漫画『めぞん文豪』原作者コンビが語る、制作背景と文学への想い

この5月から「ヤングキング」(少年画報社)で連載が開始された“妄想文藝フィクション”漫画、『めぞん文豪』。太宰治が現代に転生し、武者小路実篤や坂口安吾らとシェアハウスで暮らし始める――。そんな荒唐無稽な設定のもとに彼らの日常を描く今作の原作を手掛けているのは、神田桂一と菊池良だ。彼らは、太宰治や三島由紀夫、村上春樹、そしてヒカキンや「週刊文春」などなど、多種多彩な文体模写で100通りの「カップ焼きそばの作り方」を綴った『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(2017年、宝島社)の著者コンビである。そのユニークな視点と巧みな技巧により大きな反響を呼んだ同書に続く新作漫画で、彼らは何をもくろみ、何を描こうとしているのか。『めぞん文豪』誕生の前史と背景、込めた想いについて、2人に尋ねた。

なぜ2人はコンビを組み、文体模写本を出すに至ったのか

――お2人は『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』(以下、『もしそば』)でもコンビを組まれていましたが、結成の経緯や意気投合したポイントを教えてください。

神田桂一(以下、神田):2015年の暮れに、僕ら2人の共通の友達が忘年会を開いたんですけど、その時、僕の前に菊池くんが座っていたんですよ。初対面なので名刺交換をしたら、肩書きに「コンテンツボーイ」って書いてあって。「なんだこいつは?!」っていうのが菊池くんの第一印象(笑)。

菊池良(以下、菊池):その時はまだ新卒で入った会社に所属していたんですけど、名刺の肩書きを何にしても良かったんですよ。僕はゲームボーイが大好きで、『発明BOYカニパン』や『ガリバーボーイ』が好き。なので、「コンテンツボーイ」にしていました。

神田:その肩書きが気になって、家に帰ったあとにちょっと菊池くんのことを調べたら、ネットで有名な人だということがわかったんです。僕、ネットにうとい人だったので全然知らなくて。その時に菊池くんの作品をいろいろと見たら、笑いのセンスにめちゃくちゃ共感できるところがあったんですよ。それで直感的に「2人で組めばかなりおもしろいことができるんじゃないか?」と思って、すぐにFacebookのメッセンジャーで熱い想いを伝えました(笑)。それが僕らの最初の出会いですね。

――その出会いから『もしそば』が誕生するまでの経緯について教えてください。2016年の春頃、菊池さんが村上春樹の文体模写をTwitterで行い大きな反響を生みましたが、それがきっかけとなったのでしょうか?

菊池:あのツイートに書籍化のオファーは1件もきていません。それよりも、神田さんのモチベーションによるところが一番大きかったですね。企画が動き出したのが出会ってから半年くらいたった頃だったんですけど、その時、神田さんの「本を出したい熱」がとても高まっていたんです。

神田:そうそう。「30代で1冊本を出さないとまずい」みたいな強迫観念があって(笑)。その焦りから、本の企画書をいっぱい書いていたんです。そしたらある時、「村上春樹のライフハック本」というアイデアを思いついて。いろいろな人生の局面を村上春樹の作品の主人公になりきることによって切り抜ける、みたいな内容で。それが朝の8時半くらいだったんですけど、すぐ菊池くんにメッセンジャーで連絡したんです。「こういうの思いついたから一緒にやろうぜ!」って。

菊池:おもしろいと思ったので神田さんの企画に乗って、2人で企画書を詰めていったんです。婚活とか就職の面接とか、実際にいくつかのシチュエーションで書いてみたりして。

神田:それを持っていくつか出版社を当たったんですけどダメで。そこで「村上春樹でいろいろなシチュエーションを書くよりも、1つのシチュエーションをいろいろな作家が書くほうがおもしろいんじゃない?」ってなったんですよ。そうして、宝島社に持って行ったら一発でOKが出たんです。

――『もしそば』では、川端康成や谷崎潤一郎、シェイクスピアら「文豪」のみならず、ナンシー関やヒカキンら著名人・文化人、そして「週刊文春」や「ポパイ」といった雑誌などを対象に、多岐にわたる文体模写が行われています。その経験を通して改めて感じたことなどあればお聞かせください。

神田:よくモノマネには「デフォルメ型」と「リアリティ型」があるっていわれるじゃないですか? 前者がコロッケで、後者がコージー冨田みたいな。それが文体模写にもあるんだなってことがわかりましたね。そのどちらが優れているということではなくて、模写する対象によって使い分けたほうがいいというか。『もしそば』に収められているものだと、百田尚樹や小林よしのりらは「デフォルメ型」で、蓮實重彦や井上章一らは「リアリティ型」で書いていくと、いい感じに似てくるんです。

