連載「Books that feel Japanese-日本らしさを感じる本-」Vol.1 「loneliness books」オーナー・潟見陽 刺激があっておもしろいアジアの本

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。今回は日本のみならず、世界中で作られているLGBTQにまつわる出版物を扱う予約制の書店兼ライブラリー「lonliness books」のオーナー潟見陽にインタビュー。クィアのジャンルから日本らしさを感じる1冊。そしてグラフィックデザイナーとしても活動する彼ならではの目線で、日本へ影響を与えている1冊を選んでもらった。

Film Typography Vol.2 Calligraphy

韓国屈指のデザイナーが生み出す、優しく、時に鮮烈な印象を残すカリグラフィ

−−この本について教えてください。

潟見陽(以下、潟見):韓国・ソウルのデザインスタジオPROPAGANDA CINEMA GRAPHICSが発行している本『Film Typography Vol.2 Calligraphy』。デザイナーのチェ・ジウンさんが携わってきた数々の映画ポスターのタイトルロゴをまとめた1冊。映画タイトルはもちろんのこと、パッケージデザインなどにも描かれてきた、手書きのカリグラフィ作品を集めたアーカイブ集です。

−−この本にアーカイブされたロゴや映画ポスターのデザインが、どんな部分で日本へ影響を与えていると感じますか?

潟見:韓国の映画や演劇のポスターデザインは、物語のイメージや雰囲気を伝えることに特化していて、写真と書き文字、いわゆるカリグラフィで構成されたシンプルなデザインが多い。かつての日本の映画ポスターも海外のデザイナーが憧れるような凝ったデザインや、シンプルなポスターが見られたのですが、2000年あたりから大胆なキャッチコピーや、劇中写真をふんだんに使った情報過多なものが増えてきました。ジウンさんが日本映画の韓国版ポスターを担当している作品もあり、洗練されている韓国版と、比較されて SNS などで 話題になることもあり、近年じわじわと日本の映画ポスターもシンプルに戻ってきた印象があります。実際に日本人のグラフィックデザイナーで、彼のファンは多いですから。彼のカリグラフィを用いたポスターデザインが、少なからず日本映画界に影響を与えているんじゃないかと感じることが 増えましたね。

−−本や作者にまつわるエピソードはありますか?

潟見:ジウンさんは、コレクターでもあるんです。中でもオリンピックが好きで、ソウルオリンピックの広告やポスター、マスコット “ホドリ” のグッズを集めて、それらをデザインしたデザイナーを実際に訪ねてインタビューしたものを、本にまとめて出版したり。とてもおもしろい方です。それに筋金入りの映画マニアで、日本の映画ポスターやグッズも集めていて、月に一度PROPAGANDA のスタジオの隣で自身がコレクトした映画グッズを販売するお店を開放しています。

FUTURE ADULT ONLY

台湾のイラストレーターが描く強い意思と温もりを感じることのできる世界

−−この本について教えてください。

潟見:台湾のイラストレーター、山山來馳さんの『FUTURE ADULT ONLY』。この本は、ロマンティックな描写が印象的なコミック短編集。山山來馳さんのイラストは、ぽっちゃり系男子のキャラクターが特徴で、この本の中でもかわいらしくカラフルに描かれています。

−−どんなところに日本らしさを感じますか?

潟見:80年代90年代の日本のアニメのような面影もあり、昔の日本のゲイ雑誌はイラストで描写されているものが多かったのですが、その頃のイラストに影響を受けているのかなと感じる部分もあります。それらが山山來馳さんのフィルターを通して、今っぽくオリジナルな表現にアレンジされている。少女漫画的でもあり、ジェンダーを超越した世界観がおもしろいです。

−−日本からの影響を受け、アレンジされ、その国らしさが作られていく。日本と台湾をはじめとするアジア諸国と、そのオリジナリティにどんな違いがありますか?

潟見:日本と比べて、アーティストや物語の要素で違いを感じる部分は、アジアの作品は、社会と連動しているということ。個人の物語であってもそこに社会が垣間見える。アーティストであってもなくても、政治や人権についてちゃんと声をあげる人が多い。日本は、最近は少し変化を感じるけれど、セクシャルマイノリティのことを描いていても、個人の物語は個人の物語でしかないものが多くて、社会はどこにあるんだろうと思うこともあります。山山來馳さんは、そんなちゃんと声をあげるアーティストの1人で、台湾で同性婚が法律化される時、“同性婚を支持します”とか、“男女の不平等を是正していきましょう”とか、メッセージをSNSや作品で積極的に表明し発信していました。

アジアのアートや本を通して社会のことを考えるきっかけになってほしい

近年日本でも海外からの影響を受け、今起きている政治や社会、人権問題にまつわる新しいコンテンツやメディアを作る若い世代が増えています。とりわけジェンダーやクィアをテーマにした新しい雑誌は、さまざまなバックグラウンドを持つ若い人達やファッションが社会、政治的スローガンになる時代を反映した見せ方で作っていて新鮮。台湾や韓国といった近隣のアジア諸国では、少し前からそういった雑誌が出始め、例えば韓国は、生半可な気持ちで作っても権力に負けてしまう、だからこその強さをクオリティの中に感じるし、台湾はまだまだ不平等の中にいる女性に焦点を当てているものが目立つ。国によってある違いや国民性を比べて見てみると、その国の今を知ることができる一方で、日本はまだまだという印象も残る。欧米のカルチャーが好きな人は多いけれど、実はすぐ隣の国のアジアにも、刺激があっておもしろい本がたくさんある。勢いのある作家がたくさんいる。そういうことを知ってほしくて「lonliness books」を始めたという。

「今は、いい意味で境界線が曖昧な時代。SNSもあるし、手の中ですぐに情報が得られて、世界中の人と簡単にコミュニケーションが取れる。だからこそ外面的な表現という意味では、境目がどんどんなくなっていくかもしれない。同じように内面的な表現においても、他国のように日本にももっと社会の動きに対する発言や表現が増えて、アートや本を通して一緒に社会のことを考えられる時代になっていくことを期待しています」。

潟見 陽
グラフィック・デザイナー/書店オーナー。映画のポスターや、広告、本の装丁のデザインを行っている。また自身がオーナーを務める東京・大久保の書店兼ライブラリー「loneliness books」では、これまでに世界中から集めたジンや本、グッズなどを閲覧・購入することができる。

Photography Masashi Ura
Text Mai Okuhara
Edit Masaya Ishizuka(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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