マラソン選手・大迫傑の魅力とは? 長年撮り続けてきた写真家・松本昇大が語る

写真家の松本昇大が東京オリンピックで6位入賞を果たしたマラソン選手の大迫傑(おおさこ・すぐる)を撮影した個展「HARDWORK」が9月14日まで、東京・目黒の「BOOK AND SONS」で開催中だ。

本展では、今年6月にアメリカのアリゾナ州フラッグスタッフで撮影されたものを中心に、2016年から2021年のラストレース直前までに撮影された約25点のプリント作品とスライドショーを展示しており、そこにはレースで見る姿とは異なる大迫の一面が写し出されている。

普段はスポーツではなく、ファッションやポートレートの撮影が多いという松本がなぜ大迫を撮り続けてきたのか。その魅力を聞いた。

——大迫さんはいつ頃から撮影しているんですか?

松本昇大(以下、松本):最初に撮影したのは2013年。大迫(傑)君が早稲田大学の4年生の時に、雑誌「Number」の箱根駅伝特集で、撮影させていただきました。その時は、注目選手を何人か撮影したうちの1人という感じでしたけど。

——学生時代からやはり大迫さんは他の選手とは違ってましたか?

松本:そうですね。大学生だと箱根駅伝がメインだって考える人が多い中で、そこにあまり固執せずに、もっと先の“世界で戦う”っていうイメージを明確に持っている印象でした。あと、大迫君は取材される意味をしっかりとわかってくれていて、こっちに対してもオープンで、いろいろなことに興味を持ってくれて。他の選手とは違うなっていう印象でした。

——学生時代から世界を見ていたんですね。それ以降も定期的に撮影されていたんですか? 

松本:大きなレースや短時間の媒体取材などで撮影はさせてもらっていたんですが、そういった撮影だと、表面的な部分しか撮れないなと思って。大迫君の本当の部分をどれだけ自分がわかっているのかというと、そこには疑問があった。それでちゃんとコミュニケーションを取ってもっと人間的な部分を撮影したいなと思って。でも、「僕の作品として撮らせてください」って言っても大迫君にはメリットがないなと思ったので、まずは撮るなら継続的に掲載してもらえる媒体を探すことを大事にしていました。

展示には2017年のボストンでの初マラソンの時の写真もあるんですけど、それは自費で行って、撮影したものなんです。スポーツ選手に信頼してもらうには、仕事を飛び越えないといけない瞬間があると思っていて、ボストンはその瞬間でしたね。もしかしたら、変な奴が来たって思ってたかもしれないですけど(笑)、そこまで追いかけて来てくれているっていうのは伝わったと思います。

それ以降は、レース前の合宿やレース後の取材を年2〜3回くらいのペースで撮影を続けてきました。

——長年、撮り続けてきた松本さんから見た、大迫さんの魅力は?

松本:さっきも言ったんですけど、取材されることの意味をちゃんと考えてくれているのがいいなと思います。あと、相手がいても、1人で走っているような感じに見えて、それがすごくおもしろく感じました。それは今考えると、意識がもっと高いところにあったからなのかもしれないですね。

僕も高校時代は陸上の長距離をやっていたんですが、トップ選手にはなれなかった。だからトップ選手がどういう風景を見て、どんなことを考えているのか、すごく興味があって。大迫君を撮り続けたら、それが少しわかってくるかもしれないという思いもありましたね。

「レース以外にもいい瞬間はたくさんある
そうした一面を見せたかった」

——今回の展示「HARDWORK」はいつ頃から企画したんですか?

松本:今年のはじめくらいですね。もともと大迫君がケニアで合宿するって話をしてくれて、それでもし撮影できるなら写真展をやりたいなと思っていたんです。それで「BOOK AND SONS」の川田(修)さんは以前から知っていて、展示をするならここがいいっていうのはずっと考えていました。

結局、ケニアでの撮影はできなかったんですけど、アメリカでの合宿は撮影できることになって、それだったら展示できるなと思って、やることにしました。もともとはその時の合宿の写真で構成しようと思っていたんですが、結果的にオリンピックで引退ということになったので、当初の方向性を少し変えて、これまで撮影してきた写真もプラスして入れています。

あと1階の入って右側に足とシューズの写真があるんですが、あれはオリンピック後に撮影したもので、実際に走ったシューズと走り終わった足です。

——結果に関係なく、写真展はやるつもりだったんですね

松本:そうですね。結果は考えてなかったです。この引退直前の合宿で撮影した写真って今後、大迫君にとっても大きな意味を持つものになると個人的には思っています。レースの写真はいっぱいあるけど、その過程を撮影したものってあまりないじゃないですか。だから、記録として残しておくべきだと思ったし、それをいろいろな人に観てもらえたらという思いもありました。

——アメリカはいつ頃行かれたんですか?