菊池:そう、「リアリティ型」で模写していくと似ないというか、多くの方が似ていると思う文体にならない作家がいるんですよね。あと僕が思ったのは、文体の特徴は「情報とは別の部分」にあらわれるということ。例えば「主人公が走った」は、ただの情報ですけど、そこに「やれやれ」などを盛り込めば村上春樹風の文章になっていく。情報につけ加えられた「余計なもの」に、その作者の、特徴や癖が入ってくるんだな、と。

神田:つまるところ、文体っていうのは、その人の個性の1つなんですよね。1人ひとり全く違うものを持っていて、 究極的にはどうまねても全く同じものになることはないというか。文体模写の本を出しておいて何言ってんだみたいな感じですが(笑)。でも、続編も含めてめちゃくちゃ文体模写を行って、最終的にたどり着いた答えがそれなんです。

 妄想文藝フィクションが生まれた背景とは

――そんなお2人が再びタッグを組み、この5月から「ヤングキング」で『めぞん文豪』の連載が開始となりました。どのようにして連載が実現したのでしょうか?

神田:発想で勝負した『もしそば』でいい結果を残せたこともあって2人で企画ユニットみたいな感じで動いていこうという話になったんです。そうして諸所に企画書を出すなどして動きはじめていたところ、僕の友人でもある「ヤングキング」の編集長が「うちにも何か企画出してよ」って声をかけてきてくれて、4案ほど企画を出したんです。そのうちの1つが『めぞん文豪』で、編集部的に「これがいいね」となって、連載が無事に決まったという流れですね。『めぞん文豪』はわりと前から温めていた企画で、大元のところは菊池くんが考えたものなんです。

菊池:発想の最初のポイントとしてはすごくシンプルで。「文豪たちが共同生活していたらおもしろいだろうな」というアイデアがありました。その後、漫画作品として企画を練っていくにあたり、『めぞん一刻』や『まんが道』、『バクマン。』といった作品をイメージしつつ、シェアハウスでの共同生活の様子や、クリエイター同士が切磋琢磨していく物語の骨子を具体的に考えていきました。それをもとにして、神田さんと膨らませていった感じですね。登場メンバーも早い段階からもう固まっていました。

――今作の主人公となる太宰治は、『もしそば』においても、表紙を飾りつつ、一番最初の模写文として登場するなど、特別な位置を与えられていますね。太宰治に対する思い入れなどあればお聞かせください。

菊池:『もしそば』で太宰の文体模写は僕が書いたんですけど、その時に改めて彼の作品を読み直して感じたのが、「文体が完成されている」ということ。太宰の文体って、現在の小説の文体とさほど変わらないんですよね。太宰よりも前の小説を読むと、「(今の小説と)ルールが違うな」って感じてしまいます。3人称で書いてあるんですけど、「この男(登場人物)についていってみよう」であったり読者への呼びかけがあったり、「作者の声」が地の文に入ってきて、現在からすると違和感を覚えるところがある。一方、太宰はすごく自然に読めるんです。時代をさかのぼって読んでいくと、太宰の時代に小説の文体が完成されたんだなと感じます。現代の小説の大元のところに太宰がいる、そんなイメージが僕の中にはあって。それが、彼や、同時代の作家たちを現在によみがえらせてみる、というアイデアにつながっていったところもありますね。登場する主要メンバーで言うと、武者小路実篤と石川啄木は神田さんがアイデアを出してくれたんです。

――神田さんはどうしてその2人を加えようと思ったのですか?

神田:別件でコミューンやヒッピー関連のカルチャーについてリサーチをしていたんですけど、その時に、武者小路実篤の「新しき村」(編集部注:武者小路実篤とその同志により、人道主義的観点からの理想郷を目指し1918年に創設された村落共同体)を知って。正直、武者小路実篤については、昔学校で習って名前を覚えていた程度だったんですけど、「そういう系の人だったんだ!」というのがわかって、とても興味を引かれました。それで、メンバーの中に、ヒッピー系というかオーガニック志向というか、そういう方面のキャラがいたほうが作品に厚みが出ておもしろくなるんじゃないかと思ったんです。石川啄木については、「クズキャラ」を1人入れようかなと思い加えた感じですね (笑)。

――2人とも、神田さんの狙い通りに、作品の中でうまく生きていると感じます。お2人とも漫画は初挑戦の領域となりますが、具体的にどのように制作を進められているのでしょうか?

