連載「時の音」Vol.9 杉本博司が4半世紀以上にわたり取り組む江之浦測候所 運命とも因縁ともいえる数々の “奇譚”

その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に、今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回は現代美術作家、杉本博司。視覚が現実と虚像の間を往来する〈ジオラマ〉や、映画1本分の長時間露光による〈劇場〉、世界中の水平線を撮り続ける〈海景〉など、大型カメラを使った精緻な写真表現で国際的に高い評価を得ている。のみならず、古美術収集、建築設計、近年は文楽やバレエなどの総合監督など、その多彩な活躍ぶりに、かえって正体がつかみにくいともいえる人物だ。

2017年10月には、神奈川県小田原市江之浦に自ら「遺作」と言う「江之浦測候所」なる施設をオープン。構想に10年、工事に10年の年月をかけてつくられたというその場所は、日本文化の精髄を発信する場であり、人類とアートの起源に立ち返りうる場であり、彼の数寄を凝らした集大成的作品でもある。2020年10月にはこの地に引き寄せられた物たちとの因縁を記した『江之浦奇譚』を上梓。コロナ禍によって日本長期滞在を余儀なくされているという杉本御大に、都内のアトリエで話を聞いた。

——江之浦測候所の元になっているのは、5〜6歳の頃、江之浦で見た原風景と語られていますよね。旧東海道線を走る湘南電車の列車がトンネルを抜けると大海原が広がっていて、「自分はいるんだ」と気がついたと。

杉本博司(以下、杉本):現実的なビジュアルとしてはそれが初めての記憶ですね。ずっと心の中にある。

——それを聞いて思い出されるのは江之浦測候所にも展示されている杉本さんの〈海景〉で、このシリーズ作品は「古代人が見ていた風景を、現代人も見ることは可能なのだろうか」という問いから始まっているとのことですが、その幼少期に、時空を超えて自分の存在を認識するような感覚があったんでしょうか。

杉本:幼少期の認識としてはそんなにはっきりしたものではないけれど、なんとなく、血の記憶っていうのは自分の生前の記憶までさかのぼれるんじゃないかという気がする。その海を見ていた縄文時代の人の記憶や、それ以前に猿が人間になった頃の記憶とか。で、なんで人間は意識っていうものをもってこういうふうに社会を形成してきたのかとか、「人間って何?」っていうことをずっと考えてきた、というか思い出したいと思ってる。それが人生における1つのテーマでもあると思うのでね。

——5〜6歳の頃はどういう子どもだったんですか。

杉本:部屋にこもってよく鉄道模型づくりなんかをしていましたね。家にはお手伝いさんがいて、母親は仕事でいなくて。1人で遊ぶことが多かったからか、妄想癖があって、なんか普通の人と僕はちょっと違うかもしれないって思ってた。Hallucinogenic vision(幻影)が見えて。あれは小学校2年の時かな、母親が教育方針としてキリスト教がいいと思っていたらしくて、近くの日曜学校(教会が日曜日に児童を集めて行う教育活動)に行ってたんだけれども、ある日、牧師さんの頭に光の輪みたいなのがぼわーっと見えた。こんなの普通ありえないよなと思いながらも、何かのサインかなとか思ってね。すごくよく覚えているんだけど。そういう神秘体験みたいなことがいくつかありました。

——そういう幻影が、その後の作品に結びついていくんですかね。

杉本:だから作家になろうと思った。自分の内的な幻影を具体的に撮って、「証拠写真」として見せるために写真を使うっていう方向になった。アーティストになろうとしてニューヨークに行って、自分の表現手段としてはなにがあるだろうって考えたときに、「写真があるじゃないか」と思いついて。誰もまだやってなさそうだし、売れるか売れないかは別として、現代アートっていう世界に一矢報いることができるようなものがつくれるなと。で、やってみたら意外と上手くいったかなと(笑)。

——江之浦測候所は5000年後をイメージして設計しているということですが、その時、世界はどうなっていると思いますか?

杉本:人類が死滅して文明が滅んで、誰も見ることができない遺跡になっているっていうのが1つのビジョンとしてある。

——人はいないんですね。

杉本:多分そうなるかなと。でも明日をも知れぬ今の世界だから仮想でと。やっぱり2000年ぐらい前、キリストが生まれた頃に2000年後どうなりますかと聞いたってこんなことになるとは誰も想像できなかった。むしろ14世紀に始まって数百年続いたペストの流行で、我々は神に罰せられているんだとみんな思ったからね。もしかしたら人類は滅亡してしまうかもしれないと本当に思っていた。

——今回は対症療法があってそうならない可能性もあるけども、また新たに制御不能なものが出てくるかもしれない。

杉本:どんな生物でも一定の環境の中で個体数を維持できる限界の数っていうのがあると思う。アメーバがシャーレの中で爆発的に増えても、一定数以上は増えなくなるように。だから人間っていう生物がこの地球環境上にこれ以上増えたら困るという自然界の大きな摂理があって、それを自動的に止めるような力が働いているんじゃないかなと僕は思う。環境としては産業革命以前ぐらいまでが限界だったんじゃないかと思っています。

