画家・今井麗に訪れた気持ちの変化 「自分が本当に描きたいものを描くのが一番」という思いに至るまで

注目の画家・今井麗(いまい・うらら)。画集『MELODY(メロディ)』の完成を記念して、渋谷パルコの「パルコミュージアムトーキョー」にて、新作展覧会「MELODY」を開催中だ。

今井は、家の中でしか描けない食卓の風景やおもちゃなどをモチーフとした作品を中心に、「日常」や「光」を連想させる作品群を発表してきたが、コロナ禍で創作に対する気持ちの変化が訪れたという。今回、自身の作品作りにおける転機となった作品『MELODY』を中心に、コロナ禍で訪れたその気持ちの変化について個展会場で語ってもらった。

——まずは、このタイミングで画集『MELODY』を出版することになった経緯を教えてください。

今井麗(以下、今井):昨年の2月末から3月にかけてOIL by 美術手帖で「MARCH」の展示をした時に、今回の画集『MELODY』の編集を担当した杉田(淳子)さんが観に来てくれて、そのタイミングで「画集を出しませんか」と言ってくれました。でも、私は初めての画集『gathering』を2018年にbaciから出版したばかりで、燃え尽きたというかとても疲れていたので、あまり乗り気ではなかったんです。でも、杉田さんが「制作の負担にならないようにサポートします、展示中のオペラシティの展示『project N78 今井麗』やOILの作品の撮影もしましょう」と言ってくださって、それなら「やってみようかな」と思い、とんとん拍子に杉田さんとパルコ出版社の編集長の坂口さん、カメラマンのたださんの4人のチームで画集のプロジェクトがスタートしました。カラカラと明るいチームワークで楽しかったです。

直後に緊急事態宣言も出て、画集の話も流れるかなと思ったんですけど、そんなことはなくて、ゆっくりと作らせてもらいました。

——表紙にもなった作品『MELODY』を描いた後、「等身大のモチーフを大きく引き伸ばして描いてみたいと思うようになった」と展示のステートメントには書かれていました。『MELODY』を描くことが、どういった転機となったのでしょうか?

今井:バナナの上にクマが乗っているのがおもしろいなと思って、最初は小さいサイズ(33.3×45.5cm)で『MELODY』を描いたんです。それは恵比寿のnidi galleryで展示しました。

その頃ちょうどロサンゼルスにあるNonaka-Hillギャラリーでの展示を控えていて。それまで制作でほぼ等身大のモチーフを配置した大作を描くことはあってもモチーフを引き伸ばした大作を描くことがなかったので試してみたくて、大きなサイズ(97×145.5cm)で『MELODY』を描いたんです。描いてみたら、大きく描くってすごく楽しいなって感じて。それ以降、大きなサイズの絵も描くようになりました。だから『MELODY』は大きい絵にはまるきっかけになった作品ですね。

——それで画集の表紙にも『MELODY』を採用したんですね。

今井:画集を作るならパッと目を引くものを作りたいと思っていたので、この『MELODY』を表紙に使用しました。

画集『MELODY』

『MELODY』は何回か同じモチーフで描いているのですが、表紙のものはバナナが水の上に浮かんでいる状態を描いています。最初はステンレスの上にある状態を描こうと思っていたんですが、描いている時にちょうどドラマ『愛してると言ってくれ』の再放送がやっていて。そのドラマのオープニング映像で、主演の豊川悦司さんと常盤貴子さんが、上半身裸で金色の水面から浮かび上がってくるシーンがあったんですが、それがすごくおもしろいなと思って、そのイメージで描いた作品なんです。

——今回の展示にもそれが反映されているそうですね。

今井:いくつか色分けされた部屋があるんですが、最初の黄色い部屋はそのイメージです。私がこのエピソードを話したら、展示のディレクションをしてくれたHYOTAさんがおもしろがってくれて、「水面に浮いているような感じにしましょう」と言って、あの部屋だけ艶のある床にしてくれました。

ステイホームを経て、世界の見え方が変わった

——ステートメントで「この一年と少しの間で、私の作品は随分と感じが変わったように思います」とありましたが、具体的にどのような変化があったのでしょうか?