菊池:作業の内容的には、まず僕らがテキストベースでストーリーを書いて、それを作画担当の河尻みつるさんに渡して漫画として構築してもらう、という流れですね。僕たちは漫画に関しては門外漢みたいなところもあるので、『めぞん文豪』が漫画作品として成立しているのは、河尻さんの力がすごく大きいです。コマ割りだったり見開きの構図だったりで「読ませる漫画」にしてくれていて、本当にありがたいですね。あと、編集の方にもいろいろとフォローしてもらっています。

神田:1話あたりの僕たちの作業期間については、およそ1週間くらいですね。隔週連載なので、終わって次の1週間で他の仕事をしていると、すぐにまた『めぞん文豪』の1週間がやってくる……みたいな感じで、わりと大変な日々を送っています。ただ、「おもしろい」が大変さを上回っていますけどね。少なくとも今のところは(笑)。あと、ツイッターなどのSNSで結構反応があるんですけど、それがモチベーションになっているところもあります。というか、それがなかったら続けられないかもしれない(笑)。無反応というのが一番きついですから。

シリアスとギャグの間から見えてくること、2人が考える文学の魅力

――『めぞん文豪』は、史実性とフィクション性、そして文学的教養というか啓蒙的な感覚とコメディ的な感覚が絶妙に入り混じっていて、そのバランスがおもしろいと感じました。

菊池:2人でやっているバランス感が、いい具合に働いているんじゃないかなと。おおよその役割分担としては、史実のネタを入れるのは僕が多くて、ぶっ飛んだアイデアを考えるのは神田さんっていう感じですね。

神田:そうですね、僕は「ギャグ漫画がやりたい」という気持ちが最初にあって。史実や彼らの創作物を尊重して生かしつつ、どうギャグをやるかを毎回必死に考えています。そこには、『もしそば』の時もそういうところがあったんですけど、キャッチーな要素を掛け合わせることによって、文学のおもしろさが広く届けばいいなという気持ちもありますね。

菊池:そういう意味でも、全体として重くなりすぎないことは大切で。彼らに関する史実や逸話についてはひたすら調べていて、いつもどのネタをどう入れようかと勘案していますが、マニアックになりすぎないようには注意しています。

――ざっくりとした質問になりますが、お2人が文学について思うところなどを伺いたいです。

菊池:僕は芥川賞の受賞作はすべて読んでいるんですけど、全員が同じ1つの理想を追求しているように感じるところがあるんです。100年近くも同じルールの中で、純文学というものが、競われ磨かれ続けている——それって本当に奇跡的なことで。そんな切磋琢磨の尊さみたいなものは、『めぞん文豪』でも伝えられればいいなと思っています。

神田:長いこと「文学離れ」とかいろいろと言われていますけど、今、文芸誌も盛り上がっていますし、個人的には「全然そんなことないな」とは感じていますね。あと、僕はノンフィクションがすごく好きでよく読むのですが、そのことで、より「文学の言葉」の凄みを感じることがあって。たまに実際の事件を題材にした小説ってあるじゃないですか? 例えば、桐野夏生の『グロテスク』。この作品は1997年に起きた東電OL殺人事件をもとに書かれているんですけど、当該事件を扱ったノンフィクションの作品群に圧勝しているわけですよ。人間の業や性、底知れない暗部を描ききったその文学的想像力の凄まじさにおいて。それは、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で描いたノモンハン事件についても言えることで。「文学の言葉」には、時にノンフィクションよりもリアリティが宿るところがあるんだと思っています。

――最後に、お2人それぞれの今後の予定について教えてください。

神田:台湾について取材・執筆した単著がこの秋に出る予定です。現地の音楽や出版文化、オルタナティブ・スペース、政治など、さまざまな領域で取材しまくってかなり濃い内容になっているので、台湾に関心がある方には絶対に楽しんでもらえると思います。

菊池:僕のほうも秋くらいに単著の予定があって、先ほどお話しした芥川賞について、その歴史を総括する1冊になります。博士と少年のコンビがタイムマシンに乗って、石原慎太郎からスタートして、各時代の重要な作家・作品を紹介していくような構成で。ぜひ『めぞん文豪』と合わせて読んでもらいたいですね。

神田桂一
1978年、大阪府生まれ。ライター/漫画原作/総合司会。「ポパイ」「ケトル」「スペクテイター」「週刊現代」「論座」などで執筆。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・菊池良と共著)。11月に『台湾対抗文化紀行』(晶文社)を刊行予定。
https://kanda.theletter.jp/
Twitter:@pokke0902

菊池良
1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。
https://kikuchiryo.me/
Twitter:@kossetsu

Photography Kazuo Yoshida

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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