「ルイ・ヴィトン」とヒップホップの関係性を振り返る/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第10回

音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

第10回から論じていくのは、ヴァージル・アブローがメンズの、ニコラ・ジェスキエールがウィメンズのアーティスティック・ディレクターを務める「ルイ・ヴィトン」。多種多彩なカルチャーと共振してきた同ブランドとヒップホップの関係性や、ストリートミュージックの表現者たちのリリックに表れる表象を読み解いていく。

多様なカルチャーと異種配合を繰り返してきた「ルイ・ヴィトン」

レコーディングの前に必ず買い物をするというJP THE WAVYは、インタビューで次のように告白する。

例えば、前のアルバムに入っていた「Stay」って曲は、スタジオに入っても全然書けなくて、「やばい、どうしよう」って状況になって、「ちょっと1回、(ルイ・)ヴィトン行ってきます」ってタクシーに乗って、ルイ・ヴィトンでサングラスを買って戻ってきたんです。そうしたらリリックがバーっと全部書けたんですよ(笑)。
出典:GQ JAPAN「JP THE WAVY×LEX対談──2人の出会いや制作秘話から、ファッション観までを語る(前編)」

「ルイ・ヴィトン」とアーティストたちは常にインスピレーションを与え合ってきた。ゆえに、このメゾンが私たちにサプライズを届けないシーズンはない。先日もBTSの新アンバサダー就任のニュースがリリースされ、ヴァージル・アブローは「ラグジュアリーとコンテンポラリーカルチャーの融合、まさしく私たちの新たな章の幕開け」とコメントした。同時期に都内にて開催されていた展覧会「LOUIS VUITTON&」も記憶に新しいが、“コラボレーション”がテーマになっていた本展示は、時代やジャンルの壁を越えて自由な旅を続けるこのブランドがたくさんの話題性を振りまいてきた歴史をとらえ編纂していた。その歴史とは、特にモードファッションへ参入した1998年以降、多様なカルチャーへと接近し異種配合を繰り返してきた軌跡である。「ルイ・ヴィトン」にアクセスすることは、もはや古典から現代アートまでの芸術文化を観光/鑑賞するような旅体験である――そう言わんばかりの自信と、めくるめく時代の革新を再定義するプレゼンテーション。それら影響源の1つとして、間違いなく音楽も挙げられることだろう。例えば当時アーティスティック・ディレクターだったマーク・ジェイコブスのオファーにより実現したサングラスやジュエリーでのファレル・ウィリアムスとの協業、キャンペーンで広告に起用されその世界観の演出に一役買ったマドンナやキース・リチャーズ、デヴィッド・ボウイ等との共演は、今でも私たちの記憶に焼きついている。

2000年代半ば以降は、ポール・エルバースやキム・ジョーンズのメンズディレクター就任によりメンズウェアの人気を着実に築いたのち、ヴァージル・アブローの手腕によってヒップホップ分野での人気もさらに盤石なものとなっており、その“旅”の行方はますます境界線なく進んでいるように見える。まさに今シーズン、2021メンズサマーコレクションにおいては21サヴェージのイメージモデル起用もあった。ボーダーラインをにじませ曖昧にしていくようなダイバーシティ的価値観が水彩画の手法によって表現され、それらを装いながらたたずむ21サヴェージの姿を見ると、このブランドが国境と人種の壁を越えて愛されていく未来をヒップホップカルチャーに託しているようにも映る。

MEN’S 2021 SUMMER CAPSULE COLLECTION | LOUIS VUITTON LOUIS VUITTON

ヒップホップは「ルイ・ヴィトン」をどのように綴り歌ってきたか

一方でヒップホップ側からブランドへのラブコールはというと、その最たるものがカニエ・ウエストであることは間違いないだろう。他にも2 Chainzが「Birthday Song」(2012年)で「グッチ」と並び「ルイ・ヴィトン」を「When I die, bury me inside the Louis store」とまで崇めたように、多彩な意味性を擁した“ラグジュアリーブランドの王様”のごときこのブランドをリリックに参照した例は非常に多い。

2 Chainz – Birthday Song ft. Kanye West (Official Music Video) (Explicit Version)

それは国内においても同様で、まずは紋切り型の用法として“贅沢品”としての意味付けを多く探すことができるだろう。例えば、代表例はNORIKIYO「Hey Money feat.ZORN,ACLO&OMSB」(2014年)である。日常の仕事や家族との慎ましやかな暮らしに理想の生活を見る価値観が謳われている本曲において、白いシャツとパンツという飾らない服装に対比して挙げられるのが「ヴィトンドルガバ/今じゃパジャマ化」というラインだ。同様の記号性は「貧乏なんて気にしない」(2014年)でKOHHによっても「大金持ちでも心の中が貧乏じゃ意味無い/わざわざ見栄張って/値段が高いルイ グッチ ヴェルサーチ/本当に必要な物以外全く必要じゃない」とライムされる。

NORIKIYO / Hey Money(Remix) feat. ZORN, AKLO & OMSB
KOHH – “貧乏なんて気にしない” Official Video

並んで、「ルイ・ヴィトン」をいわゆる“ブランド”の代名詞としてとらえたケースも観察される。“ネオチンピラ”を名乗る兄弟ラッパーGOBLIN LANDは「アイコンはGL/ブランドなる俺/LOUIS,GUCCI,FENDI,Chrom,BG,PRADAみたい俺らが流行る/俺らが流行る」(2019年「icon feat. Mackey」より)というラインで“ブランドなるもの”の筆頭に「ルイ・ヴィトン」を挙げ、自分たち自身がブランドであると同時にアイコンであるとも主張することでLVのロゴを視覚化する。