今井:コロナになって、最初の頃のステイホーム期間は、家の中にあるものを描いていました。そこから少し外に出られるようになり、なんでもない風景がすごく新鮮に見えたり、きれいに見えたりして、世界の見え方が少し変わったんです。それまでは、あまり風景画を描いてこなかったんですけど、少しずつですが庭を描いたり、風景を描くようになって、今は風景画にはまってますね。

——以前のインタビューで風景はあまり描かないと話されていましたね。

今井:そうなんです。父(今井信吾)が洋画家なんですが、子どもの頃から父が家族旅行の合間にスケッチを描く時に、風景画を描き終わるのを随分と待たせられて。それがトラウマだったのかもしれないですね。その頃は、「風景画はなんて退屈なんだ」って思っていました。美術館でも風景画ゾーンは素通りしていましたね。

——昨年は多くの個展を開催するなど、コロナ禍でも精力的に活動されています。コロナによって、創作へのモチベーションの変化はありますか?

今井:Nonaka-Hillギャラリーとの出会いが大きくて、これまでは「これはクセが強いかな」ってあまり描かなかった絵があったんですが、「麗が描きたい絵を好きなだけどんどん描いてみて」と言われて。その言葉で、気が楽になって。今は、自分が本当に描きたいものを躊躇せずに描いていて、すごく楽しいですね。

「冷たい冬の晴れた朝に家を出た瞬間みたいな、そんな静かな明るさを描くのが好き」

——今井さんの作品では、「日常」「光」がキーワードとして挙げられると思うのですが、そのあたりは意識されていますか?

今井:子どもは3人いて、どうしても家にいる時間が長くなるので、考え方を変えて、家の中しかできない作品を作ってみようと思って。そこから家の中でモチーフを見つけ出すということをやっていたので、「日常」を感じる作品になっているのだと思います。

「光」については、これはいろいろなところで話しているんですが、ある時、ホワイトアスパラガスをたくさんもらって。ステンレスの上に置いてあるホワイトアスパラガスを描いた時に、突然、ホワイトアスパラガスが発光している蛍光灯に見えたんです。それで私の絵は、自然と発光しているような、明るく見える絵なんだなと気づいて。私自身も見ていて気持ちが明るくなるので、絵の中でどこか発光しているようなアクセントを描くようにしています。

派手な明るさは好きじゃないけど、冷たい冬の晴れた朝に家を出た瞬間みたいな、そんな静かな明るさを描くのが好きです。

——構図にもおもしろさを感じますが、そのあたりはどのように考えていらっしゃいますか?

今井:構図にはすごくこだわっていますね。私は具体的なものがないと描けなくて、真っ白いキャンバスに自由に描いてって言われても、何も描けないんです。気に入ったものを見つけたら、スマホでいろいろな角度から撮影して、「これはベストな構図で撮影できた」って思ったら、それをプリントアウトして、下書き無しで描いていきます。

絵を描いている時に迷うと失敗してしまうので、「あとは描くだけ」っていうくらい構図は完璧に考えて、キャンバス上には、あまり休みを入れずに一気に勢いで描くようにしています。だから、私の絵を観た人は、伸び伸びとしていて、気持ちいいと感じるのかもしれません。

長く愛される画家になりたい

——画集には106点の作品が収められています。2020年に描かれたものが中心ということですが、2020年は例年と比べて、制作数は多かったのでしょうか?

今井:2020年は国内外合わせて展示が10本近くあったんですけど、今年も忙しいです。毎年忙しいけど、どんどん忙しくなりますね。最近は大作の仕事が多くて。制作も同時に幾つか並行して進行している状況です。

コロナになって、最初の非常事態宣言下の時は「もはやここまでか?」って思っていたんですけど、みんな家にいる時間が長くなって、少しでも家を居心地のいい空間にしようと思うみたいで。私の絵があると豊かな気持ちになるから飾りたいと言ってくれる人が増えましたね。

——どれくらいのペースで描くんですか?

