージを日本中のみなさんに伝えたい。気楽に話せる場を作るのも目的です。そして“あなたは1人じゃない”とメッセージも込めて。

――コロナに限らず環境や人権問題などがある中で、サステナブルな社会を実現するために、今、課題はなんだと思います?

UKICO:社会に関しては、女性の存在ですね。特に日本では。私の場合、ほぼ男性しかいない音楽エンジニアやプロデユーサーの世界で、女性がリスペクトされるのは難しい状況ですから。

全体的には、不平等社会、貧富の差なども変えていかないといけません。そしてゴミの量や消費社会も変える必要があります。私達人間はこんなにもモノは必要ではない。本当の幸せを見直して、もう少しシンプルな生き方に目覚めることです。もちろん、私自身も含めて。他にもありますが、今私達ができる身近なことから始めたいですね。

――その課題を解決するために、アーティスト活動を通じてやるべきことは?

UKICO:メッセージを通して認識を高めることと、ムーヴメントを起こすことだと信じています。自分の本当のパワーに目覚めたら、地球が変わると思います。人間はみんな神であることを思い出してほしいですね。それに加え、他のチャリティもサポートしていきたい。現在、オーシャン・アンバサダーとして国際環境NGOグリーンピースともつながっていますが、今後はもっと具体的にアクションを起こしたいと思っています。

――UKICOさんがイメージしている、豊かな未来とはどういう世界だと考えていますか?

UKICO:ワンネスのコンセプトで「みんなは自分、自分はみんな」ということ。愛情を分かち合うよりも、愛そのものになる。それは、地球と一体化して生きること。そして、みんなそれぞれ自分のパワーに目覚めることですね。

――最後に、これからのビジョンを教えてください。

UKICO:まず、4月28日リリースした最新アルバム『ASCENSION』を楽しんでほしいです。5年かけて作った大切なもので、アーティストとしての第一歩、自分の成長の源になりました。みんなに届けられるのが嬉しいし怖いし、とても楽しみです。

今後は、ライヴにも力を入れていきたい。普通のライヴではなく、五感を使うヒーリングスペースでもありアクティベーションスペースでもあり、細胞やDNAを目覚めさせる体験ができる場所にしたいです。次のEPやコラボレーションも計画しているので、とてもクリエティブな1年になりそうです。

UKICO
シンガー、プロデューサー。フランス生まれパリ育ち。フランス人の父親と日本人の母親を持つ。18 歳の頃より、日本を行き来しモデル業を開始。21歳の頃に資生堂広告、23歳の頃にはファッション誌『InRed』専属モデルとしてデビュー。27歳までの5年間専属モデルとしてさまざまな広告CMで活躍。その後、以前より興味のあった音楽に目覚め、2012年にニューヨークに移り、マンハッタンの「Institute of Audio Research」にてエンジニアリングを体得し首席卒業。ブルックリンの「Strange Weather Recording Studio」のアシスタントエンジニアとして、ゴーストフェイス・キラーをはじめ多数のアーティストの作品に関わり、さらにグラミー賞を受賞したアフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラのライヴミックスを手掛けるなど裏方として活躍。それらの仕事と並行し、作詞作曲から歌唱、アレンジ、ミキシングなどをすべて自らが行い創作活動も続けている。
https://www.ukico-official.com/
Instagram:@ukicomusic
Twitter:@ukicomusic

Photography Tetsuya Yamakawa
Text Analog Assasin

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author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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