松本:6月中旬から後半にかけてですね。撮影は1週間くらいですが、自主隔離の期間を含めると2週間以上は滞在してました。

——オリンピックの1ヵ月半くらい前だと、大迫さんはナーバスになっていたりしないんですか。

松本:そう思うじゃないですか。でも実際は日常の延長で合宿している感じでした。最後だったからかもしれないけど、普段は呼ばない家族を呼んだりして。休日にはみんなでグランドキャニオンに行ったりもしましたね。

——確かに展示の写真を見ると、リラックスしている雰囲気の大迫さんも写っていますよね。

松本:展示の写真ってほとんど走ってないですよね。みんなマラソン選手の大迫君を観にきてくれるので、びっくりするかもしれない(笑)。走っている大迫君の写真って僕が撮影していないものも含めていっぱいあるので、そこじゃない大迫君の写真が撮りたかったんです。

陸上をやっていた経験があるので、レース以外にもいい瞬間ってたくさんあるのになってずっと思っていて。僕はスポーツ写真家ではないので、そういった違う一面を見せていけたらいいなと思って撮ってました。

——大迫さんの今回のオリンピックにかける思いみたいなものは実際に身近にいて感じました?

松本:心の中ではあったと思うけど、こちらから見る分には特別意気込んでるというのはあまり感じなかったですね。

——大迫さんはいつもクールなイメージです。

松本:実際に会ってみると、よく笑うし、よく冗談も言いますよ。僕としては、そういった人間っぽい部分を知っているので、メディアで見る大迫君のイメージだけだともったいないなと思ってたんですけど、最近彼がYouTubeを始めたんで、より多くの人に大迫君の魅力を知ってもらえるといいですね。

大迫選手の孤独を捉えた1枚

——松本さんは主にファッションやポートレートの撮影をしていますが、スポーツ関連を取り始めたのはいつ頃ですか?

松本:最初は自分の作品として箱根駅伝を走る選手を撮影していました。当時は若木(信吾)さんのアシスタントについていたんですが、正月は仕事も休みだったので、鶴見の中継所に撮影しに行ってました。その時も、走っている時よりも、走り終わった選手の姿の方に魅力を感じて、その姿を撮影していました。

それが、最初に話した「Number」の箱根駅伝特集の撮影につながっていくんです。でも僕が撮影するものっていわゆるスポーツ写真ではなくて、ドキュメンタリーに近いので、「スポーツ写真を撮っている」っていう意識はあまりないですね。

——難しいと思いますけど、一番お気に入りの写真ってどれですか?

松本:1階に飾ってある、大迫君が部屋にポツンといる写真です。こういうのを撮りたかったというのが撮れた1枚。

実際、大迫君には家族もいるし、仲間もいて、孤独じゃないんだけど、それでも基本的には自分と向き合うしかない。そういう瞬間を撮影できて良かったです。

——確かに、この1枚は不思議な雰囲気でした。

松本:この写真も含めて、大迫君にはこういう一面があるっていうのは伝えたかった。だから引きの写真が多いんです。SNSでは映えないかもしれないけど(笑)。

——いずれ写真集にしたりはしないんですか?

松本:展示まで時間がなかったので、今回はできなかったんですけど、いずれはしっかりとした本にしたいとは思っています。あと、先日大迫君がYouTubeに展示の様子をアップしてくれたので、今回の展示に来れない人はぜひ、そっちで観ていただければと思っています。

松本昇大(まつもと・しょうた)
写真家。1983年大阪府生まれ。2008年から2011年まで、写真家・若木信吾に師事。雑誌や広告などで活躍する一方、スポーツを題材に写真を撮り続け、写真作家としても活動の場を広げている。
http://shotamatsumoto.com
Twitter:@matsumotosho_ta
Instagram:@sho_ta.matsumoto

■松本昇大写真展「HARDWORK」
会期:2021年8月28日〜9月14日
会場:BOOK AND SONS
住所:東京都目黒区鷹番2-13-3 キャトル鷹番
時間:12:00〜19:00 
休日:水曜日
入場料:無料
https://bookandsons.com/blog/hardwork.php

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社し、「WWDビューティ」編集部に所属。ヘアサロン関係を中心に、コレクションのバックステージ、メンズコスメ、ビューティ系スタートアップなどを担当。また、 “カテゴリーにとらわれず興味のある人を取材する”という考えで、ミュージシャンやクリエイター、俳優などの取材も積極的に行っている。

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