——地球規模で考えると、そうかもしれないですね。

杉本:なぜ人類が生まれてきたかっていうことはまだよくわからない。なぜ動物界の中でこれだけ意識を発展させて、言語を発明して、文字をもって、コミュニケーションの手段を異様に発達させてきたか。貨幣をつくったっていうのもすごい。信用でこの資本主義社会が高度になって、ここ100年でとんでもない規模の拡大が続いていて、何かが制御しないと全滅するっていう自滅スパイラルに入りつつある。そこでコロナがきてる。ポジティブに考えると、我々が生き延びるためにそういう指示が出されているということじゃないですか。

——その制御によって、場合によっては5000年後に生き延びている可能性もありますかね。

杉本:細々と生き延びているかもしれない。核戦争が起こって急に10分の1ぐらいになってしまうというシナリオもあるかもしれない。まぁそれも昔は神の見えざる手が全体をコントロールしてるっていうふうに言われていたけど、近代化の中で宗教心が揺らいでしまってほとんど神も仏もなくても済むという状況になったことがやっぱり近頃の人間の意識の変化としては大きいかなと。人間って神秘がないと詩も生み出せないし、アートも生み出せないんじゃないかと思う。また宗教が復活するんじゃないかとも思います。

——江之浦測候所の「冬至光遥拝隧道」は、冬至の朝にこの隧道を太陽光が真っすぐ貫くということですが、それを見た瞬間はどういう気持ちですか。

杉本:それは神秘的ですよ。開館一年前の朝日が一番素晴らしかった。西高東低の冬型の気圧配置になるとものすごく空気が澄んできれいに見える。開館した年から冬型になるのが1月にずれこむようになっちゃったから、12月の冬至の頃はまだ秋の終わりの秋雨前線みたいなものが残っていて、暖かくて、曇ったり雨が降ったりする。地球の環境は本当に変わってしまったと思いますね。

——奇しくも気候変動を測ることになったわけですね。江之浦測候所を開いて数年経って、気付いたことは他にもありますか。

杉本:まぁいろいろと集めてきて、やはり人間がどうやってアートと関わってきたか、その劣化の歴史が見えます。

——劣化ですか。

杉本:飛鳥時代の法隆寺の礎石のほうが、天平時代の元興寺の礎石より形も良くて存在感が強くて素晴らしい。鎌倉、室町時代になると、どんどん楽しよう、短時間でつくろうというような意識が芽生えてきて、技術も高くなるから簡単につくれるようになるんだけど、そうなればなるほど神秘的な形っていうのは失われていく。で、今の世の中になってしまった。だから大谷石なんかもわざわざ機械を使わないではがした面を出すってことで古代風に見せている。その代わり何万人という人間が石を切って運ぶということをしなくても、ブルドーザーやユンボができて、一作家の貧しい利益でもあれぐらいできるようになったっていうのは、良いような悪いような。

——江之浦測候所はこれからも変化していくんですか。

杉本:まぁいつも現場にいたいという気持ちはあります。次から次にいろんなものが集まってきてるし。石とか物とかが集まってくるんです。だから自分で計画しているっていうよりもそれを整理している感じに近い。今、古美術棟というのもつくろうと計画中です。だいたい設計は終わったので、2022年ぐらいには着工したいです。

——歩いていて突然古美術品に出会う感じもおもしろいですけど、そういう場ができるんですね。

——江之浦測候所の茶室「雨聴天(うちょうてん)」もそうですが、駄洒落がよく出てきて、抜け感があるというか、おもしろいですよね。駄洒落は杉本さんにとってどういうものなんでしょうか。

杉本:出てくるときはコロコロ出てくるものなんでしょうね(笑)。

——どんどん結びついていくかんじですか。

杉本:うん。韻を踏むという感じですね。

——和歌にも通じるんですかね。『江之浦奇譚』は章ごとに和歌が入っていて、しかもあとがきは下の句が「どこからきたん江之浦奇譚」という駄洒落の和歌で締めくくられていて(笑)。

杉本:最後にガクンとくる(笑)。『江之浦奇譚』の歌は、文章を書き終わってからもうひと味加えたくなって、写真と文章と、歌を入れたら三位一体になって良いかなと。1週間くらいで書きましたね。そもそも歌は2016年、NHKの「俳句」っていう番組のオファーや、当時ちょうど東京都写真美術館の「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展という展覧会で俳句を詠んだことがきっかけで。「呆気羅漢(あっけらかん)」という号で(笑)。

——そこにも駄洒落が!

杉本:どっちかというと俳句っていうより狂歌に近いものが多いんで、狂歌詠みにはまた別の「素遁卿(すっとんきょう)」という号をつけました。一応平安時代の書なんかもいろいろ持ってるし、そういう世界をなんとなく体感できるようになってきたのかもしれない。やはり古美術の影響は絶対、圧倒的にあるんだよね。そういう思ってもみない因縁でもって、いきなり俳人としてデビューしたり。書家としてもデビューします。

取材時、アトリエに置かれていた大きな木片には、「青天を衝け」と書かれていた。後日発表された、大河ドラマの題字だ。その主人公は、「日本資本主義の父」として知られ、新しい万札の顔となる渋沢栄一。渋沢の革新性と日本の資本主義経済の発展を表しているかのような右上がりの見事な書。これを書き上げた杉本御大によるコメントのタイトルはこうだった。「大事な題字」。

author:

小林沙友里

ライター・編集者。1980年生まれ。「ギンザ(GINZA)」「アエラ(AERA)」「美術手帖」などで執筆。編集者としては「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の共同編集など。アートやファッションなどさまざまな事象を通して時代や社会の理を探求。

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