孤高の表現者・語り部=志人、その探究の道程と現在地を語る―後編―

ヒップホップへの目覚めや演劇との出会いを語ったインタビュー前編に続き、今回は志人の表現の根底にある「書く」という営為や、ルリー・シャバラや吉増剛造らも参加する新プロジェクト『8 ∞』を紐解いていく。

最初にあるのは、閃きを「書く」という衝動

――『音で観るダンス』では、「志人(語り部)」とクレジットがありましたが、それは現在の志人さんの立場にも近いのでしょうか?

志人:そうですね、わからないものを語り継いでいく、あるいは自分が死んだあとに、こんな話があったんだよねっていうのを誰かが語り継いでいくということが生まれていったらおもしろいかなと思います。僕は耳人間というか、全部世の中が音楽だと思っていて、目に見えている世界よりも、音を信じているというところがあるので、そういう部分で実際もし自分が目が見えなかったとして、ダンスをどうやって楽しむかと考えました。ダンスを踊っている姿を1つの物語にしてみたいと思ったんです。あまり普段聴かないようなことを聴いてもらいたい、感じてもらいたいというのがあって、ダンサーの捩子さんの動きから想起される物語を事細かに描写してみましたね。

「音で観るダンスのワークインプログレス」テキスト・朗読:志人(語り部)

――書く、話す、歌う、ラップするということは、ご自分の中でどのように位置付けられているのでしょうか?

志人:書くという行為はやっぱり先にくるものなんですが、ただその衝動なんですよね。どうしても書いてしまう、もはや病的なくらいなんですけども。

――まず書くことが先に来るのですか?

志人:書くというか、「アッ!」という閃きが来るんでしょうね。閃いて、それを書いておかないとという使命感に駆られるというか。書いていくと、その言葉の森の中に入ってしまって、言葉が次にどこへ向かおうとしているのか探りながら旅をする感覚なんです。きっと、その時に言葉で話しているのではないかなと思います。韻律であったり、音声で捉えていく。で、これは最近なんですが、たった1つの文字も「なんでこんな形しているんだろう?」と、もっとより深く探るようになりました。去年、京都市内の漢字ミュージアムから、漢字もしくは言葉はどこからきたのかっていう展示をしてほしいという空間展示の依頼があったんです。漢字はすでにある、意味のあるものなんですけど、それが生まれる軌跡を探ることを2ヵ月間展示で行う。ところが、緊急事態宣言も発令されて、幻の展示になってしまったんです。たぶん1週間もやらなかったですね。ただ、それをきっかけに自分の中で言葉のおもしろさに改めて気付かされました。目から鱗というか、なんで今までこんなおもしろいことを考えてこなかったんだと気が付きましたね。

——なるほど。音を再発見したプロセスと重なりますね。

志人:その展示が始まりで、書くという行為において、自分が、もしくは人が書いた文章をちょっと虫眼鏡で見るぐらいの気持ちで、もう一度見てみるということをやっていました。例えば「行」という漢字、右と左で似てる。でも少し傾いている。これがもしかして、昔の藁草履って右と左がない、でも行きは右履いて、帰りは左履いていってそれによって、右左のバランスが整っていく。もしかして、その草履の形を表しているんじゃないかっていう想像をしたり。遡ってルーツを探してみたりする。遡っていくのは自分が心のテーマにしている「未来は懐かしいものだ」というところが大きいと思います。未来なんてどうなるかわからないんだから、懐かしいっていう表現はおかしいんですけどね。でも、「ああ見たことあったよね」というような昔に戻っていく感覚、楽しいっていう感覚を取り戻しています。

文字への探究心により紡がれた『心眼銀河 書契』

――逆に言うと、過去が新しいということもあるかもしれないですね。文字に対しての興味は『心眼銀河』の本にもつながっているということですか?

志人:そうですね、やっぱり展示を見てもらいたかったので、『心眼銀河』を作る中で、自分が言葉について虫眼鏡で見る衝動に駆られていった背景を少しだけ詰めたのです。ただ、これも作りためてやったということではなく、2週間ぐらいずーっと書いて作ったものなんです。書いたり、叩いたり、削ったり、上に乗っかって足踏みして、いろんな摩擦を起こしながら作っていきました。

――現物を手にして驚いたんですが、物としての存在感が圧倒的にあって、写真で撮られている元の作品の力や文字自体のおもしろさが確かに伝わってきました。

志人:ここから実物を見てみたいと思う人もいてくれたら嬉しいし、逆に、同じ言葉や表現をやっている人達が、自分がやっていることを改めて見つめてみるきっかけが生まれたらいいなと思います。今触れるということが疎かになっているというのと、人と人との距離を取らなくちゃいけなかったり、握手の機会すら少なくなったりしている。人間は、1日のうちに何に触れていただろうと深く意識していなくて、一方で、福島智さん(注:バリアフリー研究者、東京大学教授)のように、目も見えなくて、耳も聞こえない方が世界にはいらっしゃって、そういう方達に言葉を伝える方法に指点字というのがあって(注:盲ろう者の指を点字タイプライターの6つのキーに見立てて、左右の人差し指から薬指までの6指に直接打つ方法)、指先で人と触れ合うことで言葉が初めてわかるという人がいることを忘れちゃいけないと思うんです。触れる、指先の宇宙っていうのを福島智さんもおっしゃってますけど、今何に触れるかということが大事なんじゃないですかね。