今井:展示会場の最初の部屋に飾ってある大きなサイズ(194×259cm)の『MELODY』は2日で描きました。あと、この大きなサイズ(259×194cm)の作品『MASQUERADE』は2週間くらいです。

色味が少ないものは早く描けるんですけど、コントラストが強いものは、1度乾かさないといけないんです。でも、ちまちま描くと失敗することが多くて、一気に描くほうが同じ空気感を保てるのでうまくいきます。

——描くことに疲れる、または描くことが嫌になる、ということはあるのでしょうか?

今井:絵は毎日描いています。描くこと以外は苦手なことが多くて、やっていて苦じゃないのが、絵なんです。だからどんなに忙しくても、やめたいと思ったことはないですね。小さい頃からこれで生きていこうと決めていたから。「これしかできない」ことで、食べていけているから、幸せです。

——「油絵しか描けない」とTwitterのプロフィールでは書かれていますが、アニメーションなど、別の創作に挑戦したりはしないのですか?

今井:「壁に絵を描きませんか」とか、「版画をやってみませんか」とか、いろいろとお声がけいただくんですが、絶対に失敗するのは分かっているし、油絵以上にいいパフォーマンスができないってわかっているので。油絵の仕事しかやりません。

——最後に、画集の装丁を葛西薫さんに依頼した理由を教えてください。

今井:私の中には、子どもの頃に父に連れられて行った海外の西洋美術館のミュージアムショップにあったクラシックな画集の並びが印象に残っていて、それに憧れていました。それで、今回の画集もそういった場所に置いてあるような画集にしたいと思って、それで葛西さんの手掛けた広告の作品集を見て、あまりデザインの主張が強くなくて、自然で優しい感じがイメージに近いなと思ったんです。葛西さんにも先ほどのイメージを伝えて、装丁をお願いしました。出来上がりはすごく気に入っていて、葛西さんに頼んでよかったです。

私は、短い間に盛り上がって終わるのではなく、幅広い世代に長く愛される画家になりたいと思っています。だから、先ほどの『MELODY』のように、どのモチーフも少しずつ変化させながら、繰り返し繰り返し描いています。それが認知されていって、長い間観てもらいたいなと思っています。

今井麗(いまい・うらら)
画家。1982年神奈川県生まれ。2004年多摩美術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。2012年シェル美術賞本江邦夫審査員奨励賞受賞。主な個展に「LOVERS」(xyz collective、東京、2019)、「project N78 今井麗」(東京オペラシティ アートギャラリー、東京、2020)、「LOVERS」(Union Pacific、London、2020)、「MARCH」(OIL by 美術手帖、東京、2020)、「REVELATION」(nidi gallery)、「AMAZING」(新宿高島屋美術画廊、東京、2020)、「AMAZING」Nonaka-Hill、Los Angeles、2020)など。画集に『gathering』(baci)。
https://ulalaimai.jimdofree.com
Twitter:@ulalaimai
Instagram:@ulalaima

■ULALA IMAI EXHIBITION MELODY
会期:2021年6月25日〜7月18日
会場:パルコミュージアムトーキョー
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ4階
時間:11:00〜20:00※入場は閉場の30分前まで 
※最終日は18時閉場
※営業日時は感染症拡大防止の観点から変更となる可能性あり
入場料:一般500円 学生400円 ※小学生以下無料
https://art.parco.jp/museumtokyo/detail/?id=677

■今井麗作品集『MELODY』
著者:今井麗
装幀:葛西薫
出版:PARCO出版
仕様:A4判変型 並製 168p
本体予価:¥3,300+税
※展示会場で先行販売中。7月21日から全国一般発売を開始

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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