GOBLIN LAND – icon feat. Mackey (Prod. ZOT on the WAVE)

この手法はElle Teresaが「アタシの事好きならこっちにおいでよ/ティファニーみたいな私とも」(2018年FEMM「Dolls Kill feat.ELLE TERESA」より)と告げることで自らとブランドをイコールで結んだ芸当に近いが、GOBLIN LANDの例は「ルイ・ヴィトン」がラグジュアリーブランドの代表格でありつつそのアイコンの記号性が我々の知覚にしっかりと刻印されているからこそ成立する方法であろう。

FEMM – Dolls Kill feat. ELLE TERESA (Music Video) Prod. LAZ¥$TAR

BAD HOPやKOWICHI、YDIZZYらの巧みな押韻アプローチ

多くの意味内容を持ち合わせているがゆえにリリックへと多用される「ルイ・ヴィトン」だが、実はそれらを言語芸術としてのラップフォームに紛れ込ませることについては多くのラッパーが四苦八苦しているように見受けられる。「グッチ」と違って、この「ルイ・ヴィトン」という音がなかなか料理の難しいワードであることは容易に想像がつくだろう。結果的に、優れたラッパーたちは音を切り取り/変形させることでその道を切り拓いてきた。そこで凝らした工夫とはつまり、「ルイ・ヴィトン」を「ルイ」「ルイヴィ」「エルヴィ」と短縮させることによる打開である。前掲のGOBLIN LANDがまさにその例だが、他にもBAD HOPの「Foreign feat.YZERR&Tiji Jojo」(2019年)では「プラダにルイ/シャネルのブーティー」で「ブーティー」と踏むために「ルイ」が選択されている。

BAD HOP – Foreign feat. YZERR & Tiji Jojo / Prod. Wheezy & Turbo (Official Video)

「エルヴィ」の用法としてはKOWICHIの「No Lease」(2019年)を挙げたい。「借り物じゃない/洋服とかジュエリー/借り物じゃない/Versace FENDI GUCCI LV BALENCIAGA」というように、彼はラグジュアリーブランドのアイテムを購入できるようになった成功者の様子をブランド名を羅列しライムするのだが、「ヴェルサーチ(ェ)」「フェンディ」「グッチ」との脚韻を果たすために「エルヴィ」と詠まれていることがわかる。

KOWICHI – No Lease (Official Video)

中でも、近年の国内ラップミュージックにおいて最も官能的に「ルイ・ヴィトン」が処理されたのは、YDIZZYの「OOOUUU(REMIX)」(2016年)ではないだろうか。同年にYoung M.Aによってストリートで絶大なヒットを記録し多くのラッパーがビートジャックで反応したナンバーだが、原曲に見られる小節ごとのシンプルな脚韻を踏襲しつつもYDIZZYはこのリリックを自身の色に染め上げ、スリリングな魅力を与えることに成功している。「笑わせんな根暗/早口ことばすごい/なんも食らわない/寝てな終わり」というラインで言い放つ通り、ゆったりとしたリズムで丁寧にライムすることで早口ラッパーの面々をけん制しつつ、そこで展開されるのは「kiLLaははばたく準備/これは初めの前戯/先を見据えた行為/からだにつけたダイヤとLV」というラインである。「準備→前戯→行為→ルイヴィ」という順で踏まれ、かつLVを纏うものとして「からだ」というワードが挿入される。流れるような情景描写と卓越した構成力は、当時東京ストリートシーンで最大の注目を集めていたYDIZZYのセンスが凝縮されている。

YDIZZY – OOOUUU(Remix)

「炎」へと投げ込まれる「ルイ・ヴィトン」

もう一例、アクロバティックなテクニックが披露されるDJ CHARI,DJ TATSUKI「YAKEDO feat. Candee & OGF Deech」(2020年)にも触れておくべきだろう。前述の例からもわかる通り「i」で受けることでその他ブランド名との脚韻を行いやすい「ルイ・ヴィトン」だが、ここでは「CartierにBurberry/Amiriに巻くLouis Vuitton/触れられない誰にも/まるで俺は炎/煙昇る街 俺らが火元/次から次へと残してくヤケド」というヴァースにおいて、前半は「バーバリー」「ルイヴィー」と「i」の長音で受けつつも後半は「(ルイヴィー)ト(ン)」と「炎」「火元」「ヤケド」の「o」で受ける展開が見られる。「i」と「o」の押韻をつなぐブリッジの役割として「ルイヴィート(ン)」は存在しており、テクニカルな用例として、また外せない存在としてのこのブランドの立ち位置に注目させられるのだ。

DJ CHARI,DJ TATSUKI – YAKEDO feat. Candee & OGF Deech

「カルティエ」等のラグジュアリーブランドと一緒に並べられつつも、その後「炎/火元/ヤケド」という火の中に投げ込まれるLouis Vuittonだが、最後に1つの補助線を添えつつこの回を終えたい。実は、この描写が持つドラマ性を激しく増幅させるような1つの作品があることをご存知だろうか。ヒップホップを愛するあなたであればすでにお気付きであろうその曲とは、同じく2020年にリリースされ、光と暗い影が画面を覆いつくす禁欲性に支えられた1本のMVを指している。カメラによってえぐり出される抗い難い感情の揺れ、煙のごとく不安定に漂う情緒を頼りに、次回は「ルイ・ヴィトン」と「炎」の関係性について論を進めていきたい。

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author:

つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿多数。著書に『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)など。 X:@shadow0918 note:shadow0918

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