世界の表現者・文化人達との共創プロジェクト『8 ∞』、吉増剛造との出会い

――その視点は、現在進行されているプロジェクト『8 ∞』につながる話ですね。

志人:『8 ∞』という企画では、自分の作品を作るだけでなく、全く違う人の作った作品を虫眼鏡で見てみて「これはこういう意味なんじゃないか」と思うことを、自分と広島大学のPh.Dの方を含む何名かで作っています。ヒップホップの環境でやってきた頃は、人のこととかどうでも良いという感覚でした。人のリリックや人が書いたものを本当に真剣に読むってことをしてこなかったんです。それこそ原さんが書かれている文章とか、そういう物を読ませてもらって、この人がどういうことをやっていたんだろうかって、もう一度虫眼鏡で見るような分析をしたり、その中で理解を深めたりすることが、同時におもしろくて、人もどんどん訪ねていきました。例えば、吉増剛造さん(編集部注:1939年生まれ、日本の現代詩を代表する詩人)が70年代に書かれた『刺青』という詩を肉声でご提供いただく中で、吉増さんからいただいた1通のお手紙も1つの作品なんですよね。この1行の言葉のズレとかが意味があるんじゃないかと、信号みたいなものを受け取ってしまって、これは文章じゃなくて作品だと感じました。他の人の詩を自分なりに解釈したり、あわよくば、その人の縁の地まで歩いて行って、その人の空気を感じたあとに書していくという、人の心への歩み寄り方にエネルギーをずっと持ってらっしゃる方と出会ったことで、他者が書いた詩に対してもどれほど真剣に取り組むことができるかということが、今、僕のテーマになっています。

――吉増さんとは、どのような経緯で出会ったのですか?

志人:僕自身、吉増さんの作品には大学時代に数作品しか触れていなかったんです。先ほど言ったようにあまり人のことに興味はなかったので(笑)。で、この『8 ∞』は自分が勝手に始めてみて、いつ終わるかわからないという企画なんですけど、ゲーリー・スナイダーに声をかけたんです。ちゃんとメッセージが返ってきて、「ちょっと今回は参加できない、今自分の集大成の詩集を仕上げているから」と言っていて、それも詩的な返事で、「楽しみにしているよ」ともおっしゃってくださって、そんな感じで実はいろんな人々にオファーをかけて、ソウル・ウィリアムズやケイ・テンペスト(旧称:ケイト・テンペスト)にも声をかけたんですけど、本当に閃きで、今のシーンとかわからなくて、最近どんな詩を書かれているんだろうとか、その人達の人となりに遠隔で少しずつ触れながら、今どういうことを言うんだろうと聞いてみたい方達に声をかけていく中で、吉増さんに関しては突然、「吉増さんだな」となったんです。

――一切面識はなく、声をかけたのですね。

志人:そうですね。北海道の書肆(しょし)吉成さんという古本屋さんに連絡をとって、長文のお手紙を書いて、そこからつなげていただいたという形になります。今朝も吉増さんとお電話で話していたんですよ。

――吉増さんは、かつてはジャズ・ミュージシャンと一緒にやられていましたね。また、アメリカではジャズ・ポエトリーの流れがあり、詩人がジャズの精神的な支柱にもなりました。ソウル・ウィリアムズやケイ・テンペスト、あるいはマイク・ラッドなどは、ヒップホップと同様の結び付きがありました。志人さんの現在の表現活動はその流れを汲むことのようにも感じられます。

志人:僕自身はそういう風には全く考えていないですが、確実に1つ僕の、良い思い違いであればいいなと思うことがあって、詩人の言葉を聞いていれば世界のことがわかる、それこそすべてだというぐらい極端になっています。いろんな情報や言葉が飛び交っていますが、詩人の言葉はそれをすべてふるいにかけた後にたった一粒残った物だと思うので、詩人達が今残す言葉や声を聞いていれば、それが世界でいいという、大きな思い違いを僕はしていたいと思っています。

――特にコロナ禍でリアルに触れ合う機会が失われたことで、逆に言葉に対して以前より意識的に、敏感になっている人もいると思います。それだけに、『8 ∞』に対する興味を持つ人も現れてくるのではないでしょうか。

