「シャネル」がストリートミュージックの文脈で出会う「意外な相手」とは/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第6回

音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では、noteに発表した「2010年代論――トラップミュージック、モードトレンドetc.を手掛かりに」も話題となった気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

第6回の主役となるのは、前回に引き続き「シャネル」。現代のストリートミュージックの文脈において、ラッパー達が同ブランドと関連づけて綴り歌ってきた「意外な相手」について、リリックを参照しながら紐解いていく。

前回N0.5では、「シャネル」がショーやコレクションにおいて女性讃美や独自の比喩性、快楽性を表現してきたメゾンであり、それら要素が現在ストリートで人気を博しているFrank OceanやBAD HOPらアーティストの紡ぎ出すリリックにも表徴されていることを明らかにした。

今回は、もう一歩踏み込んだ分析を進めていきたい。以前No.4でリリックにおける「グッチ」と「ビッチ」の蜜月について論じたが、「シャネル」にもそういった親密さを共有する相手が存在する。現代のストリートミュージックの文脈で「シャネル」を語る際に避けて通れないその相手こそが「コカイン」であり、「ココシャネル」と「コカイン」という2つのワードは一見遠くにありそうで決して遠くない、興味深い連関を見せている。

「ココ」という言葉が指し示してきた、もう一つのもの

古くはEric Claptonの「Cocaine」などコカインについて歌われた曲は多いが、近年はラップミュージック、中でもコカインと言えばO.T.Genasisによるいくつかのナンバーが想起されるだろう。特に、2014年にリリースされLil Wayneもビートジャックで反応した大ヒット曲「CoCo」はコカインの隠語を指す「ココ」がそのまま曲タイトルになっており、「ココ」は「ココ・シャネル」という固有名詞や「魅力的な女の子」という意味だけでなく「コカイン」までをも捉えた幅広い意味内容を指し示すものとして世界中に認知されていった。

O.T. Genasis「CoCo」

この「ココ」の意味拡大は、国内のラップミュージックでも散見されるようになる。DJ PMXが2017年にリリースした「MAKE MONEY feat.ONE-G,Kayzabro (DS455),KOWICHI」(『THE ORIGINALⅢ』収録)では、次のようなリリックが読まれている。

「シャネル、フェンディ着てフレンチでドンペリ/どうぞEnvy me/でKushかCokie Cokies/Cali産のBae/超いいWoo Weee/ちょっと待ったHold on/もうすでに上々/万券丸めてどうよ/I’m in love with the Coco」

DJ PMX「MAKE MONEY feat.ONE-G,Kayzabro (DS455),KOWICHI」

「I’m in love with the Coco」のCocoはコカインを指しており、同ヴァース内に「シャネル」が配置されることで「シャネル」と「Coco」はやや遠い距離を越えて見事に結ばれる。「ココ」の持つ幅広い意味内容が凝縮された大胆なリリックであるが、その発想をさらに推し進めたのが、同時期にドロップされたElle Teresaの「CHANEL feat. Yuskey Carter & ゆるふわギャング」だろう。本曲はタイトル通り「シャネル」について歌う曲でありながら、巧妙なメタファーによって「ココ=コカイン」についても語られる複雑な構造を有している。

Elle Teresaとゆるふわギャングが綴り歌ったリリックの比喩性と快楽性

Elle Teresa「CHANEL feat. Yuskey Carter & ゆるふわギャング」

「CHANELのウォレット/四次元ポケット」「ピンク 水色 紫 黄色」と呼ばれる“それ”は一見カラフルな「シャネル」の財布について歌っているように見えるが、「可愛いあの子が欲しがるCOCO/使い過ぎたら危ないCOCO/キマるCHANELはオシャレじゃない方/ハマりすぎたら危ない中毒」というヴァースを経ることで徐々にそのメタファーが紐解かれていく。続いてゆるふわギャングは「お財布に入れとく大事な物/好きな監督もちろんタランティーノ/私が主役のそうパルプフィクション」「君はイカれてるミア・ウォレス」「真っ白い雪の中踊る姫」と続け、映画『パルプフィクション』で描かれた、ミア・ウォレスがコカインと間違えヘロインを吸引しオーバードースを起こすシーンが引用される。