志人:ルリー・シャバラというインドネシアのヴォーカル・アーティストからは、今回、自分の直筆で書いた詩と肉声と、タイプされた文字が来ているんですが、すべて自分が作った言語なんです。誰も話さない、誰もわからない、文字も自分で作ったものなんですよ。もうその領域に行っていて、わかってもらわない、わからない、でも肉声を聞くとイルカを表現してるんだろうか、水なんだろうかと想像はできるんです。それを見て聞いていると、本当に子どもが鏡文字を書いたり、文字ならぬ文字を書いたりする行為だったり、人が初めて文字を刻んで何かを伝達していく手段として、どうしていたのかとかに立ち返りました。今は、どうやったら人に伝えられるのか、伝えられないというもどかしさや、わかってもらおうとしてもわかり合えない状態がある中で、いろんなことを考えている人がいるということを知るべきなんですよね。福島智さんの本を読むと「沈黙は地獄だ」じゃないですけれど、沈黙は恐ろしいことだと言っているんですよね。目も見えず、耳も聞こえない、自分の喋る言葉も聞こえない、人が何を言っているのかとか何にも触れてもなくて、宇宙にポーンと放り出されているような状態で、とにかく何か話しかけてくれというのをずっと言っていた時期があったそうです。何も話しかけないでくれという人もいれば、真逆に思っている人もいるんだよというのは知っておくべきですし、そういう時に僕らはどんな言葉を投げかけたらいんだろうと感じます。

――すぐにはわかってもらわない、わからないというのは、『心眼銀河』にも表現されていることですね。

志人:やっぱり『心眼銀河』も、『8 ∞』から派生して確実に生まれているので「生きることは息をすること」っていうのを2曲目ぐらいで言っているんですが、野菜や木に話しかけるだけで、人間は酸素を吸って二酸化炭素を出しているわけですから、成長していくというか、お互い声にならない声を聞いていくということで、今何に触れて、どんな話を聞いたらいいか、詩人やある次元で語りかけている人達は、それを聞いていれば十分だよ、っていうぐらいの領域のことをやっていると思っています。そういう人が世界にいるんだよということを知ってもらいたいし、第一線には現れてこないかもしれないけれど、人間、言葉、話しかけているということの表現においては、それぞれの際に立っているような人が、世界中にはいらっしゃるということを楽しみにしたいです。そこからどんどんといろんな人と出会っていく中で、人間と触れ合う時間や人間の言葉に耳を傾ける時間をもう一度思い出させてもらっているというのはありますね。

フィールドレコーディングという営為、すべてが音楽という境地

CHIKYU NAUT -翁嫗 OUOU- 語部:志人/sibitt

――『心眼銀河』の先にあるものとして、『CHIKYU NAUT -翁嫗 OUOU-』という音源を作られていますね。フィールドレコーディングが元で、ビートはなく、アンビエント的でもあり、非常に興味深かったです。

志人:これを作っていた時は、社会福祉施設の方々と一緒に詩を作ってみようという講座を遠隔でやることになったんです。遠隔なのでどうしてもズレとかが生じるのと、無理やりでも何か形にしようという企画側の意思と、僕のそんなに急がなくてもいいんじゃないかという思いが少し火傷してしまいまして、作品を残すことはできなかったんですけど、彼らと過ごす数週間の中でCHIKYU NAUTを作っていったんですね。彼らが閃かせてくれたという風にも感じているんです。

――フィールドレコーディングは初めてですか?

志人:フィールドレコーディングは、毎日、手の届くところにレコーダーを置いてやっていて、ずっと10年ぐらい癖でやっています。今までは作品にはあまり使ってはいなかったんです。

――では、それを聴いて何か書くことにつながる、というわけでもないのですか?

志人:今、僕は土の蔵の中のスタジオでやっているんですけど、いつも自然の音が背景に流れているので、シンセサイザーで弾いたとしても、自分が録音した音源を聴いていたとしても、雨の時か、静かな夜か、すごくたくさんのカエルが鳴いているかとか、それによって聴こえ方が違うんです。皆が聴けるような一定した表現の他に、聴いている時の皆さんの家の環境音が音楽に1つ加わって音楽になると思っているので、その時に言葉が閃くというよりは、すべてが音楽というところを自然に出せたらいいなと思っています。なので、どこかある場所に行って、何かフィールドレコーディングで録ってくることも考えながら、自分でもまだ何がしたいかはわからないですけれど、旅を重ねていきたいです。

志人 sibitt
1982年日本生まれ。詩人/作家/作詩家/語り部。
独自の日本語表現の探求により、言葉に秘められた全く新しい可能性を示す「言葉の職人」。
音楽表現のみならず舞台芸術、古典芸能の分野においても国内外で活動する表現者。
2020年より“8 ∞”という企画で世界中の表現者と1つであり無限の物語を紡ぐ企画を主宰し、現在、志人、Khyro、Rully Shabara、なのるなもない、Bleubird、Bianca Casady、吉増剛造の7名が詩人/ボイスパフォーマーとして参加している。
2021年にセルフ・プロデュースアルバム「心眼銀河-SHINGANGINGA-」、「視覚詩・触覚詩 心眼銀河 書契」を発表。
sibitts official blog Wheres sibitt? : sibitt.exblog.jp/
TempleATS: templeats.net/
8 ∞:88project.info/

author:

原雅明

音楽の物書き。レーベルringsのプロデューサー、LA発のネットラジオdublab.jpのディレクター、DJやホテルの選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。単著『Jazz Thing ジャズという何か』など。 https://dublab.jp https://www.ringstokyo.com

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