タイトルを「CHANEL」と置き、シャネルのウォレットを四次元ポケットに喩え、ポケットに隠された真っ白い雪=コカインをCOCOと呼び、ここまでの一巡で「ココ・シャネル」を完成させた上で、四次元ポケット=ドラえもんの道具のように自由自在にハイになれるコカインを暗喩させる。そしてMVでは「シャネル」のロゴとドラえもんのアニメーションがイリーガルに切り貼りされ、コカインの非合法性がより強調される。

幾層にも重ね構築された比喩性にとどまらず、さらに本曲には「シャネル」特有の女性讃美と快楽性も十分に読み取ることができる。「わたしにとっては、自分より強い男と暮らすことは、できない相談です」(髙野てるみ『ココ・シャネル 凛として生きる言葉』PHP文庫、2015年)というココ・シャネルの発言にもある通り、「シャネル」は女性をエンパワーメントする存在としてブランドのパーセプションを創造してきた。それは衣服製作においても同様であり、かつてないほどのラディカルな手つきで女性の活動しやすいフォルムや素材を取り入れ、着衣した際の身体の快楽性を世に広めてきた歴史は前回no.5ですでに述べた通りである。

本曲で「大人の女性に憧れ/ちょっと背伸びして今日はCOCO CHANEL」と描写

される主人公は、一方で男性からは「真っ白い雪の中踊る姫/もちろんキツめな顔でキメキメ/俺は君のためならすぐに死ねる」と称される。「ココ」の摂取でトリップしていく物語の裏で、女性としての「ココ」の魅力に中毒になり堕ちていく男性の物語、女性讃美が歌われるのだ。と同時に、軽快に押韻がなされた単純なリリックと、コカインによって蝕まれた身体を表現したかのような空洞化したトラップのリズムは、幼児退行を重ねながら快楽の極致へと聴く者を誘い、痙攣させたまま、ひたひたの薬漬けにしてしまうような魅力を放っている。

「シャネル」に対する“正しい”オマージュの捧げ方

本曲を論じるにあたりもう一点、「シャネル」が果たしたブランドマーケティングについての功績にも言及したい。ココ・シャネルはメゾンの商品を同業社から模倣されることを厭わないスタンスだった――つまりコピー品を容認していた、というエピソードがある。「最高級の品質を保ち続けていれば、コピーされることなど怖くはなかったからだ」(横田尚美『20世紀からのファッション史 リバイバルとスタイル』原書房、2012年)というのは全くの正論だが、それは広く大衆までコピーが出回りつつも、一方でヒエラルキーの最上級としてのブランド価値は増幅され続けるという、ブランドビジネスなるものの正体を的確に捉えていたこそのスタンスである。同様に、「CHANEL feat. Yuskey Carter & ゆるふわギャング」を捉える上でも、“コピー品”という側面に着目したい。本曲はKodie Shaneの「Drip On My Walk」を流用したビートジャック曲であり、トラックだけでなくフロウも当時USで流行していたスタイルを大胆に借用した、まさに“コピーに徹した”作品であった。その曲のテーマを「シャネル」に置いた策略は見事であり、先に述べた「シャネル」の本質を突いた、この上ない“正しさ”を持った行為であったと言えよう。

最後に、ここまでたどり着いたあなたは、脳の刺激と身体の快楽に身を委ねながら、Awichが2017年にリリースしストリートの話題をさらった曲「WHORU?  feat. ANARCHY」に耳を傾けてみるのも良いだろう。「街の喧嘩小僧/ダチは前科者/見てきた色んなもの/Chanelに取り憑かれた女の子/物が溢れてる/影にいい物が隠れてる」というリリックで、ここでもまた「シャネル」はブランドとしての意味/コカインとしての意味を投影されることとなった。ブランドという物欲に溺れること、薬物に溺れること、その中毒性、脱出することのできない嗜癖――アディクション。「シャネル」はますます、ストリートで、インターネットで、様々な意味変容を起こしながら、音楽作品に対して物語性を付与していく。

Awich「WHORU? feat. ANARCHY」

ところで、音声としての側面においては、「シャネル」は音楽に対しどのような貢献をしてきたのだろうか?次回は、「シャネル」にまつわる押韻をつぶさに分析しながら、時代を彩った数々の楽曲に隠された“音”の秘密を暴いてみよう。

Illustration AUTO MOAI

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author:

つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿多数。著書に『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)など。 X:@shadow0918 note:shadow0918

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